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あずみの悪戯
あずみの秘密
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「すいません・・・僕、運転が下手で、酔ってしまったみたいで・・・」
隼人があずみを家に送り届けたのは夜8時を少し回ったくらいだった。
背の高いあずみを車から家の中まで運ぶのは、背の低い隼人には一苦労だった。
今日もとてもかわいいサーモンピンクのレースのワンピースに、フリルのいっぱいついたカーディガンを羽織って、鮮やかに色めくあずみのそばで、隼人はさらに小さく見えた。
「本当にすいません。兄の車で慣れてなくて・・・
道を何度も間違えてこんなに遅くなってしまって。」
「まだ8時だよ。大丈夫。ところで今日は何処に行っていたんだ。」
「博物館と科学館よ。あと美術館にも。
ちなみに、僕がいきたいって言ったんだからね。隼人はただの足だから。」
「そう、わがままだから大変だっただろ。」
「いえ・・・じゃあ、僕帰ります。」
「ご飯、一緒に食べて行けば。お兄様いいでしょ。隼人の分くらいあるわよね。」
「ああ、すぐ用意させるよ。上がりなさい。」
「ありがとうございます。では、お邪魔します。」
あずみは如月に腕を支えられながら、壁つたいに歩きながら居間へ向かった。
隼人もその跡をトボトボとついて行った。
「今日はね、雅君も研究室に手伝いに来てくれたんだけれど、君の姿が見えなかったからどうしたのかと心配していたんだよ。」
「お兄様、昨日の今日だよ。雅と一緒に居られるかよ。」
如月はそのあずみの言葉に何も反論できず、俯くしかなかった。
「隼人、今日は本当に面白かったよ。また行こうね。」
「でも、僕、運転下手だから、今度は電車で行こうか。」
「そうだな、こんなに酔うなんて初めてだよ。」
「本当にごめん・・・ご飯、食べられる?」
「吐いても食うよ、ご飯は。でも、今日は本当に楽しかった。久しぶりだよこんなに気分がいいのは。」
「よかったな。ところでどこの博物館に行ったんだ。」
「教えない。お兄様にも秘密があるでしょ。だから僕たちも秘密だ。ね、隼人。」
「う、うん・・・」
今日、確かに博物館には行った、が、二人ではなかった。
もう一人、隼人の兄があずみをエスコートした。
一日中、出かけることなんてほとんどないあずみには、如月とその周りにいる少ない大人たち以外と知り合うことなんてほぼなく、自分を如月の弟としてではなく、一人の人間として扱ってくれる事がとても嬉しくて、そして刺激的で、ついハメを外して楽しんでしまった。
「でも、喜んでくれて僕も嬉しい・・・」
「ごめん・・・やっぱり僕ダメだ・・・やっぱり、気持ち悪い。」
あずみは突然真っ青になり、トイレに駆け込み、如月もそれを追いかけて行った。
15分か、20分ほどたって如月が居間に戻ると、テーブルの端にポツリと隼人が待っていた。
箸は持っているものの、ただぼんやりと机の上の物を眺めているだけで食事をしている様子はなかった。
そしてその目は思いつめたような、やけに悲しそうで今にも泣きそうに見えた。
「ごめんね、一人にして。」
「あ、大丈夫ですか。ホントにごめんなさい。」
「車酔いなら、寝れば治るだろう。治らなければ、明日医者にでも連れて行くよ。」
「先生は忙しいでしょ。僕の兄はお医者さんですから、兄か、兄の友達をここへ来てもらうように頼みますよ。」
「それでは迷惑だろ。」
「僕が悪いんです。それくらいの事、させてください。明日の朝、9時に先生にお電話します。必ず出てくださいね。今日は帰りますごちそうさまでした。」
「隼人君・・・あの・・・君に謝らなくてはいけないことが・・・」
「何をですか?」
「昨日・・・雅とのことを・・・」
「いえ、謝らないでください。僕がダメなのは最初からわかっていたんです。
雅さんの事、勝手に好きになって、雅さんはそんな僕に付き合ってくれただけです。
先生の方が絶対お似合いですよ。先生の肌は白くて、とても綺麗で・・・見とれちゃいました。
ごめんなさい変なこと言って。おやすみなさい。」
隼人は如月に深々と頭を下げるとゆっくり扉を閉めた。
表情一つ変えることなく、タイヤを軋ませ車を走らせた。
