無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴

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本編

それは、昔のお話です。

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王立図書館。宮廷内にある図書館で、王族が暮らす場所とは別に設けられている図書館だ。離宮からは結構離れており、秋が若干疲れているようだったが、どうにかついたようで何より。

王立図書館には初めて行く。そもそもここは許可証がないと入れないのだ。今回は漂流者のお付きってことで入れるようだが、こんなにウィルが寛大だと後が怖い。



第一ウィルが王立図書館には入らないようにと言っていたのにどんな心境の変化があったのだろうか。



「何をお探しでしょうか」

「あ、えっと、今での漂流者の記録を見たいのですが……」

「畏まりました。少々お待ちください」



カウンターの秘書さんに秋がそう言って本を探して貰う。俺は、秋の傍に近寄ろうかと迷ったが侍従に睨まれるのでやめた。あんなに目の敵にされるとは。



ヴィとは遠目で目が合ったがふいっとすぐ逸らされた。好きにしろってことかな。ヴィとも長い付き合いなのでアイコンタクトだけで分かるようにはなってきた。何故か、侍従から笑われたが気にせずに王立図書館を堪能する。



とはいえ、そもそも本を読むのが好きというほどでもないので学術書などには興味はない。そんな事を思っていたら多分幼児向けのコーナーにまで歩いていた。



ここら辺なら時間つぶしの本がありそうだ。俺でも読めそうだし……。



そんな事を思っていると一際輝く綺麗な絵本を見つけた。

宝石でも埋めているような輝きでそれを手に取って題名を見る。



「王国の偉大な四大種族……?」



こんな難しい名前の絵本があるなんてな。本当に幼児向けか?



そう思いながらぺらっとページをめくる。















昔々、王国が創成される前、そこには四つの種族がいました。

強大な力を持つ竜人族。

魔術を操る妖精族。

強固な体を持つ人形族。

そして、無能で特筆した何かを持たない人族。

その四種族はいがみ合うことなく、お互いを尊重し仲良く暮らしていました。









しかし、ある日、竜人族の極めて強い黒の竜人が無能な人族を好きになりました。

煌めく青みがかった綺麗な銀色の髪を持った男の子でした。

その黒い竜人は知らなかったのです。

守られる立場というものを。

生まれた時からその強大な力で一族皆から恐れられ敬われ頼りにされていた彼は守ることはあっても守られることはありませんでした。



「大丈夫?」

「う……ん……」

「ならよかった」



それがどうでしょう。

無能で、何も持たないただの人族に助けてもらった。優しくしてもらった。心配してもらった。

たったそれだけのことなのに、彼にとって人族は自分のヒーローのように思えました。

彼が欲しい。

そう思えば話は早く、その子を逃がさないようにと婚姻関係を結びました。

その事は竜人族だけではなくすべての種族にに大きな衝撃を与えました。今まで、他種族が婚姻関係を結ぶという事例はなかったのです。

それにより、憶測が飛び交いその人と竜人の噂話は絶えることはありませんでした。









その噂に興味を持ったのが妖精族のとある男の子でした。妖精族の中でも特別な力を持って生まれた彼には人の心の声が聞こえました。



嘘。

嘘。

嘘。



彼の周りには嘘つきしかいませんでした。

妖精族は元々プライドが高く見栄を張る生き物であるため彼にとっては嘘にまみれた雑音にしか聞こえませんでした。



だからなのでしょうか。彼は初めて出会った正直者に異常に執着しました。彼の持ち物、友人、家族、全てを奪いつくし、真の正直者であることを証明しようとしました。

けれど、正直者だった彼は嘘つきになりました。

表面上彼と仲良くしていても心の中ではずっと罵られていました。



ああ。こいつも嘘つきだったか。



興味を失い、彼はあんなに執着していたその子をあっさりと捨てました。縋りついて捨てないで、お願いっと泣かれても嘘つきは嫌いだと一蹴しました。



そんな折に竜人族と人族が婚姻を結んだという話を聞きました。そこで男の子は思ったのです。

妖精族ではなく他の種族であれば正直者はいるのではないか?

