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緑山規夫の初めての愛
誠意のある愛を
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朝、5時前に雅のマンションのチャイムがはげしくなった。
慌ててエレベーターを降り、エントランスに迎えに行くとやはりそこには緑山が崩れたように座り込んでいた。
「おい、どうした。酔っているのか。」
「雅・・・」
かろうじて一言言ったが、抱き上げても目は焦点も合わず、魂が抜けたように力の入らない体、顔には殴られたような痣と傷後を作って、ただ空を見つめてはたまに微笑むのに涙も流していた。
おしゃれなスーツもヨレヨレでブラウスの胸元も裂かれ、ズボンははいているというだけでベルトも閉められてはいなかった。
「喧嘩でもしたのか、昨夜どこへ行っていた。みんなで探したんだぞ。」
エレベーターの中で何度も訪ねたが、口は動くが声にはならず、苦しそうに涙をためた虚ろな目を向けるだけだった。
「なあ、雅・・・僕を殺してくれ。」
絞り出すような言葉を聞き取れたのは、緑山をリビングに運び、ソファーに寝かせ上着を脱がせようとした時だった。
「何、冗談言ってるんだ。どこかで喧嘩でもしたのか、どうしたんだその顔。スーツも破れてるし・・・第一、この手首の跡なんだよ。」
「雅・・・殺してくれよ。」
「冗談の前に夕べどこへ行っていたのか言えよ。みんな心配して探したんだぞ。」
「なあ・・・シャツのポケットとズボンのポケットに金が入っている。それで足りるか・・・」
「何をだよ。なんだよこの大金。何やってたのか言えよ。」
「いつもどおりだよ。変態オヤジに抱かれてたんだよ。」
「おまえ、二度と行くなって行っただろ。」
緑山は悲しみと苦痛を誤魔化すように顔を歪めて笑った。
肩を揺らして傷みをこらえるように両腕で自分自身を抱えて笑い出した。
「昨夜、山波先生から電話があったんだ。おまえがいなくなったって、見つけたらすぐ連絡くれって。教授も探し回っていたみたいだぞ。
お前の事。でも、おまえは友達らしい友達は俺しかいないからって、何度も電話かかって来たんだ。」
「山波がねえ・・・」
ククッと俯いて悲しそうに笑い、どうにもならないその姿を哀れに感じた。
「雅・・・お風呂、お湯入ったよ。」
隼人が遠慮がちに水を入れたコップを持ってリビングに入って来た。
その水に少しだけ口をつけると、
「隼人・・・来てたのか・・・ごめん。出て行くよ。」
力なく雅の腕をはらい、ソファーからすべり落ち、這って向かったのは玄関ではなかった。
「おい何をするつもりだ。ベランダに出てどうする。」
「ここから飛び降りる。8階なら死ねるだろ。」
「何をバカな。風呂入るぞ。」
雅に掴まれ、放り投げられるように風呂に入れられても、魂が抜けたようでまだ正気を取り戻すには、足りないものがあるようだった。
「どうしたんだ、この痣。」
「あ、ああ、」
服を脱がせると、首、手首、胸、背中、ふともも、足首まで、全身に点々と広がる赤く血が滲んだような痣と、掻きむしった跡があり、湯水に沁みて痛いはずなのに、歯を見せて笑い出した。
相変わらず焦点は定まらず笑い顔なのに涙を流していた。
「何があった。言いたくないのか。」
「昨日の夜、教授とあずみとホテルで食事して、1階のラウンジでお茶してたんだ。
そしたら、山波が女とホテルのエレベーターに乗った。
それを見届けた後、僕はいつもどおり、小遣いをもらって変態オヤジの相手をした。
ただ、昨日は飲み過ぎて調子悪くて、途中で帰ろうと思ったけど、捕まって、縛られて、いつもより多めに相手をさせられただけ。」
「だけって・・・」
背中を洗おうとした雅はさらに驚いた。
全身の傷は、間近で見るとさらに酷く、いつもの美しくつるりとした白い背中は、痛みかけたフルーツのように傷ついていた。
