無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴

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本編

知らない人

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どうしてこうなったのだろうと、横にいる二人をちらっと見る。



右にはヴィ、左には騎士団長のおかしい配置で隊列に加わっていた。おかしいな。こそこそ後ろからついていく予定がこんなことになるなんて……。アルフレッドも俺は来ちゃダメって言ってたのになんで加わることを許可したんだ?



完全なる八つ当たりだが、アルフレッドを睨みつける。お前があの時拒否してればよかったのに!!

あ、さっき襲ってきた騎士団長の部下には謝っておいた。あっちも此方こそいきなり襲って悪かったと言ってきてくれた。心が広い。それが君たちの仕事なのに……。どう考えても俺怪しい人だし。



あと、俺、何だか第一班の皆にすんごい見られてるんだけど。一般人がヴィに近づいてっとか思っているのかと思ったが、そんな表情と視線ではなかったので、余計に分からない。怖い。

できるだけその視線から逃れるためにヴィを盾にして隠れるように身を隠す。



「どうしたの?」

「いや、皆の視線がちょっと……」

「ああ、そうだね。睨まれてるね」

「うっ!」



や、やっぱり睨まれてるの俺!バ、バレてるのかな?じゃあいつもの奴をやった方が良いのかもしれない……。

ヴィの言葉にそう思って気合を入れて声を上げようとしたら、「騎士様」っと騎士団長さんが俺に声をかけてきた。



ん?とそちらを見ると、相変わらずにこにこ笑顔である。

全く最初の印象と違うので困った。



「ここから調査に入ります。大丈夫だと思いますが準備は宜しいですか?」

「は……い……?」



俺はそう返事をした。

俺が隠れていた茂みの奥の森に危険区域があったようで、そちらに向かって暫く歩いていくと現れたのは塔だ。背の高い塔で先ほどの森からどうして見えなかったのか不思議なくらいである。



あれ……?なんだろう。また強い既視感が……?



そう思ったらざわりと肌が粟立つような殺気を感じてぶるりと震えた。ばっとそちらを見るとヴィとアルフレッドがとんでもなく怖い顔をして塔を睨みつけている。



なんだ。何かあるのか……?そう思って同じように視線を向けるが何もめぼしいものは見えない。



「ヴィアン、この塔……」

「ああ」



え?何その会話。何かしたの?何かあるの?怖いんだけど!

俺は彼らに声をかけようとしてぽんっと騎士団長さんに肩を掴まれた。ビクゥっと思わず体を震わせて振り返ると相変わらずにこにこ笑顔でこういう。



「周辺調査は既にしています。今のところ中に入らなければ安全となっています」

「そうですか」



成程。この建物内が危険区域という事か。じゃあ、塔を睨みつけてるのもそういう危険区域だからってやつか……?うん、そういう事にしておこうかな?

こういうのは下手に入らない方が良いけれど、職業柄そういうわけにもいかないのだろう。大変だな騎士団って。



「時間を決めて、少人数で入ります」



まあそれが無難だね。皆で入って死んだら元も子もないし。



騎士団長の言葉にうんうん頷く。今回の指揮官はこの人のようだ。アルフレッドたちはその指示に従っているようで、ヴィと先輩(名前が分からない)が三人ほど入り口に集まった。ヴィがいるならついていこう。俺はそう思ってヴィの隣についたが、ヴィはしかめっ面になった。



「同行しないでください」

「え?」

「来ないでください」

「ええ!?」



ヴィが鋭くそういった。や、やっぱり勝手についてきたのがダメだったの!?でもでもヴィ!俺がいないとやばくない?死んだらいやだよ!!



「いや!」

「ダメ」

「ついてく!!」



ぎゅうっとヴィの腕に縋りついて嫌々首を振るが、ヴィはそれを振り払った。

あ……な、なんで……?



「いうことを聞かない子は嫌いです」

「……っ!!」



そんな事言わなくたっていいじゃん!!しかも今!

そう思ってぎゅうっと唇を噛んで気が付いた。



そうだ、ここには黒衣の騎士とやらもいるんだ。その男に不仲アピール?俺には気がないって?そういう事?

