魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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2、ナイトラビット寮の一年生

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 入寮翌日の朝の空は、虹が架かっていて爽やかな雰囲気に彩られていた。

 今日から、講義が始まる。

「おはようパメラ……何をしてるの?」
「おはようセレスティン! 日課の体操よ。朝は体操、夜はストレッチとスクワットと腹筋もしているわ」
「パメラって面白いね……」
 
 セレスティンは騎士を目指してる少女だ。
 健康のために始めた日課が気に入るだろうと思って教えてみたら、思った通り「ボクもやろうかな」と言ってくれた。

 寮の食堂に行くと、ナイトラビット寮の生徒たちが揃っている。
 
「お嬢ちゃんたち、いってらっしゃい。元気で学園を楽しんでおいで」
「いってきます!」
 
 ルナル寮長の見送りに手を振って寮の外へと出る。
 伸び放題の草が朝露をまとって揺れ、陽光を受けてきらきらと光っている。綺麗だ。
 
 私の制服の胸には、紫のリボンタイと小さなウサギのワッペンが付いている。
 ウサギは「落ちこぼれナイトラビットの証」と揶揄されることもあるけど、可愛いから私は気に入っている。

「パメラ、今日の一番最初の講義、『錬金術基礎』を取ってるよね? ボクも一緒なんだ」
「了解。あと、セレスティン、頬にパンくずが付いてるわ」
「えっ、ほんと!?」
 
 青色の髪を首の後ろでまとめたセレスティンは、男子の制服がよく似合う。
 慌ててパンくずを払う姿が可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

「制服、すごく似合ってる。格好いいよ」
「フフッ、ありがとう! パメラはそう言ってくれると思った。ボク、この制服気に入ってるんだ」
 
 セレスティンとはもう誰が見ても仲の良い友達だ。
 破滅回避、順調では? この調子でいこう。
 意気揚々と寮の門へ向かうと、周囲がざわめきはじめた。

「シルバーウルフ寮のエリートたちが、どうしてナイトラビット寮に?」
「主席入学のアトレイン殿下だ!」
「完璧な王太子様だ……!」
 
 門の前には、人だかりができていた。
 中心で白銀の髪が陽を受けて輝いている。
 すぐ後ろには、彼の護衛であり幼馴染でもあるレイオン・キャロベル子爵令息という生徒も一緒だ。
 夕陽色の髪をしていて、体格がいい。
 キャロベル子爵家は騎士の名家で、学園創設者の血筋である名門エドナミイル家の派閥だ。
 派閥内で婚姻政策もしていて、彼はエドナミイル家、ひいては学園創設者の血も引いている貴公子である。
 社交的で快活な人柄で、令嬢たちからの人気も高いんだ。彼は令嬢たちには見向きもせず、じっと一点を見つめている。
 視線の先は……銅像?
 
 そういえば、原作の描写でアトレイン殿下の従者キャラのレイオンが銅像ばかり見ていて読者に「銅像フェチ」というニックネームで呼ばれていた気がする。
 本当に銅像フェチなんだろうか。
 私がレイオンを見ていると、アトレイン殿下が視線に割り込むように位置を移動した。
 
「殿下……」
 
 目が合った瞬間、殿下がふわりと微笑んだ。
 
 春風のような優しい微笑の眩しさに、周囲の女子たちが小さく悲鳴を上げる。
 花の香りを運ぶ風が吹いて、世界が一瞬だけ色を増した気がした。
 
「おはよう、パメラ。迎えに来たんだ」

 乙女ゲームのシチュエーションボイスみたいな爽やかな美声で挨拶されてしまった。
 騒がれるのにも慣れているのだろう、堂々としている。

「……おはようございます、殿下」
 
 おかしいな?
 原作ではアトレイン殿下は私を迎えに来たりしなかった気がする。

 首をかしげていると、殿下は私の隣に立って笑いかけてきた。
 
「パメラは制服が似合うね。今度タイの色に合わせたリボンを贈ろうか」
  
 「この人、私に好意があるのでは?」と勘違いしてしまいそうな笑顔だ。
 でも、誤解して調子に乗った先にあるのは断罪イベントだよ。
 恐ろしい罠だ。
 私が危険な笑顔から視線を逸らしていると、セレスティンがそっと耳元に顔を寄せてくる。
 
