甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

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2章、第二王子は魔王ではありません

56、『パーニス殿下です』or『キルケ様ですよ!』

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 星が視界の隅を滑り落ちる。
 
「そろそろお開きにしようか」

 イージス殿下が告げて、誕生日パーティは解散となった。

「マリンベリー、帰りは俺が送ろう」
 
 パーニス殿下が王家の紋章入りの馬車を用意してくれている。

「ありがとうございま……」
   
 私がありがたく乗ろうとすると、アルティナが「ねえねえ」と袖を引いてくる。

「アルティナ?」
「マリンベリー! やりましたわ」
 
 耳元に顔を寄せて、内緒話?

 アルティナの目が爛々としている。
 嫌な予感がしつつ聞いてみると、彼女はとんでもないことを言ってきた。

「わたくしの商会の新商品をパーニス殿下に盛って差し上げました! 恋の秘薬ですの……!」

 すごくキラキラした目で瓶をくれる。くれるだけなら可愛いけど、「盛った」って言った? 飲ませたの?
 瓶のラベルに『ラブポーション』と書いてある。ほ、惚れ薬?
 
「応援してますわ! 頑張って……! 次に学校で会ったら効果のほどをお聞かせくださいませ!」

 パチンとウィンクして、アルティナは私を馬車に押し込んだ。なにを頑張るのよ、なにを。

 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 
「目の前で堂々と盛られて飲む奴がいるか。あれは飲んだふりをして喜ばせてやったんだ」
「……ですよね。安心しました」

 馬車に乗ると、パーニス殿下は呆れた眼をしていた。聞こえていたらしい。
 
「まあ、皆とこうして過ごすのは楽しい。皆が好きだ。こんな時間はアルワースのおかげでもある……。その一点だけにおいては、感謝してやってもいい」
 
 私の体が、彼の手に抱き寄せられる。
 抱き枕でも抱えるようにしながら体重をかけられて、気づけば私は座席に縫い留められるように押し倒されていた。

「こんな風に触れ合えるのもいいものだ……カフスもありがとう。抱きしめて欲しいというメッセージが刻まれていたな」
 
 そんなメッセージを刻んでほしいと頼んだ記憶がないんですけど、刻まれてました? 
 私、同じカフスをイージス殿下にも贈ったんですけど、あっちにも刻まれてたりする?
 お店の人が勝手にメッセージ追加した……?
 
 私の右手を取って甲にキスを落とすパーニス殿下は満足そうだ。端正な顔は少し赤くなっていて、正視しているとこっちまで赤くなってしまいそう。

「こうして引っ付いていると生身というのはいいものだ。堂々と俺のものだと言えるし……家に帰したくなくなるな。そうだ。今夜は俺の部屋に泊まるといい」
「そこは流石に、帰ります……帰してください……?」
「そうだな。婚前だからな。王侯貴族は面倒だ。名誉とか形式を重んじるんだ」
  
 熱っぽい唇が耳元で囁くのが、くすぐったい。
 あと、発言がなんか変。呂律もちょっとあやしいかも? お酒を飲んでたら「酔っ払いかな?」ってなる雰囲気だ。
 顔中にキスしてくるのが、なんだか恥ずかしくなるような。不思議と懐かしいような。
 
「殿下……実はお酒を飲みました?」
「飲んでない。なあ、俺は自慢できるおに……」
「おに?」
「……俺は自慢できる婚約者か?」
「え、それはもう。というか殿下、そのご様子ですと薬をやっぱり……ん……っ?」
  
 彼はいそいそと起き上がり、小瓶を見せてきた。
 私がアルティナに押し付けられた小瓶だ。いつの間にか取られている……。
 パーニス殿下は勝ち誇った笑顔だ。
 
「俺にこんな薬が効くものか。味は悪くないが、多少酩酊させる程度の薬だ」
「さっき飲んだふりって仰ってましたけど、飲んでるんじゃないですか」
「いや、効いてない」
「会話が噛み合ってるようでズレてるんですよね」

 なるほど、「酩酊」――この人、薬で酔ってる。
 私が半眼になっているとパーニス殿下は馬車内に備え付けてあった小さなドリンクグラスに小瓶の中身を注いだ。
 
「この手の薬が必要なのかお前の方だ。どれ、俺が注いでやろう。結構甘いんだ。美味いぞ」
「目の前で薬を盛られて飲む人がいますか……ああ、いるんでしたね、目の前に……遠慮します! 遠慮します!」
 
 頭が痛くなる。
 グラスを持て余しているうちに、馬車はゆっくりと王都を進んでいく。

 私、マリンベリーが毎日を過ごす我が家……『魔女家』ウィッチドール家へと。

 馬車が停まって、外に出る時。ふとイアンディールの声が脳を過る。
 
 『君はどうなのさ?』

 そういえば、「この手の薬が必要なのかお前の方だ」と言われたけれど、あれって私の側からはあまり好意を伝えていないからだろうか。
 乙女ゲームと自分の恋愛は別だとは思うけど、ゲーム脳で考えてみるとどうだろう。
 私がヒロインだとして。これがもしゲームだとして。
 
