お気に入りの悪魔

富井

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魔女の谷

一、

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今日からはじまるこの人は、僕と同じ歳の女の人で、会社に勤めはじめたばかりの人だった。

縄で縛り、鍵盤ハーモニカを吹こうとしたところでロビンがついた。

「あ、ロビン・・・うまく結べているか見て。」
「大丈夫・・・今までかかったのか?」
「え?・・・」

「まっすぐここへ来たのか?」
「うん、チョット道に迷った。」
「そうか・・・」

言えなかった。セスカに会ったことを。

なぜいつもセスカのことをロビンにいえないのか、言ってしまえば楽になれるのに・・・そう、何度思ったか知れない。

ロビンのハーモニカに合わせて鍵盤ハーモニカを吹いた。
あれほど練習したのに、ところどころ間違えたり、つまったり、心がここにないようなふんわりした気分だった。

そのあとも、ついては行ったが、胸に穴が開いたようなスカスカした気分で、耳もぼんやりと水の中にいるかのようで、頭の中がハッキリとしなかった。

「エーゴ、エーゴ、聞いているのか?どうした?」

ロビンの声がハッキリ聞こえたのは、すべての仕事が終わって、事務局に帰ってきたときだった。

「ごめん。聞こえている。」
「どこか辛いのか?今日一日ぼんやりしていたようだったけど。」
「いや大丈夫。」
「そうか、ならいい。」

ロビンが僕の目をじっと見た。僕は反射的に目を反らした。


「今日も帰ってから鍵盤ハーモニカの練習するでしょ。」

「疲れているんだろう。今日はゆっくり休もう。」

ロビンは何も言わずにふわりと飛び、その少し後ろをついて行った。その背中が、とても寂しそうに感じて、アパートに帰るとスーツを脱ぐと、何より先に風呂の掃除をした。

申し訳ない気持ちがいっぱいで、いつもより力を込めて磨いた。

部屋に戻ると、帽子やスーツ、靴、靴下、ネクタイが点々と脱皮したように脱ぎ捨てられていたが、ロビンの姿がなかった。

開け放たれた窓から屋上へ向かうと、ロビンは手すりの角に座ってハーモニカを吹いていた。

その音色は、とてもとても、綺麗な曲だったけれど、とても寂しそうに聞こえた。

声を掛けることができず、離れたところで聞いていた。

「エーゴ、いたのか・・・」

「うん。お風呂。呼びに来た。ご飯も・・・」

「じゃあ、部屋に戻るか。」

「ハーモニカ吹いていたの。」

「たまには自分の練習もしないとな。」

「・・・あのさ・・・・」

セスカのことを言いかけてやめた。言うことができればどんなに楽になれるか、それは一番自分が分かっているのにどうしても言葉を見つけることができなかった。

食事はいつも机をはさんでソファーにロビン、僕は床にクッションを引いて、冷えたオムライスを食べながら僕は聞いてみた

「方位磁石。取り戻せたら嬉しい?」

「それは嬉しいよ。でも、それは無理だ。」

「大切なものなんだろ。」


「うん、とても!俺がここへ来てはじめてもらったものだ。もしも、どこかではぐれても必ずここへ帰ってこられるように、針は必ずこのアパートを刺すようになっている。けど、今は、あれがなくてもここへ帰って来れるようになったからあれはいらない。」

「あの人の・・・君を救ってくれたロビンとの思い出が・・・」

「そうだよ。だけど、あれがなくなったからといって思い出までなくなったわけじゃないからな。」

「あればもっと嬉しいだろ。」

「なくしたのは俺が悪かったからなんだから、エーゴはそのことを考えるなくていい。自分のテストのことだけ考えてろ。もうじきだぞ!俺、風呂にはいってくる。」

机の上に、半分しか食べていないオムライスを置き去りにしてロビンは席を立った。

ぼくは迷っていた。方位磁石を取りに行くのがいいのか・・・行かないほうがいいのか・・・。

ロビンが喜ぶことはなんでもしてあげたいと思っている。

本当に喜んでくれるならば、どんな危険なことでも構わないと思うのだが、セスカに言われて行くことが、もう一つ踏み切れない理由だ。あの凍るような目つきがとても怖い。

ベッドに入ってもずっと考えていた。今までのお礼としてロビンに渡すことができたなら、ロビンは喜んでくれるだろうか。プレゼントしてあげたい。

けれど、何と言って待ち合わせの場所に行けばいいのか。

明日も仕事がある。テストももう近い。

あの場所に行くにはどうやって・・・繰り返し考えて、答えを出せないまま眠り、そのまま朝が来た。
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