67 / 77
3章、メイドは死にました
64、俺は自室で妄想自慰をする話をしていたのだが
しおりを挟む
「外に聖女様がいらしたらしいぞ」
「傷病者を癒してくださる……!」
入り口付近に人が流れていく。その先には聖女マリンベリーがいるということだ。
「裏口から出よう。俺はマリンベリーに……会いたくないと言われている」
避難所を巡る英雄王子一行は、人の流れに逆行するように奥に進んだ。
パーニスには、「こんな態度が望ましい」「このような俺が求められている」という自分像がある。
それだけに、婚約者マリンベリーへの失態が痛い。痛すぎる。
理想の俺であれば、現実を見誤らなかった。
どのようなコンディションでも冷静で、いかに妄想の彼女が愛らしくても……。
『ぎゅっと抱きしめてください』『やめないでください』――あれは本当に幻聴だったのだろうか。とても本物感があったのだが。思い込み薬と俺の妄想力のなせる技なのだろうか。
……待てよ。あの薬を解毒薬とセットで購入し、自室限定で服用すれば、妄想が楽しめる……?
いや、何を考えているんだ俺は。妄想で彼女を汚すな。
……しかし、現実で襲うより妄想で発散した方が罪は軽いのでは……?
「クロヴィス、意見を聞きたいのだが」
「いかがなさいましたか、パーニス殿下」
クロヴィスは生真面目な顔で「なんでもお聞きします」と言ってくる。
話をしかけたものの、この男は相談相手として不適切な気がする。
「なんでもない。すまない」
視線を逸らすと、クロヴィスは悲痛な声になった。
「仰らずともわかります、殿下」
なに? 俺の不埒でくだらない下の悩みが理解されているだと?
この男を見くびっていたか。
「そ、そうか。言わずともわかってくれるとは……頼もしいな。以心伝心か。クロヴィスは俺の理解者なのだな」
このような悩みを理解されるというのは恥ずかしいが、頼もしくもある。
「俺とクロヴィスは毎朝一緒に走り込みをする鍛錬仲間で、友人だからな。……嬉しいものだ」
「こ……光栄でございます! 私はてっきり殿下がお怒りで、私に絶縁を突きつけられるかと思っておりましたのに」
「絶縁? 俺は確かに絶縁の危機にあるが、なぜお前に俺が怒るんだ?」
「殿下に謝らねばならないと思っていたのです」
「……なにを?」
どうも話がかみ合っていない気がする。
俺は自室で妄想自慰をする話をしていたのだが?
クロヴィスを見ると、前髪に手をあてている。正確に言えば、髪留めに。
「殿下の婚約者令嬢からいただきました」
「ふむ」
なんだ、その程度。マリンベリーはよく気の利く娘なので、クロヴィスの前髪が気になったのだろう。親切だ。
「以前から早朝の走り込みを見守ってくださっている彼女に憧れており……彼女に懸想してしまい」
「……! なん……だと……」
クロヴィスは思いつめた顔で俯いた。
冗談を言う男ではない。胸の前でグッと拳を握る姿は、本気だ。この男は本気で言っている。
「実家の父兄たちがそれを面白がり、殿下が婚約破棄されそうなのをいいことに魔女家に婚約申し込み書を送ってしまったのです……誠に申し訳ございません……」
衝撃の展開だ。この男が下手をすると自分の婚約者を奪うかもしれない、だと。
しかも、この後ろめたそうな顔。歯切れの悪さ。
おい……まだあるのでは? どうなんだ、クロヴィス?
「まだあるのだろう、クロヴィス? 言え」
ごくりと生唾を呑み覚悟を決めると、クロヴィスは告白した。
「私の部屋に……マリンベリー嬢の姿絵を飾っております」
「なっ――――」
パーニスは絶句した。
それはもしや、あれか? 一周回って元々しようとしていた話題『自室で妄想自慰』に到達してしまうのか?
