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マジカリア王立学園の生徒は、寮ごとにまとまって生活を送る。
朝夕の食事は寮の食堂を使うし、お風呂や自習室は寮内の施設だ。
制服のデザインも所属する寮がわかるようになっていて、ブレザーの制服の上からフード付きの膝丈ローブを羽織るのだけど、ローブの胸元には寮ごとに異なるデザインのワッペンと色分けされたリボンタイを付ける。
この寮は入学から卒業まで固定だ。
ナイトラビット寮は「落ちこぼれ」と言われている寮なので、所属が決まった後に入学を辞退したり退学する生徒も多いらしい。
「だから他の寮に比べて人数は少ないんだ」
「教えてくれてありがとう、セレスティン」
セレスティンとの話に夢中になっているうちに、空が茜色に変わっていた。
夕暮れの鐘が、遠くで穏やかに鳴り始める。
「パメラ。今日は食堂で新入生の歓迎会があるって聞いたよ」
「本当? じゃあ、行ってみる?」
私たちはナイトラビット寮の食堂に行った。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
食堂はカラフルな装飾で彩られていた。
天井から吊るされた金色や紫のリボンが、窓から差し込む夕日を受けてきらきらと輝いている。
テーブルには料理が並び、焼き立てのパンの匂いやスープの匂いが混ざり合って漂ってきた。
こんなに温かな雰囲気の集まりに参加するのは、いつぶりだろう。
食堂にはすでに何人かの生徒が集まっていて、私たちを見ると会話を止めた。
「あ、パメラ・タロットハートだ」
「あの子が『完璧な王太子殿下の唯一の傷』と言われてる婚約者……」
「本当に来たんだ」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
待って。
『完璧な王太子殿下の唯一の傷』って何?
そんなこと言われてるの? 今初めて聞いたよ。
笑顔が引きつりそうになる。でも。
「パメラは良い子だよ!」
セレスティンの明るい声は、私の表情筋をほぐしてくれた。
彼女はすでに他の寮生と打ち解けていたみたいで、何人かの生徒が「セレスティン!」と手を振り返している。
「噂を鵜呑みにしないであげて。パメラは噂みたいな悪い子じゃない。ボクが保証するよ」
わあ、セレスティンに後光が差して見える。
神様、仏様、セレスティン様だ。拝んでおこう。
おかげで、寮生たちは警戒を緩めてくれた。
「セレスティンがそう言うなら……」
「なんかパメラ嬢、両手を合わせて拝んでない?」
「呪いのポーズか?」
感謝してるんだよ。呪いじゃないよ。
私がお祈りポーズを続けていると、眼鏡をかけた緑髪の男子生徒が恐る恐る近づいてきた。
「あの、パメラさん。僕はマルクって言います。同じ一年生です。平民で入学試験は下から三番目の順位でしたが、将来、このアストリア王国の宰相になるつもりで勉学に励んでいます! よろしくお願いします」
将来の宰相だって。
なかなかキャラが濃い。
けど、原作にはいなかった気がする。
「こちらこそ、よろしくお願いします、マルクさん」
「パメラさんのお家で父が料理人をしてまして、いつもお世話になってます」
「あぁっ……、そうなんですね! 美味しいお料理をいつもありがとうございます」
私が笑顔で返すと、マルクは安心したように微笑んでくれた。
「聞いたか? 使用人の息子にお礼を言ったぞ」
「うん、聞こえた……」
それを見た他の生徒たちも、次々と自己紹介をしてくれる。
「よろしく、パメラさん」
「よろしく……」
セレスティン、ありがとう。
それに、この流れのきっかけを作ってくれたマルクも。
私が二人に感謝のお祈りポーズを向けていると、食堂の扉を開けて、体格の良い男子生徒が歩いてきた。
「おお、やってるな。新入生の生き残りもちゃんといるようでなによりだ!」
黒いシャツの前ボタンを大胆に外していて、褐色肌の筋肉質な胸元が露出している。
金のネックレスや指輪をジャラジャラさせていて、オレンジ味の強い金髪はポンパドールに近い髪型。
