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一章 その名はローズマリー
第18話 初日の喧騒
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「いらっしゃいませ、ローズマリーへようこそ」
お店の開店と同時に押し寄せる人の波。
事前にフローラ様が主催するお茶会で、数々のご婦人方に試作品ケーキとして振舞っており、口コミから口コミに、噂から噂が広まり、暇を弄ぶ貴族のご婦人やご令嬢の方々の間で結構な騒ぎになっていたのだと、多くの方々から耳にしていた。
カナリア曰く、公爵家のお茶会に出されるだけでも噂になるのに、ここ1ヶ月は立ち代わり入れ替わり名家のご婦人方が招かれ、見た事もない幻のお菓子を食べさせられていたら、騒ぎになるのは当然の事なのだそうだ。
それはそうよね、公爵家に招かれるほどのご婦人なんて限られているわけだし、招かれたら招かれたで別のお茶会で自慢したいだろうし、そこで出されたお菓子は当然話題に出され、噂がさらに噂を呼んで、公爵家のお茶会で振るわれた幻のお菓子というフレーズで、今日というローズマリーのオープンを迎えることになった。
お知り合いの方々には事前に混み合いが予想されるので、ご予約の上でお持ち帰りを推奨させていただいたので、今の所目立った混乱はみせてはいない。
「カトレア、悪いんだけれど誰かにお持ち帰り用のケースを用意してもらって」
「畏まりました」
この世界では紙箱なんてものは用意出来なかったので、ケーキの大きさに合わせて食器などに使う錫《スズ》で作った専用ケースを用意し、後日お店に返してもらうか回収しに伺うかの方法を取らせていただいた。
「アリス様、季節のフルーツとイチゴのミルフィールが品薄です」
「わかったわ。エリク、オーダーの入っているシュークリームの用意をお願い、フリージアは季節のフルーツを、ミルフィールは私がつくるわ」
ホールの方は接客や商品の受け渡しで大忙し、キッチンの方も作ったら作っただけ飛ぶように無くなっていき、朝から休む暇もなくひたすら手足を動かすのみ。
十分に研修を繰り返してきたけれど、そろそろお昼の休憩を回さなければ倒れそうだ。
それにしても忙しいわね、正直ここまで忙しくなるとは思っていなかったわ。
事前にご注文を受けていた分は問題ないが、店内は常に満席状態の上、お持ち帰りの方にも列が出来ている状態。ホールのスタッフ達がテキパキと捌いてはくれているが、一体どこにお客様が隠れているのだと言うぐらい商品が無くなってしまう。
今はまだケーキとお茶ぐらいしかメニューにないが、今後注文が入ってから仕上げるパフェやクレープを加えるとすると、少し対策を考えなければいけないだろう。
やがて人の波が途切れることがないまま1日が過ぎ、最後のお客様を送り出して無事オープン初日を終える事となる。
「みんな、お疲れ様」
流石にお客様がいなくなったからといって、急にダレるような事はないが、休憩時間以外朝からフルに働いていたせいで、全員が全員お疲れモード。
この後ホールスタッフには片付けと掃除、キッチンスタッフには明日の仕込みが残っているが、まずは無事に初日を終えた喜びをみんなで分かち合う。
「みんな疲れたでしょ、残り物で悪いのだけれど余ったケーキは好きに食べてもらっていいわよ」
私の『好きに食べて』という言葉に喜び騒ぐ女性陣。
一応研修の時に一通りの試食会は行ったが、これでも有名菓子店顔負けの高級菓子。見た目も味もフローラ様のお墨付きだし、何より甘いもが大好きな女性には堪らない一品。
恐らく氷を使った簡易冷蔵庫に入れておけば、1日程度なら問題はないが、万が一食中毒でも起こせば大問題になってしまうので、基本その日に作った物はその日に処分しきるしかない。今日は数が読めなかったせいで結構余らせてしまったので、このまま休憩がてらのお茶請けに使ってもいいだろう。
