Loves、Loved

富井

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緑山規夫の初めての愛

突然の終わり

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「お見合いは御断りしたはずなのに、これはどういうことかな、則夫。」

「ごめんなさい。僕もなんども言ったのですが・・・」

火曜から翌週の月曜まで研究室は休みを取った。
その休みの間に家族の食事会をしようと緑山の母親から提案があった。
如月はあまり乗り気ではなかったが、「いつも則夫が世話になっているから労いたいと」言われ、断り切れずに金曜に約束した。

緑山の父親と、如月の継母、あずみの母親が兄弟で、如月が以前、雅との関係で左遷された過去を払拭するために結婚させようと緑山の母親は何度も見合いを目論んだが、散々無視され続け、ことごとくすっぽかされて今日食事会だと騙して、やっと如月をここへ連れ出した。

如月は単純に、本当にただ食事に誘われただけだと思い、あずみを連れて現れた。

一流ホテルのレストランを予約したから、必ずきちんとした格好で来るようにと口すっぱく言われたので、如月は燕尾服で、あずみはスカートがとても膨らんだ紫色のワンピースに巻き髪に大きなお花をつけて現れた。


変わった人間だという事は皆知ってはいたが、緑山の母親の常識を超えた風貌と会話でお見合いはメインディッシュを迎える前に終わった。

あずみは出て行った女の分まで、ガツガツとナイフも使わずフォークだけで肉をかき込み、その姿を見て、緑山の母親も退散した。

デザートも獣のように食い散らかし、レストランから追い出されるようにロビーラウンジへと移動して、口直しに紅茶を頼んだ。

「お見合いが始まって相手が怒って帰るまで十八分。新記録ですわ、お兄様。」

「バカな事を言ってないで、なんとか叔母様のご機嫌を直していただけるようにしないと。」

「教授、それ本気で言ってますか?」

「ああ、今日のような不意打ちはもう二度とごめんだからね。今度はどんな仕返しがやって来るかと考えると恐ろしいよ。」
「教授、安心してください。もう二度とないと思いますよ。
お母様も今回でほんとうに懲りたと思います。これ以上は自分自身の信頼も無くしかねませんからね。」

「失敬な。」

「だってそうでしょう。きちんとしてと言えば燕尾服。
しかも、御花畑のようなブローチをつけて来るような人とまともに生活できる人がいると思えますか?
しかも、初対面の人に、開口一番、高校の時の数字の成績を聞く人は教授くらいですよ。」

「しかも、お兄様その答えに鼻で笑いました。」

「最低だな。」

緑山はその十八分を思い出し声を殺して笑った。

今日の事をあの人に言ったら、どんなふうに笑うだろうと考えると、また笑いが込み上げ背中を丸め椅子の中で巣ごもりするようにいつまでも笑っていた。


「君は最近、とても良く笑うようになったね。毎日がとても幸せそうだ。」

「そうですか。」

「以前の君だったら、私とあずみがこの服でレストランに現れた瞬間、胸倉を掴んでつまみ出していただろう。」

「僕はそんなに嫌な奴でしたか。」

「嫌な奴というか、かわいそうな奴だった。
いつもつまらなさそうで、なんのために生まれて来たのかを海の底で探しているような顔をしていた。」

「今はとっても顔色も良くてムカつくわ。則夫君は僕の仲間だと思ったのに、ずるいよ。」

あずみは紅茶のほかにケーキを3個頼み、その3個を重ねて1個の塊にしてから食べはじめた。

こうすれば如月も緑山も気が狂ったように怒りだすだろうと楽しみにしていたのだが、案外、皆、機嫌よく、しかも自分がこんなことをしているのに無視されたようで少し腹を立てていた。

「あずみにもそのうちいい人が現れるよ。」

「現れない。」

「そんなことない。きっとまだ知り合っていないだけだよ。」

「現れないわ。現れてなんて欲しくない。則夫君もせいぜい今を楽しむといいわ。
幸せなんてほんの一瞬、すぐ冷蔵庫のような暗くて寒い不幸に逆戻りよ。

一度でも楽しい思いをしてしまったら辛さは二乗よ。裏切られでもしたらその時は二乗のまた二乗。
言葉にもできないような絶望感に襲われるのよ。そんな憐れな則夫君を一日も早く見てみたいわ。でも僕は絶対慰めてなんかあげないからね。」

「あずみ、ごめん。僕はたぶん、そうはならないよ。
僕が今付き合っている人はね、とても深く暖かく包んでくれる人なんだ。
彼は僕が笑っているだけで幸せだって言ってくれるんだ。僕も、彼のそばで笑っていられることが最高に幸せなんだ。」

「そんなのすぐ終わるよ。
だって、規夫君はすぐにでもお父様の跡を継がなければいけないでしょ。そしたら好きでもない女と結婚させられて、子供を作る。その汚らわしい作業が規夫君の真実の宿命なんだ。
どんなに今、幸せを感じたってもうすぐそこに終わりが見えてるじゃない。
わかってて付き合うなんて、あまり賢い選択ではない。
今までみたいに、死んだような目でくだらない毎日を送っている規夫君のほうが、僕は面白い。」