ぐううっと胸辺りを抑えて苦しみに耐える。しかし今はヴィの安全確保である。俺のそういうのはどうでもいい。



「分かった!じゃあ俺が先に入る!!」

「え!?」

「俺が調査するからヴィは黒衣の騎士とでも仲良くしてなよ!」

「ちょっ!!」



俺は最後にそう捨て台詞を吐いてさっさと塔に入った。開かれていた扉は俺が入るとすぐに閉じられた。ヴィもついてきていたが、これは多分早々に開かないだろう。扉を押しても引いても反応がないのである条件を満たさないと開かない仕様だ。そういう危険区域は偶にある。今は好都合だ。

先ほどの言葉を思いだしてうっとまた胸のあたりを抑える。



ヴィのバカ!俺は潔く身を引こうと思ってるのになんでわざわざそんな事言うのさ!ひどいよ!!嫌いだなんて!ひどい!!



思いのほかその言葉にダメージを受けている自分も腹立たしい。視界が滲んできたので仮面を外して目元を拭った。



仕方ない。そもそも俺とヴィが釣り合わないのは元々だ。ヴィに乗っかって楽しようとしたのは俺だし。だからこうなるのは簡単に想像が出来たはずだ。

はあっとため息をついて、気持ちをどうにか切り替える。今はこの危険区域の攻略だ。じゃないとヴィが危ない。



俺なんかを婚約者にしてくれたんだから最後位は恩返ししないといけないだろう。俺はそこまで非常識ではない。



「―――え?」



あ!?



「おいあんた大丈夫か!?」



誰かが床に伏していた。気づかなかった。こんなに真っ白で明るい場所にぽつんと誰かがいた。宝石のようにキラキラと輝いている黄緑色の頭が見える。俺は慌てて駆け寄って彼の体を起こして、息を飲んだ。



「オリバー・ロット!?」



え!?この短時間でイメチェンしたの!?服装も髪色も違うし!?

あ、いやでも、レインは黄緑色だって言って……。



「ベルくん」

「は?」



不意に声がした。俺のことをそんな風に呼ぶ奴なんて聞いたことがない、はず。それなのにどうしてだろうか。どこかで聞き覚えがある。



ゆっくりと振り返るとそこには赤髪の騎士団長がいる。



「ベル君。良かった、覚えてないかと思った。そいつと同じように化けた方がいいかもとは思ってんだけど、赤い髪は目立つって言ってくれたから、絶対見つけてくれるって思ったんだ」



ぐにゃりっと彼の容貌が変化する。

え!?



「ラ、ランディールの王子様!?」



そこにはあのランディールの王子様がいた。あの演技派王子様だ。



「そうだよ。死んじゃったけど、生まれ変わってきたんだベル君と結婚するために」

「はっ!?」



な、何かやばい事言ってない!?おかしい事言ってるよね!?貴方とは初対面ですが!?

申し訳ないがオリバー・ロットのことは一先ずおいておいて距離を取る。



「どうしたの?あ、あの男のことでも思ってるの?大丈夫だよ。もう僕たちを邪魔する奴なんていないから」

「―――っ!」



目が怖い!反射的に伸びてきた手をはたいて俺は真っ先に逃げ出した。この塔の中に逃げ場所があるかどうか分からないが真っ先に目についた扉を開けて中に入る。そのまま鍵をつけて、目についた棚を倒して扉が開かないようにする。これで一先ず大丈夫のはずだ。どういう構造の危険区域か知らないが、中にいれば魔獣が出てくるはず。他国の王子を見捨てたとなれば国際問題になりかねないが、彼と一緒にいると良くない気がする。