釣り上がった目は百獣の王を思わせる。
「なにせナイトラビット寮生はすぐ退学するからな! がはは!」
笑い方が豪快だ。
笑うと覗く犬歯がやんちゃっぽさを感じさせて……どう見ても、原作に出てきた『実は隣国の王子様』のジェラルドだなぁ。
「オレ様はジェラルド。二年生で、このナイトラビット寮のリーダー格ってやつだ。はっはっは!」
思った通り、ジェラルドだ。
豪快に笑う彼の周りには、取り巻きらしい生徒たちが何人もいる。みんな楽しそうに笑っていて、ジェラルドの明るい性格が伝わってくる。
「ようこそナイトラビット寮へ! ここは最高の寮だぞ。マルクみたいに勉強なんて頑張らなくていい。青春を謳歌しよう!」
ジェラルドは腕を大きく広げて宣言した。
「いいか、期待されないってことは好き放題できていいことなんだ。落ちこぼれは自由だ。最高じゃないか。ナイトラビットばんざーい!」
「ばんざーい!」
一年生は呆然としているけど、二年生や三年生は一緒に叫んでいる。
この寮、原作には詳しく描かれていなかったけれど、こんなに面白い環境だったなんて。
「オレ様は理想の嫁探しに学園に来てるんだ。勉強なんて知るか。はっはっは!」
ジェラルドの豪快な笑い声が食堂中に響く。
隣国からの留学生だと誰かが教えてくれた。南国気質なのか、とても大らかで開放的な雰囲気を持っている。
「そこの綺麗な顔をした新入生はどうだ?」
ジェラルドの視線が私に向けられた。
――え?
彼は大股で私に近づいてくると、いきなり指で私の顎を持ち上げた。
「オレの嫁にならないか?」
「私が……?」
顔を覗き込まれて、思わず固まってしまう。
ジェラルドの琥珀色の瞳が、じっと私を見つめている。
「近くで見ると……ううむ。見れば見るほど本当に美少女だな。好みだ。オレの運命の相手ではないか?」
彼の頬がほんのりと赤くなっている。
えっ、原作ではコレットに同じ反応をして溺愛するんだけど。
なぜ私に?
周囲の生徒たちも明らかに驚いている。
「ええ……? なんかジェラルド先輩が一瞬で惚れたぞ」
「ジェラルド先輩、いつもそうだけど、今回は特に早いですよ」
取り巻きの一人が「先輩、また一目惚れですか」と呆れたように呟いた。おかしいよね。
「先輩。彼女、婚約者いるよ」
セレスティンがすっと割って入ってくれた。ジェラルドと私の間に立って、私を守るように腕を広げている。
「そうなのか? 残念だな」
ジェラルドは素直に引き下がりかけたが、セレスティンが小声で付け加える。
「まあ、破局しそうな相手だけどね」
「本当か!」
ジェラルドの目がきらりと光った。
「では破局したらオレと付き合おう! 約束だぞ」
「結構です」
私は即座に首を横に振った。
ジェラルドは悪い人ではない。でも、コレットに片思いする予定の人だし、「付き合おう」と言われて「はい、付き合います」なんて二つ返事できるほど私は遊びの恋愛に積極的ではない。
「冷たいな。まあいい、これから仲良くしよう!」
ジェラルドは全く気にした様子もなく、豪快に笑った。
「さあ、新入生歓迎会を始めるぞ! 今日は思いっきり食べて飲んで、楽しもう!」
生徒たちが一斉に歓声を上げる。
テーブルに並べられた料理が、改めて目に入った。
ブッフェ形式みたいだ。
ローストチキンに緑黄色野菜、クリームソースのかかったパスタ、バターロールと赤、茶、黄の三色スープ。
デザートには宝石のように艶めくフルーツタルトやムースが並んでいる。
どれも見た目も綺麗に盛り付けられていて、美味しそう。
「すごい……」
「寮長先生が特別に許可してくれたんだ。年に数回しかない豪華な食事だよ」
マルクが嬉しそうに教えてくれた。
「さあ、遠慮するな。新入生から取れ!」
ジェラルドに促されて、私は皿を手に取る。
何から取ろうか迷ってしまう。スープは全種類、味見してみたいな。
セレスティンも隣で楽しそうに料理を選んでいる。
「パメラ、これ美味しいよ」
「本当? じゃあ、私もそれを」
二人で席に座ると、周りの生徒たちも次々と料理を取って席についた。
