正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー

文字の大きさ
19 / 119
第一章 スチュワート編(一年)

第19話 音楽隊と兄の思い

しおりを挟む
「みんな、準備中悪いんだけれど紹介するわね」
 音楽隊のリーダーであるミツバさんに連れられ、やってきたのはパーティー会場である中庭に設けられた一角。そこには既に各々の楽器を手に、色とりどりの衣装で身を包んだヴィクトリアの生徒たち。
 簡単に挨拶を済ませ、軽く音出しを開始する。

「へぇー、一年生にしては上手く弾けてるじゃない。ミツバ、どこからこんな子を見つけてきたのよ」
 事前にピアノ担当のリンダさんが遅れるとは全員に通達されていたらしく、皆さんから優しい言葉を掛けてもらえたが、やはりどんなレベルなのかは気になっていたのだろう。私の周りに集まり、音出しのメロディーを聴きながら各々賞賛の言葉を掛けてくれる。

 それにしても皆さん結構フレンドリーに話しかけて下さるので何だか拍子抜けしてしまう。ミリィの話ではクラスの友達でも敬語を使いあったり、学園内にいる間は砕けた話し方はほとんど使っていないと言っていたので、てっきりもっと堅苦しいものだと思っていた。
 だけどここにいる音楽隊のメンバーは全員仲がいいのか、私が友達と話すような軽い口調で話し合っている

「詳しい話は後々あとあと、取り敢えず一度通してみましょ」
 ミツバさんが指揮台に立ち、棒を振りながら全員で合わせてメロディーを奏でる。まずはダンスの基本とも言うべき円舞曲ワルツ
 滑らかでテンポが良いワルツは比較的初心者でも踊りやすい三拍子、その分メロディーにはバリエーションが多いが、覚えるのは比較的難しくはない。音楽の入り口としても、まぁ一般的と言えるだろう。

 ミツバさんの指揮に合わせ、音の強弱をつけながらピアノを優しく奏でていく。今まで誰かの指揮に合わせたり、これほど多くの人たちと協奏をしたことはないが、日頃からお義姉様の音に合わせていたお陰か、今のところ大きな失敗もなく上手く弾けている気がする。
 やがて楽曲がリズミカルなクイックステップに変わり、流れるようなフォックスロットへと変わっていく。
 この二つは四拍子のメロディーで、クイックステップはテンポが早く、フォックスロットは滑らかなテンポで踊る中級者用のダンス。
 淑女の嗜みとしてはこの程度は踊れないと失格ということなのだろう、一通りの楽曲を弾き終え、全員満足そうな笑顔で笑いあっている。





「あら、珍しく鑑賞に浸っておられるですね」
 生徒会棟のテラスで、一人中庭から流れて来るメロディーを堪能していると、一人の女性が声をかけてくる。
「たまには僕だって鑑賞に浸ることぐらいはあるよ、エスニア」
「いい音ですね、お兄様としては自慢の妹なんじゃないんですか?」
 エスニアが風に髪をなびかせながら隣に来て、同じように流れてくるメロディーに耳を傾ける。
 姉上の友達で、未来の王妃になる事が定められているエスニアには、既にこの国とアリスの秘密が伝えられている。

「複雑だな、普通の兄なら笑顔で返せるんだろうけど、アリスの未来を考えると僕たちはある意味騙している事になるからね」
 王族として生まれた僕は、幼少の頃より国民の平和と安全を第一に考えるよう教え込まれてきた。この事に関しては何一つ間違っていないと思っているし、立派に国を治めている父や母を尊敬している。
 これが平和で国自体にも何の問題もなければこんな気持ちにはならなかっただろう。だけど現在この国は徐々に破滅への道を進んでおり、それを打破出来る可能性を持つのは義妹のアリスだけだと言われている。

 今まで共に過ごしてきてアリスを他人だと思った事は一度もないが、周りから見れば僕たちが愛情という枷を掛け、国を救わせる道を作り上げているように取られてしまうだろう。もちろん父や母にそういった思惑は微塵もないが、アリスを聖女にと考えているのもまた事実。
 今は姉上が必死に大地が悪化するスピードをかろうじて抑えているが、それもいずれ限界がくる。あのセリカさんでさえ一時的に大地を活性化させるのが精一杯だったのだ。いくら100年に一人の逸材と呼ばれている姉上でも、聖女の聖痕がない状態では荷が重いだろう。

 これが王族に生まれ、国を背負う運命さだめなら僕も心を鬼にしてでもアリスを聖女の座につかせるだろうが、彼女については王家の血は全く流れてはいない。
「僕は前に一度父たちに尋ねた事があるんだ、『もしアリスに聖女の血が流れていなければ引き取らなかったのかと』」
 言葉を切り、アリスがいるだろう中庭の方へと視線を向ける。
 時間帯的にもうパーティーが始まっている頃なんだろう。ここからは建物が邪魔で中庭までは見えないが、音楽隊の軽やかなメロディーと生徒たちが談笑する声が心地よく聴こえてくる。
「そんな分かりきった質問をされたんですか?」
「ははは、姉上にも同じ事を言われたよ」
 母上から返って来た答えは『当然引き取るわよ』だった。
 当時僕はまだ子供だったが、母上とセリカさんがどれだけ信頼し合っていたかはよく覚えているし、父上もカリスさんと母上たちの目を盗んでは酒を飲み交わし、笑いあっていた事も鮮明に覚えている。
 堅苦しい生活の中で、両親にとっては唯一心休まる時がセリカさんとカリスさんと居る時だったのだろう。

「それじゃ私から心配性のお兄さんに一つアドバイスを」
 エスニアがとびっきりの笑顔を僕に向けて語り出す。
「あまり女の子を見くびらない方がいいですわよ。女の子は男の子より早く大人になるんです。ですからその時が来れば全員が笑顔で笑っている事を保証しますわ」
 アドバイスと言いつつ軽く叱ってくる処は如何にもエスニアらしいが、彼女の言う通り最後は全員が笑いあっているのだろう。もしアリスが嫌がれば例え周りがなんと言おうがあの母上と姉上が止めるだろうし、強制的に聖女にしようものならミリィが必ず抵抗するだろう。もっとも心優しいアリスが断るわけもないのだが……。
 あぁ、そうか。僕は勘違いしていたんだ。
 アリスは王族じゃないから王家の使命を背負わせないよう考えていたが、それを決めるのもまたアリス自身。今はただの世間知らずの義妹だけれど、家族と友人を通して見つめ合い、その時が来れば自身の判断でより良い方へと進んでいけるよう、僕たちはただいしずえを築いてあげればいいんだ。
 
「ありがとうエスニア、なんだか今日は心から楽しめそうだよ」
「どういたしまして。エリク、私たちにとっては最後の学園社交界ですもの、少しぐらい楽しんでも文句は言われませんわ」
「はは、そうだね。それじゃ僕と一曲踊ってくれるかい?」
「えぇ、喜んで」
 中庭から流れてくるメロディーをバックに二人でワルツを踊る。
 いずれ僕たちは学園を去る事になるが、この想いは妹達に引き継がれていくだろう。だけどもう少しだけ……





「遅くなってしまってごめんなさい」
 先程、曲の合間にリンダさんが到着して急いで支度しているとの連絡が入り、もう二曲ほど代奏をしたあと、こちらへとようやく到着された。

「ありがとう、助かったわアリスさん」
 音楽隊のリーダーであるミツバさんからお礼を言われ、リンダさんにピアノの席を譲り渡す。
「いえいえ、先輩方のお手伝いが出来て光栄です」
「後は私が引き受けるから、アリスさんはパーティーを楽しんでちょうだい」
「ありがとうございます。リンダさんも頑張ってください」
 ミツバさんや音楽隊の皆さんにお礼とエールを送り、全員から笑顔で見送られながら目立たないようにステージを後にする。
 せっかく長い期間皆さんで練習をされてこられたんだから、少しでも長く共に過ごしたいと思うのは当然だろう。
 リンダさんは三年生という話だが、ミツバさんを含め音楽隊の大半が四年生らしいので、全員で協奏出来る機会はさほど残っていないだろう。

 少し寂しい気分に浸りながらも、無事に役目を終えたことで何処か自分が誇らしくも思う。
 一応お義兄様からはピアノ代奏が終われば自由にしていいと言われているが、この後の予定は今のところ何も考えていない。
 とりあえず生徒会室へと一度足を運び、お義兄様に報告しに行った方がいいが、その前に控え室に置いてきたココリナちゃんの様子が気になるので、軽く声をかけるぐらいは問題ないだろう。
 ここから控え室へと向かうにはパーティー会場となっている中庭を横断しなければならないが、邪魔にならないように端っこを通り過ぎれば目立たず進めるはず。
 私はドレスのスカートをなびかせながら控え室へと向かうのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

処理中です...