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二章 襲いかかる光と闇
第68話 断罪という名の(3)
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「……どういうことかしら? 私に辞めろと言うのは」
私は冷静さを保ちながらシトロンの出方を伺う。
「私を含めここにいる24名は本日付けで貴女の退陣を求めます」
この時私の心に鋭い何かがグサリと突き刺さったような痛みを感じる。
予想外の展開、予想外の人数に私は必死に平静を装うが、心臓は不安と恐怖で破裂寸前。
もしかして私のやり方が間違っていた? 良かれとおもって行ってきた改革が間違っていた? ココア達は大丈夫だと言っていたが、それがこの地に暮らす全ての人たちの声だなんて勘違いをし、勝手に舞い上がっていただけではないのか?
そんな数々の不安が私の心を押しつぶす。
「理由を……、理由を聞いてもいいかしら?」
「貴女がトップでは商会をダメにし、我々スタッフ達も満足なパフォーマンスができないと判断したからです」
「それは……どう言う意味かしら?」
「わからないのですか? 私は散々貴女に警告していたはずです」
警告? 私はシトロンが過去に発言していた言葉を思い出す。
うーん、何かあったかしら?
不安と恐怖で心が押しつぶされそうだが、私は必死に頭を回転させて彼の発言を思い出す。
だけどそれらしい言葉は何一つ思い出せず、一人必死に悩んでいるとシトロンは『はぁ……』と深いため息を付きながら、私に……というより、自身の後ろに控えるスタッフ達に言い聞かせるよう、大げさに身振り手振り振いながら説明し始めた。
「そんな事すら分からないのですか? やはり貴女は愚かで無能の経営者、いえ、くだらない領主だったという事です」
普段のシトロンを知る者として今の彼とのギャップに苦しむが、目の前にいる人物は間違いなく私たちが知るシトロンと同一人物。まさか双子なんてオチはないだろうし、他人の空にという事も当然ない。
何時もならどこか弱々しい性格の中に、力強い意欲を見せてくれているのだが、今の彼からはそういった雰囲気は一切感じず、どこぞの教主様とも思える演説で私の事を罵り続ける。
これは私個人の感想だが、シトロンは私一人を悪と決めつけ、自分の考えに賛同したであろうスタッフ達に自分たちは『正しい』、『何も間違えている事など何一つない』とでも思わせているのではないだろうか。
私としては反省するべき点はあるものの、商会の運営も、また領地の管理も間違えているとは思っていないが、彼の中ではそれら全てが過ちだと判断しているのだろう。
恐らくこれが彼の本当の姿。外見とその能力しか見てこなかった私は、ものの見事に騙されていたというわけだ。
「いいですか? まず一つ目、経営に関する無能な手腕。私が再三にわたって賞味期限表示の撤回を求めていましたが、貴女はガンとして自分の考えを変えなかった。剰えありえない病気だウィルスだと食の危険を訴え、スタッフ達に不安と重責を与え続けた。分かっていますか? 製造に関わるスタッフ達がどれだけ神経を尖らせていたかを。知っていますか? 規格にそぐわないと廃棄されてしまった食材たちを。それらを全て有益に使えてさえいれば、新人スタッフ達の不足賃金を賄えな事に。わかっていますか? 貴女の無能なせいで商会が成長を妨げ続けていた事に」
やれやれ、ここに来てまでこんな話を聞かされるとは思ってもみなかった。お陰でどんな罵りを受けるかという不安が吹き飛び、冷静な感覚が徐々に蘇ってくる。
シトロンの事だからどんな話を聞かされるのかと身構えていたのだが、彼から出てきた言葉はどれもリスクマネジメントを想定しない無知な経営。
相手が権力に逆らえなかったり、弱みを握られて従うしか出来ない立場ならいざ知らず、一般の消費者を求めるならば必ずどこかでしっぺ返しを食らうことだろう。
私に言わせればそこまで製造に神経を使ってくれていたのだと感謝したいし、一人一人に私の言葉が届いていたのだと嬉しくさえ思えてくる。
この世界では加工食品や、アクア商会で製造している調味料たちは馴染みがない。そのため加工の工程でどんな危険な異物が混入されるかなんて、まるで理解していないのだ。
もともと存在していなかった加工食品だから、起こりうるであろう問題が分からないのだが、未来が想定出来てしまう私には対策を無下にする事など出来る筈がない。
もし材料として扱う家畜や鮮魚が蝕ばまれていたら? もしスタッフの誰かが悪い菌を持ち込んでいたら?