「ねえ、パメラ。昨日の話だと、殿下は婚約者なのにキミのことを悪女だと思っていて、婚約を解消する予定なんだよね?」
「あ、うん……」
「あの殿下は外面そとづらは良いけど、婚約者としては全然ダメだ。ボクが守るよ、友達として」
「え?」

 『完璧な王太子』が全然ダメ?
 驚いている間に、セレスティンは一歩前へ出て、凛とした声を響かせた。

「シルバーウルフ寮の方々、朝からお疲れ様です。パメラはボクと講義に行く約束がありますので、失礼しますね」
 
 アトレイン殿下は穏やかな笑みのまま、首をかしげた。
 
「あなたは?」
「ボクはセレスティン・ルケイオス。パメラの友達です」
「友達……そうか」
 
 二人とも、笑顔が黒く見えるのは気のせいだろうか。
 
「俺はパメラの婚約者なのだが?」
「不仲で有名でいらっしゃいますね」

 ひええ、一触即発の空気だよ。
 私が内心ぷるぷる震えていると。
 
「殿下ぁ~!」
 
 甘い声が響いて、濃い栗色ダークブラウンの髪を揺らして走ってくる少女がいた。
 黄緑色のリボンがピョコピョコと跳ねて、眩しいほどの笑顔で……か、可愛い。
 
「おはようございます、アトレイン殿下! 今日の講義、ご一緒しましょう? あたし、錬金術基礎を取ってるんです!」
「ああ、おはよう。コレット嬢」
 
 ……コレット!?
 
 その名を聞いた瞬間、心臓が強く打つ。
 コレット・グリーニア――原作小説の主人公。
 アトレイン殿下と恋に落ちる、運命のヒロインだ……!
 
「殿下。あたし、さっきスカイホエール寮の生徒が殿下を『完璧』って褒めてるのを聞いたんですよ!」
「……そうか。褒めてもらえるのは嬉しいな」

 コレットの胸には、殿下と同じ銀狼のワッペンがある。リボンタイの色も、シルバーウルフ寮の黄色だ。
 二人が見つめ合っているのを見て、胸の奥がほんの少し痛んだ。

 小説の通り、二人はこれから惹かれ合っていくんだ……。

 そう思った矢先、コレットが私に顔を向けた。

「えっと……パメラさん、ですよね? 貴族のお嬢様がナイトラビット寮なんて珍しいって、みんなが話してて! あたし、応援してます!」

 溌剌とした声に、瑞々しい葡萄の果実みたいな目。
 でも、前世を思い出す前の私なら「無礼では?」とカチンと来たかもしれない。
 ……幸い、今は前世の知識がある。
 コレットと揉めても百害あって一利なし。
 私は制服のスカートをつまみ、丁寧に挨拶カーテシーをした。

「初めまして、コレットさん。パメラ・タロットハートと申します」
「パメラさん、わからないことがあったら教えてあげますよ。身分とか気にしないので、仲よくしましょう」

 距離感が初対面じゃない気がするけど、気にしない。

「ご親切にありがとうございます。でも、頼れる友人がいますので大丈夫です。講義に遅れますから、これで失礼いたしますね」
「そう? じゃあ、またね!」

 にこやかな声を背に受けながら、私はセレスティンの手を取って歩き出した。
 
「あの子、随分と馴れ馴れしいね。パメラ、平気?」
 
 セレスティンの心配そうな声が、胸の奥を温めてくれる。それに、他の生徒のヒソヒソ声も聞こえてくる。

「コレットって平民だろ? いくら学園内が特別だと言っても王太子殿下にあんなに気安くするなんて」
「あり得ないよな」
「いくらパメラ嬢が問題のある方でも、あの挨拶は無礼だと思う」
「パメラ嬢って噂と違うんだな、なんか」

 ……この反応は悪くないんじゃない?
 悪役、遠のいてない?
 
「ありがとう、セレスティン。これから推しの講義だもの、元気いっぱいよ」
「何かあったら言ってね。愚痴でも決闘でも、なんでも聞くから」
「ふふっ、必要な時はお願いするわ」

 大丈夫。私には友達がいる。推しもいる。

 ――楽しんでいこう。

 私は胸を張り、朝の光の中へと歩き出した。
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