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1章、王太子は悪です
16、未熟者のマント、なびかせて
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『五果の五枝』……5月5日。
夜、19時。
魔女家当主のキルケ様に許可をもらい、私はパーニス殿下と守護大樹アルワースの近くに出かけた。
2人きりではなく、キルケ様同伴である。
守護大樹の近くには天幕が並び、魔女家傘下の魔法使いたちが忙しく魔法薬を作ったり守護大樹の周囲に魔法陣を作っていたりする。
「ボクは守護大樹を2つの方法で浄化することにした。1つめは、邪悪な気から守り清める浄化の魔法陣を敷設する方法。2つめは、特効薬の継続投与だ」
「キルケ様。 『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家は、協力してくれてないみたいですね?」
「そうだね。忙しいんだってさ。どうも、渋られている」
原作の乙女ゲームだと、 魔法使いの二大名家、『魔女家』ウィッチドール伯爵家、『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家どちらかとコネクションがあれば、もう片方の家に協力を要請してくれて、二大名家が一緒に浄化作戦に取り掛かる。でも、 『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家は手伝ってくれていない。
「マリンベリー。その件だが、賢者家に『ミディー先生の見舞いに行きたい』と申し出たところ、受け入れてもらえた。近々、一緒に見舞いに行こう」
「かしこまりました、パーニス殿下」
パーニス殿下は私が指示しなくても自主的に動いてくれている。頼もしい。
守護大樹は巨大で、高さは見上げているうちに後ろに倒れてしまいそうなほど。
上の方は雲に隠れていて、視えない。
「我らが王国マギア・ウィンブルムを建国から長く見守ってくれている守護大樹、アルワースよ」
パーニス殿下は未熟者のマントをひらりとなびかせ、守護大樹に呼びかけた。
「俺は王国のため、民のためにこの身を捧げる。兄、イージスはあなたを燃やすと言っているが、俺はあなたを守りたい。どうか、見守っていてほしい」
乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』では、ヒロインちゃんは守護大樹に認められて聖女になる。
ヒロインちゃんはその日、水色の耳長猫に誘われて守護大樹の近くに迷い込むのだ。
そして、耳長猫を抱っこして「疲れちゃった」と守護大樹のそばで座り込む。これから魔法学校に入学するヒロインちゃんは、自分が王侯貴族たちに混ざってやっていけるのかが不安で、「自信がない」と弱音を吐く。
すると、守護大樹アルワースは、少年の声で返事をするのだ。
『自信を持って。君は、全部の属性魔法が使えるとっても珍しい子だよ。なにより、家族想いで誰にでも優しい。他人の痛みを感じることができる……』
けれど、現実世界、現在の守護大樹アルワースは。
「……守護大樹は、沈黙しているな」
守護大樹は、答えてくれなかった。
普通の木みたいに沈黙して、夜風にさやさやと枝葉を揺らすのみだった。
「マリンベリー。お前は『守護大樹が俺を聖女にする』と言っていたが」
パーニス殿下はその場にしゃがみこみ、下から見上げるように私に問いかける。
「……」
どうしよう?
パーニス殿下には、「大丈夫」と言ってあげたい。
自信を持って頑張ってください、と言いたい。
努力は報われるものなのです。
あなたの正しい行い、善良な心根を理解してくれている存在は、あるのです。
守護大樹に、あなたは認められています。
……そう言えたら、どんなにいいだろう。
「ご自覚がありませんか、パーニス殿下?」
私は、また嘘をつくことにした。
「殿下は今、聖女になりました。私には違いがわかりますよ? 先ほどまでと比べて、身に纏う空気がなんだか清らかで、英雄~って感じです!」
「そうか? 自分ではよくわからない」
パーニス殿下の視線が周囲に彷徨う。
近くで私たちを見ていたキルケ様は、空気を読んでくれた。
「ボクにもわかるよ。なるほど、聖女……というか、聖人かな。頼もしいね」
……キルケ様、ありがとうございます!
