25 / 91
一章 その名はローズマリー
第24話 ダイヤモンドの輝き
しおりを挟む
「ねぇカナリア、昨日夜の記憶がないのだけれど何か知っている?」
ハルジオン公爵家からの帰りの馬車、本来の予定では昨日のうちにお店へと帰り、翌朝からお店での接客、午後からエンジニウム公爵家のパーティーに参加し、今日という一日が終了する予定になっていたはず。
それが何故か当日の朝帰りになったうえで、昨日の夜の記憶が物の見事にふっとんで飛んでしまっている。
確かユミナちゃんに注いでもらった果実水を飲んだところまでは覚えてるのよね。だけどその後を思い出そうとしても全く思い出せない。
フローラ様に尋ねても『うふふ』と返されるだけだし、ユミナちゃんに聞いても『ふわぁー、むにゃむにゃ。今度一緒に飲みましょうね』と意味不明なことを返されるし、ジーク様なんて『ユミナから守りきった』と変な事をおっしゃっていたのよ?
目を覚ました時なんてホント驚いたわよ。だって目の前に疲れ切ったジーク様と、何故か眠たそうなユミナちゃんが対峙していたんだから、一瞬何事? って思っちゃったわよ。まさか一晩兄妹喧嘩とかやってたのじゃないわよね?
「世の中、知らない方がいい事もございますので」
ってなにそれ! ちょっと余計に気になるんですが!?
結局その後何を尋ねても教えてもらえず、馬車は無事にお店へと到着した。
「カナリア、悪いのだけれど私の荷物とエリスをお願い。私はこのままお店の方へ顔を出すわ」
朝から何故か頭が痛かったせいで、随分と帰りが遅くなってしまった。時間的にはお店は既にオープンした後なので、カナリアに頂いたドレスとエリスを任せ、私はこのままお店の方へと向かう。
本当はキッチンの方へのヘルプに入った方がいいのだろうが、私はすぐに出かける用意をしなければいけないし、リリアナと数人のスタッフをヘルプに入れているので人数的には問題無い。
それにたまには常連様に挨拶をしておいた方がいいと言われているので、今回は来店されているお客様まわりをさせてもらう。
ローズマリーのお客様は貴族の方が多いからね、これも立派なお仕事です。とはランベルトの言葉。
えぇ、もちろん分かっていますよ。社交も立派なお仕事のうち。精々お店の売り上げの為に頑張らさせていただきますよ。
幸いお父様達は昨日のうちに王都を発たれたと聞いているので、フロアでバッタリなんてことはないだろうし、フローラ様やユミナちゃんもパーティーやお茶会まわりで忙しいと聞いているので、突然来店されて慌てるなんてこともないだろう。
丁度いい機会なので、フローラ様に鍛えられた淑女の嗜みというものをお披露目しようじゃありませんか。
「あらアリスちゃんお久しぶり」
「こんにちはフューフォルニア様」
忙しそうに動き回るスタッフたちに軽く挨拶を済ませ、早速目に付いたご夫人に声をかける。
「今日はお一人なんですか?」
「えぇ、本当はお店の予約をしに立ち寄ったのだけれど、既にいっぱいだったようでね。残念だけど今の時期は仕方がないわ」
聞けば久々に息子夫婦さんが王都に戻られるそうで、それならば最近話題のお店に行ってみたいという話になり、メニュー選びと個室の予約で立ち寄ったところ、既に満室だったとの事だった。
今のシーズンって王都に多くの人たちが集まってしまうので、個室は数週間先まで埋まっちゃっているのよね。うちの店にとっては嬉しい話なのだが、ご利用されるお客様にとっては残念以外のなにものでもない。
「それでしたら当日お屋敷の方へお届けいたしましょうか? 今のシーズンは1階のカフェエリアもすぐに埋まってしまいますし、せっかく王都にお戻りになられるのなら実家でゆっくりなさった方がいいと思いますので」
「あら、いいわね。でも迷惑じゃなないかしら?」
「お気遣いありがとうございます。お届けの方はお店のサービスで行っておりますので、お気軽にお申し付けくださいませ」
店側としては来店で捌ける客数は限られちゃってるからね。お持ち帰りや予約を頂いて、屋敷へのお届けで売り上げを伸ばさなければ行けないのだ。寧ろ事前に数が読める分たすかるという面もある。
「そう? それじゃお願いしようかしら」
「ありがとうございます。それではご予約用のメニューをお持ち致しますね」
