華都のローズマリー

みるくてぃー

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序章 物語の始まりは唐突に

第14話 初デートは波乱万丈?(中編)

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「えっ、アリス?」
「フレッド……様?」
 私の目の前にいるこの男性、それは嘗て親同士が婚約を決め、私が騎士爵家を出ることになった最大の原因。
 元々はフレッドのご実家である男爵家が、貴族特有の見栄からたまたま売れ残っていた私に、婚約の話を持ち掛けて来られたのがキッカケだと聞いている。
 それが男爵家が抱えている借金を、とある地方の商家が立て替えるという話が持ち上がり、あっさりと鞍替えされてしまった結果が、私の婚約破棄の経緯だと聞いている。
 ちなみにこの情報はフローラ様から教えていただいたことだけ付け加えておく。
 公爵家の情報網コワ!

「アリス、本当にアリスなのか? でもどうして君がここに? それにこの男性は?」
 そんなに着飾った私が珍しいのか、フレッドが何度も瞬きをしながら確認してくる。
 少々予想外の人物に出会ったことで戸惑ってはしまったが、よくよく考えれば今はただの知り合いという間柄。しかも彼方は男爵家の嫡子に対し、私は騎士爵家の名を捨てたただの平民。
 実家を追い出された件で多少男爵家に振り回された感はあるが、私的には恨みもないし、婚約者を取られたという嫉妬心も淡い恋心も存在していない。
 私は冷静さを取り戻しながらまずは挨拶の言葉を口にする。

「お久しぶりでございます。アルター様」
 あえて男爵家の家名のみでご挨拶したのは平民という立場からと、貴方とは何の関係もございませんという私の意思表示。
「アルター? 知り合いなのかアリス?」
「はい、ジーク様。お聞き及びかもしれませんが、私が以前ご婚約をさせていただいておりました、アルター男爵家のフレッド様でございます」
「あぁ、あの……」
 フローラ様の話では私の安否を連絡するため、まずは騎士団の方々が実家を探されたと聞いている。それが行きついた先が地方にある騎士爵家だった為、今度は警戒の意味を込めて公爵家が独自でお調べになったとの事だった。
 ただでさえ公爵家はお家騒動真っ只中、いつも以上に慎重になるのは仕方がなかったのだろう。私が敵のスパイだとも限らないし、他家のお家騒動に関わるわけにもいかないので、その辺りを調べる必要があったのだ。
 この件に関して、わざわざ私に説明したうえで謝罪を頂いているし、公爵家というお立場上どうしても行わなければいけなかったので、今では当然の行為だったと理解している。

「しかし驚いたよ、実家を出たとは聞いてたけどまさか王都で出会えるなんて。それに昔の君とはまるで別人じゃないか」
 私を上から下へ、下から上へを全身を隈なく観察し、何とも失礼な発言を口にするフレッド。
 確かに昔の私を知る人からすればその違いには驚くだろう。
 実家にいる時は自慢の髪も十分なお手入れはできなかったし、毎日の水仕事で両手は荒れに荒れ、服装なんて着尽くしたワンピースにツギハギを施したボロボロの姿だった。
 それが今やメイドさんズのエステでお肌はスベスベ、自慢の髪は輝くようにツヤツヤで、水仕事で荒れていた手は手厚いケアで治療済み。おまけに今着ている服もフローラ様が用意してくださった一張羅だ。
 これでは同一人物だと言ってもすぐには信じてもらえないだろう。

「詳しくは申せませんが、騎士爵家を出てからいろいろございまして」
 若干沸き起こる苛立ちを抑えながら、私は曖昧な答えで言葉を返す。
「でもよかった、ずっと心配していたんだ。母上からはもう関わるなって言われてたけど、こうやって再会する事ができた。アリスさえ良ければ今後について話し合わないか?」
「話し合う?」
 一体何を言って……
「アリスの事は僕にも責任があるからね。今のアリスなら両親も納得いくだろうし、もう一度二人で母上達を説得……」
「ちょっ、待って下さい!」
 何となくこの後に出てきそうなセリフが読めてしまい、慌てて止めに入る。
 フレッドが私にどういう感情を抱いてたのはかしらないが、正直こちらとしてはいい迷惑。そもそも心配していたというけれど、行動に起こさなければなんの信頼も生まれない。
 もし本当に私の事を心配していたのなら、親を振り切ってでも私を探そうとするだろう。別に変なルートを辿って王都に来たわけでもないので、男爵家のフレッドならそう苦労せずに私の居場所を突き止めれたはずだ。

「フレッド様は一体何を話そうとされているのです? よもや私に男爵様を説得しろとおっしゃるわけではございませんよね? もしそうだとしたら私は貴方を軽蔑しなければなりません。フレッド様には新しいご婚約者がおられると聞いておりますし、アルター夫人は私の髪を酷く嫌っておられました。そんな状況で私を巻き込むなど、恥を晒して醜く足掻けとおしゃっているのですか」
 男爵様の事はよく知らないが、少なくともご夫人は私の髪色を酷く嫌っておられた。それがちょっと見た目が良くなったからといって、簡単にはその態度はかわらないだろう。
 そもそも私の気持ちを置き去りにして、勝手に暴走しないでもらいたい。

「まって、違うんだ。確かに母上はアリスの髪の色を酷く嫌っていたけど、今の姿の君を見ればきっと……」
 はぁ……。人は中身だとよく言うが、フレッドにとって私は見た目の容姿にしか興味がないのだろう。
 ぶっちゃけ私はフレッドに対してなんの関心もないし、男爵家の座にもなんの興味もない。仮に貴族に戻れるのだと言われても、私は丁重にお断りさせて頂くだろう。

「君だってわかっている筈だ、何時までもこんな生活をしていちゃダメなんだ。僕も力を貸すからまずは実家に戻ってから母上達の説得を」
 まったく私という人間を一体なんだと思っているのか。
 前々から思い込みの激しい人だとは思っていたが、まさかここまで酷いとは思ってもみなかった。
 フレッドの中では私は誤った道を歩む愚か者にでも見えているのだろう。
 彼が言う『こんな生活』が何を指しているのかわからないが、貴族社会では平民へと落ちる事が恥と思う傾向があり、何がなんでも貴族の座にしがみつこうという人が大勢いる。恐らく今のフレッドもそんな考えを抱いているのではないだろうか。

 永遠と続くフレッドの演説に、いい加減私がうんざりし始めた時、ジーク様が気遣って間に割り込んで下さる。
「すまないがこの後予定があるのでこの辺で失礼させてもらってもいいか?」
「なんだお前は、関係のない人間が割り込んでくるな!」
 紳士的に対応されるジーク様に対し、乱暴な対応を見せるフレッド。
 私は慌ててフレッドを諫め、ジーク様に謝罪の言葉を口にするも、頭に血が上っているフレッドには返って逆効果だったようで……
 
「なんでアリスが謝る! 悪いのは全部この男だろ!」
「落ち着いてくださいフレッド様、本当にこの後予定があるのです」
「予定だって? それは僕と話をするより大事なことなのか!」
 ダメだ。 完全に自分の立場に酔いしれてしまっている。
 時々いるのだ、自分の行いこそが正しいと勘違いしてしまう人間が。階級社会ならではの病気かもしれないが、実家のアインス異母兄がまさに年中この状態だった。
 こうなっては最早手のつけようがないというのが実情。本人は間違った事などしていないと思っているので、周りがどう諫めたとしても効果がない。
 唯一時間が経って疲れ果ててくれるまで待つぐらいだが、この後花の公園に行くという予定もあるし、そろそろ迎えの馬車もついている頃。何時までもフレッドの相手をしているわけにもいかないのだ。

「申し訳ございませんジーク様、お手間を取らせてしまいました」
「いいのか?」
「はい」
 フレッドの声で店内もざわつき始めたので、ここは無視して退散させてもらうのが一番だろう。
 私はジーク様と共に店から出ようとするが、怒りから冷めないフレッドが私の腕を掴もうとするが。
「オイ、待てよ! 俺はアリスと話しを……ぐっ!」
 寸前のところでジーク様がフレッドの腕を掴み、そのまま背中まで捻って動きを止める。

「その辺にしたらどうだ? お前もこんな場所で恥はかきたくないだろう」
 騎士団に所属しているジーク様に対し、フレッドは精々剣を振った事がある程度。当然荒事になればどちらが勝つかは本人同士が一番分かっているのではないか。
「離せ! くそっ、僕を誰だと思っている!」
 さっきから男爵家の跡取りだと言っているでしょ、という突っ込みを寸前で飲み込み、やんわりとフレッドの方を落ち着かせる。
 ここで実は公爵家の方なんです、とか言えばフレッドも諦めてくれるかもしれないが、そんな事はジーク様も望まれていないだろうし、ご本人が名乗っていない以上私が教えるべき内容でもない。

「くそっ、離せと言っているだろ! アリス、こいつをどうにかしてくれ」
 後ろ手で動きを止められて尚暴れるフレッド。ジーク様も好き好んで拘束しているわけでもないし、このまま離せばどうなるかもわからない。
「やれやれ、これじゃ埒が明かないな」
「全くです」
 入口近くとはいえここまだまお店の中だし、フレッドの声でこちらに視線が注がれているしで、楽しかった気分が一気に台無し。
 もういい加減にしてと、叫びたい気分になりかけた時。

「どういう事ですのフレッド様」
 見知らぬ女性が現れるのだった。
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