「そう・・・彼は僕がお父様の跡を継ぐまでって言っているけれど、僕はこの幸せを終わらせないようにこのまま、彼と過ごせる方法が何か必ずあるような気がするんだ。だから僕はそれを一生懸命探して・・・」

「ないね。」

「そうかな・・・」

「ない。ない。ない。ない。ない。ない。」

あずみはケーキをフォークで何度もつぶしてぺしゃんこにした。ぺしゃんこにして口に入れられるだけ詰め込んだ。口の周りもワンピースも、ケーキのクリームでべっとりと汚れているのに、そんな自分に腹を立てない二人に余計腹が立った。

「なに夢見てるの。バカじゃない。
規夫君は頭もよくて背も高くて顔も可愛いんだから、周囲があっと驚くぐらい嫌な奴でちょうどいいのよ。そんな規夫君に僕はあこがれていたのに。
なんだよ方法って。僕みたいに女になっちゃうってことかよ。」


「方法は彼とゆっくり考えるよ。あずみ、僕は今まで誰のことも信じてこなかった。彼と付き合ってまだ日も浅いのに、彼のことをとても信頼している。
きっと、彼も僕のことを信じてくれていると思うんだ。
たったそれだけなのに、毎日がとてもうれしくて、とても簡単なことだったのに、この幸せを生まれて初めて知ったような気がするんだ。」


「山波も最近はよく笑っているよ。
引き出しを開けては嬉しそうにしているから、君を小さくして、引き出しにでも入れているのかと思ってね、この間思わず覗いてしまった。」

「何が入っていました?」

「それは教えられない。」

「そうですか、構いませんよ。彼は僕には秘密を持たないって信じてますから。聞かなくてもきっとすぐに教えてくれます。」

「なに?規夫君の恋人は山波先生なの。
へー…結構身近。
バカバカしい。幸せボケな則夫君の話を聞いていたら吐き気がしてきました。
お兄様、ここで吐いてもいいですか。」

「吐くならトイレに行きなさい。ここで吐いたらもう一生どこへも連れて行きませんよ。」

「お兄様、冗談です。そのくらいわかっています。」

あずみは怖いくらいの真顔ですっくと立ち上がりさっと振り向き、すぐさま
「あ、山波先生。」と言った。

二人は最初あずみのこの一言をただの冗談だと思っていた。

そんな都合よく現れる訳もないと取り合いもしなかった。

けれど、あずみがしつこいほどに肩を叩くので、騙されたふりをしてその指刺す方を見た

「あ・・・」

「山波先生よね。あれ。女と一緒の・・・」

如月も緑山もその光景に凍り付いたように唖然として動くことができなくなった。

山波にしな垂れるように寄り添う女とホテルのカウンターからエレベーターに乗り込む姿を見てしまった。

その瞬間、緑山の時が止まり、鼓動も止まり音もなく光も届かない深い穴に突き落とされていくような感覚に加え、体の中心からさらさらと崩れ落ちていくような感覚にも・・・短い時間はいろいろな恐怖で緑山を襲った。
山波は女と向かい合わせにエレベーターに乗り込み、女の腕が首に絡みつく瞬間に扉は閉まり、それを見送った緑山の時も悲しみとともに動き出した。


あずみは、そこがどんな場所かもわきまえず、大声で気が触れたように笑い出した。

「秘密を持たないんじゃなかった?
まったく、深く愛してくれる人って、どの口が言ったんだか・・・最高に幸せ?聞いて呆れるよ。」

「あずみ、やめなさい。
則夫、これはなにかの間違いだよ。きっと、なにか別の事情があるんだよ。」

如月は凍り付いた人形のように動かない緑山を気遣って背中をさすった。

自分もこれは夢か、もしくは、山波によく似た赤の他人なんだと思い込もうとした。

見間違いなんてよくあることだ。きっと笑い話で終わるはず・・・と思っていた。

「ええ、その事情ってのは、あなたが何とかっていう訳のわからないバカ高い設備が欲しいって言うから、山波は僕のママが紹介したどこかの女社長と寝てお金を出してもらっているんだよ。
今回だけじゃない。
今までに何度かそんなことをして、女から金を出してもらっているんだよ。
全部あんたのわがままのせいだ。
だってそうだろ、そんな簡単に助成金やら補助金やらが、でてくる訳ないだろ。
山波は打ち出の小槌じゃないんだぞ。」

「今度はお兄様にやつあたりだ。笑える・・・則夫君、最高だ!!!」


あずみはさらに笑い出した。

もう面白くて仕方がないと言わんばかりにさらに増した声で笑い出し、緑山はいたたまれずにその場から走り出した。

あずみの甲高い笑い声にも頭にきたが、今まで、絶対に誰にも心を許さなかったのに、誰にも許さないつもりでいたのに、ついうっかり心を許してしまった自分に相当腹を立てていた。

あずみの言ったとおりだった、喜びを知った後の悲しみは二乗でやって来る。苦しみはそのまた二乗でくる。

緑山はその苦しみをもっと大きな苦しみで塗り潰そうと、闇の街に逃げ込んだ。


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