ジェラルドが大きなジョッキ(中身はジュース)を掲げる。
「ナイトラビット寮の新入生に乾杯!」
「乾杯!」
みんなで声を合わせて、グラスとグラスがぶつかる音が心地よく響いた。
「いただきます」
料理を口に運ぶと、ローストチキンは外はパリッと、中はジューシーで、ハーブの香りが効いている。
パスタのクリームソースはまろやかで、口の中でとろける。
赤いスープはミネストローネだ。美味しい。
食事をしながら、周りの会話に耳を傾ける。
誰かが講義の話をしていて、誰かが寮の設備について教え合っている。笑い声が絶えなくて、温かい。
ナイトラビット寮って、こんなにアットホームでいい雰囲気なんだ。
私はここに来られて、本当に良かったのかもしれない。
「パメラ」
セレスティンが囁くように声をかけてきた。
「楽しい?」
「うん、とても」
私が心からの笑顔で答えた時、食堂の扉が開いて、黒兎のルナル寮長が入ってきた。
「あ、ルナル寮長だ」
誰かが囁いた。生徒たちが一斉に姿勢を正す。
手のひらに載るサイズの黒兎に全員が礼儀正しくお辞儀するのは、ちょっと不思議な感じだ。
「ナイトラビットのみんな、夕食を楽しんでいるだろうか?」
ルナル寮長は優しい声で問いかけた。
「楽しんでますとも!」
ジェラルドが代表して答える。
「それは良かった。新入生のみんな、ナイトラビット寮へようこそ。困ったことがあれば、遠慮なく先輩や儂に相談しておくれ。寮は、みんなの家同然だからな」
その言葉に、胸が温かくなる。
「今年も良い一年になりますように。それでは、引き続き存分に楽しんでおくれ」
ルナル寮長は満足そうに長い耳をぴょこりと揺らし、食堂を出ていった。
「いい寮長だろう? はっはっは!」
ジェラルドがまた豪快に笑う。
「本当に」
私も素直にそう思った。
原作の私はナイトラビット寮所属なのが嫌で嫌で仕方なかった設定だけど、素敵な寮だと思う。
周りを見ても、みんなニコニコしながら話したり食べたりしている。
「噂では国家転覆を企む最低最悪の教授がこの寮の出身らしいが、オレたちの寮はそんな噂に負けないぜ」
「なんですか、その噂?」
「みんなー! 邪悪な教授に負けるな!」
よくわからないけど、盛り上がっている。
寮生の絆が強いのは良いこと……かな?
朝夕の食事は寮の食堂を使うし、お風呂や自習室は寮内の施設だ。
制服のデザインも所属する寮がわかるようになっていて、ブレザーの制服の上からフード付きの膝丈ローブを羽織るのだけど、ローブの胸元には寮ごとに異なるデザインのワッペンと色分けされたリボンタイを付ける。
この寮は入学から卒業まで固定だ。
ナイトラビット寮は「落ちこぼれ」と言われている寮なので、所属が決まった後に入学を辞退したり退学する生徒も多いらしい。
「だから他の寮に比べて人数は少ないんだ」
「教えてくれてありがとう、セレスティン」
セレスティンとの話に夢中になっているうちに、空が茜色に変わっていた。
夕暮れの鐘が、遠くで穏やかに鳴り始める。
「パメラ。今日は食堂で新入生の歓迎会があるって聞いたよ」
「本当? じゃあ、行ってみる?」
私たちはナイトラビット寮の食堂に行った。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
食堂はカラフルな装飾で彩られていた。
天井から吊るされた金色や紫のリボンが、窓から差し込む夕日を受けてきらきらと輝いている。
テーブルには料理が並び、焼き立てのパンの匂いやスープの匂いが混ざり合って漂ってきた。
こんなに温かな雰囲気の集まりに参加するのは、いつぶりだろう。
食堂にはすでに何人かの生徒が集まっていて、私たちを見ると会話を止めた。
「あ、パメラ・タロットハートだ」
「あの子が『完璧な王太子殿下の唯一の傷』と言われてる婚約者……」
「本当に来たんだ」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
待って。
『完璧な王太子殿下の唯一の傷』って何?
