正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー

文字の大きさ
38 / 119
第一章 スチュワート編(一年)

第38話 語り出される始まりの物語(前編)

しおりを挟む
 ガタガタガタ
 私とアリスは冬休みを利用して、母様の実家であるエンジウム公爵領へと馬車で向かっている。
 本当ならティア姉様やルテアも来るはずだったのだけれど、急遽『豊穣の儀式』を執り行わなければいけなくなり、私とアリスの二人旅となってしまった。

「ねぇ、本当に私達も手伝わなくても良かったのかなぁ」
「大丈夫でしょ。急な儀式とはいえ、今回はエスニア姉様やルテア達もいるんだから心配する事なんて何もないわよ」
 アリスを心配させないよう言葉で誤魔化すが、今回の儀式が容易なものでない事は十分に理解している。
 本来『豊穣の儀式』は月に一度。聖女であるティア姉様が先頭に立ち、熟練の巫女達がそれをサポートする。つまり聖女候補生と呼ばれているルテア達は今まで儀式に参加した事はなく、また当分の間は参加する予定も考えられていなかった。

 二日前、王都より北東の地に異常な陥没が見つかり急遽対策に追われる事になった。原因は水源の枯渇による陥没、それも広範囲に渡ってとの事らしい。
 元々隣国であるドゥーベ王国に近い事もあり、それほど実り豊かな地ではないにしろ、ここまで酷くなったのは十数年ぶりの事。本来水が少ない地なので、陥没自体はそれほど珍しくないのかもしれないが、国王である父様達は聖女の力が弱ってきたと危惧しているのだ。
 だから今回聖女の血が濃いルテアとエスニア姉様、そしてジークの妹であるユミナを加え大規模な儀式を行う為、アリスに気づかれないよう適当な理由をつけて王都から離れさせた。
 私も聖女候補生の一人とはされているが未だ力が使えぬ身の為、今回は三人の聖女候補生達に任せ、アリスの護衛を兼ねて王都を離れた。
 因みにアストリアの妹であるレティシアとルテアの妹であるチェリーティアは、幼すぎるとの理由から今回は省かれている。

「ルテアちゃん達大丈夫かなぁ。ねぇ、やっぱり私も手伝った方がよくない?」
「心配しすぎよ、それに聖女候補生でもないアリスが下手に加わって、儀式を壊してしまったら元も子もないじゃない。姉様もそう言っていたでしょ」
「それはそうなんだけど……」
 姉様の言葉を思い出し、渋々納得するアリス。
 なぜアリスを聖女候補生としなかったのかは大体察してもらえるだろう。今回のような事態に関わらせない為でもあるが、全てが常識から逸脱したアリスの力は通常の修行が修行にならないのだ。
 例えば豊穣の祈りで花を咲かせようとする。ルテア達は精霊の歌と呼ばれる歌を歌い、精霊達の力を上げてから力を具現化させる。だけどアリスの場合、鼻歌まじりに『花よ咲けぇー』と可愛らしく一言発するだけで花が咲いてしまうのだ。しかもその現象は大地にだけに留まらず、聖霊達が可能な限りアリスの要望を叶えようと動き回る。
 この時点ですでに聖女候補生達との力から大きく掛け離れており、姉様はもちろん前聖女であった母様ですら何をさせればいいのか途方にくれるだけ。今は力を制御させる為に聖霊の歌を歌わせたり、言霊と呼ばれる言葉を姉様が教えているので、見習いの域を出ないルテア達とは一緒に修行をさせられないでいる。
 もっとも、アリスを加えて豊穣の儀式を執り行った方が確実に成功しそうな気もするが、亡くなったセリカさんの遺言で、アリスが18歳になるまで儀式には参加させない事が、私たちの間では絶対の取り決めとされている。

「ほら、もうエンジウムの街並みが見えてきたじゃない。今更戻っても儀式には間に合わないでしょうし、お祖父様もアリスに会うのを楽しみにしているのよ。そんな顔をしてちゃ却って心配させちゃうわよ」
「……うん、そうだね。お祖父ちゃん達、手紙で遊びに行くって伝えたら喜んでいたもんね」
「そういう事、ルテア達にはお土産をいっぱい買って帰ってあげましょ」
「うん」
 やがて馬車は街中を抜け、小さな丘の上にある公爵邸へと進んで行く。



「いらっしゃいミリィ、アリス」
「二人ともしばらく見ないうちに大きくなったな」
 私とアリスを出迎えてくれたのは母様の両親である前エンジウム公爵夫妻。血のつながりがある私は勿論、幼い頃から家族同然であるアリスも本当の孫のように可愛がってくれている。
 何でもここ、エンジウム公爵領こそが母様とセリカさんの出会いの地。王都からは東に位置し、南に行けば海に出て、さらに東に行けば商業都市ラフィテルの街並みが見えて来る。そして北の山脈を越えるとレガリアの最大の敵と言って良い、大国ドゥーベ王国がそびえ立つ。
 まぁ、大国と言っても国土が広いだけで大半の地形は岩山続き、気候も実りもレガリアと違い、夏場でも険しい山々に囲まれている関係で日照時間が短く、作物は育ちにくいため大陸一貧困な国とも呼ばれている。
 その為、ドゥーベ王国は度々理由を付けては豊かな地を奪おうとレガリアに攻め入り、国民が育てた作物を奪ってはその地を荒らす。とはいえ、ここ数十年は国境沿いに築いた強固な砦のおかげでそれらの進行は食い止められているが、攻めきれず敗戦したドゥーベは国民が犠牲になったから賠償金だ、支援だと言っては金や物資を要求してくるのだから、レガリアとしてはたまったもんじゃない。
 それでも人道的な面と、難民となってレガリアに流れてきてはどの様なトラブルを起こすかも分からないので、食料等の支援は続けてはきたが、8年前の事件以降それらの援助を一切停止したと聞く。
 恐らくこちらは暗殺部隊を送り込んだのがお前たちだと知っているんだぞと、無言の圧力を掛けているのではないかと思っている。

「それにしてもミリィはセリカの若い時にそっくりね」
 お祖母様が私を見て、懐かしむ様に言ってこられる。
「私がですか? アリスじゃなくて?」
 いくら何でも私とアリスを間違える様な事はないと思うが、自分の耳を疑う様な言葉に思わず聞き返してしまう。
「そうだな、ミリィは昔のセリカに良く似ている。逆にアリスは幼い頃のフローラにそっくりだ」
 いやいやいや、お祖父様まで何をおっしゃっているんだ。
 私を産んでくれたのはフローラ母様で、アリスを産んだのは間違いなくセリカさん。それは髪の色や聖女のとんでもない力からも疑いようのない事実だ。それなのに私がセリカさんで、アリスが母様って……

「ここに来た当時のセリカは凄かったわよ。街に買い物に出れば必ずトラブルに巻き込まれるわ、ちょっと楽をしようとして精霊を暴走させるわで」
「そうだったな、一々お湯を沸かすのが面倒くさいと言って、ケトルを跡形もなく溶かしてしまった事もあったな」
「ふふふ、懐かしいわね」
「……あのー、それの何処が私に似ているので?」
 それってますますアリスに似てるんじゃ……いや、トラブルに巻き込まれるのはともかくアリスはケトルを溶かす様な失敗はしないか。アリスは基本精霊任せの部分が多いので、本人は一切何もしていない……いわゆる他人任せというのが適切だろう。
 勿論感情部分が大きく関わっては来るのだろうが、平常心の状態では繊細なドレスの汚れも落とせるほど、細かな作業を難なくこなしてしまうのだ。

「ふふふ、ミリィはアリスの事が大切でしょ?」
「? えぇ、それは勿論」
「もしアリスに言い寄る男性がいればどうする?」
「? 取り敢えず失礼な事をすればその場でひっぱたきますけど……」
 一体お祖母様は何が言いたいのだろう、私とアリスじゃ立場も違えば性格自体もまるで違う。
 唯一気になるところと言えば聖女の力だが、母様は力が使えて私は使えず、アリスとセリカさんは更に上を行ってしまっている。
 どのタイミングでセリカさんが隣国の聖女の血筋と分かったのかは知らないが、聖女の力が全く使えない私ではセリカさんとは似ても似つかない。

「ははは、知っているかミリィ。当時王子であった陛下を、セリカが思いっきりひっぱたいた事があったのを」
「はぁ?」
 ブフッ
 話を聞いていた私は思わず間の抜けた声が飛び出し、同じように隣で話を聞いていたアリスがお茶を吹き出す。
 いやいやいや、セリカさんの力が明らかになり、その力が認められたのは父様が国王となってからの話だ。それが王子時代に一介のメイドがひっぱたいた? いやいや、ありえないありえない。何処の世界にメイドが王子をひっぱたくと言うのだろう。
「まぁ、あれは陛下も悪いのだけれど、一時は大騒ぎになってたのよ」
 お祖母様の話では社交界で出会った母様を、当時王子であった父様が一目惚れしたんだと言う。その後猛烈なアタックが始まるのだが、ことごとくセリカさんによって阻まれてしまい、話しかけるのは勿論近づく事さえ出来なかったんだという。

「セリカってフローラを溺愛しててね、色んな手段で陛下は近づこうとするけど何故かいつも邪魔が入ってしまうのよ」
 それはそうだろう、セリカさんがアリスと同等の力を持っていれば、精霊を通して意思疎通が出来てしまう。危険が迫れば精霊たちが教えてくれるし、不審者が近づけば勝手に守ってもくれるだろう。
 その当時はまだので、セリカさんの力はピーク時に近い状態。それが溺愛している友人ならば尚の事、悪い虫が近寄らないよう精霊の力をつかってでも守ろうとするはず……
「あっ」
「ふふふ、もう分かったかしら。聞いているわよ、アリスに悪い虫が近づかないよう、隣国の友人まで呼んだのでしょ? やり方は違えど貴女はセリカと同じ事をやってしまっているのよ」

「逆にアリスはフローラに良く似ている。腹黒い……コホン、奥に秘めた感情はともかく、礼儀作法や淑女の嗜みなど何処に出しても恥ずかしくない。
 父親である私が言うのもなんだが、フローラは社交界の華とまで呼ばれるほど周りから注目されていたんだ」
 少々私が礼儀作法や淑女の嗜みに疎いと言われている気がしないでもないが、天然な部分を隠せば間違いなくアリスは社交界で注目を浴びる存在だろう。
 守る者がセリカさんなら、守られるべき者は母様。元々セリカさんの力が明るみに出た原因も、当時聖女であった母様が連日儀式を執り行い続け、体力面でも疲弊してしまった姿を見かね、単身神殿に乗り込んで見事大地に実りをもたらせてしまったのが始まりだと聞いている。
 そこまでセリカさんは母様の事を本当に大切にしていたんだ。自分の秘密をバラす事になっても必死になって守ろうと、まるで今の私のように。

「あの、お祖母様。母様とセリカさんはどんな出会いだったんですか? このエンジウム公爵領で出会ったと聞いたのですが」
 私が聞いているのは二人がこの地で出会い、掛け替えのない親友になったと言う事だけ。
 そこにはどのように出会い、どのように信頼し合える仲にまで発展したのかは全く聞かされてはいない。

「そうね、見ているこちらが羨ましいほど仲が良かったわよ」
 そして母様とセリカさんの出会いが語り出される。
 私とアリスが知らない母様達の物語が……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

処理中です...