甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
69 / 77
3章、メイドは死にました

66、商才を備えた人材は

しおりを挟む
 アルティナ・メディチはファザコンである。

 世の中は身分を重んじる。
 それは、生まれたときには決まっていて、本人の努力では覆せない。
 ――しかし、父親は成り上がった。自分の才覚で莫大な資産を形成し、その金で爵位を買ったのである。

 父が何かを決断して、実行して、結果としてお金が増える。
 アルティナは、それが魔法より凄いと思った。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
「いい家柄に生まれて幼い頃から教育を受ける者は、いわゆるお上品で知識の豊富な人物になる。だが、彼らに商才があるかというと、必ずしもそうではない」

 幼い頃、父はアルティナを膝に乗せ、よく語った。

「教育と体験が人を作る。思い上がり、人を見下してしまう貴族令息のなんと多いことだろう。何かを始める前に失敗するリスクを考え、行動するのをやめてしまう。人をはかる尺度が行動力や人柄よりも肩書きや社会的な序列になってしまう……成長して商談の場や社交界に出れば、そんな人物と多く接することになるだろう」

 アルティナは、商人をばかにする貴族をその頃、すでに見ていた。
 大好きで尊敬している父がばかにされて、とても悲しかった。腹が立った。
 父はどんなに理不尽な嘲笑にさらされても感情的になることがなくて、堂々としている。そこが格好いい。
 
「アルティナ。商才を備えた人材は、目先の利益よりも社会的信用や、人心を味方につけることを重視する。周囲で起こっていることに敏感に反応し、相手の気持ちや立場を素早く察することができ、奉仕精神に富んでいる。約束を守り、義理堅い」

 アルティナは、目を宝石のようにキラキラさせた。
 父はとても価値のあることを話してくれている。今、この場にいない者は誰も知ることができないお話だ。
 とても貴重な時間と体験だ――そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
 
「よき人材は、金を作る楽しさを知っているので、与えられた作業をノルマとして苦しそうにこなすのではなく、どうすれば稼げるかを考えながら仕事を楽しむ。自分は上位者であり、敬われるべき。教えてやる側だという態度を取らず、他者に教えを請い、貪欲に吸収して成長していく」

 こういうお話をしてくれる父がいるわたくしは、すごく恵まれている。
 父は、わたくしに「よき人材になりなさい」と言っている。よき人材を見分け、大切にしなさいと教えてくれている。

 だから、アルティナはよき人材であり友人を守るのだ。

 時世を読む。
 大衆は、安定した暮らしを求めている。
 生命の危険を感じず、貧困に喘ぐことなく、孤独や不安に苛まれることなく生活を繋ぎたい。
 心の支えがほしい。安心させてほしい。希望を抱かせてほしい。

 目に見える超然とした存在、守護大樹は、大衆にとって心の拠り所だった。
 守護大樹が失われ、流星群が流れて、大地が揺れて沈み、生活が脅かされる災害が起きる。

 彼らの耳に「天からの警告だ」「守護大樹が失われたからだ」という声が吹きこまれる。
 災害の前に、カラクリ神学者ラスキンが「聖女を守護大樹にすればいい」と提唱していた。

 だから、自分の立つ大地が揺らぎ、文字通り崩れた今。
 大衆は、安定のためにラスキンの声を拠り所にしようとするかもしれない。

 ――わたくしのお友だちを、守護大樹にはさせませんわ。

 聖女マリンベリーは、アルティナにとって特別だ。

 彼女は貴族の中でも序列の高い『魔女家』ウィッチドール伯爵家の令嬢なのだが、養子。孤児院出身なのだ。
 貴族は由緒正しき血筋を重んじる。
 ゆえに、アルティナが初めて見た令嬢マリンベリーは「卑しい養子」と陰口を叩かれていた。
 自分も「商人が金にものを言わせて爵位を買うなんて、下品。貴族とは認めません」と陰口を叩かれていたアルティナは、マリンベリーに共感と同情を覚えた。
 
 そして。
「私は貴族の血は持っていないけど、立派な貴族よ。無礼は許さないわ」

 気高く言い放ち、豪風を起こして自分を嘲った生徒を空中に浮かせて懲らしめるマリンベリーは、大きな魔女帽子がよく似合っていて、格好よかった。
 なるほど、あれが魔女家の魔女。特別な家柄と言われるわけだ。力があるのだ。
 貴族の血を継いでいなくても立派な貴族だと言う彼女の姿は、アルティナの心を心地よく震わせた。
 アルティナはそのとき、魔女が格好いいと思った。

 しかも。
 『貴族が平民をいじめるなんて、ないですよね?』
 ――マリンベリーは、自分が貴族だと主張するだけではなかった。影響力を持つ者として、「自分だけではなく、他の生徒にも、血筋や家柄を理由に蔑むな」と教え諭したのだ。

 思い出しただけで、アルティナの胸が熱くなる。
 
 そして、「そんな彼女を守護大樹にするなんて、絶対に阻止してみせる」と決意したのだった。

「王室が率先して支援しているから、貴族や商人も競争するように金を使っているのですわ。我が家も派手に金を使う方針ですの」

 同じランチ会のエリナ・トブレットは、富裕層の考え方や価値観にあまり詳しくなかった。
 彼女の目には、時折、豪遊貴族への嫌悪が滲む。
 アルティナが考えるところによると、何かを嫌う人には、嫌いだと思う対象の実情をよく知らないパターンがある。
 「詳しく知ってみればそんな意見は出てこないでしょうに」と思うことで友人が鬱憤を溜めるのは見過ごせない。
 だから、アルティナはエリナを屋敷に呼び、ドレスを着せながら、考えを話したのである。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

婚約者を奪われるのは運命ですか?

ぽんぽこ狸
恋愛
 転生者であるエリアナは、婚約者のカイルと聖女ベルティーナが仲睦まじげに横並びで座っている様子に表情を硬くしていた。  そしてカイルは、エリアナが今までカイルに指一本触れさせなかったことを引き合いに婚約破棄を申し出てきた。  終始イチャイチャしている彼らを腹立たしく思いながらも、了承できないと伝えると「ヤれない女には意味がない」ときっぱり言われ、エリアナは産まれて十五年寄り添ってきた婚約者を失うことになった。  自身の屋敷に帰ると、転生者であるエリアナをよく思っていない兄に絡まれ、感情のままに荷物を纏めて従者たちと屋敷を出た。  頭の中には「こうなる運命だったのよ」というベルティーナの言葉が反芻される。  そう言われてしまうと、エリアナには”やはり”そうなのかと思ってしまう理由があったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした

Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。 同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。 さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、 婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった…… とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。 それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、 婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく…… ※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』 に出てくる主人公の友人の話です。 そちらを読んでいなくても問題ありません。

処理中です...