アクアリネアへようこそ

みるくてぃー

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一章 精霊伝説が眠る街

第33話 アクア村の苦悩

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「リネア様、どうやら商会の方も順調のようですね」
「そうね、順調に行ってもらわないと困るんだけれど、今のところは怖いほどに順調ね」
 領主様に商会の立ち上げを提案してから約1ヶ月。
 まずは氷が保存できるようにと洞窟の整備から始まり、輸送の為の冷蔵馬車の開発、事務作業用の建屋を領主様からお借りし、ようやくアプリコット領へと第一便が出発したのが数日前の話。
 本来は買い付けへとやってこられる行商人さん相手に、氷を詰めたままの魚を売ることになっていたのだが、何故かあれやこれやと話が大きくなってしまい、野菜の出荷から畜産物の出荷、さらにはカーネリンの街を越えたヘリオドール公国にまで、販売の手を伸ばす事になってしまった。

 はぁ……、どうしてこんな事になったのかしら。



「話はわかりましたが、それは漁業関係者だけなんでしょうか?」
 1ヶ月前のあの日、領主邸に集まってもらったアクアの生産者さん達の前で、私は商会の立ち上げと今後の運営方針を説明した。
 本当は漁業関係者だけを呼び、今回の企画の話し合いをするつもりだったのだが、主催者でもありこの地を治める領主様の強い要望もあり、漁業関係者だけではなく農業関係者と畜産関係者、そしてアクアで商売を担う人たちまで集まってもらった。

 私としてはあまり大事にはしたくなかったのだが、領主様の名の元で商会を立ち上げるとなれば、アクアで暮らす他の生産者さん達を置き去りにしてしまう。その為予め商会を立ち上げる旨と、氷を使用した販売を展開する計画、そしてお年を召した領主様の代理として、商会の代表者を決めるという意味も含めこのような大人数となった。

 まぁ、確かにご高齢の領主様が直接現場で指示を出すのは難しいわよね。もともと私だって代理人を選出してもらうつもりだったので、この件に対しての反対はない。それにいずれアクアを担う商会に育てるのならば、漁業関係者だけで話し合うのも確かに問題はあるだろう。

「えー、コホン。既にお渡ししております資料の通り、今回は漁業関係を軸に考えております。皆様にお集まりいただいたのは今後商会で取り扱う商材が増えることを見越し、商会をどの様に進めていくかと、この中から領主様に代わって商会を運営する代表を決めて頂く事を話し合いたいと思っております」
 あくまでも私は司会進行のみの存在で、代表はあなた達生産者さんの中から選んでね、と最後に軽く付け加えておく。
 まったく、昨日までは領主様がこの場に立って、私はその傍らでそっとサポートするだけの予定だったのに、いざ話し合い当日となった今日に限り、ぎっくり腰で急に動けなくなるとか、いったい何をやらかしてくれたのかと大いに問い詰めたい。

 ざわざわざわ
「リネアちゃんや、わしゃ難しい話は分からんのじゃが、生活が苦しいのはわしら畜産農家も同じなんじゃ。この際一緒にどうにかならんかのぉ」
「そうだよなぁ、オレ達畜産家は漁師さん達のように他の街へと売れないことはないが、輸送体制が整ってないせいで全部カーネリンの商会に安く買い叩かれてしまう」
「あぁ、あの街の連中ときたら俺たちアクアの人間の足下を見やがって、自分たちの利益しか見てやがらねぇ」
「「「そうだそうだ!」」」
「俺のところなんてこの前輸送費だとかいって、相場の半分で売れって言ってきやがったぜ、こっちも生活がかかってるから無理だと断ったら、うちの商会では二度と取引をしないとか脅してきやがった」
「まだ相場の半分ならいい方だぞ、爺さんのところなんて1/3だぜ? 俺達は家畜が売れなきゃ生活が成りたたねぇ。今は仕方なく取引してるが、家畜を育てるのにどれだけ時間と手間を掛けてるか、連中は全然わかっちゃいねぇ」
「なぁ、リネアちゃんよぉ。爺さんの話じゃないが、この際だから俺たち畜産家もなんとかしてくれねぇか?」
 一人の畜産家さんの言葉で始まった小さなザワめき。
 どうやら生活が苦しかったのは漁業関係者だけではなく、畜産家さんも同じだったらしく、次第に小さなザワめきは漁業関係者と農業関係者までも加わり、カーネリンの街に対して不満が飛び交う。

 ちょっとここで整理をしよう。
 ここに集まった人たちの話によると、現在カーネリンの街がアクアの畜産物以外の商品に関税をかけている。
 その辺りは前にフィオからも聞いているので把握していたつもりだが、どうやや精魂込めて育てた家畜を、カーネリンの商会に安く買い取られてしまうという事らしい。
 このアクアには商会というものは存在しない。その為、家畜を育てたとしても輸送する手段を持ち合わせておらず、定期的に買い付けへとやってくるカーネリンの商会に売るしか方法はない。
 だったら他の街に売ればいいじゃないと思うかもしれないが、野菜や魚と違い家畜は生きたままその街へと運ばれていく為、通常の荷馬車では対応しきれない。
 しかもカーネリンより遠くの街には別の畜産を生業とする村があり、わざわざアクアまで馬車を出してまで買いに来る必要性もない。更に農作物の輸送協定が結ばれているアプリコット領も、自領で飼育されている畜産物まで仕入れる必要もない。
 つまり人口の少ないアクアだけでは消費しきれない大量の家畜は、定期的に買い付けにやってくるカーネリンの街へと売るしかないんだそうだ。
 しかも買い付けにやってきたカーネリンの商会は、畜産物のみ関税がかからないため出費らしい出費は家畜の購入費のみ。
 そこに畜産家さんが生活の合間に育てた野菜も買い取って欲しいといっても、関税という壁で相手をしてもらえないんだそうだ。

「それじゃ今のところ収入が安定しているのは農家さんだけなんですか?」
「そんなことはねぇよ。リネアちゃんが教えてくれた肥料のお陰で幾分かはマシになったが、オレたち農家も輸送する手段がねぇ。おまけに毎月の出荷量も決まっちまってるから、必要以上の量は売れねぇわ輸送費は引かれるわで、生活は一向に楽になんねぇ。せめてカーネリンの街になら距離的に輸送も出来るんだろうが、それもよくわかんねぇ関税とやらで赤字になっちまう」
「そうだよなぁ、領主様がアプリコット領と結んでくださった輸送協定のお陰で飢える事はねぇが、季節によっては実る野菜が異なるから収入が大きく左右されちまう」
「実りの少ない冬なんて俺たち農家も悲惨なもんだぜ?」
 うーん、これは予想以上にアクアの生産事情は悪いようだ。

 私はてっきり農家さんの収入だけは安定しているのかと思っていたが、それはどうやら大きな間違いのようで、月ごとに決まっただけの出荷量と決まっただけの収入。
 アプリコット領だって、なにもアクアの野菜だけを仕入れているわけでもないだろうし、季節によってその地、その土地柄で実る野菜も決まっている。
 この世界じゃハウス栽培や科学栽培なんてものがあるわけでもないので、季節を通して実りの少ない時期だってやってくると言うわけだ。

 確かにこれは盲点だったわね。
 前世では個々の農家さん達が生産したものは、JAやらその地で運営されている組合だとかで一括化されていた。
 勿論個人契約なんかの農家さんもいただろうが、それはあくまでも一部の人たちだ。それがこのアクアじゃ組合はないわ、輸送に必要な馬車も馬もないわで、個々の農家さん達ではどうすることも出来なかったらしい。

 そんな時に出てきたのがこのアクアで商会を立ち上げるという話。
 そらぁ、ずっと鬱憤が溜まっていた生産農家さん達にすれば、初めて自分たちの村に商会ができると知れば、是が非でも乗っかりたいと思うのは当然の事だろう。
 もしかすると領主様、はじめからこの現状を知っていて皆んなを集めたんじゃ……。

「なぁリネアちゃん。この際俺たち農家のことも助けてくれねぇか?」
「おいおい、俺たち畜産家の方が困ってるんんだ。お前達はまだアプリコット領からの収入があるじゃねぇか」
「いや、言い出したのは俺たち漁業関係者だ。農家のやつも畜産家のやつも、少なからず他の街に売れてるじゃねぇか」
 わいの、わいの。

「……」
 さては領主様、こうなることを想定して私に全部押し付けたな。

 確かに商会の立ち上げを提案したのは私だけれど、このような状況になるとは想定外。
 領主様も領民達の鬱憤が溜まっている事ぐらい把握しているだろうから、恐らくこうなる事を想定して敢えて顔を出さなかったのだろう。
 もし仮にここに領主様が立っていれば、私以上に立場と状況が緊迫していただろうし、騒ぎを抑えるのに明確な答えを示さなければならない。だからこそ何の力もないか弱い乙女(私の事よ!)を一人立たせたといったところか。

 おにょれ、後で領主様に仕返しをしてやるんだから。
 そう心の奥底で領主様への復讐心を芽生えさせながら、騒ぎが大きくなった会場を必死に宥め落ち着かせる。

 結局いきなり全てを背負い込むのは無理だと説得し、まずは予定どおり氷を詰めた魚の販売。
 そして鮮度を保ちつつ、カーネリンの街より遠くの街まで輸送できる荷馬車の開発を提案し、その日の集会はお開きとなった。

追記:結局商会の代表を決める時間がありませんでした。マル
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