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何か、勘違いしてません?
しおりを挟むエステバン帝国はこの大陸で1番大きな国である。
皇帝陛下も賢王であり貧富の差は多少はあるが豊かな国だ。
そんな国の貴族の1つにマルティネス伯爵家がある。
マルティネス伯爵家は当主である父と母、そして長女のエレノアと3歳下の嫡男のセオドリックの4人家族で、国内外の物流を担っており、その繋がりで商会も経営しているかなり裕福な家だ。
そんなエレノアが6歳の時にスミス侯爵家から婚約の申し込みがあり顔合わせをする事になった。
スミス侯爵家に子息が2人おり、エレノアと同い年の嫡男のジョンと2歳下のレオンだ。
初顔合わせの際のジョンの態度は何でこんなヤツと言わんばかりにエレノアを睨みつけ、スミス侯爵夫妻は「照れてるのね~」と叱る事もなく、マルティネス伯爵夫妻は顔は笑っているが冷たい目で見ていた。
会話も尽きてきた頃、『子ども同士でお話してきたら?』とその場から追い出され、エスコートもせずエレノアを無視しずんずんと先に進むジョンを小走りで追いかけた。
侯爵邸の庭園は綺麗に整えられていたが、それを楽しむ暇もなくようやく止まったかと思えば、いきなりエレノアの方へ振り返り不愉快そうに言い放った。
「お前の家は貴族の癖に卑しくも商売をしてるらしいな!それだけでも不愉快だが財産は多いから俺と婚約ができるんだぞ!いいか?婚約してやるんだから俺の言うことには逆らうな!俺と婚約できる事だけでも感謝しろ!」
貴族は領地経営や城務めで収入を得る家が多い為、商売などで収入を得る事は卑しいと考える貴族がいる事は知っていた。
しかし、貴族といえども商人からそっぽを向かれたら生活が立ちいかないのだ。
そのうえ、他国との輸入・輸出などが増えた事もあり、そのような考えの者は昔の価値観から抜け出せず、新たな収入源を得る事もしない為に傾いている家がほとんどだった。
一方的に捲し立て満足したのかジョンは、さっさと両親の元へ戻り顔合わせはお開きとなった。
⸺⸺⸺
あの顔合わせから10年が経った。
エステバン帝国の貴族子女は16歳から貴族学園に通う事になっている。
当然の事ながら、エレノアもジョンも16歳になった為に学園へ入学した。
入学式の後、教室へ移動しようとしていると突如ジョンが現れた。
10年経ったジョンは身長も伸び、顔つきも青年らしくなっていた。
「久しぶりだな。いいか?学園の中ではお互い自由に過ごそう。声をかけたりするのは遠慮してくれ」
あの時よりも低くなった声でそう告げると、さっさと去って行った。
こういう所は昔から成長していないらしい。
「相変わらず人の話を聞かないのね」
はぁ、と溜め息を吐きながら思わず愚痴が溢れてしまった。
それから、ジョンの言う通り、お互いに関わる事は全くなかった。
どうやら、ジョンは入学して知り合ったとある令嬢との仲を深めているらしい。
その令嬢はディスト男爵家のリース嬢と言うらしい。
リース嬢は男爵が愛人に生ませた子で庶子なのだ。
正妻からしたら夫が浮気をして生まれた子なのだから、もちろん面白くない。
その為、最低限の教育や世話はしているそうだが男爵夫人からも、そのの子どもからも冷たくされているそうだ、と噂好きな友人が教えてくれた。
エレノアからしたら『そりゃそうでしょ』としか思えず、ジョンにも興味がない為、友人達と日々楽しく生活していた。
そんなある日、友人達とお茶を楽しんでいると1人の令嬢が現れた。
「あ、あの!エレノアさん!!」
その令嬢は赤みがかったブラウンの緩くウェーブがかった柔らかそうな髪にヘーゼルブラウンの瞳で可愛らしい顔である。
「…どちら様?」
どんなに考えても、この令嬢が誰なのか分からない。
少なくとも伯爵以上の高位貴族の顔は把握しているし、下位貴族でも家と繋がりのある令嬢も把握している。
「わ、わたしはディスト男爵家のリースです!」
…どうやら、ジョンの恋人らしい
「そうですか。私と貴女はご挨拶した事がないかと思うのですが?名前を呼ぶ事を許した覚えがないので止めてくださる?」
貴族は本来、自分より身分が上の場合、知り合いから紹介され名乗り合ってようやく会話ができるのだ。
ここは学園の為、それでは不便な事もあるので多少は見逃されるが許可を得ずに名前を呼ぶ事は別である。
「そ、そんな!わたしはただエレノアさんとお話がしたくて…」
「先程、止めて欲しいと申したばかりですが?それに私は伯爵家、貴女は男爵家ですよね?敬称は『さん』ではなく、マルティネス伯爵令嬢かマルティネス嬢と呼んで頂けます?」
リースは更にうるうると涙を浮かべ「酷い」と言っているが、その様子を見ている周囲の者達は飽きれた様子である。
「リース!!」
「ジョン!」