「痛むか・・・」
「なあ・・・雅・・・」
ゆっくりと向きを変えたと思ったら、背中を洗う雅の手を取り、自分の首に当て
「殺してくれ・・・」涙を流しながら言葉を振り絞って言った。
「今、山波先生がこっちに向かっている。とにかく話をしろよ。
話をしてそれでも、どうしても辛かったらもう一度そう言ってくれ。
俺はお前のためならできる限りのことをするよ。」
「すまない・・・・でも先生には会いたくない。会えないよ。
こんな僕を見られたくない。」
「会わなければだめだ。会って先生の言い分も聞いて、お前の思いも伝えないと。そうじゃなかったら、お前はこの苦しみからずっと抜け出せないぞ。すぐ来るから、きれいに体を洗ってまとう。」
「どんなに洗っても落ちないよ。汚い手あかが体中に染みついているじゃないか・・・ほら見てよ・・・」
薄笑いを浮かべながら胸に着いたキスマークや歯形を見せたが、それはわざわざという感じで見せなくても、雅にはとうに見えていた。
胸だけじゃない、それは全身にあったからだ。
「どうしてそんなところへ行ったんだ・・・・」
「変わりがほしかった。体の真ん中に開いてしまった穴を埋める、ぴったりの代わりになる何かが。」
「そんなところに絶対あるわけないだろ。」
「知ってた。ずーっと昔から。」
「バカか・・・」
何もしてやれなかった自分を責めて雅も泣いた。
子供のころからずっと友達だったはずなのに。
こんなに苦しい思いをしている緑山をどんな言葉で慰めていいかも思いつかなかった。
「なんですぐ電話してこなかった。」
「え・・・」
「先生が女とエレベーターに乗るのを見て、なぜすぐ俺に電話かけてこなかったんだ。」
「そうだな・・・かければよかったな。」
「そうだよ。そしたらこんな・・・」
「こわかった…
お前に電話を掛けたら、友達じゃなくなっちゃうような気がしたんだ。
いつもそうだった。
つらくてたまらない時、雅に何度か電話しようと思ったけど、そんな時電話したらきっと、友達の線を越えちゃうような気がして、僕は我慢ができない弱い人間だから・・・」
緑山は泣きながら顔を歪めて笑った。落ちない傷を流しながら、雅も涙を流した。
山波が雅のマンションについたのは、緑山をベッドに寝かせてからで、山波はなぜかここへ来るのにとても時間がかかった。
「悪いね。こんな早くに。」
「先生、遅かったですね。」
「タクシーがなかなか捕まらなくて。」
「タクシーですか・・・緑山は落ち着いていますが、彼を見て驚かないでくださいね。わけも話したがらなかったら、今はあまり聞かないでやってください。」
「ああ・・・わかった。」
山波は眠っている緑山の隣に座り、優しく髪を撫でた。
顔に作った痣や傷はきっと自分のせいだと思い、悔しさと悲しみで爆発しそうだった。
山波はホテルに女と行くには行ったが、部屋の廊下で、女に金を返しただけで、部屋には入らず、そのまま1階に降りた。
1階のエレベーターの前で教授とあずみが待ち構えたように立っていて、緑山が山波と女がエレベーターに乗り込んだ姿にショックを受けてどこかへ行ってしまったと聞いて懸命に探していた。
教授と別れてから、雅に連絡をもらうまでの間、思いつくすべてを回ったが、そうしてわかったことは、緑山の事をあまりにもなにも知らなさ過ぎたという事くらいだった。
雅のところに必ず連絡があると信じていたが、連絡がくるまで、生きた心地がしなかった。
苦しそうな顔をしているとはいえ、呼吸をしている緑山が目の前にいるのを見て、少し安心した。
「ごめんね・・・」
髪を撫でながらほんとうに小さな声で言ったその一言で緑山は一変し、ハッと目を開け赤ん坊のように泣き叫びだした。
「雅・・・雅・・・気持ち悪い。吐きそう。」
「大丈夫か。」
暴れる体を大切に抱き抱え、起き上がらせようとしたが、手を振り払い泣きじゃくるばかりだった。
「先生はいやだ。雅をよんでよ。」
「わかった。ちょっとまっていなさい。」