みんながみんな、ワイワイ騒ぎなら自分が欲しい品を選び手に取っていく。そんな楽しげな様子が今の私にとって堪らなく嬉しい。
「それじゃ私はお茶の用意でもしようかしら」
たまにはスタッフを労うためにお茶でも用意しようかと動くも、たまたまエリスの迎えから戻ってきたカナリアに仕事を奪われ、再び椅子へと逆戻り。
「アリス様は少し休んでください! お昼も食べていらっしゃらないのは知っているんですからね!」
と、制服姿のエリスを渡され、妹エキスを補充する。
「おかえりエリス、フローラ様にちゃんとお礼を言ってきた?」
このお屋敷にも一応エリスの部屋は用意してあるが、オープンからしばらくは忙しくなると思い、授業が終わったら直接公爵家へと向かい、お店が終わるまで預かってもらう事になっている。
ホント、フローラ様には感謝しかないわね。ユミナちゃんの登下校の間に私のお屋敷があるから、毎日送迎までしていただいているのだ。おかげで私は安心してエリスを送り出す事が出来ている。
「お姉ちゃん苦しぃ!」
「あら、ごめんなさい」
ついつい妹エキスを補充するため、少々キツく抱きしめてしまったみたいだ。
これも可愛いエリスが全部悪い。いや、エリスは悪くないけど。
「アリス様、本日の売り上げの集計が終わりました」
「ありがとうランベルト、任せっきりにしちゃってごめんなさいね」
お礼を言いながら売り上げをまとめた集計表を受け取る。
ん? なんだろこの数字。
事前にローレンツさんと予想していた金額とまるで違う。オープン初日と言うこともあるのだろうが、それにしても倍以上というのはちょっとおかしくない?
「ねぇ、ランベルト。この数字間違ってない?」
「いいえ、リリアナと何度も確認いたしましたが数字に間違いはございませんでした」
「でもねぇ……」
現在ローズマリーで提供しているケーキ1つの単価は約銀貨10枚。中には銀貨20枚という豪華なものもあるが、そこにお茶だハーブティーだと加えれば一人単価は銀貨約15枚前後となり、複数人でご来店されれば当然掛け算方式で上がっていく。
そしてそこからローズマリーのカフェスペースのキャパ人数、お持ち帰りや個室ブースのサービス料などを考慮し、私とローレンツさんが導き出した1日の売り上げはおよそ金貨25~30枚。銀貨は100枚で金貨1枚の計算となるので、6・7名のご来店で金貨1枚の計算となる。もちろん日によっては前後するだろうが、大体このぐらいの売り上げを予想していたのだ。
参考までに言うと、このローズマリーで雇っているスタッフの賃金は一ヶ月約金貨3~5枚。これでも破格の雇用条件らしいのだが、未だにこの世界でお金を見たことがない私にとってはいまいち感覚がわからない。
ちなみにこのお給料額は公爵家並みの賃金なのだと、カナリアが教えてくれた。
「どうかなさったのですか?」
私が集計表を前に一人唸っていると、お茶を入れ終わったカナリアが戻ってきた。
「それがねぇ、数字がおかしいのよ」
「私にも見せていただいても? うわ、なんですかこの数字」
「そう思うわよね?」
私から受け取った集計表の数字を見て、カナリアから驚きの声が飛び出す。
「もう一度確認するけど間違えはないのよね?」
ローレンツさんお墨付きのランベルト。彼の能力は私も目の当たりにしているし、リリアナも一緒になって確認したと言っているので、やはりこの数字は間違ってはいないと思うのだけれど。
「アリス様が驚かれるも当然でしょう、私もまさかここまでになるとは予想だにしておりませんでした。勿論オープン初日という要素があっての事だとは思いますが」
ランベルトはそう言いながらリリアナが重たそうに、お盆の上に乗せた金貨と銀貨の山持ってくる。
「締めて金貨101枚と銀貨33枚となります」
何事かと集まったスタッフ達から驚きの声が飛び出す。
うん、まるで金貨の山だ。
「うわ、こんな金貨の山初めて見ました」
「コラ、触っちゃダメでしょ」
「貴女達、ご主人様の前ではしたないわよ」