私は近くのスタッフを捕まえ、この後の対応を任せるように指示を出し、次なるお客様を探そうと辺りをぐるり。
さて、次は……
「アリス!?」
挨拶をするべき方を探すために店内を見渡そうとするも、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、条件反射的にそちらを向くと、目に入ったのは同伴する女性と共に、今一番会いたくもない人物が目に入る。
最悪だわ、なんでここにいるのよフレッド。
僕は婚約者でもあるマリエラせがまれ、最近王都で人気だという高級菓子店へとやってきた、のだが……
「部屋が空いてないって、どう言う事ですの!」
いきなり個室がいいと騒がれうんざり状態。どうやら大変な人気店らしく、個室の予約は数週間先までギッシリ埋まってしまっているのだという。
「仕方がないよマリエラ。一階のフリーエリアでいいじゃないか」
もともと個室なんて聞いていなうえ、本人もこの店に来るまでそんな気もなかったはずなのに、偶然目の前にいた同年代の女性グループから個室という言葉が飛び出し、自分も対抗するよう個室がいいと騒ぎ出しただけのもの。
そもそもこんな高そうな店で個室なんて頼のべば、僕の持っているお金が全て吹っ飛んでしまうじゃないか。
如何に僕が男爵家の人間だとはいえ、自由に出来るお金なんてたかだか知れているし、元々領地収入が少ないからこそ、地方暮らしをしているのだから、もう少しこちらの懐具合を気にしてもらいたいものだ。
「ふん、何よこんな店。大した事がないじゃない」
個室を断られた腹いせとして本人は悪態をついているが、頼んだケーキというお菓子はこの店でも特に高い物ばかり。
周りを見渡してもこれほどの数を注文している客はいないし、当然店側に対し悪態をついている人は誰もいない。そもそも気に入らないのならそんなに数を頼まなくてもいいじゃないか。
マリエラと僕との関係はそれほど深くはない。
数ヶ月前に突然両親から今日からこちらがお前の婚約者だと、紹介されたのだから仕方がないだろう。
父上たちは隠しているようだがこの婚約には裏がある。マリエラ本人がそう言っているのだから間違いないだろう。
『私を怒らせたらどうなるか分かっているの?』
ちょっとした事を注意しただけで、男爵家の嫡子である僕に悪態を吐く始末。
どうやら父上はマリエラの両親が経営する商会に、男爵家が抱えている借金を肩代わりしてもらう事を条件で、僕と以前婚約をしていた騎士爵家との縁を切り、マリエラとの婚約を決めたのだという。
僕も貴族の家に生まれた身として親が決めた婚約には逆らえないが、それでも傲慢で我儘のマリエラを見ていると、以前婚約をしていた少女が懐かしく思えてしまう。
それにしてもあんな偶然……
あれはちょうど二ヶ月ほど前だっただろうか。いつものようにマリエラにせがまれ、王都に旅行へとやって来たのだが、そこで偶然出会ったのが嘗て僕と婚約をしていた彼女だった。
再会した彼女は以前とは比べ用がないほど様変わりしており、なんども目を瞬かせながら確認するほど綺麗になっていた。
今でもふと思い返すが、あれは本当にアリスだったのだろうか?
まるで狐に抓まれたように夢うつつの状態で、何度も当時の事を思い出しても未だに信じられないという気持ちの方が勝ってしまう。
その事を父上と母上に話したのだが、二人揃って『あの小汚い娘が変わるはずもないだろう』と信じてもくれない。母上なんて『あの髪を思い出しただけでも吐き気がするわ』という始末。だったらなんで婚約者に選んだのと文句を言いたいところだ。
「ちょっと! これと同じものを持って来なさい」
マリエラが忙しそうに店内を動き回るスタッフを捕まえ、さらに追加の注文を依頼する。
「頼みすぎだよマリエラ、まだ他のが残っているじゃない」
只でさえこの店のケーキというお菓子はどれも高級なのだ。しかもマリエラが頼んでいるものはその中でも特に高いものばかり、このケーキ一つで銀貨20枚もするってっておかしいだろ。それを既に5つも目の前ならべているのだ、単純に計算しただけで金貨1枚って、僕の小遣いが尽きるどころか男爵家の金庫が底をついてしまう。
「あらアリスちゃんお久しぶり」
「こんにちはフューフォルニア様」
えっ、アリス?