走らせた先は雅のマンションだった。
「ごめんね。こんな時間に。上がっていい?」
「あ・・・上がって。」
「すぐ帰るよ。今日はお土産を届けに来ただけなんだ。今日はあずみくんとちょっと出かけて、博物館にいったんだ。帰りに教授のお宅でご飯を食べて来た。」
「教授も一緒に?」
「うん、いたよ。それで、昨日の事、ごめんって言われちゃった。悲しかった・・・
教授はとても白くて、綺麗な肌で・・・僕は傷跡ばっかりで、教授は大人でとてもステキで、僕は子供で・・・教授のほうがいいに決まっているよね。」
「ごめん・・」
「雅も謝るんだ・・・・それは終わりって言うことなんだね・・・
でも、映画だけは一緒に行ってね。本当にこれで最後にするから。
ずっと、映画館ってどんなところか行ってみたかったんだ。前を通るとポップコーンのいい匂いがして・・・ストローの入った大きいジュース持って。出てくる人も中へ入る人もみんな嬉しそうで・・・。パンフレットとかも買いたいな。絶対だよ。」
「わかった。」
「それで・・・お土産は、僕、明日、9時きっかりに教授に電話をする約束をしたんだ。
だから、その時間にかければ電話を取るよ。
教授は僕の電話番号も、雅の電話番号も電話帳に入れていないから、雅が掛けてもきっと出るよ。
それが僕からのお土産。じゃあ、僕、帰ります。」
「送るよ。」
「送らないで。ここでいい。」
「隼人・・・本当にごめん・・・」
「謝らないで、惨めになるばっかりだよ。雅が好きな人とまたそうなれてよかった。
緑山さんも・・・やっぱり、きれいな人はみんなに愛されるんだね。
僕は昔からダメだって言われ続けて、誰にも愛されないでここまで生きて来たから、こういうの慣れているよ。
雅の事好きになって、ちょっと期待したけど・・・やっぱりな、って感じ。
ただそれだけだよ。
大丈夫だから。」
隼人は扉を閉めた。そしていつもよりゆっくりと歩いて雅のマンションから出た。
それでも後ろから追って来る様子すらなかった。隼人は車に乗ると、エンジンをかけるより先に大声で笑い出した。
最後に何か言ってもらえると思っていた。
抱きしめてくれなくても、追っては来てくれると考えていた甘い自分がおかしくて気が触れそうなほど笑った。
もう戻れない、もういいどうにでもなるようになればいい、そう思いながらもまだ雅に優しくされた日々を思い出していた。
朝、7時ごろ、隼人に電話をかけたのはあずみだった。
どちらにしても、隼人もそろそろ電話をかけようと思っていた時だった。
「おはよう、大丈夫?」
「まったく・・・気分が良くならないんだ・・・昨日、何か変なものでも食べたかなあ」
「兄に聞いて薬をもらって行くよ。少しだけ待っててね。」
そう言って電話を切り、すぐ、兄にその事を報告はしたものの、シャワーを浴びゆっくりと服を着替えて用意した。
車を走らせ教授の家の外に車を止め、9時ほんの少し前に家にこっそり入った。
きっと教授はあずみの部屋にいるはず、そして9時にかかってくる雅からの電話を自分からの電話と間違えて電話に出るはず。
雅も大好きな人にかける電話なのだから、時間を間違えたりしない・・・そう思いながら、時計と歩数を計算して、足音を立てないよう、慎重に部屋の前にたどり着き、ドアに耳を当てた。
自分の心臓の音がうるさくて、息を殺し目を閉じ部屋の中の音を聞いた。
そろそろ・・・だよね。
静かに着信音がなると如月の落ち着いた優しい声が聞こえた。
それから徐々に強まる血液の流れを感じながら十五秒待ち、静かにそっと扉を開けて、二人の前に姿を見せた。
「おはようございます。」
電話の向こうに声が漏れないよう気を使って挨拶をすると如月は驚き、顔を強張らせ電話の相手への言葉を濁した。
「あずみ君、お薬持って来たよ。これで楽になるだろうって。飲んで少ししたら病院行こうね。」
隼人は如月の前を横切り、あずみに駆け寄り、親身に介抱をはじめた。
「お兄様、誰に電話しているの。隼人からの電話だって言ったのに・・・ひょっとして雅・・・」
「あずみ君、興奮するとよくないよ。ちょっと寝よう・」
「隼人君、君、9時に電話するって・・・」
「ごめんなさい。朝、あずみ君から良くならないって電話もらって、兄の友だちの病院で薬もらって来たんです。
