王子と令嬢の別れ話

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王子と令嬢の別れ話

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「婚約破棄しようと思うのです」

 そんなありきたりなテンプレ台詞から、王子と令嬢の会話は始まった。

 場所は、密室。紅茶入りティーカップが置かれたテーブルがひとつ、椅子が2つ。
 テーブルを挟んで王子と令嬢が話していて、2人の中間にはメイド。そして、メイドの足元に黒猫がいる。

「王子殿下は、国中からご自分が『バカ王子』と呼ばれているのをご存じですか?」
「知っているぞ」

 メイドは知っている。
 この2人は幼い頃から婚約関係だ。
 令嬢は優秀で、美しい。
 ただ、ひとつだけ欠点がある。
 
「王子殿下が『バカ王子』と呼ばれる理由は2つあります」
「1つならわかるが、もう1つはなんだ?」
  
 令嬢はテーブルの上に紙を広げ、羽ペンで「バカの理由」と書いた。
 すると、王子も羽ペンを握り、「その1、王国の重要な政策に従わないから」と書いた。

 メイドは知っている。
 王子は、「王位継承者は子どもを多く作るために複数の妃を持つ」という政策に「いやだ」と言っているのだ。

「俺の妃はお前だけでいい」
「殿下。王位継承権1位の方がそんなご発言をしてはいけませんわ。少子高齢化社会で、民だって子持ち世帯を子なし世帯が支えるようになっているのですから」
「俺が王になったら『無理しなくていいぞ。産みたければ産み、いやだったらいやと言え』と演説してやるぞ。それで、2つめは?」 

 黒猫がメイドの足をちょしちょしとつついているが、メイドは首を振った。
 2つめの話をする令嬢の顔が、悲しげに歪んでいる。
 
「2つめは、わたくしが子どもが産めない体だとお医者様に診断されて、国中から『わたくしとの婚約を白紙にしろ』と言われているのに白紙になさらないことですわ」
 
 メイドは知っている。 
 令嬢は、初めて会ったときから王子のことが好きなのだ。
 幼い頃から王子の婚約者として礼儀作法や教養を身に着けようと励んできた。
 
 なのに「婚約者として不適切だ」と国中に噂される身になったのだから、さぞ辛いだろう。
 
「殿下、わたくしは臣下として殿下の幸せを望んでおります。どうか新しい婚約者をお迎えください。……それでは、さようなら」

 令嬢は席を立ったが、立った弾みでティーカップをひっくり返してテーブルを濡らしてしまった。
 普段ならあり得ない失敗である。
 表情には出していなかったが、精神的に疲労しているのだろう。

「あっ! 失礼しましたわ」
「大丈夫か? 火傷をしなかったか?」
「怪我はしていません」
「……それならよかった」

 王子は安心した様子で微笑み、ハンカチでテーブルを拭いた。

「さて、お前の話はわかったぞ。俺が至らないばかりにお前を苦しませていた。すまない」
「今まで申し訳ありませんでした、殿下。それでは、新しい婚約者さまとお幸せに」
「い、や、だ。俺は帰っていいと言ってないぞ。ちょっとついてきてくれ」
  
 王子は令嬢の手を取って部屋の本棚に向かった。
 そして、本棚の本を一冊棚から抜き、本に隠されていた壁のスイッチを押した。

「殿下? こ、これは……っ?」

 スイッチを押して現れたのは、地下室に続く秘密の階段だった。
 王子は令嬢の手を取り、魔法の光で照らしながら、階段を降りていく。

「……」

 メイドは2人の後をついていった。
 黒猫も、ついてくる。
 ひた、ひたと。
 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 

 階段を降りると、広い研究施設があった。

 大きな卵が置かれている台座の前で、王子は言った。
 
「これは、俺の研究成果だ。卵には人の子が宿っている」
「ええっ?」
「内密に取り組んでいた研究……『愛し合う2人が22日間一緒に魔力を注ぐと、2人の血を継ぐ愛の子が実る魔法の卵』である」

 凄い話だ。

「殿下。その研究は素晴らしいと思いますが……ええと、いろいろ……大丈夫なのでしょうか?」
「これはあくまで、我が国が抱える問題を解決するための解法をひとつ増やしてみたに過ぎない。用意した後、活用するかどうかは有識者を集めて会議することになるだろう」