私は帰宅してからキルケ様をぎゅーっと抱きしめ、何度もお礼を告げたのだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『五果の六枝』……5月6日。
放課後、イージス殿下が狩猟大会のグループメンバーを集めた。
グループメンバーは、イージス殿下、イアンディール、アルティナさん、マリンベリーの4人だ。
「イージス班、全員が揃いましたね。皆さん、お忙しい中集まってくださってありがとうございます。さあ、作戦会議をしましょう」
場所は、生徒会の会議室。
生徒会の集まりじゃないけど、いいのだろうか。
まあ、イージス殿下に物申す人はいないだろう。
「まずは、お互いのことを知りませんとね。当日は協力してがんばることになるのですから」
ラベンダー色の髪を揺らし、イージス殿下はティーポットを手に取った。
まさか、と見ていると、人数分のティーカップに紅茶を注いでくれる。
しかも――お手製スコーン付きだ。
「お、美味しいです。殿下」
「ふふっ、そうでしょう。自信作です」
イージス殿下はそう言って、自己紹介をした。
「私の名前は、イージス・マギライト・アルワース。生まれてから18年になります」
みんなが「あれ?」と首をかしげた。
セカンドネームの部分は、その人が一番得意な魔法属性、あるいは他者にアピールしたい魔法属性を名乗ることが多いのだ。
例えば、光属性はアークライト。
火属性はウォテア。
水属性はフィア。
風属性はウィンズ。
地属性はランディ。
イージス殿下は、18年間『イージス・アークライト・アルワース』という名前で知られてきた。
アークライトは光属性。
マギライトは――例え持っていてもわざわざ他者にアピールしたいと思う人がいないであろう、希少な属性。
……闇属性だ。
夜、19時。
魔女家当主のキルケ様に許可をもらい、私はパーニス殿下と守護大樹アルワースの近くに出かけた。
2人きりではなく、キルケ様同伴である。
守護大樹の近くには天幕が並び、魔女家傘下の魔法使いたちが忙しく魔法薬を作ったり守護大樹の周囲に魔法陣を作っていたりする。
「ボクは守護大樹を2つの方法で浄化することにした。1つめは、邪悪な気から守り清める浄化の魔法陣を敷設する方法。2つめは、特効薬の継続投与だ」
「キルケ様。 『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家は、協力してくれてないみたいですね?」
「そうだね。忙しいんだってさ。どうも、渋られている」
原作の乙女ゲームだと、 魔法使いの二大名家、『魔女家』ウィッチドール伯爵家、『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家どちらかとコネクションがあれば、もう片方の家に協力を要請してくれて、二大名家が一緒に浄化作戦に取り掛かる。でも、 『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家は手伝ってくれていない。
「マリンベリー。その件だが、賢者家に『ミディー先生の見舞いに行きたい』と申し出たところ、受け入れてもらえた。近々、一緒に見舞いに行こう」
「かしこまりました、パーニス殿下」
パーニス殿下は私が指示しなくても自主的に動いてくれている。頼もしい。
守護大樹は巨大で、高さは見上げているうちに後ろに倒れてしまいそうなほど。
上の方は雲に隠れていて、視えない。
「我らが王国マギア・ウィンブルムを建国から長く見守ってくれている守護大樹、アルワースよ」
パーニス殿下は未熟者のマントをひらりとなびかせ、守護大樹に呼びかけた。
「俺は王国のため、民のためにこの身を捧げる。兄、イージスはあなたを燃やすと言っているが、俺はあなたを守りたい。どうか、見守っていてほしい」
乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』では、ヒロインちゃんは守護大樹に認められて聖女になる。
ヒロインちゃんはその日、水色の耳長猫に誘われて守護大樹の近くに迷い込むのだ。
そして、耳長猫を抱っこして「疲れちゃった」と守護大樹のそばで座り込む。これから魔法学校に入学するヒロインちゃんは、自分が王侯貴族たちに混ざってやっていけるのかが不安で、「自信がない」と弱音を吐く。
すると、守護大樹アルワースは、少年の声で返事をするのだ。
『自信を持って。君は、全部の属性魔法が使えるとっても珍しい子だよ。なにより、家族想いで誰にでも優しい。他人の痛みを感じることができる……』
けれど、現実世界、現在の守護大樹アルワースは。
「……守護大樹は、沈黙しているな」
守護大樹は、答えてくれなかった。
普通の木みたいに沈黙して、夜風にさやさやと枝葉を揺らすのみだった。
「マリンベリー。お前は『守護大樹が俺を聖女にする』と言っていたが」
パーニス殿下はその場にしゃがみこみ、下から見上げるように私に問いかける。
「……」
どうしよう?
パーニス殿下には、「大丈夫」と言ってあげたい。
自信を持って頑張ってください、と言いたい。
努力は報われるものなのです。
あなたの正しい行い、善良な心根を理解してくれている存在は、あるのです。
守護大樹に、あなたは認められています。
……そう言えたら、どんなにいいだろう。
「ご自覚がありませんか、パーニス殿下?」
私は、また嘘をつくことにした。
「殿下は今、聖女になりました。私には違いがわかりますよ? 先ほどまでと比べて、身に纏う空気がなんだか清らかで、英雄~って感じです!」
「そうか? 自分ではよくわからない」
パーニス殿下の視線が周囲に彷徨う。
近くで私たちを見ていたキルケ様は、空気を読んでくれた。
「ボクにもわかるよ。なるほど、聖女……というか、聖人かな。頼もしいね」
……キルケ様、ありがとうございます!
私は帰宅してからキルケ様をぎゅーっと抱きしめ、何度もお礼を告げたのだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『五果の六枝』……5月6日。
放課後、イージス殿下が狩猟大会のグループメンバーを集めた。
グループメンバーは、イージス殿下、イアンディール、アルティナさん、マリンベリーの4人だ。
「イージス班、全員が揃いましたね。皆さん、お忙しい中集まってくださってありがとうございます。さあ、作戦会議をしましょう」
場所は、生徒会の会議室。
生徒会の集まりじゃないけど、いいのだろうか。
まあ、イージス殿下に物申す人はいないだろう。
「まずは、お互いのことを知りませんとね。当日は協力してがんばることになるのですから」
ラベンダー色の髪を揺らし、イージス殿下はティーポットを手に取った。
まさか、と見ていると、人数分のティーカップに紅茶を注いでくれる。
しかも――お手製スコーン付きだ。
「お、美味しいです。殿下」
「ふふっ、そうでしょう。自信作です」
イージス殿下はそう言って、自己紹介をした。
「私の名前は、イージス・マギライト・アルワース。生まれてから18年になります」
みんなが「あれ?」と首をかしげた。
セカンドネームの部分は、その人が一番得意な魔法属性、あるいは他者にアピールしたい魔法属性を名乗ることが多いのだ。
例えば、光属性はアークライト。
火属性はウォテア。
水属性はフィア。
風属性はウィンズ。
地属性はランディ。
イージス殿下は、18年間『イージス・アークライト・アルワース』という名前で知られてきた。
アークライトは光属性。
マギライトは――例え持っていてもわざわざ他者にアピールしたいと思う人がいないであろう、希少な属性。
……闇属性だ。
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