こんな高級菓子店で聞こえるはずのないアリスの名前。男爵家の僕でさえここ店の敷居は足踏みしてしまうというのに、騎士爵家のアリスが来れるわけがない。しかも今の彼女は貴族の名を捨て、平民へと成り下がっているのだから尚更だろう。
ダメだ、僕はいったい何を期待しているんだ。
あの日見た彼女の姿がどうしても忘れられない。すす汚れた肌に、ボロボロな服、髪は辛うじて整えてあるがツヤも輝きも全く見当たらない。
それが透き通るような白い肌に、母上が嫌う銀髪は見違えるように輝き、服装こそ地味なものだったが、それすらも計算されたかのような美しさだった。
思わずマリエラじゃなくアリスを僕のお嫁さんにと、考えてしまったのは仕方がないことではないだろうか。
それにしても似ている。ここからじゃ誰かと話しているようで顔が見えないが、気品のあるブルーのドレスに身を包み、ついつい目を引き付けてしまう鮮やかな銀髪。母上があれほど気味が悪いと言っていたあの銀髪が、目の前の女性だとダイヤモンドの輝きさえも凌駕してしまっている。
「それではユーフォルニア様、後はこちらのスタッフにお申し付けください」
「ありがとう、助かるわ」
「それではごゆっくりどうぞ」
僕の中で『もしかすると』という楽観的な希望と、そんなことはありえないという現実を見据えるもう一人の自分。そもそもアリスがこのような店に居る分けがないのに、何故か僕の視線は彼女の後ろ姿にグギズケの状態。
やがてご婦人との会話が終わったのか、立ち去ろうとする銀髪の女性が振り向くと同時に、僕は反射的に立ち上がり彼女の名前を呼んでいるのだった。
ハルジオン公爵家からの帰りの馬車、本来の予定では昨日のうちにお店へと帰り、翌朝からお店での接客、午後からエンジニウム公爵家のパーティーに参加し、今日という一日が終了する予定になっていたはず。
それが何故か当日の朝帰りになったうえで、昨日の夜の記憶が物の見事にふっとんで飛んでしまっている。
確かユミナちゃんに注いでもらった果実水を飲んだところまでは覚えてるのよね。だけどその後を思い出そうとしても全く思い出せない。
フローラ様に尋ねても『うふふ』と返されるだけだし、ユミナちゃんに聞いても『ふわぁー、むにゃむにゃ。今度一緒に飲みましょうね』と意味不明なことを返されるし、ジーク様なんて『ユミナから守りきった』と変な事をおっしゃっていたのよ?
目を覚ました時なんてホント驚いたわよ。だって目の前に疲れ切ったジーク様と、何故か眠たそうなユミナちゃんが対峙していたんだから、一瞬何事? って思っちゃったわよ。まさか一晩兄妹喧嘩とかやってたのじゃないわよね?
「世の中、知らない方がいい事もございますので」
ってなにそれ! ちょっと余計に気になるんですが!?
結局その後何を尋ねても教えてもらえず、馬車は無事にお店へと到着した。
「カナリア、悪いのだけれど私の荷物とエリスをお願い。私はこのままお店の方へ顔を出すわ」
朝から何故か頭が痛かったせいで、随分と帰りが遅くなってしまった。時間的にはお店は既にオープンした後なので、カナリアに頂いたドレスとエリスを任せ、私はこのままお店の方へと向かう。
本当はキッチンの方へのヘルプに入った方がいいのだろうが、私はすぐに出かける用意をしなければいけないし、リリアナと数人のスタッフをヘルプに入れているので人数的には問題無い。
それにたまには常連様に挨拶をしておいた方がいいと言われているので、今回は来店されているお客様まわりをさせてもらう。
ローズマリーのお客様は貴族の方が多いからね、これも立派なお仕事です。とはランベルトの言葉。
えぇ、もちろん分かっていますよ。社交も立派なお仕事のうち。精々お店の売り上げの為に頑張らさせていただきますよ。
幸いお父様達は昨日のうちに王都を発たれたと聞いているので、フロアでバッタリなんてことはないだろうし、フローラ様やユミナちゃんもパーティーやお茶会まわりで忙しいと聞いているので、突然来店されて慌てるなんてこともないだろう。
丁度いい機会なので、フローラ様に鍛えられた淑女の嗜みというものをお披露目しようじゃありませんか。
「あらアリスちゃんお久しぶり」
「こんにちはフューフォルニア様」
忙しそうに動き回るスタッフたちに軽く挨拶を済ませ、早速目に付いたご夫人に声をかける。
「今日はお一人なんですか?」
「えぇ、本当はお店の予約をしに立ち寄ったのだけれど、既にいっぱいだったようでね。残念だけど今の時期は仕方がないわ」