周りの反応から見ると、やはり結構な金額になっているのだろう。だけど私とエリス、そしてフィーの三人だけは今一実感がわかないと言うのが本音。エリスなんて『これ何?』とか尋ねてくるのだから仕方がない。
「もしかしてエリス様ってお金を見たことがないんですか?」
「えぇ、エリスっていうか私もなんだけれどね」
『『『えっ!?』』』
スタッフの一人が何気に尋ねてきた質問に答えると、周りから一斉に驚きの声が沸き上がる。
「アリス様って今までお金を見たことがないんですか!?」
「そ、そんなに驚かれること?」
「当り前じゃないですか! 今までどうやって生活されてきたんです!?」
「えっと、物々交換?」
『『『……』』』
し、仕方がないでしょ! 実家は貧乏だったんだし、近所に買い物ができるお店もなければ、生まれてこの方おこずかいすら貰ったことがないのだ。
王都に来てからはずっと公爵家でお世話になっていたし、服や下着なんかも私の知らない間に用意されているわ、ジーク様とお出かけした時でさえ、私に気を使って見えないところでお会計が済まされていたのだ。
それでどうやってお金の実物を見れるというのだ。
「でもお屋敷の改装費や、お店の釣銭なんかもいりますよね? 一体どうされたんです?」
「改装費は公爵様が立て替えて下さっていて、お店の釣銭なんかはランベルトにお願いしてたから……。だ、だって仕方がないでしょ、私はずっとケーキ作りの講習で手が離せなかったのよ!」
みんなから『じとー』という視線を浴びながら、なんとも居たたまれない気持ちになってくる。
ランベルトとリリアナが優秀だったというのもあるが、肝心のケーキが作れないでは意味がないので、私は皆が集まってくれた研修期間からずっと、キッチンスタッフを共に籠りっぱなしだったのだ。
お蔭で今じゃ私抜きでも十分に仕事が回るようにはなっているが、逆を言うとホールの方は完全にランベルトへ丸投げで、ほとんど私は関わっていなかったりする。
「まぁ、アリス様だから仕方がないわよね」
「そうね、アリス様なら仕方がないわね」
「うんうん、だってアリス様ですもの」
「私は役目はアリス様を補佐することですので」
コラコラコラ、私って一体どういう目で見られているのよ!
皆集って言いたい放題、そらぁ16歳という年齢から驚かれたり、フィーと言う契約精霊が居たり、ちょっぴり公爵家ともお付き合いがあって珍妙の目で見られたりもしたけど、私はどこにでもいる普通の女の子だと口を大にして言い聞かせたい。
その後『そういう事にしておきますね、さぁお仕事お仕事』と、生暖かい声を掛けてもらいながら、オープン初日を終えるのだった。
私って一応このお屋敷の主だよね! なんだか扱い方がひどくないですか! と、一人にこっそり涙するのであった。しくしく。
お店の開店と同時に押し寄せる人の波。
事前にフローラ様が主催するお茶会で、数々のご婦人方に試作品ケーキとして振舞っており、口コミから口コミに、噂から噂が広まり、暇を弄ぶ貴族のご婦人やご令嬢の方々の間で結構な騒ぎになっていたのだと、多くの方々から耳にしていた。
カナリア曰く、公爵家のお茶会に出されるだけでも噂になるのに、ここ1ヶ月は立ち代わり入れ替わり名家のご婦人方が招かれ、見た事もない幻のお菓子を食べさせられていたら、騒ぎになるのは当然の事なのだそうだ。
それはそうよね、公爵家に招かれるほどのご婦人なんて限られているわけだし、招かれたら招かれたで別のお茶会で自慢したいだろうし、そこで出されたお菓子は当然話題に出され、噂がさらに噂を呼んで、公爵家のお茶会で振るわれた幻のお菓子というフレーズで、今日というローズマリーのオープンを迎えることになった。
お知り合いの方々には事前に混み合いが予想されるので、ご予約の上でお持ち帰りを推奨させていただいたので、今の所目立った混乱はみせてはいない。
「カトレア、悪いんだけれど誰かにお持ち帰り用のケースを用意してもらって」
「畏まりました」