ただでさえ情報伝達と医療技術が発展していないこの世界では、一歩間違えれば大惨事にさえなりかねない。
その説明を散々してきたと言うのに、現場チーフでもある彼にはどうやら私の気持ちは届かなかようだ。
アクア領地はその半分を海に面する環境。当然そこには海鳥の飛来や猛毒を持った魚類もいる。
彼が言っている規格外の食材が何を指しているかは知らないが、元々は生鮮食材として販売出来ないものを使用しているのだから、形が良し悪しの理由では廃棄する事はない。
さすがに日数の経過した物や、食材そのものが腐敗していれば廃棄するよう指示を出しているが、まさかその事を言っているわけでないと信じたいところだ。
「言いたいことはそれだけかしら?」
「いいえ、まだあります。こんな小さな村に多くの難民を受け入れた件。街道の使用料を浮かすため、輸送者に過大な負担をかけている件。商会の運営費を領地開発へと回している件。そして何より納得ができないのが、貴女という女性がこの地を治めていること。知らないとは言わせませんよ、貴女がアージェント領の人間だということを」
なるほど、彼の口ぶりからすると既に私のことは調べ尽くされているとのことだろう。
もしかすると後ろに隠れているケヴィンが、先日の腹いせに面白可笑しく話したのかもしれないが、私が元貴族だという事実は多くの住人に知られているわけだし、今更彼だけ知らないということもありえないだろう。
「確かに私はアージェント伯爵家に関係する元貴族よ。そのことを隠すつもりはないわよ」
本当は問題が大きくなるのが怖くて黙っていたのだが、ここは面白可笑しく私の生い立ちを話したであろう前領主様に感謝しつつ、自分には後ろめたい事は一切ないんだと胸を張って言い切る。
「よくも堂々と……、貴女が貴族の役割を放棄しなければ、ここにいる人たちは家を失うことも帰る場所をなくす事もなかった。それなのに自分だけ早々に逃げ、この地で新たな領主として君臨している。そんな生き方をして貴女は恥ずかしくないんですか!」
(……あれ?)
一瞬シトロンから出た言葉の内容に僅かな違和感を覚える。
私を罵るのだからそれなりに経歴を調べただろうに、今耳にした内容は少々時系列がかみ合わない。
母国が戦争に突入したのは今年に入ってからだし、王都が怪しい雲行きになってきたのは、誕生祭が開催されたという昨年の夏頃だと聞いている。
もし私がその誕生祭があったとされる後にこの地へと来ていれば、争いごとを恐れ一人逃げ出したと思われても仕方がないが、残念な事に私達がやってきたのは昨年の春頃。その当時噂になっていたのは、精々リーゼ様とウィリアム王子の婚約破棄程度の筈だった。
まぁ、それだけでも十分な騒ぎだった訳だが、今すぐ国がどうこうなるという話にはなっていなかった筈。
それなのに私が逃げた? もしかして私の噂が悪いように広まっているのかと思うも、アージェント領からやってきたマルチナも私が伯爵家を出た時期を知っていたし、先日見た街の様子だって私が王都の情勢云々で逃げたとは思われていなかった。
……これはどういう事かしら?
