甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
72 / 77
3章、メイドは死にました

69、死んでない

しおりを挟む
 救護テントで大勢の命が救われた数時間後。
 
 私、マリンベリーは、目も眩むような眩しい青空の中をファイアドラゴンに乗って飛んでいた。
 向かう先は、チェラレ火山だ。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
  
 救護テントで治癒魔法を使った後、色々なことが一気に起きた。
 
 まず、治癒魔法で人を助けることができてよかった、と安堵した直後のこと。

「ボクを挑発する命知らずの魔法使いがいるようだ。ちょっと懲らしめてくるよ」
 そう言って、キルケ様がどこかに飛んで行って、戻ってこなかった。魔女家の人たちは「キルケ様だから大丈夫だろう」なんて言って心配する気配がなかったけれど、私の胸には不安が積もった。
 
 そして、物騒な知らせが届けられた。
 再び大地が破損して、何人も犠牲が出たというのだ。
 
 貴族が平民を救ったという美談を広めたのは、ムイシャという青年だった。
 
「ムイシャ。どこに行ってたんだい、あちこち危ないんだから……」 
「ごめん、父さん。……貴族の方々が助けてくださったんだ」

 画板を抱えた茶髪の青年ムイシャは父親を抱きしめて、絵を売ったお金を見せていた。

 詳しく知って、血の気が引く。
 クロヴィス、アルティナ、エリナ――それに、セバスチャン。
 知人が4人も地面の陥落に巻き込まれて、落ちて行方不明になったというのだ。

 あまりの知らせに言葉を失っていると、暴動が起きた。

 正気を失った様子の人たちが何人も集まり、「聖女を人柱にするんだ」と言い出したのだ。
 カラクリ神学者のラスキンが血相を変えて私を庇うように駆けてきて、隠そうとしてくれたのが意外だった。感謝だか謝罪だか判別つかないことを繰り返していて、彼もパニック状態なのかなと思った。
 
 ラスキンに連れられて彼の別荘に身を隠そうとしたところを、異常な熱気に包まれた集団に襲われた。
 集団は、最初、石を投げてきた。
 乳飲み子を抱えた女性が「子どものために」と言いながら。
 小さな子供がそれを見て「お母さんのために」と言いながら。
 そして、正義感を溢れさせる男性が「弱者のために」と言いながら、集団で団結して。
 そうしなければ世界が滅んでしまうというように必死だったのが、印象的だった。
 
「何をしている!」

 そこに現れたのが、パーニス殿下だった。
 彼は闇属性の魔法を使って周囲を闇に閉ざし、荒ぶる民の精神を闇に落とした。言葉で呼びかけたりするのではなく、無理やりに騒ぎを静める――そんな力業に、意識のある者は苦言を呈していた。

 それをイージス殿下が庇うように声をあげたところで、再び対立が生まれた。

「この国の王太子はイージス殿下であらせられる。生まれた順も殿下が先で、何年も王太子として励んで来られたのだ。健康不安の話があるが、我らが殿下はどう見ても健康でいらっしゃる」
「パーニス殿下が王位を継ぐのにふさわしいというのは、無理がある。魔王討伐の功績は確かに大きいが、ただひとつの功績で確定していた王位継承を覆すなど歴史ある王国の品位が穢れる。第一、パーニス殿下は闇魔法を使ったではないか。皆も見たであろう」

 政治色の強い対立の中、私の耳には聞き覚えのある女の笑い声が聞こえていた。鈴を転がすように、くすくすと笑っていた。
 
【落ち込んでいらっしゃいますか? でも大丈夫。皆さん、生きていますよ】
「え?」
   
 その声には聞き覚えがあったけれど、具体的に誰かまでは思い至らない。
 わからない――すっきりしない、もやもやとした感覚の中で、私は強い違和感を覚えた。

「ラスキン殿は急に主張を変えられては困りますな! あなたが言い出したことでしょうに!」
「あれは浅慮であった。撤回する」
「ご子息を助けられたからでしょう。国の行末を左右するという時に私情を持ち込むのはやめていただきたい」
   
 くすくすと女の声が聞こえるのに、周囲はあやしむ様子もなく議論を続けている。
 皆には、聞こえていないのだ。
  
【私の城で眠ってます。全員、無事で】

「アルメリク先生におかれては、天意などという大仰な言葉を使うのをやめていただきたい。以上」
「おやミディー先生。最近はすっかり聖女様の信奉者ですね。あなたのお気持ちが全く理解できません……賢者家の方はどうしてイジョウイジョウと鳴くんです? イジョウ?」  
「犬がワンと鳴く理由を気にしても仕方ありますまい。以上」
  
【お迎えを用意しますね。ファイアドラゴンですよ。ずっと前に生まれた特異な子が、せっせと巣に宝物を遺していたのです。合言葉が必要なのですって。ご存じ?】
「チェラレ火山の隠し要素? それを知りたい……とか?」
  
 争う大人たちの声と嗤う女の声を聞くうちに、おかしな気分になってくる。

「……」
 
 段々と自分の現実と周囲の現実との間に見えない壁が作られていって、それがどんどん分厚くなっていくみたい。
 私ひとりだけがおかしいのだろうか。
 得体の知れない違和感が背筋を震わせる。

 この時間がずっと続いたら、違和感に飲みこまれて気が触れてしまいそう――そんな恐ろしい時間は、幸にしてすぐに終わった。ファイアドラゴンが来たのだ。それも、2体。2体はつがいで、もっと言うなら仔ドラゴンの親だった。

 鋭い牙と爪。知性を湛えた瞳。大きな翼。
 隆々とした筋肉を硬質な鱗で覆い、赤黒い炎をその上に纏っている成体のドラゴンは、巨大だった。
 人という種族の上位に位置していて、たやすく人を狩れる――そんな本能的な恐怖を感じさせる威容だった。
 
「空を見ろ……!」
「ド、ドラゴンだ――」
  
 パニック映画みたい。
 王都の騒ぎを見て、私は奇妙なほど冷静にそう思った。
 ああ、そうだ。現実というより、パニック映画みたいなんだ。
 それもB級ね。
 簡単にあっさり、雑に人が死んで――死んで……ないのだっけ……?

『ぱぱ、まま~~!』
 
 嬉しそうに仔ドラゴンが鳴いて、パタパタと飛んでいく。
 全身で喜びをあふれさせるように体をこすりつける仔ドラゴンに、親ドラゴンが喉を鳴らして愛しそうに大事に大事に鼻を寄せ、真っ赤な舌でべろんべろんと全身を舐める。
 
 人間サイドの立場だとそれどころじゃないはずの状況なのに、「パパとママに会えてよかったね」という感想を抱きながら、私はひとつのアイディアを獲得していた――あちらが私に声を届かせているなら、私の言葉も届くだろう、と。 

「キルケ様も帰ってこないけど、あなたの城にいるの? クロヴィス、セバスチャン、アルティナ、エリナ……みんないるの?」
 
 耳元で笑い声が聞こえて、私にはそれが肯定に感じられた。

「火山に隠し要素があるなら、世界は救えるんだ?」

 魔女は嬉しそうに笑っている。

「あなたは、世界を救いたいの?」

 魔女は、否定の気配を感じさせた。
 
 同時に、笑い声の主が誰なのかについての推測が私の中で生まれている。アンナだ。もっと言うなら――『水没期のマリン』の勘は、彼女が魔女ウォテアだと囁いている。

 地上の人間たちが右往左往する中、私はそっと周囲に視線を巡らせて、箒を探した。
 
 箒は、人々が済む街のあちらこちらにある。
 地面を掃き清めて、綺麗にするための道具だ。
 だけど、私たちはそれに魔力を通し、風を招き、飛ぶことができる。

「お借りします」
  
 見つけた箒にまたがって地面を蹴ると、耳長猫のルビィがぴょんっと飛んで箒にしがみつく。

「きゅい!」

 一緒に来るつもりらしい。
 魔女帽子をかぶって箒にまたがる私と、箒にしがみつく耳長猫――絵面がジブリだなぁ。
 こんな景色を見た誰かの心が転生川を流れていって、記憶をもとに空想が生まれるのだろうか。
 にわとりが先か。卵が先か。

 とりとめもなく、どうでもいい思考が浮かんでは消えていく。

 ファイアドラゴンの近くに行くと、ドラゴンは私を受け入れてくれた。
 
 魔女の喜びの吐息が聞こえた気がして、彼女はこれを望んでいて、このために糸を引いていたのかも、と考える――私の脳には「どうして?」という疑問がたくさん湧いた。
 
 不可解。答えが見つからない。もやもやする。
 そんな現実が、私の現在いる地点なのだった。

 ただ、はっきりしていることは――「私の心の中に、世界と親しい人たちを救う気持ちがある」ということだ。まるでゲームの主人公。
 ドラゴンに乗って世界を救いに行くなんて、ヒロイックだ。
 
 これ、ゲームかな? ……一応、ぎりぎり現実だと思えるラインの上にはいるかな?

 とりあえず、空は青い。いい天気だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

婚約者を奪われるのは運命ですか?

ぽんぽこ狸
恋愛
 転生者であるエリアナは、婚約者のカイルと聖女ベルティーナが仲睦まじげに横並びで座っている様子に表情を硬くしていた。  そしてカイルは、エリアナが今までカイルに指一本触れさせなかったことを引き合いに婚約破棄を申し出てきた。  終始イチャイチャしている彼らを腹立たしく思いながらも、了承できないと伝えると「ヤれない女には意味がない」ときっぱり言われ、エリアナは産まれて十五年寄り添ってきた婚約者を失うことになった。  自身の屋敷に帰ると、転生者であるエリアナをよく思っていない兄に絡まれ、感情のままに荷物を纏めて従者たちと屋敷を出た。  頭の中には「こうなる運命だったのよ」というベルティーナの言葉が反芻される。  そう言われてしまうと、エリアナには”やはり”そうなのかと思ってしまう理由があったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした

Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。 同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。 さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、 婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった…… とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。 それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、 婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく…… ※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』 に出てくる主人公の友人の話です。 そちらを読んでいなくても問題ありません。

処理中です...