この世界では紙箱なんてものは用意出来なかったので、ケーキの大きさに合わせて食器などに使う錫《スズ》で作った専用ケースを用意し、後日お店に返してもらうか回収しに伺うかの方法を取らせていただいた。
「アリス様、季節のフルーツとイチゴのミルフィールが品薄です」
「わかったわ。エリク、オーダーの入っているシュークリームの用意をお願い、フリージアは季節のフルーツを、ミルフィールは私がつくるわ」
ホールの方は接客や商品の受け渡しで大忙し、キッチンの方も作ったら作っただけ飛ぶように無くなっていき、朝から休む暇もなくひたすら手足を動かすのみ。
十分に研修を繰り返してきたけれど、そろそろお昼の休憩を回さなければ倒れそうだ。
それにしても忙しいわね、正直ここまで忙しくなるとは思っていなかったわ。
事前にご注文を受けていた分は問題ないが、店内は常に満席状態の上、お持ち帰りの方にも列が出来ている状態。ホールのスタッフ達がテキパキと捌いてはくれているが、一体どこにお客様が隠れているのだと言うぐらい商品が無くなってしまう。
今はまだケーキとお茶ぐらいしかメニューにないが、今後注文が入ってから仕上げるパフェやクレープを加えるとすると、少し対策を考えなければいけないだろう。
やがて人の波が途切れることがないまま1日が過ぎ、最後のお客様を送り出して無事オープン初日を終える事となる。
「みんな、お疲れ様」
流石にお客様がいなくなったからといって、急にダレるような事はないが、休憩時間以外朝からフルに働いていたせいで、全員が全員お疲れモード。
この後ホールスタッフには片付けと掃除、キッチンスタッフには明日の仕込みが残っているが、まずは無事に初日を終えた喜びをみんなで分かち合う。
「みんな疲れたでしょ、残り物で悪いのだけれど余ったケーキは好きに食べてもらっていいわよ」
私の『好きに食べて』という言葉に喜び騒ぐ女性陣。
一応研修の時に一通りの試食会は行ったが、これでも有名菓子店顔負けの高級菓子。見た目も味もフローラ様のお墨付きだし、何より甘いもが大好きな女性には堪らない一品。
恐らく氷を使った簡易冷蔵庫に入れておけば、1日程度なら問題はないが、万が一食中毒でも起こせば大問題になってしまうので、基本その日に作った物はその日に処分しきるしかない。今日は数が読めなかったせいで結構余らせてしまったので、このまま休憩がてらのお茶請けに使ってもいいだろう。
みんながみんな、ワイワイ騒ぎなら自分が欲しい品を選び手に取っていく。そんな楽しげな様子が今の私にとって堪らなく嬉しい。
「それじゃ私はお茶の用意でもしようかしら」
たまにはスタッフを労うためにお茶でも用意しようかと動くも、たまたまエリスの迎えから戻ってきたカナリアに仕事を奪われ、再び椅子へと逆戻り。
「アリス様は少し休んでください! お昼も食べていらっしゃらないのは知っているんですからね!」
と、制服姿のエリスを渡され、妹エキスを補充する。
「おかえりエリス、フローラ様にちゃんとお礼を言ってきた?」
このお屋敷にも一応エリスの部屋は用意してあるが、オープンからしばらくは忙しくなると思い、授業が終わったら直接公爵家へと向かい、お店が終わるまで預かってもらう事になっている。
ホント、フローラ様には感謝しかないわね。ユミナちゃんの登下校の間に私のお屋敷があるから、毎日送迎までしていただいているのだ。おかげで私は安心してエリスを送り出す事が出来ている。
「お姉ちゃん苦しぃ!」
「あら、ごめんなさい」
ついつい妹エキスを補充するため、少々キツく抱きしめてしまったみたいだ。
これも可愛いエリスが全部悪い。いや、エリスは悪くないけど。
「アリス様、本日の売り上げの集計が終わりました」
「ありがとうランベルト、任せっきりにしちゃってごめんなさいね」
お礼を言いながら売り上げをまとめた集計表を受け取る。
ん? なんだろこの数字。
事前にローレンツさんと予想していた金額とまるで違う。オープン初日と言うこともあるのだろうが、それにしても倍以上というのはちょっとおかしくない?
