紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

文字の大きさ
71 / 78

70

しおりを挟む
まだ、戦いは終結していなかった。


サザーランド国の大軍が、侵攻してきていたのだ、だがこの部屋にいる誰もが、もう戦意を無くしていた。ところが、大きな音と共に、もう一度戦いに赴くための闘争心を燃やさなければならなくなった。
だがそれは…もう手遅れだったのかもしれない。なぜならその大きな音は、一撃で部屋の四分の一を吹き飛ばしたのだ。バクルー、ノーフォークがある大陸の戦いは剣が主流だ、それに比べ、海の向こうの大国サザーランドは、銃器による戦いが主流になっていた、そしてこの戦いに始めて使用されたのが大砲……カノン砲だった。

カノン砲は【砲兵が直接視認可能な敵を撃つ】のではなく、後方から【弾着観測によって視界外の敵を狙い撃つ】砲だった。

だから、いくら剣の腕があっても、相手が見えないのであればどうにもならない。アークフリードは、崩れ落ちる天井や壁の残骸から、エリザベスを守るよう様に抱きしめ、外への退路を探したが、だが、第二波の砲撃はまたもや部屋を直撃した。吹き飛ばされアークフリードとエリザベスは壁に叩きつけら、エリザベスには怪我はなかったが、爆風での衝撃で頭を打ち、気を失っていた。


だがアークフリードは…瓦礫が腹部と頭部を直撃し、彼の倒れたあたりは一面夥しい血が流れていた。




アークフリードは、薄れゆく意識の中で、部屋の中に兵士が入ってきたのがわかった…もしや味方か…?

だが…それはサザーランドの茶色い甲冑を来た兵士2人だった。

ふたりはなにやら話しながら、エリザベスを抱きかかえていた。

それは…13年前のあの日を思い出させた。



アークフリードの脳裏に…幼いエリザベスが叫んでいた。
「ア―ク!!お願い死なないで…。」



だが、その声は…。


「アークフリード!しっかりしろ!おまえの死ぬ場所はここではないだろう!!」
と叫ぶライドの声に変わっていった。だが、眼を開くことは出来なかった…エリザベスを攫われるあの光景を見たくなかった。



また、俺は13年前と同じようにエリザベスを守れなかったのか…意識は暗く、そして深い所に落ちていった。 








気がついたら、白いリボンで結ばれた紫色の髪が、目の前に広がっていた。

俺の枕元に、伏して寝ているようだった…。紫色の髪が動いた…髪の間から見えた白い顔に俺の心臓は大きく音を鳴らした。そして…ゆっくりと眼を開いたその女性の瞳は紫色…。


俺は見惚れて、言葉を発することも出来ずじっと見ていた…。



淡いピンク色を纏った唇が言葉を発する。

「アーク、気がついたのね…良かった…」

その声は震え、紫色の瞳から涙が溢れるが、それをとめようとしているのか、淡いピンク色の唇を噛む姿に、俺は唇を噛んではいけないと、指を伸ばして触れ。





そして…聞いた。「君は…誰?」





エリザベスは驚愕に眼を見張り、胸がドキドキと音をたてるのがわかった。

「アーク…私が誰か…」だが、その声はアークフリードの困惑した顔を見て、最後まで言えなくなった。ただ見つめていた、時間がどれくらいたったのかわからなかったが、周りがザワザワとしている事だけは感じた。

誰かが言った。「目が、覚めた!よかった!!」「アークフリード!!」

アークフリードが目覚めたことを知った、ライドをはじめ多くの人達がベットに集まって来る。
エリザベスは微笑みながら答えているアークフリードを見ていた。


ー私のことだけ…私のことだけ…忘れているの?そ、そんな…。


エリザベスは…ゆっくり後ずさりながら、その場を離れていった。


エリザベスはあまりにもショックで気がつかなかった。ライド達の声に頷きながらも、部屋を出て行くエリザベスの姿をアークフリードの眼が追っていたことを…。記憶をなくしながらもエリザベスを求めているアークフリードの眼に…気がつかなかった。




砲撃で、気を失ったエリザベスを抱きかかえていたのは、コンウォール男爵がサザーランド国に放っていた手の者だった。その後、意識が戻ったエリザベスはすぐに、治癒魔法で多くの人の命を救った。

アークの傷もひどかったが、治癒魔法で傷を治すことが出来き、この幸運を感謝していたが…まさか…記憶をなくす事になるなど思いもよらなかった。

「すべてが…私との事がすべてなかったことに…なったの?」


エリザベスは、部屋の外に出た途端、足元から崩れた。








エリザベスが座りこんだ向かいの部屋には、バクルー王がパメラの遺体と一緒にいた。これは俺が受けるべき罰だと言い、バクルー王は左手の再生を断り、あれから横たわるパメラを…。



 …ただ、見ていた。




(良かった)と向かいの部屋から歓声が上がり、笑いさざめく声に、バクルー王の意識は、ようやく現世に戻ったかの様にふっ~と息を吐いた。


ーアークフリードの意識が戻ったのだろう。あの砲撃で、俺も気を失い、どういう状況だったかはわからないが…アークフリードが頭と腹部を損傷していると聞いた。命の炎が少しでも灯っていたら、エリザベスには助けることは可能だ…。



そう思ってまたパメラに眼がいった。



 だが死んだら…魔法は効かない。





バクルー王は、そっとパメラから目を離すと部屋を出た。その時…床に座り込むエリザベス姿に気がついた。

「アークフリードの意識が戻ったんだろう。なんでこんな所にいるんだ?」

エリザベスはなにも言わず、ぼんやりとどこかを見ていたが…アークフリードのいる部屋の扉が開き、当惑した顔で、ライドが出てきた。


ライドはエリザベスを見つけると
「あいつ…あいつの記憶が変だ。ここで戦って負傷したのはわかっているようだが、何の為にここマールバラに来たのか、そして誰を守る為、命をかけたのかわからないみたいなんだ。あいつ…エリザベス様に関することだけ…。」


ライドはその先は言えなかった、言わなくてもエリザベスの青褪めた顔がすべてを語っていた。黙り込むライドを見て、そして青褪めたエリザベスを見て、バクルー王は言った。

「このまま、アークフリードから離れるのか?あいつは…生きている。生きているんだ!なら、もう一度愛してもらえ、もう一度あいつを骨抜きにしてやれ!」



エリザベスの紫の瞳が揺れた。

「愛してくれるだろうか…」

「そんなのは、わからん!だがおまえも惚れているんだろう。ここでさよならできるのか?腹の子を父無し子にするつもりか?」

「…ど…うして、それを…?」

「…パメラが…コンウォール夫人を連れてきた時、おまえを見てパメラが呟いた声が俺にも聞こえたんだ。あいつは(大事な体で…どうして)とそう言っていた。あの状況下では考えもしなかったが…今ならわかる。」

「こ、子供…アークフリードとエリザベス様の…」と口をパクパクしながら、ライドは何度も繰り返し様子を見たバクルー王は笑いながら

「おい、アーガイル伯爵、一肌脱いでやれ。」と言ってエリザベスにその視線を移した。だがその時には、笑っていた瞳は、哀愁を帯びた瞳になっていた。

「エリザベス…悪かった。だが…俺は…パメラの言っていたように、おまえの母親のリリスに恋焦がれて、おまえに執着していたわけじゃない……惚れていたんだ。おまえに…。」


バクルー王は、そう言ってエリザベスの頭に手をおいて、エリザベスの紫色の髪をくしゃくしゃにすると、その顔はだんだんといつものバクルー王らしい自信満々の顔で

「頑張っても、あいつがおまえを必要としなかったら、そしてノーフォークを離れたくなったら、俺のところに来い。俺がいい親父になってやるよ。」と笑ってそう言うと、ふたりに背を向け歩き出した。


「バクルー王……」

エリザベスは、バクルー王の言葉に…なにも言えなかった。

複雑に曲がりくねった王宮の中…すぐにバクルー王の姿は見えなくなった。

先程まで憂いを含んだエリザベスの顔も、だんだんといつもエリザベスらしい、屈託のない笑みになっていった。

そして心の中で…アークは生きている。生きているのなら…と繰り返し、その思いを大きな声で、見えなくなったバクルー王に叫んだ。

「大丈夫!また愛してもらいます!いえ惚れさせます!…」


バクルー王の姿はもうすでに、見えなくなっていたが、エリザベスの声が聞こえたのだろう。



バクルー王の大きな笑い声が聞こえた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ
恋愛
18歳の近衛兵士アツリュウは、恋する王女の兄の命を救ったことで、兄王子の護衛官になる。王女を遠くから見られるだけで幸せだと思っていた。けれど王女は幼い頃から館に閉じ込められ、精神を病んだ祖父の世話を押し付けられて自由に外に出れない身だと知る。彼女の優しさを知るごとに想いは募る。そんなアツリュウの王女への想いを利用して、兄王子はアツリュウに命がけの戦をさせる。勝ったら王女の婚約者にしてやろうと約束するも、兄王子はアツリュウの秘密を知っていた。彼は王女に触れることができないことを。婚約者になっても王女を自分では幸せにできない秘密を抱え、遠くから見るだけでいいと諦めるアツリュウ。自信がなく、自分には価値がないと思い込んでいる王女は、アツリュウの命を守りたい、その思いだけを胸に1人で離宮を抜け出して、アツリュウに会いに行く。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

走馬灯に君はいない

優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

処理中です...