華都のローズマリー

みるくてぃー

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序章 物語の始まりは唐突に

第8話 ただのお菓子作りのはずが?(前編)

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「おかし作り?」
 私が公爵家でお世話になって4日目。当初は早々においとまするつもだったのだが、命の恩人を無下にはできないと言われ、せめてお礼代わりに私の仕事を探してくださる間という条件で、こちらでお世話になる事になってしまった。
 現在ハルジオン家の執事さんであるローレンツさんが、目下私に合う仕事を探してくださっているのだという。

「はい。何もせずにただお世話になっているだけというもの心苦しくて、せめてフローラ様や、よくしていただいている使用人さん達のために何か出来ないかと思いまして」
 これでも前世の私は実家にケーキ屋を持つ見習いのパティシエ。子供の頃からおかし作りはやっていたし、專門の知識を学ぶために専門学校にも通っていた。
 ただ前世の記憶が蘇ったタイミングと、この世界では卵や砂糖といった食材は大変貴重なことから、私が置かれたの環境では再現が難しいだろうなぁとは思っていたのだが、幸い今いる場所は王都でも4本の指に入る公爵家超大金持ち。さらにフィーのお陰で私は氷の魔法が使えるので、春先の今でも氷水を使って生クリームを作る事が出来てしまう。
 決して二日前から始まってしまった淑女教育が嫌だからではない、とだけ付け加えておく。

「えぇ、別にいいわよ。材料は好きなものを使っていいし、調理器具だって有るものならなんだって使ってもらっていいけど、別にアリスちゃんがわざわざ作らなくとも、食べたいお菓子を言えば大体ものは作ってくれるはずよ?」
 フローラ様のお言葉はありがたいのだが、私が作りたいのは今が旬であるイチゴを使ったショートケーキ。
 私が知る限りこの世界には生クリームのような口触りの食べ物は存在せず、スポンジ生地のように柔らかなお菓子もほとんどないでの、普段から高級菓子店顔負けのお菓子を食べていらっしゃるフローラ様でも、これならば喜んで貰えるのではと考えさせて頂いた。
 まぁ、こちらの世界には無い素材もあるため、代用品を使いながら何度か試作を繰り返さなけれ行けないだろうが。
「えっと、多分見た事もないようなお菓子なので」
「見た事もない?」
 おっと、あまり喋りすぎると私の事だから墓穴を掘るに決まっている。とりあえず旅先で読んだ本から色々試したい事があるのでと、適当な事を言って誤魔化しておく。
「その辺りは出来てからのお楽しみと言うことで」
「ふふふ、それじゃ楽しみにしておくわ」
 フローラ様からキッチンの使用許可が下りたので、公爵家の料理人さん達にお断りを入れてから有難く使わせていただく。

「それじゃ早速」
 まずは土台となるスポンジ作りから開始する。
 大きめのボウルに卵を溶きほぐしながら砂糖を加え、湯せんにつけてホイッパーで泡立つまでかき混ぜる。
 次に薄力粉を振るいにかけ、ヘラでさっくりと混ぜ合わせたところで牛乳とバターを投入し、混ぜ終わったら型に流し入れてから石窯オーブンで約20分。
 薄力粉に関してはこの世界では小麦粉で一括りされているため、公爵家で使われている小麦粉の中からキメが細い物を選ばせていただいた。

 ここで少しウンチクにはなるのだが、薄力粉も基本小麦粉に分類されるのだが、デンプン粒とタンパク質の密着度と、含まれるタンパク質グルテンの質と量で異なり、デンプン粒とグルテンの密着度が高いものを強力粉、一方デンプン粒とグルテンの密着度が低いのが薄力粉となる。
 まぁ、ここまで言っておいて少々ややこしい話にはなってしまうので、もとの小麦が硬質なものが強力粉となり、軟質の小麦が薄力粉になると言えば分かるだろうか。

 私は型どりをした生地を石窯オーブンへと入れ、次に生クリームの準備に取り掛かる。
 まずは魔法で氷を出し、ボウルに水を注ぎ氷水を用意。更にそのボウルに別のボウルを重ね、ボウルが程よく冷えたところに牛乳と砂糖、そしてバター少々投入しながらホイッパーでかき混ぜる。
 本当ならここで市販のクリームを使うのだが、この世界のクリームはただ牛乳を簡単に加工したものしかないため、クリームの元である牛乳に、これまた牛乳の脂肪分で作られたバターを加えることで代用させてもらった。
 これでなんちゃって生クリームの完成。味はまぁまぁだが、もう少しクリームの柔らかさが欲しいので、今後の課題とさせてもらう。

「皆さんすみません、本当は私みたいな素人が入ってはいけない場所なんでしょうが」
「いえいえ、奥様からお話は伺っておりますし、それにその手際の良さ、とても素人なんてレベルの話じゃ」
「そうですよね、それにこの生クリーム? これほどきめ細やかなクリームは見たことがありませんよ」
 公爵家の料理人さん達に囲まれながらのおかし作り。
 最初は邪魔にならないよう隅っこで作業していたのだが、気づけばいつの間にか料理人さん達に囲まれている状態に。
 よほど私の作り方が独特なのか、それとも私がつくるケーキが珍しいのか、全員が全員自分の仕事を放り出し、無我夢中で私の手さばきから出来上がる中間素材に釘付け。
 私としては別にとくに変わったことはしていないつもりなのだが、小麦粉の選別から氷水なんてものを使うのがものめずらしいのだろう。差し出がましいが簡単なレクチャーを入れながら、一連の作業の説明を付け加える。

「そんな技術が……ディオンさんがいれば喜ばれたでしょうね」
「そうよね、ディオンさんお菓子作りの腕も凄かったもの」
 ん? ディオンさん?
 料理人の一人が何気に口にした名前に、何故か微妙な空気が広まってしまう。

「あの、ディオンさんって?」
「えっと……その……」
 何とも言いにくそうな料理人の人達。余り詰め寄りすぎて嫌われでもすれば、今後お菓子作りでキッチンが使いづらくなるので、あえて何事もなかったように作業を進める。
 多分不祥事でも起こして辞めさせられたのではないだろうか。料理人さん達の雰囲気を見れば随分と慕われていた人のようだが、あの優しいフローラ様が辞めさせる程となると、よほど公爵家を揺るがせてしまう事にでも触れてしまったのだろう。
 ディオンさん……か。お菓子作りも得意だったみたいだし、一度お話ししてみたかったかな。

 やがて料理人さん達に見守られながら、試作品とも言える苺のショートケーキが完成した。

「あの、よろしければこれから試作品のケーキを食べるんですが、皆さんにも手伝っていただいてよろしいですか?」
 流石に初めてこの世界の材料で作った試作品レベルのものを、いきなりフローラ様のお口に入れるわけにはいかないだろう。
 料理人の皆さんも味見するだけではなく、ちゃんと完成したケーキを味わってみたいだろうし、少なからず同じ調理場に立つ者のとして、未知の食べもに好奇心と探求心が湧くのも共感できる。
 ついでに言うと流石にワンホール分を一人で食べきれる自信もないので、ここは皆さんでどうです? と提案してみたのだが、何故か私に聞こえないように料理人の皆さんがコソコソと話し合う。

「少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「へ?」
 待つ? もしかして毒味をさせられるとでも思われちゃった?
 別に変な材料も入れていないし、私が作る所を隣で見ておられたのだから特に心配されるような事もないのだけれど、もしかして私が知らないだけで公爵家の基準というのがあるのかもしれない。
 うん、きっとそう。

「いいですよ、それじゃ先に切り分けておきますね」
「「「あーー、待って!」」」
 ピザカットの容量で試作品のケーキにナイフを入れようとすると、何故か慌てて止めようとする料理人さんたち。
「待ってください! そのままで、そのままにしておいてください」
「そのまま? でもこれじゃ食べれませんよ?」
「いえ、そうではなくてですね。まずは奥様に見ていただこうかと」
「えっ? でもこれ試作品……」
 いやいやいや、流石に天下の公爵夫人にこれは食べさせられないでしょ。
 一応味見をしながら微調整はさせてもらったが、各所いろいろ改善の余地ありとは思っているのだ。たぶん生クリームだけやスポンジ生地だけの試作を繰り返し、最終的に私が満足したものをお出ししようかと考えていたのに、それをいきなり試しに作ったものをって。

「大丈夫です、とにかく大丈夫です。アリス様はそのままで、そのまま動かないでくださいね」
 試作品のケーキを前に、切り分けようのナイフを持った私に対し動くなとか、これじゃ殺人現場でお巡りさんが犯人にいう言葉でしょ、とか自問自答しながら私の手からナイフを取り上げる料理人さん。
 うん、私ってすっかり犯人扱いだ。
 その後料理人の一人が呼んでこられたメイドさんズに何故か拘束され、あれよあれよという間にドレス姿。余りの手際のよさに軽く意識が飛んだかと思うと、気づけば目の前にいつもメンバーin公爵家のお茶会が始まってしまった。
 今日もお茶がおいしいや。
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