「お、お前……姿絵で妄想して慰めているのか、自分を……」
恐る恐る確認すると、クロヴィスは顔を赤らめ、苦しそうな顔になった。
そうか、そうなのか。生真面目で清廉潔白なタイプだと思っていたが、お前もやはり雄だよな。
同じ欲があり、同じ葛藤を抱き、同じ女を――――待て。この男、俺の婚約者を妄想で汚しているのか?
「クッ……、なんということだ。俺たちは気が合うと思ったが、女の好みまで……」
クロヴィスは正解を教えてくれた。
妄想で汚すのも、アウトだ。罪深い。嫌悪感がこれほど大きいとは。
「クロヴィス……俺はお前が同じ悩みと欲を持て余す同志だとわかって嬉しいのだ。だが、お前が俺にとって唯一無二の聖女を日々妄想で汚していると思うと……殺してやりたくなる……!」
「で、殿下……っ」
「俺はお前のことをいい奴だと思っていたのに……!」
「申し訳ございません! 申し訳ございません……!」
ただならぬ雰囲気の二人に、避難所の人々は聖女の来訪も忘れ、何事かと見守った。
「クロヴィス・フィア・ロクフォール準男爵令息……お前との仲も今日までだ。俺はお前をランチ会から追放する!」
人々が見守る中、英雄王子パーニスは学友クロヴィスに断罪を言い渡し、クロヴィスはがっくりと膝をついて項垂れ――そんな現場に、2人が争う原因となった聖女マリンベリーはやってきたのだった。
「傷病者を癒してくださる……!」
入り口付近に人が流れていく。その先には聖女マリンベリーがいるということだ。
「裏口から出よう。俺はマリンベリーに……会いたくないと言われている」
避難所を巡る英雄王子一行は、人の流れに逆行するように奥に進んだ。
パーニスには、「こんな態度が望ましい」「このような俺が求められている」という自分像がある。
それだけに、婚約者マリンベリーへの失態が痛い。痛すぎる。
理想の俺であれば、現実を見誤らなかった。
どのようなコンディションでも冷静で、いかに妄想の彼女が愛らしくても……。
『ぎゅっと抱きしめてください』『やめないでください』――あれは本当に幻聴だったのだろうか。とても本物感があったのだが。思い込み薬と俺の妄想力のなせる技なのだろうか。
……待てよ。あの薬を解毒薬とセットで購入し、自室限定で服用すれば、妄想が楽しめる……?
いや、何を考えているんだ俺は。妄想で彼女を汚すな。
……しかし、現実で襲うより妄想で発散した方が罪は軽いのでは……?
「クロヴィス、意見を聞きたいのだが」
「いかがなさいましたか、パーニス殿下」
クロヴィスは生真面目な顔で「なんでもお聞きします」と言ってくる。
話をしかけたものの、この男は相談相手として不適切な気がする。
「なんでもない。すまない」
視線を逸らすと、クロヴィスは悲痛な声になった。
「仰らずともわかります、殿下」
なに? 俺の不埒でくだらない下の悩みが理解されているだと?
この男を見くびっていたか。
「そ、そうか。言わずともわかってくれるとは……頼もしいな。以心伝心か。クロヴィスは俺の理解者なのだな」
このような悩みを理解されるというのは恥ずかしいが、頼もしくもある。
「俺とクロヴィスは毎朝一緒に走り込みをする鍛錬仲間で、友人だからな。……嬉しいものだ」
「こ……光栄でございます! 私はてっきり殿下がお怒りで、私に絶縁を突きつけられるかと思っておりましたのに」
「絶縁? 俺は確かに絶縁の危機にあるが、なぜお前に俺が怒るんだ?」
「殿下に謝らねばならないと思っていたのです」
「……なにを?」
どうも話がかみ合っていない気がする。
俺は自室で妄想自慰をする話をしていたのだが?