 ヒロインちゃんからも何か言ってあげようよ!
 ……もし私がプレイヤーだったら、そう思うのではないだろうか。
 
 『一方的に好かれてるだけの関係?』

 そんな風に他人の目から見えてしまっているなら、ダメだと思う。
 ……言葉にするのは、恥ずかしいけれど。

「パーニス殿下」
「ん」
 
 馬車から降りる間際に、そっと顔を見て、言おうとして視線を逸らしてしまう。
 やっぱり現実とゲームは違っていて、自分のこととなると恥ずかしい。

「どうした?」 
「いえ……」

 屋敷の入り口で迎えに出てきた様子のキルケ様が目に入る。
 あぐらを組み、腕を組んで、顎をあげて。
 大きな魔女帽子の下から、見定めるような視線を投げているのが、気になる。

 キルケ様もやっぱり、婚約者との仲が良好かを気にしてるんじゃないだろうか。
 当主だし。第二王子を支持しているわけだし。娘がちゃんと婚約者として親密にできているかをチェックしているんじゃないだろうか。

「マリンベリー?」
「パーニス殿下」
  
 私は勇気を出して、息を吸った。
 
「私は、民想いで努力家で、優しい殿下のことが、結構好きです」

 言った。
 言ってしまった。

 ちょっと照れが混じって「結構」とか言っちゃった。
 
 顔がぶわあっと熱くなる。
 
「……!」 
「そ、それでは、また!」

 彼が何かを言いかけるけど、恥ずかしくて聞ける気がしない。
 私は強引に話を打ち切って別れを告げ、屋敷へと駆けこんだ。

 入り口にいたキルケ様は軽く驚いた様子で扉を開けて、「おかえり」と迎えてくれる。

「ボクの娘マリンベリー。王子に何か嫌なことでもされたのかい」 
「いえ、とんでもない……!」

 扉が背で閉まる。
 
 心臓がどきどき騒がしい。
 熱い頬をおさえて自室に向かう私の周りを、キルケ様がふよふよと浮遊しながらついてきた。

「ボクの娘マリンベリー。何か忘れていることがあると思うんだ」
「へっ?」

 なんだろう? と顔をあげると、キルケ様は私の正面にまわってきて、ふわりと私の頬にキスをした。
 そして、右手の人差し指で自分の頬をつんつんと示すではないか。

「今のは『おかえり』のキスだよ。そして、キミは『ただいま』がまだなんだ」

 ショタ姿のキルケ様におねだりされて、私は不意打ちに胸を打たれた。
 
 か、可愛い~~!

「た、ただいまです。キルケ様っ……」
 
 ふにふにの頬にちゅっとキスをすると、キルケ様はふにゃりと微笑んだ。

「キミは本当に可愛いね、マリンベリー! ところで、王子とボク、どっちが好きだい?」
「えっ?」

 やわらかな子どもの手に髪を撫でられて、困惑する。
 キルケ様のつぶらな瞳は、キラキラの宝石みたいに輝いて私を見ていた。
 
 脳内で勝手に声がイメージされちゃう。
 『ボクだよね? ボクを好きって言ってくれるよね?』……クッ、か、可愛い……っ!?

 この瞬間、ゲーム脳の私の目の前に、見えない選択肢が出ている妄想が起きた。

 『パーニス殿下です』or『キルケ様ですよ!』みたいな。

 いや、でも待って。現実だからこれ。ゲームじゃないから。
 落ち着いて、私。

「……お、お二人とも、好きですよ……っ!」

 嘘は言ってない。
 好きの種類が違うんだ。
 
 美青年とショタは別ジャンルだし、婚約者と義理のお母様(実は男)も別なわけで。
 あれ? でもキルケ様は正体が29歳の男性……子どもじゃないのにこの問いかけは――よくわからなくなってきた。落ち着いて、私。
 
 私が笑顔を貼りつかせて頭を悩ませていると、キルケ様は大きな目を見開いて、たいそう愛らしく頬を染めた。可愛い。

「そうかい。あの坊やよりボクが好きかい。ま、そうじゃないかと思ったけどね」

 あれ? キルケ様?
 そうは言ってませんよ?

「ボクのマリンベリーは本当に心地いい言葉をくれるね。ボクをこんな気持ちにさせたのはキミが初めてだよ……っ」

 喜ぶ笑顔は鼻血が出そうなくらい可愛いけど、なんかすっごく誤解された。

「くふふっ。いい気分だ。ちょっと夜空を飛んで散歩してくるよ……おやすみ、ボクのマリンベリー!」 
「違いま……あっ、キルケ様~~!?」 

 誤解を解く暇を与えず、キルケ様は夜間飛行に出かけてしまった。
 
 ……親孝行したと考えれば、いいのかな……っ?
 
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