「シトロン、貴方は何か勘違いをしているようだけど私は国から逃げたつもりはないわ」
「逃げたつもりはない、ですって。じゃ貴族の役目を放棄したことも責任がないとでも言うつもりですか!」
「貴族の仕事を放棄した私なりに責任を感じているつもりよ。だからこうして難民となった人たちを受け入れ生活の保障を行ったり、このアクア商会の雇用だって無理やり規模を広めて積極的に雇いいれたわ。貴方はそれすらも否定するつもなのかしら?」
まぁ、例え私が一人踏ん張ったところで今の状況は変わらなかっただろう。
私はあくまで分家の人間、伯爵家の本邸で暮らしていたとはいえ、発言力もなければ領地運営に口を出せる立場ですらなかったのだ。
だからといって領民達の税でくらしていたのだから、それを言い訳にするつもりはないが、全て私のせいに押し付けるのはもう言葉の暴力でしかないだろう。
「それが貴女の答えと言うわけですか」
「えぇ、そうよ」
これにはシトロンの後ろに控えているスタッフ達が若干ざわめき立つ。
もしかして自分たちは偶々運良く雇用されたとか思われていた? 元々アクア商会は土台はこの地で取れる野菜や鮮魚、そして売り先が迷走していた畜産物だ。そこに私の個人的な食の追求で調味料開発が加わっただけで、ここまで大規模に展開する予定はしていなかった。
とは言え、今や生産農家さん達の収入元にもなっているわけだし、私が描いているアクアの未来のための資金源にもなっているので、今更後戻りは出来ないのだが。
「私からも少し反論させてもらっていいかしら?」
これでも根は負けず嫌い。悪いところは素直に認めるが、反論すべき事はきっちり否定しておかなければ気が済まない。
彼は私が貴族の令嬢か何かと勘違いしているようだが、残念ながら私は自ら率先して働く女性。今でこそ部屋に篭って書類作業に勤しんでいるが、本音を言えば自ら体を動かして現場に立つほうが私らしい。
「アージェント領からの難民を受け入れた件、輸送に関してスタッフ達に負担をかけていた件は、多く反省するべき点があったと素直に受け入れさせていただくわ。だけどこの商会はアクアの領地が運営する言わば国営、当然その収益はこの地の為に使われるものであり、そうなるように規格運営がなされている。もちろん商会しか見ていなかった貴方とちがってね。それが分からない貴方ではないでしょ?」
別に私が公私混合しているわけではなく、アクア商会はあくまでもアクアの領地が管理する国営の会社。もともと私が規格発案した時から、この様な形になるよう組み立てたわけだし、開業準備から初期の運営には多くの人たちから協力を受けている。
それら全てが、この村がもっと裕福になればという想いで協力していただいたのだ。それを商会の運営がいいからといって、今から商会のお金は商会だけのもの、領地の開拓や運営費は分けて考えろ、とは流石に都合がよるすぎるのではないだろうか。
「……貴女の言い分はわかりました。けれど私は……、ここにいる全員は貴女の事を認めない。貴族の身でありながらその役目を放棄し、自ら復興に携わろうとする事も一切せず、新しい地でのうのうと優雅な暮らしを送っていることには変わりない! 見てください、ここにいる彼らは生まれた土地を離れ、帰ることさえ許されずにいる。これも全て自らの役目を放棄した貴女の責任だ! 大体女の分際で私たちの上に立とうというの許せない。即刻退陣する事を要求します!」
あぁー、優雅に暮らしているというのは、恐らく現在建築中のアンネローザ様からの贈り物の事であろう。
あの新しいお屋敷は、私はおろかこの地からの資金は一切出しておらず、寧ろこの地で暮らす職人さん達に貢献しているという、まさに一石二鳥のプロジェクト!