 王子はそう言って頬を掻いた。

「大切なのは、つまり……俺は、お前が後ろめたさを感じないように世の中を変える意思があるし、そのために試行錯誤する。俺が『どんな努力をしてでもお前と別れたくない』と思っている、ということを伝えたかった」
「……殿下は、わたくしと別れたくないと言ってくださるのですね」
「いつもそう思っている。幸い、王族は数も多く仲が良い。俺以外の王位継承者たちも優秀で気のいい者たちばかりだ。王位を譲って子どもを作らない人生を勝ち取るのも選択肢のひとつだ」
「でも」
「お前から『でも』が出ないくらい、どこからも文句が出ないようにして結ばれようと思っている。俺はお前のことが好きだし、ずっと努力をしてきたのを知っている。お前の良いところを山ほど知っている俺としては、身体的事情ひとつで婚約者失格と言われてしまう世の中に納得がいかないんだ」
 
 令嬢が頬を紅潮させて俯くと、王子は優しく彼女の肩を抱いた。
 
「バカと呼ばれても俺は構わないが、お前が悲しむなら、改善する。俺はお前のことを愛しているので、……どうか俺を捨てないでほしい」

 王子が令嬢の顔を覗き込み、片手を頬に添える。
 2人の顔がゆっくりと近づいて――唇が重なった。
 
 キスは想いを伝え合うように何度も交わされて、2人はしばらく甘い雰囲気になっていた。
 
「殿下。わたくし……婚約者のままでいたいと申し上げてもよろしいでしょうか」
「妻になりたいと言ってくれたら、もっと嬉しい。夫婦になろう」
「……はい……!」  
 
 黒猫とメイドが壁際で見守っていると、やがて2人は元いた部屋に戻って行った。
 
 パタン、と扉が閉まり。
 ガチャリ、と鍵が閉まる音がする。
 
 ……。
 
 …………。
 

「……溺愛されていますね、お嬢様」

 
 実は、メイドはすでに死んでいる。

 メイドは令嬢の家に仕えていて、幼い頃から令嬢のお世話をしてきた。
 
 令嬢は幼い頃に母親を亡くしたせいか、母親と近い年齢のメイドによく懐いてくれていた。 
 誰にも言わない弱音をこっそりと打ち明け、涙を見せることもあった。
 
 メイドはいつも令嬢が泣くと甘いお菓子を出し、気持ちの落ち着くハーブティーを淹れた。
 すると令嬢は「ありがとう」とお礼を言って、笑顔になってくれるのだ。
 
 メイドが持病をこじらせて寝たきりになってからも、令嬢は部屋を訪ねてきた。
 「早く元気になってね」と言ってくれて、メイドが死んだときは涙を流し、悲しんでくれた。
 
 子どもがいないメイドにとって、令嬢は自分の娘のようにも思える大事な存在だった。
 
 
「いつまでもこうしてはいられない。君は、死んだのだから」

 視線を動かすと、黒猫が人間の青年に似た姿になっている。
 黒衣装に大きな鎌を持った青年は、死神だ。死神は、メイドへと手を差し出した。
 手を取ると、「いよいよ自分はこの世とお別れするのだ」という実感が湧いてくる。

「どうかお幸せに、お嬢様……さようなら」
「フン。幸せになってもならなくても、どうせいつか人間は死ぬのだ。君たちは長いと思っているかもしれないが、人生は短いのだぞ。短い時間をそう思い悩むでない」

 声は冷たく聞こえるが、死神の表情は優しかった。
 
「死神さま。お嬢様を見守る時間をくださって、ありがとうございました」

 お礼を告げると、死神は「ニャア」と猫の鳴き真似をして、喉を鳴らした。
 「どういたしまして」の表現らしい。

「死神の世界も人材不足だ。君みたいに人のために心を砕いて働ける者は歓迎されると思うぞ」
「もしかして、私も死神になれたりするのでしょうか?」
「ニャア♪」

 では、いつの日かこの死神のようになって、人間の様子を見に来れるだろうか。
 お嬢様や王子のその後の人生が知れるだろうか?

 そんな希望を抱きながら、メイドは現世とお別れしたのだった。


 ――End.
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