急いでいて教授に電話できなくて、ごめんなさい。
あずみ君は僕が診てますから、どうぞ電話してください。」
「あ、イヤ・・・」
「電話したらいいだろ。」
うろたえる如月にあずみは感情を隠さなかった。
「もう要件は終わったよ。」
「どうせまた後で部屋に帰ったら電話するんだろ。お兄様は僕が嫌がることばかりするんだ。それも僕が苦しんでいる時に限って。」
「あずみ・・・」
「あの時もそうだった・・・僕が傍にいてほしいって頼んでいるのに、雅から電話があって、お兄様は雅に会いに行ったんだ。あの時はお母様がなかなか帰ってこなくて、怖くて心配で・・・、もう帰ってくるよって言いのこしてお兄様は出かけてしまった。
でも、帰って来たのは冷たくなって動かなくなったお母様だった。嫌な予感がしたんだ。
だから行かないで、って何度もお願いしたのに。
今回だって、こんなに僕が苦しんでいるのに。
それも、付き合っている隼人が傍にいるのにそんなひどいことをするんだ。
僕にはもう付き合わないからって言っておいて、会うとやっぱりキスして抱き合って・・・隼人にもひどいことをしていると思わないの?」
「あれは・・・」
「あずみ君、もういいよ。ごめん・・・雅さん教授の声が聞きたそうだったから、つい9時ならでますよって言っちゃったんです。
僕、雅さんのこと大好きだから、雅さんの喜ぶ顔が見たくて・・・ごめんなさい。」
隼人は如月に深々と頭を下げた。涙を流し小さな肩は少し震えていた。
「あずみくん、立てそうなら、病院行こうか。そのほうがよさそうだね。先生も雅さんと電話してください。あずみ君は僕が連れて行きますから大丈夫ですよ。」
呆然と立ち尽くし何もできないでいる如月を横目に、隼人はあずみの腕を自分の肩に回し腰を支えて部屋を出ようとしていた。
「お兄様、いいことを聞かせてあげる。
5年前、お兄様と雅が付き合っているのを学校に告げ口したのは僕だよ。
お兄様と雅が激しく動くから、写真はあまりきれいには取れなかったけど、小さかった僕にしてはまあまあだったでしょ。今度も面白い仕返しを考えているからね。楽しみにしててね。」
如月とあずみは目を合わせたままでその場からすれ違った。
にらみつけるようなあずみの視線に如月も視線を外さず、言葉を交わすことなく行き過ぎた。
あずみが出て行った部屋には、如月ひとりと大きな後悔だけが残った。
隼人があずみを家に送り届けたのは夜8時を少し回ったくらいだった。
背の高いあずみを車から家の中まで運ぶのは、背の低い隼人には一苦労だった。
今日もとてもかわいいサーモンピンクのレースのワンピースに、フリルのいっぱいついたカーディガンを羽織って、鮮やかに色めくあずみのそばで、隼人はさらに小さく見えた。
「本当にすいません。兄の車で慣れてなくて・・・
道を何度も間違えてこんなに遅くなってしまって。」
「まだ8時だよ。大丈夫。ところで今日は何処に行っていたんだ。」
「博物館と科学館よ。あと美術館にも。
ちなみに、僕がいきたいって言ったんだからね。隼人はただの足だから。」
「そう、わがままだから大変だっただろ。」
「いえ・・・じゃあ、僕帰ります。」
「ご飯、一緒に食べて行けば。お兄様いいでしょ。隼人の分くらいあるわよね。」
「ああ、すぐ用意させるよ。上がりなさい。」
「ありがとうございます。では、お邪魔します。」
あずみは如月に腕を支えられながら、壁つたいに歩きながら居間へ向かった。
隼人もその跡をトボトボとついて行った。
「今日はね、雅君も研究室に手伝いに来てくれたんだけれど、君の姿が見えなかったからどうしたのかと心配していたんだよ。」
「お兄様、昨日の今日だよ。雅と一緒に居られるかよ。」
如月はそのあずみの言葉に何も反論できず、俯くしかなかった。
「隼人、今日は本当に面白かったよ。また行こうね。」
「でも、僕、運転下手だから、今度は電車で行こうか。」
「そうだな、こんなに酔うなんて初めてだよ。」
「本当にごめん・・・ご飯、食べられる?」
「吐いても食うよ、ご飯は。でも、今日は本当に楽しかった。久しぶりだよこんなに気分がいいのは。」
「よかったな。ところでどこの博物館に行ったんだ。」
「教えない。お兄様にも秘密があるでしょ。だから僕たちも秘密だ。ね、隼人。」
「う、うん・・・」
今日、確かに博物館には行った、が、二人ではなかった。