「ねぇ、ランベルト。この数字間違ってない?」
「いいえ、リリアナと何度も確認いたしましたが数字に間違いはございませんでした」
「でもねぇ……」
現在ローズマリーで提供しているケーキ1つの単価は約銀貨10枚。中には銀貨20枚という豪華なものもあるが、そこにお茶だハーブティーだと加えれば一人単価は銀貨約15枚前後となり、複数人でご来店されれば当然掛け算方式で上がっていく。
そしてそこからローズマリーのカフェスペースのキャパ人数、お持ち帰りや個室ブースのサービス料などを考慮し、私とローレンツさんが導き出した1日の売り上げはおよそ金貨25~30枚。銀貨は100枚で金貨1枚の計算となるので、6・7名のご来店で金貨1枚の計算となる。もちろん日によっては前後するだろうが、大体このぐらいの売り上げを予想していたのだ。
参考までに言うと、このローズマリーで雇っているスタッフの賃金は一ヶ月約金貨3~5枚。これでも破格の雇用条件らしいのだが、未だにこの世界でお金を見たことがない私にとってはいまいち感覚がわからない。
ちなみにこのお給料額は公爵家並みの賃金なのだと、カナリアが教えてくれた。
「どうかなさったのですか?」
私が集計表を前に一人唸っていると、お茶を入れ終わったカナリアが戻ってきた。
「それがねぇ、数字がおかしいのよ」
「私にも見せていただいても? うわ、なんですかこの数字」
「そう思うわよね?」
私から受け取った集計表の数字を見て、カナリアから驚きの声が飛び出す。
「もう一度確認するけど間違えはないのよね?」
ローレンツさんお墨付きのランベルト。彼の能力は私も目の当たりにしているし、リリアナも一緒になって確認したと言っているので、やはりこの数字は間違ってはいないと思うのだけれど。
「アリス様が驚かれるも当然でしょう、私もまさかここまでになるとは予想だにしておりませんでした。勿論オープン初日という要素があっての事だとは思いますが」
ランベルトはそう言いながらリリアナが重たそうに、お盆の上に乗せた金貨と銀貨の山持ってくる。
「締めて金貨101枚と銀貨33枚となります」
何事かと集まったスタッフ達から驚きの声が飛び出す。
うん、まるで金貨の山だ。
「うわ、こんな金貨の山初めて見ました」
「コラ、触っちゃダメでしょ」
「貴女達、ご主人様の前ではしたないわよ」
周りの反応から見ると、やはり結構な金額になっているのだろう。だけど私とエリス、そしてフィーの三人だけは今一実感がわかないと言うのが本音。エリスなんて『これ何?』とか尋ねてくるのだから仕方がない。
「もしかしてエリス様ってお金を見たことがないんですか?」
「えぇ、エリスっていうか私もなんだけれどね」
『『『えっ!?』』』
スタッフの一人が何気に尋ねてきた質問に答えると、周りから一斉に驚きの声が沸き上がる。
「アリス様って今までお金を見たことがないんですか!?」
「そ、そんなに驚かれること?」
「当り前じゃないですか! 今までどうやって生活されてきたんです!?」
「えっと、物々交換?」
『『『……』』』
し、仕方がないでしょ! 実家は貧乏だったんだし、近所に買い物ができるお店もなければ、生まれてこの方おこずかいすら貰ったことがないのだ。
王都に来てからはずっと公爵家でお世話になっていたし、服や下着なんかも私の知らない間に用意されているわ、ジーク様とお出かけした時でさえ、私に気を使って見えないところでお会計が済まされていたのだ。
それでどうやってお金の実物を見れるというのだ。
「でもお屋敷の改装費や、お店の釣銭なんかもいりますよね? 一体どうされたんです?」
「改装費は公爵様が立て替えて下さっていて、お店の釣銭なんかはランベルトにお願いしてたから……。だ、だって仕方がないでしょ、私はずっとケーキ作りの講習で手が離せなかったのよ!」
みんなから『じとー』という視線を浴びながら、なんとも居たたまれない気持ちになってくる。
ランベルトとリリアナが優秀だったというのもあるが、肝心のケーキが作れないでは意味がないので、私は皆が集まってくれた研修期間からずっと、キッチンスタッフを共に籠りっぱなしだったのだ。
お蔭で今じゃ私抜きでも十分に仕事が回るようにはなっているが、逆を言うとホールの方は完全にランベルトへ丸投げで、ほとんど私は関わっていなかったりする。
「まぁ、アリス様だから仕方がないわよね」
「そうね、アリス様なら仕方がないわね」
「うんうん、だってアリス様ですもの」
「私は役目はアリス様を補佐することですので」
コラコラコラ、私って一体どういう目で見られているのよ!
皆集って言いたい放題、そらぁ16歳という年齢から驚かれたり、フィーと言う契約精霊が居たり、ちょっぴり公爵家ともお付き合いがあって珍妙の目で見られたりもしたけど、私はどこにでもいる普通の女の子だと口を大にして言い聞かせたい。
その後『そういう事にしておきますね、さぁお仕事お仕事』と、生暖かい声を掛けてもらいながら、オープン初日を終えるのだった。
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