聞けば久々に息子夫婦さんが王都に戻られるそうで、それならば最近話題のお店に行ってみたいという話になり、メニュー選びと個室の予約で立ち寄ったところ、既に満室だったとの事だった。
今のシーズンって王都に多くの人たちが集まってしまうので、個室は数週間先まで埋まっちゃっているのよね。うちの店にとっては嬉しい話なのだが、ご利用されるお客様にとっては残念以外のなにものでもない。
「それでしたら当日お屋敷の方へお届けいたしましょうか? 今のシーズンは1階のカフェエリアもすぐに埋まってしまいますし、せっかく王都にお戻りになられるのなら実家でゆっくりなさった方がいいと思いますので」
「あら、いいわね。でも迷惑じゃなないかしら?」
「お気遣いありがとうございます。お届けの方はお店のサービスで行っておりますので、お気軽にお申し付けくださいませ」
店側としては来店で捌ける客数は限られちゃってるからね。お持ち帰りや予約を頂いて、屋敷へのお届けで売り上げを伸ばさなければ行けないのだ。寧ろ事前に数が読める分たすかるという面もある。
「そう? それじゃお願いしようかしら」
「ありがとうございます。それではご予約用のメニューをお持ち致しますね」
私は近くのスタッフを捕まえ、この後の対応を任せるように指示を出し、次なるお客様を探そうと辺りをぐるり。
さて、次は……
「アリス!?」
挨拶をするべき方を探すために店内を見渡そうとするも、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、条件反射的にそちらを向くと、目に入ったのは同伴する女性と共に、今一番会いたくもない人物が目に入る。
最悪だわ、なんでここにいるのよフレッド。
僕は婚約者でもあるマリエラせがまれ、最近王都で人気だという高級菓子店へとやってきた、のだが……
「部屋が空いてないって、どう言う事ですの!」
いきなり個室がいいと騒がれうんざり状態。どうやら大変な人気店らしく、個室の予約は数週間先までギッシリ埋まってしまっているのだという。
「仕方がないよマリエラ。一階のフリーエリアでいいじゃないか」
もともと個室なんて聞いていなうえ、本人もこの店に来るまでそんな気もなかったはずなのに、偶然目の前にいた同年代の女性グループから個室という言葉が飛び出し、自分も対抗するよう個室がいいと騒ぎ出しただけのもの。
そもそもこんな高そうな店で個室なんて頼のべば、僕の持っているお金が全て吹っ飛んでしまうじゃないか。
如何に僕が男爵家の人間だとはいえ、自由に出来るお金なんてたかだか知れているし、元々領地収入が少ないからこそ、地方暮らしをしているのだから、もう少しこちらの懐具合を気にしてもらいたいものだ。
「ふん、何よこんな店。大した事がないじゃない」
個室を断られた腹いせとして本人は悪態をついているが、頼んだケーキというお菓子はこの店でも特に高い物ばかり。
周りを見渡してもこれほどの数を注文している客はいないし、当然店側に対し悪態をついている人は誰もいない。そもそも気に入らないのならそんなに数を頼まなくてもいいじゃないか。
マリエラと僕との関係はそれほど深くはない。
数ヶ月前に突然両親から今日からこちらがお前の婚約者だと、紹介されたのだから仕方がないだろう。
父上たちは隠しているようだがこの婚約には裏がある。マリエラ本人がそう言っているのだから間違いないだろう。
『私を怒らせたらどうなるか分かっているの?』
ちょっとした事を注意しただけで、男爵家の嫡子である僕に悪態を吐く始末。
どうやら父上はマリエラの両親が経営する商会に、男爵家が抱えている借金を肩代わりしてもらう事を条件で、僕と以前婚約をしていた騎士爵家との縁を切り、マリエラとの婚約を決めたのだという。
僕も貴族の家に生まれた身として親が決めた婚約には逆らえないが、それでも傲慢で我儘のマリエラを見ていると、以前婚約をしていた少女が懐かしく思えてしまう。
それにしてもあんな偶然……
あれはちょうど二ヶ月ほど前だっただろうか。いつものようにマリエラにせがまれ、王都に旅行へとやって来たのだが、そこで偶然出会ったのが嘗て僕と婚約をしていた彼女だった。
再会した彼女は以前とは比べ用がないほど様変わりしており、なんども目を瞬かせながら確認するほど綺麗になっていた。
今でもふと思い返すが、あれは本当にアリスだったのだろうか?