そんなこと言われてるの? 今初めて聞いたよ。
笑顔が引きつりそうになる。でも。
「パメラは良い子だよ!」
セレスティンの明るい声は、私の表情筋をほぐしてくれた。
彼女はすでに他の寮生と打ち解けていたみたいで、何人かの生徒が「セレスティン!」と手を振り返している。
「噂を鵜呑みにしないであげて。パメラは噂みたいな悪い子じゃない。ボクが保証するよ」
わあ、セレスティンに後光が差して見える。
神様、仏様、セレスティン様だ。拝んでおこう。
おかげで、寮生たちは警戒を緩めてくれた。
「セレスティンがそう言うなら……」
「なんかパメラ嬢、両手を合わせて拝んでない?」
「呪いのポーズか?」
感謝してるんだよ。呪いじゃないよ。
私がお祈りポーズを続けていると、眼鏡をかけた緑髪の男子生徒が恐る恐る近づいてきた。
「あの、パメラさん。僕はマルクって言います。同じ一年生です。平民で入学試験は下から三番目の順位でしたが、将来、このアストリア王国の宰相になるつもりで勉学に励んでいます! よろしくお願いします」
将来の宰相だって。
なかなかキャラが濃い。
けど、原作にはいなかった気がする。
「こちらこそ、よろしくお願いします、マルクさん」
「パメラさんのお家で父が料理人をしてまして、いつもお世話になってます」
「あぁっ……、そうなんですね! 美味しいお料理をいつもありがとうございます」
私が笑顔で返すと、マルクは安心したように微笑んでくれた。
「聞いたか? 使用人の息子にお礼を言ったぞ」
「うん、聞こえた……」
それを見た他の生徒たちも、次々と自己紹介をしてくれる。
「よろしく、パメラさん」
「よろしく……」
セレスティン、ありがとう。
それに、この流れのきっかけを作ってくれたマルクも。
私が二人に感謝のお祈りポーズを向けていると、食堂の扉を開けて、体格の良い男子生徒が歩いてきた。
「おお、やってるな。新入生の生き残りもちゃんといるようでなによりだ!」
黒いシャツの前ボタンを大胆に外していて、褐色肌の筋肉質な胸元が露出している。
金のネックレスや指輪をジャラジャラさせていて、オレンジ味の強い金髪はポンパドールに近い髪型。
釣り上がった目は百獣の王を思わせる。
「なにせナイトラビット寮生はすぐ退学するからな! がはは!」
笑い方が豪快だ。
笑うと覗く犬歯がやんちゃっぽさを感じさせて……どう見ても、原作に出てきた『実は隣国の王子様』のジェラルドだなぁ。
「オレ様はジェラルド。二年生で、このナイトラビット寮のリーダー格ってやつだ。はっはっは!」
思った通り、ジェラルドだ。
豪快に笑う彼の周りには、取り巻きらしい生徒たちが何人もいる。みんな楽しそうに笑っていて、ジェラルドの明るい性格が伝わってくる。
「ようこそナイトラビット寮へ! ここは最高の寮だぞ。マルクみたいに勉強なんて頑張らなくていい。青春を謳歌しよう!」
ジェラルドは腕を大きく広げて宣言した。
「いいか、期待されないってことは好き放題できていいことなんだ。落ちこぼれは自由だ。最高じゃないか。ナイトラビットばんざーい!」
「ばんざーい!」
一年生は呆然としているけど、二年生や三年生は一緒に叫んでいる。
この寮、原作には詳しく描かれていなかったけれど、こんなに面白い環境だったなんて。
「オレ様は理想の嫁探しに学園に来てるんだ。勉強なんて知るか。はっはっは!」
ジェラルドの豪快な笑い声が食堂中に響く。
隣国からの留学生だと誰かが教えてくれた。南国気質なのか、とても大らかで開放的な雰囲気を持っている。
「そこの綺麗な顔をした新入生はどうだ?」
ジェラルドの視線が私に向けられた。
――え?
彼は大股で私に近づいてくると、いきなり指で私の顎を持ち上げた。
「オレの嫁にならないか?」
「私が……?」
顔を覗き込まれて、思わず固まってしまう。
ジェラルドの琥珀色の瞳が、じっと私を見つめている。
「近くで見ると……ううむ。見れば見るほど本当に美少女だな。好みだ。オレの運命の相手ではないか?」
彼の頬がほんのりと赤くなっている。
えっ、原作ではコレットに同じ反応をして溺愛するんだけど。
なぜ私に?
周囲の生徒たちも明らかに驚いている。
「ええ……? なんかジェラルド先輩が一瞬で惚れたぞ」
「ジェラルド先輩、いつもそうだけど、今回は特に早いですよ」
取り巻きの一人が「先輩、また一目惚れですか」と呆れたように呟いた。おかしいよね。
「先輩。彼女、婚約者いるよ」
セレスティンがすっと割って入ってくれた。ジェラルドと私の間に立って、私を守るように腕を広げている。
「そうなのか? 残念だな」
ジェラルドは素直に引き下がりかけたが、セレスティンが小声で付け加える。
「まあ、破局しそうな相手だけどね」
「本当か!」
ジェラルドの目がきらりと光った。
「では破局したらオレと付き合おう! 約束だぞ」
「結構です」
私は即座に首を横に振った。
ジェラルドは悪い人ではない。でも、コレットに片思いする予定の人だし、「付き合おう」と言われて「はい、付き合います」なんて二つ返事できるほど私は遊びの恋愛に積極的ではない。
「冷たいな。まあいい、これから仲良くしよう!」
ジェラルドは全く気にした様子もなく、豪快に笑った。
「さあ、新入生歓迎会を始めるぞ! 今日は思いっきり食べて飲んで、楽しもう!」
生徒たちが一斉に歓声を上げる。
テーブルに並べられた料理が、改めて目に入った。
ブッフェ形式みたいだ。
ローストチキンに緑黄色野菜、クリームソースのかかったパスタ、バターロールと赤、茶、黄の三色スープ。
デザートには宝石のように艶めくフルーツタルトやムースが並んでいる。
どれも見た目も綺麗に盛り付けられていて、美味しそう。
「すごい……」
「寮長先生が特別に許可してくれたんだ。年に数回しかない豪華な食事だよ」
マルクが嬉しそうに教えてくれた。
「さあ、遠慮するな。新入生から取れ!」
ジェラルドに促されて、私は皿を手に取る。
何から取ろうか迷ってしまう。スープは全種類、味見してみたいな。
セレスティンも隣で楽しそうに料理を選んでいる。
「パメラ、これ美味しいよ」
「本当? じゃあ、私もそれを」
二人で席に座ると、周りの生徒たちも次々と料理を取って席についた。
ジェラルドが大きなジョッキ(中身はジュース)を掲げる。
「ナイトラビット寮の新入生に乾杯!」
「乾杯!」
みんなで声を合わせて、グラスとグラスがぶつかる音が心地よく響いた。
「いただきます」
料理を口に運ぶと、ローストチキンは外はパリッと、中はジューシーで、ハーブの香りが効いている。
パスタのクリームソースはまろやかで、口の中でとろける。
赤いスープはミネストローネだ。美味しい。
食事をしながら、周りの会話に耳を傾ける。
誰かが講義の話をしていて、誰かが寮の設備について教え合っている。笑い声が絶えなくて、温かい。
ナイトラビット寮って、こんなにアットホームでいい雰囲気なんだ。
私はここに来られて、本当に良かったのかもしれない。
「パメラ」
セレスティンが囁くように声をかけてきた。
「楽しい?」
「うん、とても」
私が心からの笑顔で答えた時、食堂の扉が開いて、黒兎のルナル寮長が入ってきた。
「あ、ルナル寮長だ」
誰かが囁いた。生徒たちが一斉に姿勢を正す。
手のひらに載るサイズの黒兎に全員が礼儀正しくお辞儀するのは、ちょっと不思議な感じだ。
「ナイトラビットのみんな、夕食を楽しんでいるだろうか?」
ルナル寮長は優しい声で問いかけた。
「楽しんでますとも!」
ジェラルドが代表して答える。
「それは良かった。新入生のみんな、ナイトラビット寮へようこそ。困ったことがあれば、遠慮なく先輩や儂に相談しておくれ。寮は、みんなの家同然だからな」
その言葉に、胸が温かくなる。
「今年も良い一年になりますように。それでは、引き続き存分に楽しんでおくれ」
ルナル寮長は満足そうに長い耳をぴょこりと揺らし、食堂を出ていった。
「いい寮長だろう? はっはっは!」
ジェラルドがまた豪快に笑う。
「本当に」
私も素直にそう思った。
原作の私はナイトラビット寮所属なのが嫌で嫌で仕方なかった設定だけど、素敵な寮だと思う。
周りを見ても、みんなニコニコしながら話したり食べたりしている。
「噂では国家転覆を企む最低最悪の教授がこの寮の出身らしいが、オレたちの寮はそんな噂に負けないぜ」
「なんですか、その噂?」
「みんなー! 邪悪な教授に負けるな!」
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