しかも一番狼狽えているのが送られた当事者である私だというから驚きだ。
まぁ、何も知らない人たちからすればそう見えちゃうわよね。
コホン。
「つまりは私は商会なり領主なりで得たお金で、裕福な生活を送っていると?」
「その通りでしょう。まさか丘の上に建築中の屋敷がどこからかの贈り物だというのではないでしょうね」
いやぁー、まぁその通りなんだけど……。
だけどここで否定したところで彼を納得させるだけの証拠もないし、公爵家からの贈り物だと言ったところで、返って攻撃をさせる口実を作ってしまう。
建築に携わっている人達への支払いが、どこから出ているかを調べればすぐにわかるのだが、ここで敢えて彼に伝える必要もないだろう。
「まぁいいわ、貴方がそう思っているのなら別に構わないわよ。私が破れたストッキングを縫い合わせているとか、整髪する為のお金をケチってノヴィアに切ってもらっているとか、食事はすべて農家さんから安く分けてもらっているとかはあるけれど、故郷を失った貴方達に比べれば十分に裕福な暮らしをしているわ」
若干離れてこちらを伺っているノヴィアの視線が痛いが、ここはシリアスな場面なのでサラリと受け流す。
「ふざけないでください。どこの世界にそんな暮らしをしている領主が入るというのですか!」
ここに……と言ったところで、彼は認めてはくれないであろう。
「これで分かりました。やはり貴方はこの地の領主にすら相応しくない! 即刻この地から立ち去ってください!」
「そ、そうだ! 無能な貴族は出て行け!」
「俺たちの故郷をめちゃくちゃにしておいて何が領主だ!」
「家を返せ、俺たちの仕事を返せ!」
「そうだそうだ! 出て行け無能!」
ワァーワァー
大規模ではないとはいえ、24人? もの人間が一斉に声をあげればそれなりの音量と迫力出てしまうというのだが、残念な事に顔色がすぐれず罵声に参加していないスタッフが数名。周りの雰囲気に一応は声を上げるも、その後徐々にトーンダウンしていく者が数名。
これでもこちらはノヴィアを入れてもか弱い女性二人なのだから、多勢に無勢は変わりなく、もし争いごとになればものの見事に私の魔法で一網打尽。
あれ? 全然危なくないじゃん。
真面目な話私としてはもちろん退陣するつもりもないし、彼らに脅されからといって仕事を放棄することも、自ら身を引くことも考えてはいない。
この地に来て日が浅い彼らは知らないだろうが、私が今この場所に立っているのは私一人だけの力ではないのだ。
託された想い、期待されている想い、それらをすべて背負い、私はこの商会とこの地を導いていかなければならない。
「貴女も貴族の端くれならば潔く責任を!」
シトロン達が再び私への退陣を求めたとき、一人の人間により執務室の扉が大きく開きはなたれるのであった。
私は冷静さを保ちながらシトロンの出方を伺う。
「私を含めここにいる24名は本日付けで貴女の退陣を求めます」
この時私の心に鋭い何かがグサリと突き刺さったような痛みを感じる。
予想外の展開、予想外の人数に私は必死に平静を装うが、心臓は不安と恐怖で破裂寸前。
もしかして私のやり方が間違っていた? 良かれとおもって行ってきた改革が間違っていた? ココア達は大丈夫だと言っていたが、それがこの地に暮らす全ての人たちの声だなんて勘違いをし、勝手に舞い上がっていただけではないのか?
そんな数々の不安が私の心を押しつぶす。
「理由を……、理由を聞いてもいいかしら?」
「貴女がトップでは商会をダメにし、我々スタッフ達も満足なパフォーマンスができないと判断したからです」
「それは……どう言う意味かしら?」
「わからないのですか? 私は散々貴女に警告していたはずです」
警告? 私はシトロンが過去に発言していた言葉を思い出す。
うーん、何かあったかしら?