恋愛小説のワンシーンを再現しているかの如く、ジョンがリースを抱き締め、目元を指で拭ってあげている。
「エレノア!リースに嫉妬して虐めるなど器が狭いんじゃないか!?」
「ごきげんよう、スミス少侯爵。それで、嫉妬ですか?何故、私がディスト男爵令嬢に嫉妬しなければならないのでしょう?」
「それは私に相手にされていないからだろう。リースは婚約者のお前と違って外見も内面も可愛らしい。だから、嫉妬したんだろう!相変わらず卑しいな」
リースを抱き締めながらエレノアを睨みつけて強い口調で言い放ち、その腕の中で縮こまりながら、リースはうるうるとした瞳でこちらを見ていた。
「婚約者?何か、勘違いされてません?私とスミス少侯爵様は婚約しておりませんが?」
「「は?」」
ジョンとリースは予想外の返答にぽかんとしている。
「し、しかし、10年前に顔合わせをして婚約しただろう!?」
「確かに顔合わせはいたしました。ですが、スミス少侯爵の言動があまりにも酷いうえに婚約も気が進まなそうでしたので、お断りいたしましたのよ?婚約契約書などにサインしてませんでしょう?」
そう、10年前のジョンの態度に大変不愉快な思いをし、なおかつこんなのと婚約したらマルティネス伯爵家が傾くと判断した為に断ったのだ。
「それに、私には他に婚約者がおりますの」
「は?誰だ?!」
「あれ?スミス少侯爵?どうしたんですか?」
そこへ現れたのはジョンに似た顔のレオンとエレノアの弟のセオドリックだった。
「…レオン、何故ここに?お前はすでにスミス侯爵家の人間ではないだろう」
「はい、ですが、何やら婚約者がスミス少侯爵に絡まれていると友人から聞きましたので、こちらに来たんですよ。エレノア大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですわ。レオンもセオドリックも心配してくれたの?」
今まで真顔で対応していたエレノアはレオンとセオドリックの姿を視界に入れると今までに見た事がないくらいの笑顔になった。
「は?レオンが婚約者なのか?」
10年前、顔合わせの場にレオンもいたのだが嫡男至上主義のスミス侯爵家での扱いは酷く、哀れに思ったマルティネス伯爵がスミス侯爵家の親戚筋に話し、レオンを養子に引き取ったのだ。
そこから、エレノアとセオドリックとの交流が始まり、エレノアとの婚約が決まったのだ。
「はい、10年前にスミス侯爵家での貴方の言動や侯爵夫妻のレオンへの対応を拝見して、貴方よりレオンの方が好感がもてましたの。ですから、スミス侯爵家の親戚筋にお願いしてレオンを養子にして貰い、我が家に婿入りして貰うことになりましたの」
「僕もちょうど公爵令嬢と婚約したかったからレオンが婿入りしてくれる事になって助かりましたよ」
後押しするかのようにエレノアに続いてセオドリックも笑顔で言った。
セオドリックと公爵令嬢はお互いに好意をもっていたものの、嫡男・嫡女の立場だった為、婚約を結べずにいたところレオンが婿入りする事になり、そのおかげでセオドリックが婿入りできるようになった為に念願が叶ったのだった。
「ですので、私がディスト男爵令嬢に嫉妬する理由はございません。お好きに恋人でも婚約でもなさってはいかが?それから、以前より申し上げようと思っていたのですが、私の名前を呼ぶのは止めていただけます?婚約者でもない無関係な方に名前を呼ばれるのは不快ですので」
「なっ!!」
「エレノアはいつも注意したかったそうですが、スミス少侯爵が人の話を聞かずに一方的に捲し立てて去って行くので困っていたんですよ?高位貴族なのですから、ご理解いただけますよね?」
エレノアに続き笑顔でレオンは話していたが、何か冷たい冷気のようなものを感じ、ブルっと体が震えた。
「っっっ失礼する!!」
10年前と同じように言い捨てるとリースを置いて、さっさと去って行った。
リースもおろおろとしながら走ってジョンの後を追って行った。
「いったい、どうしたら、あんな風に勘違いできるのかしら?」
エレノアを始め、その場にいた者達はジョン達が去って行った方向を飽きれた様子で見ていた。
その後、ジョンは新たに婚約者を見つけようとしたらしいが公の場である学園でのリースとの距離感が問題となり、なかなか見つからなかった。
リース自体も母親が先に男爵に擦り寄って関係をもっていたところを見ても血は争えず、男爵夫人もその子ども達も関わりたくないと男爵に詰め寄り、スミス侯爵家に『責任をとってくれ!』と愛人として押し付けた。
スミス侯爵家には、まともな家門の令嬢との縁談は来ず、リースとの間に生まれた子を後継にする事も叶わないまま没落し、分家が跡を継ぐ事になった。
エレノアとレオンは結婚し、爵位を継承した後も家を盛り立て生まれた子ども達とその後も幸せに暮らした。
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