クロヴィスを見ると、前髪に手をあてている。正確に言えば、髪留めに。
「殿下の婚約者令嬢からいただきました」
「ふむ」
なんだ、その程度。マリンベリーはよく気の利く娘なので、クロヴィスの前髪が気になったのだろう。親切だ。
「以前から早朝の走り込みを見守ってくださっている彼女に憧れており……彼女に懸想してしまい」
「……! なん……だと……」
クロヴィスは思いつめた顔で俯いた。
冗談を言う男ではない。胸の前でグッと拳を握る姿は、本気だ。この男は本気で言っている。
「実家の父兄たちがそれを面白がり、殿下が婚約破棄されそうなのをいいことに魔女家に婚約申し込み書を送ってしまったのです……誠に申し訳ございません……」
衝撃の展開だ。この男が下手をすると自分の婚約者を奪うかもしれない、だと。
しかも、この後ろめたそうな顔。歯切れの悪さ。
おい……まだあるのでは? どうなんだ、クロヴィス?
「まだあるのだろう、クロヴィス? 言え」
ごくりと生唾を呑み覚悟を決めると、クロヴィスは告白した。
「私の部屋に……マリンベリー嬢の姿絵を飾っております」
「なっ――――」
パーニスは絶句した。
それはもしや、あれか? 一周回って元々しようとしていた話題『自室で妄想自慰』に到達してしまうのか?
「お、お前……姿絵で妄想して慰めているのか、自分を……」
恐る恐る確認すると、クロヴィスは顔を赤らめ、苦しそうな顔になった。
そうか、そうなのか。生真面目で清廉潔白なタイプだと思っていたが、お前もやはり雄だよな。
同じ欲があり、同じ葛藤を抱き、同じ女を――――待て。この男、俺の婚約者を妄想で汚しているのか?
「クッ……、なんということだ。俺たちは気が合うと思ったが、女の好みまで……」
クロヴィスは正解を教えてくれた。
妄想で汚すのも、アウトだ。罪深い。嫌悪感がこれほど大きいとは。
「クロヴィス……俺はお前が同じ悩みと欲を持て余す同志だとわかって嬉しいのだ。だが、お前が俺にとって唯一無二の聖女を日々妄想で汚していると思うと……殺してやりたくなる……!」
「で、殿下……っ」
「俺はお前のことをいい奴だと思っていたのに……!」
「申し訳ございません! 申し訳ございません……!」
ただならぬ雰囲気の二人に、避難所の人々は聖女の来訪も忘れ、何事かと見守った。
「クロヴィス・フィア・ロクフォール準男爵令息……お前との仲も今日までだ。俺はお前をランチ会から追放する!」
人々が見守る中、英雄王子パーニスは学友クロヴィスに断罪を言い渡し、クロヴィスはがっくりと膝をついて項垂れ――そんな現場に、2人が争う原因となった聖女マリンベリーはやってきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
婚約者を奪われるのは運命ですか?
ぽんぽこ狸
恋愛
転生者であるエリアナは、婚約者のカイルと聖女ベルティーナが仲睦まじげに横並びで座っている様子に表情を硬くしていた。
そしてカイルは、エリアナが今までカイルに指一本触れさせなかったことを引き合いに婚約破棄を申し出てきた。
終始イチャイチャしている彼らを腹立たしく思いながらも、了承できないと伝えると「ヤれない女には意味がない」ときっぱり言われ、エリアナは産まれて十五年寄り添ってきた婚約者を失うことになった。
自身の屋敷に帰ると、転生者であるエリアナをよく思っていない兄に絡まれ、感情のままに荷物を纏めて従者たちと屋敷を出た。
頭の中には「こうなる運命だったのよ」というベルティーナの言葉が反芻される。
そう言われてしまうと、エリアナには”やはり”そうなのかと思ってしまう理由があったのだった。
こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。
【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした
Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。
同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。
さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、
婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった……
とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。
それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、
婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく……
※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』
に出てくる主人公の友人の話です。
そちらを読んでいなくても問題ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる