Loves、Loved

富井

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あずみの悪戯

あずみの悪戯

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「来たわね。」

あずみは今日も見下したような目で隼人を迎えた。

胸に大きなリボンのついたアメリカンスリーブのワンピースは色の白いあずみにとても似合って、妖艶な魅力を放っていた。

「じゃあ、まずは国語からはじめようか・・・」

隼人があずみの部屋に入って、机に向かって歩き出すと、

「バタン」とワザと大きな音を立てるように扉を閉めた。

「びっくりした。そんなに強く閉めたら壊れちゃうよ。」

「だって、強く閉めないと聞こえないでしょ。」

「誰に?」

「誰にって、お兄様と雅さんに決まっているでしょ。」

「どうして?」

「合図だよ。扉を閉めましたから、始めていいわよっていう合図。」

あずみは呆れ顔で机の前に座り、ノートを開いた。

唖然としていた隼人も、あずみの隣に座ってカバンの中から参考書を取り出した。

「合図?始めるって・・・」

「ハア、あんたこの間の賭けの話、忘れた訳じゃないわよね。」

「忘れてはいないけど・・・」

「けど何よ。今さら。」

「勉強をしようよ。
二人のこと疑ってばかりじゃなくて、勉強するためにここへ来たんだし。ちょっとは・・・」

「ちょっとはするわよ。ちょっとくらいわ。でも、今日のメインイベントは二人がやるかやらないかよ。もし、やらなかったら勉強くらい、血反吐吐くまでやってやるわよ。
どのくらいで見に行けばいいかしら?・・・1科目1時間だから、十五分後くらいに見に行くのが良さそうだね。楽しみだね。」

机に頬杖をつきながら開いたノートに『十五分』と書くとぐるぐるとまるを書きづつけた。

楽しみという割には微笑みもせずに、冷たい目をして少しため息交じりで。

そんなあずみを見ながら、隼人はただ途方にくれるしかなかった。
「この参考書のはじめのページからはじめようか、ここ読んでくれる?」

「はあ?なにしれっとはじめようとしているの。そろそろ行くよ。」

「ホントに行くの?」

「行かなきゃ賭けの結果がわからないだろ。ま、僕が勝つとは思うけどね。」

あずみは時計を見ながら、立ち上がると薄手のカーデガンを羽織り、全く立ち上がろうとしない隼人の腕を思い切り掴んで部屋をでた。

階段はいつもの階段ではなく、普段はあまり使わない勝手口に通じる裏の階段を使った。


「雅は僕の事を愛しているよ。
昨日だって彼の部屋に泊まって、その前だって、いつも一緒で・・・今日だって帰りにお買い物して一緒にごはんしよって・・・」

「しっ、もう黙って、お庭から回るよ。」

勝手口にあった適当な草履をはいて庭へ回った。

窓の下を這うようにして、壁伝いに庭も乗り越えて居間へと向かった。

「やめよう、戻って勉強しよう。」

「うるさい。これ以上喋ったら殺す。」

あずみは急に振り返ると隼人の頬を思い切りつねった。きりきりと指先に力が込められて、その小さな恐怖に隼人はあずみに従い、腰をかがめて家の壁伝いに進んだ。

「やっぱりいない。キット書斎ね。二人が初めてキスしたのも書斎なのよ。」
耳元でそういうと顔を近づけ、ふふッとほくそ笑むと屋敷の一番端へと向かった。

背の高い木に身を隠して少しずつ先に進むと、そこだけバラの枝が絡まった部屋があった。

「ここだよ。このバラは大きなトゲがあるから気をつけてよ。」

隼人はあずみに言われるがままに後を追って行くだけだった。

絶対になにもない、あるはずがない…自分は愛されている…と言い聞かせシャツの胸を握りしめて歩いた。

「やっぱりいた。」

あずみの押し殺しながらも弾むような声に隼人はしゃがみこみ姿を隠した。

窓枠に手をかけて中を覗きこむあずみに習って、隼人も同じく窓枠手をかけた。

けれど、ただ震えるばかりで、なかなか頭を中が見えるところまで上げる事が出来なかった。

その隼人の頭をあずみが両手で支え中を見せた。

ヴィンテージの重厚なチークの家具が並ぶ、本に囲まれたその部屋には、隼人の絶望が美しい絵のように広がっていた。

背景はまるでセピアカラーに、抱き合う二人のそこだけが縁取られ色鮮やかに煌めき、はだけた白い胸に吸い寄せられる唇、指先を舐める舌、髪をかきあげ下唇で耳を遊ぶその仕草のひとつひとつは互いの身体に隠した自分の魂を拾い集めるかのように丁寧で、二人の満ち足りた表情には最上級の愛情を感じた。
隼人はまばたきもできずにその光景を見続けた。

あずみは、ただ好奇心でのぞいていたが、だんだんに嫉妬に狂い出し、隼人の手を無理やり引いて部屋に戻った。

不意な動きでひじをバラのトゲに引っ掛け、シャツを破き肌を傷つけたが、その時はまるで気がつかず、痛みすら感じなかった。

「僕の勝ちだね。」

部屋に帰ったあずみは、力が抜けて足元がふわふわしている隼人を床に投げつけ勝ち誇ったような顔で言い放った。

床に、派手に転がったあと、やっと上半身を起こしただけで起き上がるまでの力は残ってなかった。

「聞いているの。僕の勝ちだって。」

「う、うん・・・」

「泣けよ。信じていた雅に裏切られたんだ。泣けよ。」
「う、うん。」
隼人は泣く事も出来ない様子でただ、そのままの体制のまま茫然と一点だけを見つめていた。

「僕は嫌われたのかな・・・」

あずみはふんと鼻で笑うだけで特に何も言わず、参考書をペラペラとめくり出した。

「僕の何がダメだったんだろう。」

「そう言うんじゃないんじゃない。あんたよりお兄様のほうが好きっていうだけだよ。」

「でも雅は僕の事好きだって、大事だって、いっぱい言ったよ。ずっと一緒にいたいって。」
「そりゃあ言うでしょ。

遊ぶのにはちょうどいいし、見た目もまあまあでそばにおいても邪魔にならない。

しかも、今度はあんたをエサに本当に欲しかった獲物を獲得できて、今まで可愛がってきた甲斐があったってさぞかしお喜びでしょうね。」

隼人は涙をぬぐうこともなく、手放しで泣いた。

そんな隼人を見て見ぬふりで一人で勉強を始めたが、いつまでも泣き止まないことに苛立ってベッドの上の自分のパジャマを投げつけ、
「床に落ちた涙拭いといてね」
と、目を見ずに言った。
そのパジャマで床を拭きながら、

「おもしろいところって、日帰りじゃないとまずいよね。」

そう言いながら涙をシャツの袖口で拭いた。


「そうだね・・・見つかるとうっとおしいから、最初は2-3時間ってところがいいかな。
本当に面白かったら又行ってもいいけどね。」


「いつ行く?」

「いつでも。」

「わかった。明日、電話するよ。」

「待ってます。」

二人は全く目を合わせる事なく会話して、そして2時間がたち、お手伝いの鈴木が、お茶がはいったと呼びに来た。

あずみは平然と全く何もなかったかのように弾むように階段を降り居間に行ったが、隼人は気分を元通りにすることができず、雅の顔すら見られなかった。

「どうだった。」

雅が隼人にそう問いかけたが「うん」

と小さな声で返事をしただけで、如月や雅の座っている位置から一番遠い席に座り俯いていた。

「雅さん、今日はこれから隼人君の手料理で晩御飯なんでしょ。」

「え?」

「隼人君が嬉しそうに僕に言ったんだ。今日は何にしようかな・・・って。
僕はくそ熱い季節に、くそ熱いお二人にはくそ熱い鍋なんていかがって言ったんだけどね・・・それでそのあとは、雅さんのお家でお泊り?」

「え、隼人は疲れているみたいだからね。」

「普通、ちょっとくらい疲れていても、恋人との約束を守ろうとするけどね。
晩御飯は隼人じゃなくて雅さんが作るとか、お泊りしてもエッチは辞めるとか、なんとかあるでしょ。本物の恋人ならね・・・それとも、お兄様に気を使ってかしら。
気を使わなければならないなにかあるのかしらね・・・隼人君。
あ、そうだ!隼人君、怪我しちゃったみたいなの。ひじのところ、バラのトゲにでも引っ掛けたのかしらね。」

あずみは雅と如月の顔を交互に見ながら、ヘラヘラと意味深な笑いを浮かべ、その場の空気をひっかきまわすだけひっかきまわしたあと、自分の分の紅茶とケーキを持って鼻歌交じりに、時々大声で笑いながら階段を上がって行った。
意地の悪い笑い声がいつまでも響く中、如月と雅は罰の悪い顔で見合わせた。
「怪我したのか・・・」

雅が恐る恐る隼人の腕の傷を見た。

ひじが何かに引っかかってシャツが破れ引っかき傷で血が出ているのを見た。

「うん、平気。僕、帰るね。」

「隼人、送るよ。」

「大丈夫です。一人で帰れます。」

「何言ってるんだ。送るよ。」

「ううん。先生とお話しあるでしょ。大丈夫、帰れるから。」

我慢していたが、玄関に着く前に泣きだしてしまった。

それは、送ると口では言ったものの追ってもこない雅に更なる絶望を浴びせられたからだった。

雅に車に乗せられたのは、かなり歩いて、やっとバス停を見つけた頃だった。

雅は特に謝ることもなく、隼人も話しをすることもなく、雅のマンションのそばのスーパーについた。

「今日は鍋だったね。何鍋にする?」

少し楽しそうに隼人の顔を覗いたが、奥歯を噛み締めて前歯を少し見せたその笑い方は、適当にその場を取り繕ってうやむやにして、今までどおりどっちつかずの関係を続けていく、そんな笑い方だ。

今まで自分に付きまとってきた大人と同じだと隼人は思った。

「トマト鍋なんてどう。」

そう言って車から降りた。
愛されないならそれでもいい、一人よりましかも・・・そうも思った。
どちらにしても、ここには長くは居られない、そういわれてきたし、コレで決心もついた。
かえって良かったんだと言い聞かせた。
雅が隼人の手を握ると肘から出た血が小指まで流れ落ちそこで塊をつくっていた。

「傷、大丈夫。」

「バラのトゲって案外痛いね。こんなに深く突き刺さるんだ・・・この傷も残るね。」


傷を見ながら言った後、とびきりの笑顔で握った手に力を込めた。

いつもと変わらず、弾んだ感じでスーパーを歩き周り、雅はその手に引っ張り回される感じでついて行った。

本当に楽しそうで、なにもなかったかのようで、つい、

「この怪我、どこでやったんだ。」と聞いてみた。


「教授のお家でだよ。大きな木だね、あのバラ。咲いたらさぞかし綺麗なんだろうね。」

「ああ、あの家にぴったりな大きくて華やかな花を付けるんだ。」

「そう・・・それは、あの家に、じゃなくてあの人にのまちがいじゃない?・・・冗談だよ。そんな困った顔しないで。」

雅はやっぱり聞いてはいけなかった、あのことを見られたに違いないと思ったが、隼人はニコニコと機嫌よく笑っていて、帰りの車の中でも、料理を作っている時も、鼻歌交じりで怒っている素振りすらなくてついそのペースに甘えていた。



「ねえ、木曜日、映画連れて行って。お願い。」

「映画?」

「うん、僕、映画館で映画を見た事ないんだ。」

「ホントに?」

「うん、暗いところ、怖くて一人で入れないんだ。お願い。」

「わかった。何見に行く?」

「何でもいい。雅と行けるなら何でも面白い。」

「じゃあ、調べておくよ。」

この時の隼人の笑った顔は雅でも初めて見る顔だった。

ただの約束でここまで喜ぶのかと思うほどの最上級の笑顔で、抱きしめる事も忘れてその笑顔に見とれていた。

けれど、雅がシャワーを浴びている間に隼人は、帰ってしまった。

綺麗に畳まれた洗濯物と洗われた食器たち、足跡さえも消し去ったほど、整然と片づけられた部屋にあの飛び切りの笑顔の余韻を残して。


雅は正直、少しホッとしていた。

隼人には悪いとは思っていたが、やはり如月の事を忘れる事は自分には絶対に無理だと思い知った。

今日の如月との情事は本当に突破的な小さな事故のようなものだった。

如月の資料のまとめを手伝っていて、資料を取ろうと指の先がほんの少しだけ触れると、その指先が求め合うように夢中で全部を欲しがった。

新しい恋人ができてもどれほど体を重ねても、如月との一度の口づけの快感には勝てない。火照った体を冷ますようにベランダに出て今日のあのときを思い出し、出るはずもないと思いながら如月に電話をかけた。


星も月もない曇った夜空を見上げ、幾度かコールを待ったあと部屋を眺めると、そこには風にたなびくカーテンの向こうにさっきの約束に踊り出しそうな笑顔を見せた隼人の笑顔の残像があった。


隼人もあずみに電話をかけていた。

約束の面白いところへ月曜日に連れて行くからと約束して電話を切った。
その瞬間隼人にも雅にも如月にもあずみにも不幸へとレールのポイントが切り替わった。
けれど、隼人以外はまだ誰も知らない。
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