そもそも自分の視野が狭かったことに痛感し、これを機に一先ずその人族に会ってみることにしました。

結果から言うとその人族は彼の基準を大きく満たす正直者でした。

表情も言動も隠すことなく彼はこの男なんなんだー?っという表情で接しました。



だから、彼を試しました。

手始めに家族を奪いました。

居場所を無くして話をすると、相変わらず何言ってるんだこいつという表情と言動で正直に彼はどうでもいいっと言いました。

次に友人。とはいえ奪うほどいませんでしたが、実行しました。

彼にその事を話しました。全く気にしていない様子でだから?っと正直に彼はそう言っていました。

彼と婚姻関係を結んだ竜人族は難しそうだったので保留にしましたが、最後に彼の持ち物を奪ってみました。

すると彼は激怒しました。



「てめえ!!俺の持ち物に手ぇ出すとはいい度胸じゃねーか!!」



髪を引っ掴まれ、馬乗りにされて彼の顔にあざが出来るほど殴りました。

彼にとっては初めての痛みでした。大して痛いというほどでもありませんでした。

けれども、それよりも本気で感情をぶつけられたことが何よりも嬉しいものでした。



「もっと!もっと殴って!!」

「え!?」



妖精族の男の子は、そうしてコミュニケーションの仕方を間違えましたが、彼は後悔していません。











それから人族の子はとある人形族の男の子に出会いました。



その子は言葉をうまく発せませんでした。話せても赤ん坊が使うような疎通不可能な音なので彼はいつも筆談でした。

そんな彼は、表情を作るのが苦手でした。無表情で鋭い眼光を向けられれば飛び上がり震えあがるものも多く、まともに彼と話すことも出来ませんでした。



しかし、人族の男の子は違いました。

正直者なのでえ、こわ!!っと声に出てしまいましたが、無表情ながら小さく黙りこくった彼に酷く落ち込んでいると感じ取り、すぐさま謝りました。



「ごめん。いや、顔怖いし紙にも文字しか書いてないから……。あ、ほら、絵!なんか絵描けば?後、可愛いもの身に着けるとか!!」



彼の話しかけられた時にと溜めていた紙に男の子は何やら絵を描きました。多分、きっとニッコリ笑顔の人なのでしょう。ええ、雰囲気は感じ取れます。



「ほら、これだと怖くない!あとこれ!!」



鞄から可愛らしいお花の冠を出した男の子はそれをぶちぶちと分解し、それからぐいっと彼の長い髪を引っ張りました。



「この前、街で見かけたやつなんだけど……」



そう言って男の子は髪をその花と一緒に編み始めました。しかし、完成はとてもきれいなものではありませんでした。

三つ編みはぼさぼさで飛び跳ね、織り込んだ花の花びらが潰れています。



「あー……。ごめん。今解くね」



そのように申し訳なく謝った彼は髪を解こうとして止められました。ふるふると首を振り、キラキラと琥珀色の瞳は宝石のように輝いていました。

ありがとうっと慌てて紙を取り出して、男の子はその横にニッコリ笑顔の顔を書いてから見せる。

すると、本当にいいの?とでも言うような顔で男の子は納得しませんでしたが彼にとっては一生の宝物になりました。











――――次のページをめくる前に、レインがすっと竜人族の男の子の絵を指さした。



「ん?」



そしてそれから遠くで三人談笑しているヴィを指さす。



「ああ、黒髪だから似てるよね」



こくんと頷いた後に、人形族の男の子を指さしそれから自分を。



「ああ、怖いところは似てるね」



こくこく。



「あ、じゃあこの他人の持ち物奪い取るところアルフレッドに似てんね」



殴られて喜んだところも。

そして最後に人族の男の子を指さして、レインは俺を差した。



ええ?



「まあ、ヴィの婚約者ってところとか二人の友達ってところも似てるけど、俺そこまで強くないし、こんなずけずけ物言わないし、もう少し器用だよ?」



レインは少しためらいながら紙に文字を書く。



【冗談?】

「え?いや、客観的に見てそうでしょ?」



無表情の彼が初めて表情を見せた。複雑でなんだか変な顔である。



え?何その表情。初めて見る表情がそれって喜んでいいの?俺。

このまま引っ張るのはよくない気がする。うん、話題を変えよう。



「そういえば、その絵文字使いこなしてるね」



俺がそう言った瞬間レインの雰囲気が変わった。

あ、やっべ。



【これは本当にすごいよ!!なんていったってこの記号を集めただけの絵が顔になって表情がつく!!絵心がないベルでも感情が伝わる絵が描けるなんて画期的だよ!綺麗かどうかは兎も角!!】

「ちょっと、失礼なこと言わないでよ」



興奮しすぎてその絵文字を書くのすら忘れている。

俺はやれやれと肩をすくめた。



この絵文字とやらはウィルが昔の漂流者に関する本で見つけたものでレインにピッタリではないかっということで教えてもらった。するとレインは、はまってしまい今ではそのおかげで無表情でも普通に接してくれるようになった、と喜んでいた。



「大体、君みたいな無表情じゃないから俺に必要な……」

「酷いです!!」



俺とレインがそう話をしていると秋の声が響き渡った。ここが図書館だと分かっていない声量だ。ぽかん、と俺とレインは彼を見ると彼は目に涙を貯めながらレインに近づく。



「そんな酷いことを言ってレインさんを傷つけないでください!!」

「え、え……?」



俺君の悪口言った?むしろ君が言ったよね?俺の絵が下手くそだって。

俺とレインは顔を合わせて、それからレインは慌てて紙に文字を綴る。



【ベルは何も悪口を言ってない】

「いいえ!レインさんが傷つく言動をしました!!」

【俺はそう思っていないから大丈夫だ】

「そんなはずありません!!誰だって傷つくときは傷つくんです!」



き、傷ついてたの……?どこら辺が……?俺そんな悪口言ったっけ?



困惑してどうすればいいのか分からずに戸惑うが、今度は侍従に強く睨まれた。



「何黙ってるんですか。謝ったらどうですか!!」

「そうです!!レインさんに謝ってください!!人が傷つくような言葉を言ってはいけないんですよ!?」

「ええ……」



侍従がそう言うと秋もそう訴えてきた。



完全に俺が悪いみたいな雰囲気を出している二人に間抜けな声が漏れる。とはいえさっさと謝った方が面倒ごとにならずに済む気がする。



そう思い口を開きかけて、ばんっとレインは俺が読んでいた先ほどの絵本を机にたたきつけた。

その音によってしいんっと沈黙が訪れる。



【俺は何も傷ついていない。勘違いでそのような強要をするのはやめろ】



絵文字はないが、怒っているということがその文字だけで伝わる。底冷えしたような空気に最初に声をあげたのは秋だった。



「ご、ごめんなさい……。気にしているんじゃないかって、僕、思って……」



そう言ってぼろぼろと涙を流す。侍従がそんな秋を抱き寄せて「大丈夫です。秋様は少し優しすぎただけですよ」っと慰める。それからきつく俺を睨みつけた。俺が悪いっと責め立てている視線だ。ここまで嫌われているなんて、俺この子に何かしたかな?っと思えるほど強烈だ。



「秋様、一旦部屋に戻りましょう」

「で、でも……」

「調べ物は明日でもいいと思いますよ。今の秋様は自分が気づいていないだけで疲れているんです。少し休まないと」

「あ……っ」



そう言って足元がふらついた秋がヴィにしなだれた。ヴィはその秋の身体を反射的に支える。



「す、すみません……」

「いえ。仕事ですから」



ヴィよ。そこはもう少し気遣ってあげてもいいのでは?

倒れそうになっている秋を見て流石に可哀想になってきたっと心が痛い。いざとなったら殺せなんてお触れも出されているというのだもっと心が痛い。

異世界に来ただけなのに、そんな生活を強いられるなんて本当に可哀想。



「秋様を運ぶのを手伝ってくださいますか?ヴィアン様」

「はい」

「そ、そんな!大丈夫です自分で歩けま……あっ!」



ヴィ!!その持ち方はよくない!!

いや、訓練でよく人を運ぶときにやる奴だけど!!

よっこいしょっと肩に秋の体をのっけて落ちないように押さえながらすたすたと歩く。秋を見た。彼はこの状況についていけていないようだ。俺もだ。



な、なんて運び方!!いつもヴィは俺を運ぶとき大丈夫だと言っても頑なに横抱きなのに!!そういう運び方が好きなのかな?なんて思ってたけど違うみたいだ。

秋は絶対にこんなはずじゃなかった……みたいな顔をしている。とても!!



そうして三人が去って行ってしまい、レインが【あの子嫌い】っとシンプルにそう書かれた紙を俺に見せたのでびりびりに破いて処分しておいた。



これはお仕事だから、ね!!お互い頑張ろう!!



俺は三人を追いかけるために本をしまって、すぐさまレインと一緒に図書館を後にした。





そして、その絵本の存在を忘れた。

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