不安と恐怖で心が押しつぶされそうだが、私は必死に頭を回転させて彼の発言を思い出す。
だけどそれらしい言葉は何一つ思い出せず、一人必死に悩んでいるとシトロンは『はぁ……』と深いため息を付きながら、私に……というより、自身の後ろに控えるスタッフ達に言い聞かせるよう、大げさに身振り手振り振いながら説明し始めた。
「そんな事すら分からないのですか? やはり貴女は愚かで無能の経営者、いえ、くだらない領主だったという事です」
普段のシトロンを知る者として今の彼とのギャップに苦しむが、目の前にいる人物は間違いなく私たちが知るシトロンと同一人物。まさか双子なんてオチはないだろうし、他人の空にという事も当然ない。
何時もならどこか弱々しい性格の中に、力強い意欲を見せてくれているのだが、今の彼からはそういった雰囲気は一切感じず、どこぞの教主様とも思える演説で私の事を罵り続ける。
これは私個人の感想だが、シトロンは私一人を悪と決めつけ、自分の考えに賛同したであろうスタッフ達に自分たちは『正しい』、『何も間違えている事など何一つない』とでも思わせているのではないだろうか。
私としては反省するべき点はあるものの、商会の運営も、また領地の管理も間違えているとは思っていないが、彼の中ではそれら全てが過ちだと判断しているのだろう。
恐らくこれが彼の本当の姿。外見とその能力しか見てこなかった私は、ものの見事に騙されていたというわけだ。
「いいですか? まず一つ目、経営に関する無能な手腕。私が再三にわたって賞味期限表示の撤回を求めていましたが、貴女はガンとして自分の考えを変えなかった。剰えありえない病気だウィルスだと食の危険を訴え、スタッフ達に不安と重責を与え続けた。分かっていますか? 製造に関わるスタッフ達がどれだけ神経を尖らせていたかを。知っていますか? 規格にそぐわないと廃棄されてしまった食材たちを。それらを全て有益に使えてさえいれば、新人スタッフ達の不足賃金を賄えな事に。わかっていますか? 貴女の無能なせいで商会が成長を妨げ続けていた事に」
やれやれ、ここに来てまでこんな話を聞かされるとは思ってもみなかった。お陰でどんな罵りを受けるかという不安が吹き飛び、冷静な感覚が徐々に蘇ってくる。
シトロンの事だからどんな話を聞かされるのかと身構えていたのだが、彼から出てきた言葉はどれもリスクマネジメントを想定しない無知な経営。
相手が権力に逆らえなかったり、弱みを握られて従うしか出来ない立場ならいざ知らず、一般の消費者を求めるならば必ずどこかでしっぺ返しを食らうことだろう。
私に言わせればそこまで製造に神経を使ってくれていたのだと感謝したいし、一人一人に私の言葉が届いていたのだと嬉しくさえ思えてくる。
この世界では加工食品や、アクア商会で製造している調味料たちは馴染みがない。そのため加工の工程でどんな危険な異物が混入されるかなんて、まるで理解していないのだ。
もともと存在していなかった加工食品だから、起こりうるであろう問題が分からないのだが、未来が想定出来てしまう私には対策を無下にする事など出来る筈がない。
もし材料として扱う家畜や鮮魚が蝕ばまれていたら? もしスタッフの誰かが悪い菌を持ち込んでいたら?
ただでさえ情報伝達と医療技術が発展していないこの世界では、一歩間違えれば大惨事にさえなりかねない。
その説明を散々してきたと言うのに、現場チーフでもある彼にはどうやら私の気持ちは届かなかようだ。
アクア領地はその半分を海に面する環境。当然そこには海鳥の飛来や猛毒を持った魚類もいる。
彼が言っている規格外の食材が何を指しているかは知らないが、元々は生鮮食材として販売出来ないものを使用しているのだから、形が良し悪しの理由では廃棄する事はない。
さすがに日数の経過した物や、食材そのものが腐敗していれば廃棄するよう指示を出しているが、まさかその事を言っているわけでないと信じたいところだ。
「言いたいことはそれだけかしら?」
「いいえ、まだあります。こんな小さな村に多くの難民を受け入れた件。街道の使用料を浮かすため、輸送者に過大な負担をかけている件。商会の運営費を領地開発へと回している件。そして何より納得ができないのが、貴女という女性がこの地を治めていること。知らないとは言わせませんよ、貴女がアージェント領の人間だということを」
なるほど、彼の口ぶりからすると既に私のことは調べ尽くされているとのことだろう。
もしかすると後ろに隠れているケヴィンが、先日の腹いせに面白可笑しく話したのかもしれないが、私が元貴族だという事実は多くの住人に知られているわけだし、今更彼だけ知らないということもありえないだろう。
「確かに私はアージェント伯爵家に関係する元貴族よ。そのことを隠すつもりはないわよ」
本当は問題が大きくなるのが怖くて黙っていたのだが、ここは面白可笑しく私の生い立ちを話したであろう前領主様に感謝しつつ、自分には後ろめたい事は一切ないんだと胸を張って言い切る。
「よくも堂々と……、貴女が貴族の役割を放棄しなければ、ここにいる人たちは家を失うことも帰る場所をなくす事もなかった。それなのに自分だけ早々に逃げ、この地で新たな領主として君臨している。そんな生き方をして貴女は恥ずかしくないんですか!」
(……あれ?)
一瞬シトロンから出た言葉の内容に僅かな違和感を覚える。
私を罵るのだからそれなりに経歴を調べただろうに、今耳にした内容は少々時系列がかみ合わない。
母国が戦争に突入したのは今年に入ってからだし、王都が怪しい雲行きになってきたのは、誕生祭が開催されたという昨年の夏頃だと聞いている。
もし私がその誕生祭があったとされる後にこの地へと来ていれば、争いごとを恐れ一人逃げ出したと思われても仕方がないが、残念な事に私達がやってきたのは昨年の春頃。その当時噂になっていたのは、精々リーゼ様とウィリアム王子の婚約破棄程度の筈だった。
まぁ、それだけでも十分な騒ぎだった訳だが、今すぐ国がどうこうなるという話にはなっていなかった筈。
それなのに私が逃げた? もしかして私の噂が悪いように広まっているのかと思うも、アージェント領からやってきたマルチナも私が伯爵家を出た時期を知っていたし、先日見た街の様子だって私が王都の情勢云々で逃げたとは思われていなかった。
……これはどういう事かしら?
「シトロン、貴方は何か勘違いをしているようだけど私は国から逃げたつもりはないわ」
「逃げたつもりはない、ですって。じゃ貴族の役目を放棄したことも責任がないとでも言うつもりですか!」
「貴族の仕事を放棄した私なりに責任を感じているつもりよ。だからこうして難民となった人たちを受け入れ生活の保障を行ったり、このアクア商会の雇用だって無理やり規模を広めて積極的に雇いいれたわ。貴方はそれすらも否定するつもなのかしら?」
まぁ、例え私が一人踏ん張ったところで今の状況は変わらなかっただろう。
私はあくまで分家の人間、伯爵家の本邸で暮らしていたとはいえ、発言力もなければ領地運営に口を出せる立場ですらなかったのだ。
だからといって領民達の税でくらしていたのだから、それを言い訳にするつもりはないが、全て私のせいに押し付けるのはもう言葉の暴力でしかないだろう。
「それが貴女の答えと言うわけですか」
「えぇ、そうよ」
これにはシトロンの後ろに控えているスタッフ達が若干ざわめき立つ。
もしかして自分たちは偶々運良く雇用されたとか思われていた? 元々アクア商会は土台はこの地で取れる野菜や鮮魚、そして売り先が迷走していた畜産物だ。そこに私の個人的な食の追求で調味料開発が加わっただけで、ここまで大規模に展開する予定はしていなかった。
とは言え、今や生産農家さん達の収入元にもなっているわけだし、私が描いているアクアの未来のための資金源にもなっているので、今更後戻りは出来ないのだが。
「私からも少し反論させてもらっていいかしら?」
これでも根は負けず嫌い。悪いところは素直に認めるが、反論すべき事はきっちり否定しておかなければ気が済まない。
彼は私が貴族の令嬢か何かと勘違いしているようだが、残念ながら私は自ら率先して働く女性。今でこそ部屋に篭って書類作業に勤しんでいるが、本音を言えば自ら体を動かして現場に立つほうが私らしい。
「アージェント領からの難民を受け入れた件、輸送に関してスタッフ達に負担をかけていた件は、多く反省するべき点があったと素直に受け入れさせていただくわ。だけどこの商会はアクアの領地が運営する言わば国営、当然その収益はこの地の為に使われるものであり、そうなるように規格運営がなされている。もちろん商会しか見ていなかった貴方とちがってね。それが分からない貴方ではないでしょ?」
別に私が公私混合しているわけではなく、アクア商会はあくまでもアクアの領地が管理する国営の会社。もともと私が規格発案した時から、この様な形になるよう組み立てたわけだし、開業準備から初期の運営には多くの人たちから協力を受けている。
それら全てが、この村がもっと裕福になればという想いで協力していただいたのだ。それを商会の運営がいいからといって、今から商会のお金は商会だけのもの、領地の開拓や運営費は分けて考えろ、とは流石に都合がよるすぎるのではないだろうか。