もう一人、隼人の兄があずみをエスコートした。
一日中、出かけることなんてほとんどないあずみには、如月とその周りにいる少ない大人たち以外と知り合うことなんてほぼなく、自分を如月の弟としてではなく、一人の人間として扱ってくれる事がとても嬉しくて、そして刺激的で、ついハメを外して楽しんでしまった。
「でも、喜んでくれて僕も嬉しい・・・」
「ごめん・・・やっぱり僕ダメだ・・・やっぱり、気持ち悪い。」
あずみは突然真っ青になり、トイレに駆け込み、如月もそれを追いかけて行った。
15分か、20分ほどたって如月が居間に戻ると、テーブルの端にポツリと隼人が待っていた。
箸は持っているものの、ただぼんやりと机の上の物を眺めているだけで食事をしている様子はなかった。
そしてその目は思いつめたような、やけに悲しそうで今にも泣きそうに見えた。
「ごめんね、一人にして。」
「あ、大丈夫ですか。ホントにごめんなさい。」
「車酔いなら、寝れば治るだろう。治らなければ、明日医者にでも連れて行くよ。」
「先生は忙しいでしょ。僕の兄はお医者さんですから、兄か、兄の友達をここへ来てもらうように頼みますよ。」
「それでは迷惑だろ。」
「僕が悪いんです。それくらいの事、させてください。明日の朝、9時に先生にお電話します。必ず出てくださいね。今日は帰りますごちそうさまでした。」
「隼人君・・・あの・・・君に謝らなくてはいけないことが・・・」
「何をですか?」
「昨日・・・雅とのことを・・・」
「いえ、謝らないでください。僕がダメなのは最初からわかっていたんです。
雅さんの事、勝手に好きになって、雅さんはそんな僕に付き合ってくれただけです。
先生の方が絶対お似合いですよ。先生の肌は白くて、とても綺麗で・・・見とれちゃいました。
ごめんなさい変なこと言って。おやすみなさい。」
隼人は如月に深々と頭を下げるとゆっくり扉を閉めた。
表情一つ変えることなく、タイヤを軋ませ車を走らせた。
走らせた先は雅のマンションだった。
「ごめんね。こんな時間に。上がっていい?」
「あ・・・上がって。」
「すぐ帰るよ。今日はお土産を届けに来ただけなんだ。今日はあずみくんとちょっと出かけて、博物館にいったんだ。帰りに教授のお宅でご飯を食べて来た。」
「教授も一緒に?」
「うん、いたよ。それで、昨日の事、ごめんって言われちゃった。悲しかった・・・
教授はとても白くて、綺麗な肌で・・・僕は傷跡ばっかりで、教授は大人でとてもステキで、僕は子供で・・・教授のほうがいいに決まっているよね。」
「ごめん・・」
「雅も謝るんだ・・・・それは終わりって言うことなんだね・・・
でも、映画だけは一緒に行ってね。本当にこれで最後にするから。
ずっと、映画館ってどんなところか行ってみたかったんだ。前を通るとポップコーンのいい匂いがして・・・ストローの入った大きいジュース持って。出てくる人も中へ入る人もみんな嬉しそうで・・・。パンフレットとかも買いたいな。絶対だよ。」
「わかった。」
「それで・・・お土産は、僕、明日、9時きっかりに教授に電話をする約束をしたんだ。
だから、その時間にかければ電話を取るよ。
教授は僕の電話番号も、雅の電話番号も電話帳に入れていないから、雅が掛けてもきっと出るよ。
それが僕からのお土産。じゃあ、僕、帰ります。」
「送るよ。」
「送らないで。ここでいい。」
「隼人・・・本当にごめん・・・」
「謝らないで、惨めになるばっかりだよ。雅が好きな人とまたそうなれてよかった。
緑山さんも・・・やっぱり、きれいな人はみんなに愛されるんだね。
僕は昔からダメだって言われ続けて、誰にも愛されないでここまで生きて来たから、こういうの慣れているよ。
雅の事好きになって、ちょっと期待したけど・・・やっぱりな、って感じ。
ただそれだけだよ。
大丈夫だから。」
隼人は扉を閉めた。そしていつもよりゆっくりと歩いて雅のマンションから出た。
それでも後ろから追って来る様子すらなかった。隼人は車に乗ると、エンジンをかけるより先に大声で笑い出した。
最後に何か言ってもらえると思っていた。
抱きしめてくれなくても、追っては来てくれると考えていた甘い自分がおかしくて気が触れそうなほど笑った。
もう戻れない、もういいどうにでもなるようになればいい、そう思いながらもまだ雅に優しくされた日々を思い出していた。
朝、7時ごろ、隼人に電話をかけたのはあずみだった。
どちらにしても、隼人もそろそろ電話をかけようと思っていた時だった。
「おはよう、大丈夫?」
「まったく・・・気分が良くならないんだ・・・昨日、何か変なものでも食べたかなあ」
「兄に聞いて薬をもらって行くよ。少しだけ待っててね。」
そう言って電話を切り、すぐ、兄にその事を報告はしたものの、シャワーを浴びゆっくりと服を着替えて用意した。
車を走らせ教授の家の外に車を止め、9時ほんの少し前に家にこっそり入った。
きっと教授はあずみの部屋にいるはず、そして9時にかかってくる雅からの電話を自分からの電話と間違えて電話に出るはず。
雅も大好きな人にかける電話なのだから、時間を間違えたりしない・・・そう思いながら、時計と歩数を計算して、足音を立てないよう、慎重に部屋の前にたどり着き、ドアに耳を当てた。
自分の心臓の音がうるさくて、息を殺し目を閉じ部屋の中の音を聞いた。
そろそろ・・・だよね。
静かに着信音がなると如月の落ち着いた優しい声が聞こえた。
それから徐々に強まる血液の流れを感じながら十五秒待ち、静かにそっと扉を開けて、二人の前に姿を見せた。
「おはようございます。」
電話の向こうに声が漏れないよう気を使って挨拶をすると如月は驚き、顔を強張らせ電話の相手への言葉を濁した。
「あずみ君、お薬持って来たよ。これで楽になるだろうって。飲んで少ししたら病院行こうね。」
隼人は如月の前を横切り、あずみに駆け寄り、親身に介抱をはじめた。
「お兄様、誰に電話しているの。隼人からの電話だって言ったのに・・・ひょっとして雅・・・」
「あずみ君、興奮するとよくないよ。ちょっと寝よう・」
「隼人君、君、9時に電話するって・・・」
「ごめんなさい。朝、あずみ君から良くならないって電話もらって、兄の友だちの病院で薬もらって来たんです。
急いでいて教授に電話できなくて、ごめんなさい。
あずみ君は僕が診てますから、どうぞ電話してください。」
「あ、イヤ・・・」
「電話したらいいだろ。」
うろたえる如月にあずみは感情を隠さなかった。
「もう要件は終わったよ。」
「どうせまた後で部屋に帰ったら電話するんだろ。お兄様は僕が嫌がることばかりするんだ。それも僕が苦しんでいる時に限って。」
「あずみ・・・」
「あの時もそうだった・・・僕が傍にいてほしいって頼んでいるのに、雅から電話があって、お兄様は雅に会いに行ったんだ。あの時はお母様がなかなか帰ってこなくて、怖くて心配で・・・、もう帰ってくるよって言いのこしてお兄様は出かけてしまった。
でも、帰って来たのは冷たくなって動かなくなったお母様だった。嫌な予感がしたんだ。
だから行かないで、って何度もお願いしたのに。
今回だって、こんなに僕が苦しんでいるのに。
それも、付き合っている隼人が傍にいるのにそんなひどいことをするんだ。
僕にはもう付き合わないからって言っておいて、会うとやっぱりキスして抱き合って・・・隼人にもひどいことをしていると思わないの?」
「あれは・・・」
「あずみ君、もういいよ。ごめん・・・雅さん教授の声が聞きたそうだったから、つい9時ならでますよって言っちゃったんです。
僕、雅さんのこと大好きだから、雅さんの喜ぶ顔が見たくて・・・ごめんなさい。」
隼人は如月に深々と頭を下げた。涙を流し小さな肩は少し震えていた。
「あずみくん、立てそうなら、病院行こうか。そのほうがよさそうだね。先生も雅さんと電話してください。あずみ君は僕が連れて行きますから大丈夫ですよ。」
呆然と立ち尽くし何もできないでいる如月を横目に、隼人はあずみの腕を自分の肩に回し腰を支えて部屋を出ようとしていた。
「お兄様、いいことを聞かせてあげる。
5年前、お兄様と雅が付き合っているのを学校に告げ口したのは僕だよ。
お兄様と雅が激しく動くから、写真はあまりきれいには取れなかったけど、小さかった僕にしてはまあまあだったでしょ。今度も面白い仕返しを考えているからね。楽しみにしててね。」
如月とあずみは目を合わせたままでその場からすれ違った。
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