まるで狐に抓まれたように夢うつつの状態で、何度も当時の事を思い出しても未だに信じられないという気持ちの方が勝ってしまう。
その事を父上と母上に話したのだが、二人揃って『あの小汚い娘が変わるはずもないだろう』と信じてもくれない。母上なんて『あの髪を思い出しただけでも吐き気がするわ』という始末。だったらなんで婚約者に選んだのと文句を言いたいところだ。
「ちょっと! これと同じものを持って来なさい」
マリエラが忙しそうに店内を動き回るスタッフを捕まえ、さらに追加の注文を依頼する。
「頼みすぎだよマリエラ、まだ他のが残っているじゃない」
只でさえこの店のケーキというお菓子はどれも高級なのだ。しかもマリエラが頼んでいるものはその中でも特に高いものばかり、このケーキ一つで銀貨20枚もするってっておかしいだろ。それを既に5つも目の前ならべているのだ、単純に計算しただけで金貨1枚って、僕の小遣いが尽きるどころか男爵家の金庫が底をついてしまう。
「あらアリスちゃんお久しぶり」
「こんにちはフューフォルニア様」
えっ、アリス?
こんな高級菓子店で聞こえるはずのないアリスの名前。男爵家の僕でさえここ店の敷居は足踏みしてしまうというのに、騎士爵家のアリスが来れるわけがない。しかも今の彼女は貴族の名を捨て、平民へと成り下がっているのだから尚更だろう。
ダメだ、僕はいったい何を期待しているんだ。
あの日見た彼女の姿がどうしても忘れられない。すす汚れた肌に、ボロボロな服、髪は辛うじて整えてあるがツヤも輝きも全く見当たらない。
それが透き通るような白い肌に、母上が嫌う銀髪は見違えるように輝き、服装こそ地味なものだったが、それすらも計算されたかのような美しさだった。
思わずマリエラじゃなくアリスを僕のお嫁さんにと、考えてしまったのは仕方がないことではないだろうか。
それにしても似ている。ここからじゃ誰かと話しているようで顔が見えないが、気品のあるブルーのドレスに身を包み、ついつい目を引き付けてしまう鮮やかな銀髪。母上があれほど気味が悪いと言っていたあの銀髪が、目の前の女性だとダイヤモンドの輝きさえも凌駕してしまっている。
「それではユーフォルニア様、後はこちらのスタッフにお申し付けください」
「ありがとう、助かるわ」
「それではごゆっくりどうぞ」
僕の中で『もしかすると』という楽観的な希望と、そんなことはありえないという現実を見据えるもう一人の自分。そもそもアリスがこのような店に居る分けがないのに、何故か僕の視線は彼女の後ろ姿にグギズケの状態。
やがてご婦人との会話が終わったのか、立ち去ろうとする銀髪の女性が振り向くと同時に、僕は反射的に立ち上がり彼女の名前を呼んでいるのだった。
44
あなたにおすすめの小説
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない
よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。
魔力があっても普通の魔法が使えない俺。
そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ!
因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。
任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。
極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ!
そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。
そんなある日転機が訪れる。
いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。
昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。
そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。
精霊曰く御礼だってさ。
どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。
何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ?
どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。
俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。
そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。
そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。
ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。
そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。
そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ?
何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。
因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。
流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。
俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。
因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?
【完結90万pt感謝】大募集! 王太子妃候補! 貴女が未来の国母かもしれないっ!
宇水涼麻
ファンタジー
ゼルアナート王国の王都にある貴族学園の玄関前には朝から人集りができていた。
女子生徒たちが色めき立って、男子生徒たちが興味津々に見ている掲示物は、求人広告だ。
なんと求人されているのは『王太子妃候補者』
見目麗しい王太子の婚約者になれるかもしれないというのだ。
だが、王太子には眉目秀麗才色兼備の婚約者がいることは誰もが知っている。
学園全体が浮足立った状態のまま昼休みになった。
王太子であるレンエールが婚約者に詰め寄った。
求人広告の真意は?広告主は?
中世ヨーロッパ風の婚約破棄ものです。
お陰様で完結いたしました。
外伝は書いていくつもりでおります。
これからもよろしくお願いします。
表紙を変えました。お友達に描いていただいたラビオナ嬢です。
彼女が涙したシーンを思い浮かべ萌えてますwww
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる