無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴

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本編

黒衣の騎士

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ルノ君は鎧のそれの前に立った。それの反応はいまだになく、微動だにしていない。



条件型で動き出す者らしい。

よくあるのは攻撃的な行為を取ると動き出す、というのがあるが中にはどこかにスイッチがあるとか、操っているものがいるとか色々だ。

あれはどんな感じで動き出すのだろうか。

ルノ君がじっとそれを見つめながら剣を構え徐々に近づく。情報が少ないのに一気に攻撃を仕掛けるのは危険だ。

流石この班に入れる実力者だ。とはいえ、10等級なんてそんな警戒する様な奴はいないと思うけど。多分。多分……。

すっとルノ君は足元の小石を手にして投げた。こつんっと軽い音がして鎧にぶつかると兜の隙間から赤い光が二つ現れた。



「■■■■■■■■■■■■■————っ!!」



叫び声だ、と思う。鳴き声だろうか。ともあれそういう音がして地面が震えた。

単なる威嚇であろう。



しかしその後に素早く彼は鎧に襲い掛かるがそれをハルバートで受け止められた。ルノ君ははじき返して距離を取ると、伏せていたヴィとアルフレッドが魔装具片手に鎧に襲い掛かる。

ヴィはレイピア、アルフレッドは大剣である。大体の魔装具はそれを扱う人、作る者にもよるが魔石一つに装備武器一つか装備一つである。俺みたいにマントにマスクに武器というセットはあまり見たことがない。それに魔力が分散するから燃費悪いしね。普通は作らないよ。



アルフレッドの方をハルバードで受け止めた鎧が手でヴィの攻撃を受け止めようとするが、レイピアはそもそも貫通に特化した武器だ。掌をヴィのレイピアに貫かれてどろっと粘性のある赤い液体が流れる。あれは血なのかそうじゃない何かなのかは学会でも分かれ、未だに決まっていないらしい。どうでもいいが。



「■■■■■■■■■———?」



掌に空いた穴を不思議そうに見ている鎧の兜の隙間に素早くヴィが滑り込ませて兜ごと貫いた。

ぶしゃっとやはりその赤い液体が噴き出して鎧の足元がふらつくとその隙にハルバートをねじ伏せたアルフレッドが人で言う首を切り落とした。



がしゃん、とそのままうつ伏せになるように鎧は伏せた。



そのままドロドロと溶けだして地面に吸収されていく。魔獣と違って人型はそういう死に方をする。死体が残らないのは良い。けど、金にならないし腹も膨れないのだ。そこは損である。

そんな事を思っていたらふわっと腐乱臭がした。



―――あ。



「ルノ!!」



カノ君が鎧が倒れたのを見て、俺の横から飛び出す。彼の安否をすぐに確認したいのが分かるが、今はそれはまずい!



視界の端でまだ溶けだしていない籠手が地面を這い、カノ君に向かって飛び出す。アルフレッドが籠手を大剣で叩き落すが、中から何か細長いものがスピードを落とすことなくルノ君の足元を通り過ぎた。



そしてカノ君の足元に巻き付こうとして―――



「あぶな」



俺が踏みつぶした。ぐにょっていう感じ。でもこれ確かヒルみたいなやつだからすりつぶさないとダメなんだっけっか?ぐりぐりと地面にこすりつけるように靴を動かすと靴に粘性の強いものが付いた感覚を覚えた。それと同時にその感触がなくなり完全に吸収されたことを確認する。



「大丈夫?」

「あ、うん。ごめんなさい……」

「うん、無事で……死ななくてよかったねぇ?」



俺はキャラぶれしそうな言葉を発してしまうと思って慌ててそうそっけなく言った。これは良いよね?っとヴィに視線を向けると少しばかりむすっとしている。



げ。ダメだった?でもカノ君は俺のことわかってるし……。



「———はっ!!」



しまった!数分前の約束を速攻で破ってしまった!!

俺は慌ててヴィに駆け寄って抱き着く。そして小声で謝った。



「ごめん、ヴィ!」

「いいよ~。ベルちゃんはそう言う人だって知ってるから別に……」

「ごめんごめん!機嫌直して?帰ったら何でもするから!!」

「……ほんと?」

「うんうん本当!」



若干まだ不機嫌であるが少し機嫌がよくなったようで、アルフレッドに説教食らっているカノ君たちに近寄った。一人になってはあっとため息をつくと「おい」っと声をかけられた。思わずびくっと体を震わせてそちらを見るとルノ君がいる。



ルノ君はむっすりとした顔ではあるが小さく声を出す。



「……ありがとう」

「え……?」

「だから!カノを助けてくれてありがとうって言ってるんだよ!!」

「ああ、そういう事。別にいいよ。目の前で死なれたら目覚め悪いだけだから礼なんていらない」



いやな感じの言葉が滑る滑る。でも騎士団での俺ってこんな感じのプライドだけはたか~い男でしょ?だよね?

俺はふんっと鼻を鳴らしさっさとヴィたちのところに向かう。

アルフレッドの説教が落ち着いたところで移動をし、川近くでいったん休憩&仮眠だ。



「新人三人は三時間仮眠です。テント建てる暇はないのでそこら辺で寝てください。寝袋は出さないで下さいね?死にますから。それから眠れなくても目をつぶって横になること」

「「はい!」」

「はーい」



返事をしてヴィに毛布と地面に敷くシーツを出して貰う。その上に寝っ転がって毛布にくるまった。ヴィやアルフレッドは焚火の準備をし、二人も慌てて俺と同じような装備で横になる。

夜になると冷えてくるので毛布などの防寒対策は必須だ。特にこの危険区域では温度差が激しいので持ってないと一日中起きている羽目になる。



とはいえ、3時間で寝れるわけないんだけど。目をつぶって一先ず眠る努力はする。大して疲れてもいないしね~、なんて思っていたら目元に手が置かれた。



「おやすみ」



ヴィの声が聞こえたと思ったらがくんっと意識が暗闇に落ちていき、俺は眠りについた。















ぱちぱちっと焚火の音がして、はっと意識が覚醒する。体を起こそうかと思ったが、ぐっと頭を押さえつけられて動かない。



「黒衣の騎士様はすごいんです!昔助けてもらったことがあるんですが、変わった剣で先ほどの鎧みたいなのを一刀両断したんです!!俺、その人に憧れて騎士団に入団したんです!!」



え?何このテンション高い声。まさか、ルノ君?え?どうしたのそんな興奮して……。というか3時間過ぎてた?寝過ごした!?



そう思ってもう一度起き上がろうとするが、これ確実にヴィの膝枕でヴィに抑えられてどうにもできない。



「そうなんだね。もう会えた?」

「いいえ!!ですが、その……ヴィアン様と一緒にいると高確率で会えると先輩方から聞いて……」



え?そうなの?俺ヴィの遠征とかについていってるけどそんな奴会ったことないんだけど……。



「そうかな?」

「はい!先輩から聞けばヴィアン様の遠征時に現れるとか!!」



え?それ、ストーカーじゃね?

俺はそれだけ聞いて判断してしまったがいや、まだ話は終わりでないと気を取り直し次の言葉を聞く。



「しかも一定の距離を保っているようで、一歩引いたその姿勢が好感を持てます!!」



いや!ストーカーだ!!結構ガチめのストーカー!!

そんなに憧れてんの!?やばくないかそれは!目を覚まして!!??



「ヴィアン様はどう思いますか!?」



やめろー!!ヴィにストーカーのことを聞くな~!!いやに決まってんだろう気持ち悪いだろう!!大体ヴィだぞ?あの絶世の美貌と家柄と知性とか諸々持ってる男だぞ!!どう考えてもストーカーに頭を悩ませているに決まってるだろうが!!



実際婚約関係になる前にストーカーに攫われたから俺に出会ったというのに!!あの時偶々森で狩りをしていなければどうなっていた事か……。



だからストーカー対策とか危機に瀕して血迷った騎士に襲われるとかの心配事があったから遠征についていって見ていたというのに……。



俺の索敵から逃れるなんて強者だ!!まずいぞ!!



この会話を断ち切りたいがために頭をあげたいがヴィに抑えられる。なんで!?



「僕は、ベルクラリーサ様を愛してる」



会話が脈絡なさすぎるが、そう告白されてドキッとする。

ぐう。ヴィは愛情表現がストレートだから困る……。



「あ、そ、そこまで、好きなんですか……?どうし……」

「君にとって黒衣の騎士が憧れのように僕もベルクラリーサ様が憧れなんだ」

「そう……なんですね、すみませんでした」

「気にしないで。そろそろ移動するからカノ君を起こしてきてね」

「はい!」



ルノ君が少し離れたのを確認してから俺は仰向けになる。



「おはよう」

「おはよう。あのさ……」

「ね、ベルちゃん」



ストーカーのことを言おうと思ったらすっと唇に指を置かれた。



「だから、その演技やめちゃだめだよ?」



―――え?なんでその話になるの?俺の演技と黒衣の騎士の因果関係って何か……あ。



ひとつの考えに行きついて一瞬思考が止まる。が、いや、どう考えてもそうだ。



そっかぁ、ストーカーのこと好きなのか~。



俺が演技を続けることでいつでも斬り捨ててもいい様に。



ずきずきと胸が痛いが、これは違う。安定した供給がなくなるから不安がっているだけだ。そう思いなおすんだ。



「うん」



にっこりと笑顔を作った。ヴィが不安がらないように。一瞬ヴィが真顔になったので気づかれたかと思ったが、額にキスされてそんなことは無いと考え直す。



ああ。黒衣の騎士よ。さっさとヴィを攫ってくれ。



そもそも不釣り合いだったんだ。いい夢を見させてもらったと思うことにしよう。



それが一番いい。



がばっと起き上がって毛布を押し付けて俺はそっぽを向いて頬を叩く。



しっかりしろ、俺。お互い一番いい終わり方をしなければいけないのだから、俺だけ無様にヴィに縋りつくわけにはいかない。



―――兄に頼んで領地のどっかに家作って貰ってスローライフを過ごそうかな。仕事辞められるし、悠々自適な生活ができる!!いいこと尽くしだ!!うんうん!!



……だめだ。せめてこの遠征の時は考えるのやめよ。



俺は暗い気持ちを持ったままそうして遠征を終わらせた。
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