「……貴女の言い分はわかりました。けれど私は……、ここにいる全員は貴女の事を認めない。貴族の身でありながらその役目を放棄し、自ら復興に携わろうとする事も一切せず、新しい地でのうのうと優雅な暮らしを送っていることには変わりない! 見てください、ここにいる彼らは生まれた土地を離れ、帰ることさえ許されずにいる。これも全て自らの役目を放棄した貴女の責任だ! 大体女の分際で私たちの上に立とうというの許せない。即刻退陣する事を要求します!」
あぁー、優雅に暮らしているというのは、恐らく現在建築中のアンネローザ様からの贈り物の事であろう。
あの新しいお屋敷は、私はおろかこの地からの資金は一切出しておらず、寧ろこの地で暮らす職人さん達に貢献しているという、まさに一石二鳥のプロジェクト!
しかも一番狼狽えているのが送られた当事者である私だというから驚きだ。
まぁ、何も知らない人たちからすればそう見えちゃうわよね。
コホン。
「つまりは私は商会なり領主なりで得たお金で、裕福な生活を送っていると?」
「その通りでしょう。まさか丘の上に建築中の屋敷がどこからかの贈り物だというのではないでしょうね」
いやぁー、まぁその通りなんだけど……。
だけどここで否定したところで彼を納得させるだけの証拠もないし、公爵家からの贈り物だと言ったところで、返って攻撃をさせる口実を作ってしまう。
建築に携わっている人達への支払いが、どこから出ているかを調べればすぐにわかるのだが、ここで敢えて彼に伝える必要もないだろう。
「まぁいいわ、貴方がそう思っているのなら別に構わないわよ。私が破れたストッキングを縫い合わせているとか、整髪する為のお金をケチってノヴィアに切ってもらっているとか、食事はすべて農家さんから安く分けてもらっているとかはあるけれど、故郷を失った貴方達に比べれば十分に裕福な暮らしをしているわ」
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「ふざけないでください。どこの世界にそんな暮らしをしている領主が入るというのですか!」
ここに……と言ったところで、彼は認めてはくれないであろう。
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「そ、そうだ! 無能な貴族は出て行け!」
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「家を返せ、俺たちの仕事を返せ!」
「そうだそうだ! 出て行け無能!」
ワァーワァー
大規模ではないとはいえ、24人? もの人間が一斉に声をあげればそれなりの音量と迫力出てしまうというのだが、残念な事に顔色がすぐれず罵声に参加していないスタッフが数名。周りの雰囲気に一応は声を上げるも、その後徐々にトーンダウンしていく者が数名。
これでもこちらはノヴィアを入れてもか弱い女性二人なのだから、多勢に無勢は変わりなく、もし争いごとになればものの見事に私の魔法で一網打尽。
あれ? 全然危なくないじゃん。
真面目な話私としてはもちろん退陣するつもりもないし、彼らに脅されからといって仕事を放棄することも、自ら身を引くことも考えてはいない。
この地に来て日が浅い彼らは知らないだろうが、私が今この場所に立っているのは私一人だけの力ではないのだ。
託された想い、期待されている想い、それらをすべて背負い、私はこの商会とこの地を導いていかなければならない。
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シトロン達が再び私への退陣を求めたとき、一人の人間により執務室の扉が大きく開きはなたれるのであった。
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