山波は、や無終えず、雅を呼び、緑山をトイレに運んでもらった。
はげしく吐き苦しんでいても自分はなにもできず、水を持ってきた隼人と二人、廊下に並んで、ただ見守ることしかできない状況を悲しんでいた。
「谷中君変わるよ。」
「いやだ。先生は女の匂いがする。来ないで。」
「しないよ。先生は女となんか・・・」
雅が昨日の山波の弁解をしようとしたが、声をあげ泣きながら、酷い嘔吐に苦しむのを見ていて言葉を掛けられなくなった。
「谷中君もういいよ。寝かせてやってくれ。」
下手な作り笑顔で笑うとリビングに移動し、寝室に向かう緑山になるべく姿が見えないように、部屋の端っこで背中を向けた。
なんだかその山波の気の使い方がけなげで、ベッドに寝かせると、
「先生を呼んでこようか。」もう一度、そう言ってみた。
「いやだ。」
「先生をこのまま帰したら、おまえ一生そうやって苦しむことになるぞ。」
「もし、昨夜、女と寝たって言ったら・・・」
「その時は俺がおまえを殺してやるよ。」
「僕のこの体を見て汚いって言ったら。」
「その時も俺がおまえを殺してやる。心配するな。
けど、死ぬ前に一回、俺にやらせろよ。」
緑山は布団に潜るほんのちょっと前、うつむきながらもいつもの笑顔を見せた。
緑山自身も一時の感情でかっとなって捨ててしまった時間への贖罪と、愚かな自分に嫌気がさしていた。
雅に呼ばれた山波はリビングの奥から、さほど離れてもいないのに走って寝室へ飛び込みベッドに駆け寄った。
雅と隼人は並んで廊下に座り、開け放たれたドアから二人を見守った。
山波がおそるおそる手に触れると、緑山はほんの少し肩をすくめた。
「あのホテルにいたのか?」
そう優しく言うと細い指を握りしめ、一度指にキスすると、緑山は手を離し布団の中に手隠した。
「君に誤解させてしまったみたいだね。
私は、君にいっぱい謝らなければいけないことがある。
私は、まだ未だに連絡が来る女にもう連絡しないよう、電話を掛けた。
そしたら、今までの金を返せと言われた。返せないなら今まで通りの関係を続けるように迫られた。
私は、出せる分だけの金を持ってあのホテルに行ったんだ。
部屋の前までは行ったけど、中には入らずに廊下で金を返して帰ってきた。」
「ホント。」
「うん。エレベーターを降りたら教授とクリーム塗れのあずみ君が立っていて、君がショックを受けて走って行ったって聞いて、とても驚いた。
いろいろ探したけれど、どこをどう探したら君に会えるのか全くわからずに途方にくれていたよ。
帰ってきてくれてほんとうによかった。」
「女と寝たんじゃないの。」
「うん。寝ていたらあずみ君のクリームは乾いていただろうね。まだ触ると柔らかかったから、口の周りのクリームだけはタオルで落としてから帰らせたよ。
私はね、何とか土曜日までに全部清算しておきたかったんだ。
そしたら、車も取られちゃって、ここへ来るのも遅くなって、ごめんな。」
「土曜日、僕がマンションに行くから?」
「その時、正式に交際を申込もうと思っていた。・・今、言ってしまったけど・・・。」
「僕、ムリだ・・・・僕、昨日・・・・」
「言わなくていいよ。
何も聞かない。帰って来てくれた、それだけで私は十分だ。君が苦しみを忘れることができるよう、君の哀しみが癒せるように、明日笑っていられるように、私が努力する。」
「先生・・・」
「でもね、もう一つ謝らなければいけないことがあるんだ。
女に返すお金が貯金だけで足りなくて、マンションも売ることになったんだ。
だから、土曜は寮に泊まることになるけど・・・二人でお風呂も入れないし、ベッドも狭いままだけど、ごめんな。」
「いい・・・寮でいいよ・・・」
「それと・・・その・・・言いにくいんだけど・・・どうやって君を抱いていいか、やり方がよくわからないんだ。誰かに聞くわけにもいかなくて・・・だから、ごめん。」
「先生・・・」
緑山は山波の誠実な気持ちがとてもうれしくて笑った。
さっきまでのバカな自分とさよならできるようなそんな気がした。
「でも、絶対マスターするから。少し、時間くれ・・・」
緑山の手を握り、真剣な顔をして言う山波に、我慢できずに声を上げて笑った。
唇の傷が痛くて、目元の痣がうずいて、体中の傷がひりひりと電気が走るようにしびれても、お腹をよじらせ、声を上げて笑わずにはいられなかった。
「安心したよ。君が笑ってくれて・・・・」
なぜか山波は涙を流した。眼鏡を取ってポケットから出したハンカチに顔をうずめて泣き出した。
「ごめんなさい。先生。」
「答えを聞かせてくれるか?」
「なんの?」
「私と・・・お付き合いをしてくれますか・・・」
「はい・・・」
その答えで、山波は緑山を抱きしめて声を殺して泣いた。緑山も山波の髪を撫でながら泣いていた。
廊下でその光景を見ていた雅と隼人は部屋の扉を静かにしめ、そっとリビングに移動した。
「学校、今日はお休みしてゴロゴロしよう。隼人も付き合ってくれるか。」
「はい。」
「俺たちは床だけど、いい?」
「はい。」
雅は隼人を強く抱きしめて強く口づけをした。
「セックスの仕方が分からないんだって。
そんなの俺たちがいくらでも教えてやるのにな。」
キスの途中、おでこをあててそういうと、少し乱暴に隼人の服を脱がせ、首筋から胸に舌を這わせた。
隼人がいつものように「あっ」と甘く息を漏らすと、「声出すと聞こえちゃうよ。」意地悪に耳元でそう言い、我慢できない気持ちを全部隼人にぶつけるように、いつもより強めに抱きしめ、いつもより手荒く小さな隼人を裂く程に激しくぶつけた。
隼人は、雅のことは大好きで、こうなることも望んでいた。
けど、さっきの緑山が羨ましくて、山波の誠実な愛に包まれてみたい。
あの愛はどんな味がするのか、味わってみたいと雅の腕の中で降りしきる愛を受けている間その事ばかり考えていた。
慌ててエレベーターを降り、エントランスに迎えに行くとやはりそこには緑山が崩れたように座り込んでいた。
「おい、どうした。酔っているのか。」
「雅・・・」
かろうじて一言言ったが、抱き上げても目は焦点も合わず、魂が抜けたように力の入らない体、顔には殴られたような痣と傷後を作って、ただ空を見つめてはたまに微笑むのに涙も流していた。
おしゃれなスーツもヨレヨレでブラウスの胸元も裂かれ、ズボンははいているというだけでベルトも閉められてはいなかった。
「喧嘩でもしたのか、昨夜どこへ行っていた。みんなで探したんだぞ。」
エレベーターの中で何度も訪ねたが、口は動くが声にはならず、苦しそうに涙をためた虚ろな目を向けるだけだった。
「なあ、雅・・・僕を殺してくれ。」
絞り出すような言葉を聞き取れたのは、緑山をリビングに運び、ソファーに寝かせ上着を脱がせようとした時だった。
「何、冗談言ってるんだ。どこかで喧嘩でもしたのか、どうしたんだその顔。スーツも破れてるし・・・第一、この手首の跡なんだよ。」
「雅・・・殺してくれよ。」
「冗談の前に夕べどこへ行っていたのか言えよ。みんな心配して探したんだぞ。」
「なあ・・・シャツのポケットとズボンのポケットに金が入っている。それで足りるか・・・」
「何をだよ。なんだよこの大金。何やってたのか言えよ。」
「いつもどおりだよ。変態オヤジに抱かれてたんだよ。」
「おまえ、二度と行くなって行っただろ。」
緑山は悲しみと苦痛を誤魔化すように顔を歪めて笑った。
肩を揺らして傷みをこらえるように両腕で自分自身を抱えて笑い出した。
「昨夜、山波先生から電話があったんだ。おまえがいなくなったって、見つけたらすぐ連絡くれって。教授も探し回っていたみたいだぞ。
お前の事。でも、おまえは友達らしい友達は俺しかいないからって、何度も電話かかって来たんだ。」
「山波がねえ・・・」
ククッと俯いて悲しそうに笑い、どうにもならないその姿を哀れに感じた。
「雅・・・お風呂、お湯入ったよ。」
隼人が遠慮がちに水を入れたコップを持ってリビングに入って来た。
その水に少しだけ口をつけると、
「隼人・・・来てたのか・・・ごめん。出て行くよ。」
力なく雅の腕をはらい、ソファーからすべり落ち、這って向かったのは玄関ではなかった。
「おい何をするつもりだ。ベランダに出てどうする。」
「ここから飛び降りる。8階なら死ねるだろ。」
「何をバカな。風呂入るぞ。」
雅に掴まれ、放り投げられるように風呂に入れられても、魂が抜けたようでまだ正気を取り戻すには、足りないものがあるようだった。
「どうしたんだ、この痣。」
「あ、ああ、」
服を脱がせると、首、手首、胸、背中、ふともも、足首まで、全身に点々と広がる赤く血が滲んだような痣と、掻きむしった跡があり、湯水に沁みて痛いはずなのに、歯を見せて笑い出した。
相変わらず焦点は定まらず笑い顔なのに涙を流していた。
「何があった。言いたくないのか。」
「昨日の夜、教授とあずみとホテルで食事して、1階のラウンジでお茶してたんだ。
そしたら、山波が女とホテルのエレベーターに乗った。
それを見届けた後、僕はいつもどおり、小遣いをもらって変態オヤジの相手をした。
ただ、昨日は飲み過ぎて調子悪くて、途中で帰ろうと思ったけど、捕まって、縛られて、いつもより多めに相手をさせられただけ。」
「だけって・・・」
背中を洗おうとした雅はさらに驚いた。
全身の傷は、間近で見るとさらに酷く、いつもの美しくつるりとした白い背中は、痛みかけたフルーツのように傷ついていた。
「痛むか・・・」
「なあ・・・雅・・・」
ゆっくりと向きを変えたと思ったら、背中を洗う雅の手を取り、自分の首に当て
「殺してくれ・・・」涙を流しながら言葉を振り絞って言った。
「今、山波先生がこっちに向かっている。とにかく話をしろよ。
話をしてそれでも、どうしても辛かったらもう一度そう言ってくれ。
俺はお前のためならできる限りのことをするよ。」
「すまない・・・・でも先生には会いたくない。会えないよ。
こんな僕を見られたくない。」
「会わなければだめだ。会って先生の言い分も聞いて、お前の思いも伝えないと。そうじゃなかったら、お前はこの苦しみからずっと抜け出せないぞ。すぐ来るから、きれいに体を洗ってまとう。」
「どんなに洗っても落ちないよ。汚い手あかが体中に染みついているじゃないか・・・ほら見てよ・・・」
薄笑いを浮かべながら胸に着いたキスマークや歯形を見せたが、それはわざわざという感じで見せなくても、雅にはとうに見えていた。
胸だけじゃない、それは全身にあったからだ。
「どうしてそんなところへ行ったんだ・・・・」
「変わりがほしかった。体の真ん中に開いてしまった穴を埋める、ぴったりの代わりになる何かが。」
「そんなところに絶対あるわけないだろ。」
「知ってた。ずーっと昔から。」
「バカか・・・」
何もしてやれなかった自分を責めて雅も泣いた。
子供のころからずっと友達だったはずなのに。
こんなに苦しい思いをしている緑山をどんな言葉で慰めていいかも思いつかなかった。
「なんですぐ電話してこなかった。」
「え・・・」
「先生が女とエレベーターに乗るのを見て、なぜすぐ俺に電話かけてこなかったんだ。」
「そうだな・・・かければよかったな。」
「そうだよ。そしたらこんな・・・」
「こわかった…
お前に電話を掛けたら、友達じゃなくなっちゃうような気がしたんだ。
いつもそうだった。
つらくてたまらない時、雅に何度か電話しようと思ったけど、そんな時電話したらきっと、友達の線を越えちゃうような気がして、僕は我慢ができない弱い人間だから・・・」
緑山は泣きながら顔を歪めて笑った。落ちない傷を流しながら、雅も涙を流した。
山波が雅のマンションについたのは、緑山をベッドに寝かせてからで、山波はなぜかここへ来るのにとても時間がかかった。
「悪いね。こんな早くに。」
「先生、遅かったですね。」
「タクシーがなかなか捕まらなくて。」
「タクシーですか・・・緑山は落ち着いていますが、彼を見て驚かないでくださいね。わけも話したがらなかったら、今はあまり聞かないでやってください。」
「ああ・・・わかった。」
山波は眠っている緑山の隣に座り、優しく髪を撫でた。
顔に作った痣や傷はきっと自分のせいだと思い、悔しさと悲しみで爆発しそうだった。
山波はホテルに女と行くには行ったが、部屋の廊下で、女に金を返しただけで、部屋には入らず、そのまま1階に降りた。
1階のエレベーターの前で教授とあずみが待ち構えたように立っていて、緑山が山波と女がエレベーターに乗り込んだ姿にショックを受けてどこかへ行ってしまったと聞いて懸命に探していた。
教授と別れてから、雅に連絡をもらうまでの間、思いつくすべてを回ったが、そうしてわかったことは、緑山の事をあまりにもなにも知らなさ過ぎたという事くらいだった。
雅のところに必ず連絡があると信じていたが、連絡がくるまで、生きた心地がしなかった。
苦しそうな顔をしているとはいえ、呼吸をしている緑山が目の前にいるのを見て、少し安心した。
「ごめんね・・・」
髪を撫でながらほんとうに小さな声で言ったその一言で緑山は一変し、ハッと目を開け赤ん坊のように泣き叫びだした。
「雅・・・雅・・・気持ち悪い。吐きそう。」
「大丈夫か。」
暴れる体を大切に抱き抱え、起き上がらせようとしたが、手を振り払い泣きじゃくるばかりだった。
「先生はいやだ。雅をよんでよ。」
「わかった。ちょっとまっていなさい。」
山波は、や無終えず、雅を呼び、緑山をトイレに運んでもらった。
はげしく吐き苦しんでいても自分はなにもできず、水を持ってきた隼人と二人、廊下に並んで、ただ見守ることしかできない状況を悲しんでいた。
「谷中君変わるよ。」
「いやだ。先生は女の匂いがする。来ないで。」
「しないよ。先生は女となんか・・・」
雅が昨日の山波の弁解をしようとしたが、声をあげ泣きながら、酷い嘔吐に苦しむのを見ていて言葉を掛けられなくなった。
「谷中君もういいよ。寝かせてやってくれ。」
下手な作り笑顔で笑うとリビングに移動し、寝室に向かう緑山になるべく姿が見えないように、部屋の端っこで背中を向けた。
なんだかその山波の気の使い方がけなげで、ベッドに寝かせると、
「先生を呼んでこようか。」もう一度、そう言ってみた。
「いやだ。」
「先生をこのまま帰したら、おまえ一生そうやって苦しむことになるぞ。」
「もし、昨夜、女と寝たって言ったら・・・」
「その時は俺がおまえを殺してやるよ。」
「僕のこの体を見て汚いって言ったら。」
「その時も俺がおまえを殺してやる。心配するな。
けど、死ぬ前に一回、俺にやらせろよ。」
緑山は布団に潜るほんのちょっと前、うつむきながらもいつもの笑顔を見せた。
緑山自身も一時の感情でかっとなって捨ててしまった時間への贖罪と、愚かな自分に嫌気がさしていた。
雅に呼ばれた山波はリビングの奥から、さほど離れてもいないのに走って寝室へ飛び込みベッドに駆け寄った。
雅と隼人は並んで廊下に座り、開け放たれたドアから二人を見守った。
山波がおそるおそる手に触れると、緑山はほんの少し肩をすくめた。
「あのホテルにいたのか?」
そう優しく言うと細い指を握りしめ、一度指にキスすると、緑山は手を離し布団の中に手隠した。
「君に誤解させてしまったみたいだね。
私は、君にいっぱい謝らなければいけないことがある。
私は、まだ未だに連絡が来る女にもう連絡しないよう、電話を掛けた。
そしたら、今までの金を返せと言われた。返せないなら今まで通りの関係を続けるように迫られた。
私は、出せる分だけの金を持ってあのホテルに行ったんだ。
部屋の前までは行ったけど、中には入らずに廊下で金を返して帰ってきた。」
「ホント。」
「うん。エレベーターを降りたら教授とクリーム塗れのあずみ君が立っていて、君がショックを受けて走って行ったって聞いて、とても驚いた。
いろいろ探したけれど、どこをどう探したら君に会えるのか全くわからずに途方にくれていたよ。
帰ってきてくれてほんとうによかった。」
「女と寝たんじゃないの。」
「うん。寝ていたらあずみ君のクリームは乾いていただろうね。まだ触ると柔らかかったから、口の周りのクリームだけはタオルで落としてから帰らせたよ。
私はね、何とか土曜日までに全部清算しておきたかったんだ。
そしたら、車も取られちゃって、ここへ来るのも遅くなって、ごめんな。」
「土曜日、僕がマンションに行くから?」
「その時、正式に交際を申込もうと思っていた。・・今、言ってしまったけど・・・。」
「僕、ムリだ・・・・僕、昨日・・・・」
「言わなくていいよ。
何も聞かない。帰って来てくれた、それだけで私は十分だ。君が苦しみを忘れることができるよう、君の哀しみが癒せるように、明日笑っていられるように、私が努力する。」
「先生・・・」
「でもね、もう一つ謝らなければいけないことがあるんだ。
女に返すお金が貯金だけで足りなくて、マンションも売ることになったんだ。
だから、土曜は寮に泊まることになるけど・・・二人でお風呂も入れないし、ベッドも狭いままだけど、ごめんな。」
「いい・・・寮でいいよ・・・」
「それと・・・その・・・言いにくいんだけど・・・どうやって君を抱いていいか、やり方がよくわからないんだ。誰かに聞くわけにもいかなくて・・・だから、ごめん。」
「先生・・・」
緑山は山波の誠実な気持ちがとてもうれしくて笑った。
さっきまでのバカな自分とさよならできるようなそんな気がした。
「でも、絶対マスターするから。少し、時間くれ・・・」
緑山の手を握り、真剣な顔をして言う山波に、我慢できずに声を上げて笑った。
唇の傷が痛くて、目元の痣がうずいて、体中の傷がひりひりと電気が走るようにしびれても、お腹をよじらせ、声を上げて笑わずにはいられなかった。
「安心したよ。君が笑ってくれて・・・・」
なぜか山波は涙を流した。眼鏡を取ってポケットから出したハンカチに顔をうずめて泣き出した。
「ごめんなさい。先生。」
「答えを聞かせてくれるか?」
「なんの?」
「私と・・・お付き合いをしてくれますか・・・」
「はい・・・」
その答えで、山波は緑山を抱きしめて声を殺して泣いた。緑山も山波の髪を撫でながら泣いていた。
廊下でその光景を見ていた雅と隼人は部屋の扉を静かにしめ、そっとリビングに移動した。
「学校、今日はお休みしてゴロゴロしよう。隼人も付き合ってくれるか。」
「はい。」
「俺たちは床だけど、いい?」
「はい。」
雅は隼人を強く抱きしめて強く口づけをした。
「セックスの仕方が分からないんだって。
そんなの俺たちがいくらでも教えてやるのにな。」
キスの途中、おでこをあててそういうと、少し乱暴に隼人の服を脱がせ、首筋から胸に舌を這わせた。
隼人がいつものように「あっ」と甘く息を漏らすと、「声出すと聞こえちゃうよ。」意地悪に耳元でそう言い、我慢できない気持ちを全部隼人にぶつけるように、いつもより強めに抱きしめ、いつもより手荒く小さな隼人を裂く程に激しくぶつけた。
隼人は、雅のことは大好きで、こうなることも望んでいた。
けど、さっきの緑山が羨ましくて、山波の誠実な愛に包まれてみたい。
あの愛はどんな味がするのか、味わってみたいと雅の腕の中で降りしきる愛を受けている間その事ばかり考えていた。
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漁業の種類と言われる仕事がある。
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漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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