さっきからいやに心臓がうるさい。冷や汗も流れる。



「ベル君。どうしたの?」

「ひっ!?」



背後に声がして体を震わせた。それからぐいっと腕を掴まれて、ぼすんっとベッドの上に投げられた。体勢を崩されて慌てて起き上がるが、上に乗っかられて動けない。



「ふふふ、嬉しいな。ねえ、あいつはどんなふうにベル君に触るの?こう?あ、びくってなった。怖い?」



するすると胸を撫でられてはっはっと短く呼吸をしながらそれに耐える。いやだ。ヴィとは違う。ぞわぞわして気持ちが悪い。



「や、やだ……」

「いや?もうそんな嘘言わないでよ。小さい頃はそんな事言いながら気持ちよくなってたくせに。ベル君は、気持ちいいこと大好きだもんね?」

「や、いやっ!いたあっ!!」



ぶちっと魔装具のイヤリングを取られて魔装具を解かれた。乱暴に引きちぎられたので耳から血が流れる。そこを抑えて痛みに耐えていると、彼がべろっと俺の手を舐めてくる。



「可愛い」



低い声。這うような気持ち悪い声だ。



「いつもは澄ました顔してどんなに傷ついても平気な顔して、他人を助ける優しくてストイックなベル君が取り乱してる姿が可愛い。君は僕と結ばれる運命なんだよ?小説とか漫画とかでよくあるでしょ?主人公が最初に会った人物は大抵恋に落ちて幸せになるんだもの!!ベル君は僕のヒロインだ」



その言葉はどこかで聞いたことがある。



―――僕だけを助けてくれた!あいつらは見殺しにして、僕だけを救ってくれた!ベル君は僕のヒロインだ!!だから―――



「だから、セックスしても問題ないよね?だって僕たち結ばれる運命だもの」



せっくす。分からない。でも、いやなことであることは分かった。いやなのに、気持ち悪いのに、身体はそんな気持ちとは裏腹に反応してしまう。



いやだいやだ。こんな自分がいや。助けて、誰か助けて。



「魔石を飲み込んだから死んじゃったかと思って後追いしたんだけど、生きてたみたいで良かった。僕もこうして生まれ変わったし、やっぱり運命だよね?」

「いやっ!!」



ぶちぶちぶちっと乱暴にシャツのボタンを取られた。そのままズボンのベルトを取られてしまい、俺は必死に暴れるが相手の方が強い。おかしい、こんな小さな体にそんな力があるなんて!!



「ここ僕が作った場所だから、ね?」

「はっ!?」



ふわっと甘ったるい匂いが広がった。くらりと眩暈がして心臓が早鐘を打つ。この感覚は覚えている。ツーっと彼の指が胸から腹を這っただけなのにびくびくっと体が震えた。



「可愛い。可愛い、ベル君。君が救ってくれたんだ。あのくそみたいな日常から君が!!」

「いや、うっ、や……」



舌で肌を舐められる。気持ちが悪い、いやなのに、どうしてこんな……っ!

誰か助け―――。



「あ……」



ヴィの名前が真っ先に浮かんだ。またしても胸が苦しくなって、ぶわっと涙が溢れる。

ヴィは、もうヴィは俺のことなんて助けてくれない。黒衣の騎士とやらと楽しく過ごしているんだ。俺がいなくなったから、何も気にせずに。今回だって、俺が外されたからもしかしたらどこかで会う予定でも組んでいたのかも。俺が来たから予定が狂ってあんなこと言ったのかも。



「う、うぅ……」

「え?」

「う、ぐず……」

「う、うそ、ベル君?え?え?」



ぼろぼろと涙を流すと、彼は慌てた様子で俺の上からどいた。それから俺を起こしてそこら辺にあったシーツを被せる。



どうしてこんなことをするんだろうと思いながらもヴィのことを考えるとぼろぼろと涙が止まらない。



「ご、ごめんね?早急すぎたね!ゆっくりやろう?ごめんね?」



そう言って彼は俺の手を握った。俺を落ち着かせようとしているのだということは分かった。

あわあわと慌てる姿は先ほどまで俺に恐怖を与えていた男とは思えない。



「どうしたら泣き止むのかな?ごめんね?あ、お菓子食べる?お茶でも飲む?僕用意してくるよ。それまで待ってて」



そう言って彼は消えた。本当にここは彼が作った場所で間違いないようだ。でもなんでそんな事を……?

俺のことを知っている口ぶりだったが、肝心の俺はよく覚えていない。でも、きっと、知っている人なのだろう。



彼のことについて考えなければいけない。でも今は―――。



「う、うう、ヴィのばか。俺は潔く身を引こうとしてるのに酷い」



ヴィのことで頭がいっぱいである。

ああ、このままここにいれば自然消滅するだろうか。兄さんたちには迷惑をかけるだろうけど、俺がいなくなった方が都合がいいだろう。



きっと俺がいない方がうまくいく。そう思ったら、このまま流されてもいいような気がしてきた。



ああ、多分、その方が俺にとってもいいことな気がする。
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