華都のローズマリー

みるくてぃー

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一章 その名はローズマリー

第25話 これぞゼロ円スマイル

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「アリス!?」
 突然名前を呼ばれ反射的に振り返るも、目の前にいる二人の人物を見て思わずゲッソリ。
 我ながら営業スマイルを崩さなかった事だけは褒めてやりたい。

 それにしても失念していたわ。
 お父様達の事やパーティーの準備で忙しかったとはいえ、完全にフレッドの事がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。よくよく考えてみれば彼も男爵家の嫡男なのだからパーティー周りもあるだろうし、王都にあるというお屋敷で催しを行うなんてこともあるだろう。
 以前ご婦人方にお聞きした、男爵家の地方暮らしが私の中で根ずいていた事も原因だが、もっと警戒すべきだったと今更ながらに反省してしまう。

 一瞬いまは忙しいからと誰かに任せて逃げようと思うが、スタッフ達は忙しそうに動き回っているし、フロアチーフのリリアナは生憎キッチンのヘルプをお願いしていのでここにはおらず、サブチーフのカトレアは今もお持ちかえエリアでお客様対応に奮闘中。救いを求めてランベルトの姿を探すも、なぜかこんな時に限って姿が見えない。
 はぁ……、仕方ないわね。
 私は覚悟を決め、フレッドに対して軽くゼロ円スマイルを作って微笑んでみる。

「これはアルター様、ご無沙汰しております」
「アリス、本当にアリスなのか!? でもどうしてこんな場所に……それにその姿は?」
 以前も似たような反応をされてしまったが、今回は前回の比ではない驚き様。
 今日の私は馴染みのメイドさん達によるナチュラルメイクを施されたうえ、公爵家からお借りした上質なドレスに身を包み、極めつけは王都で人気のスィーツショップで店側の人間として動いている。
 さすがに今の私をみて、普通のウェイトレスだとは思われないだろう。
 私は半ば諦めながら、改めて軽く自己紹介をさせて頂く。

「この様な姿で申し訳ございません、故あって今はこちらのローズマリーを経営させていただいております」
「えっ、経営? じゃここの店って……」
「はい。私、アリス・ローズマリーのスィーツショップでございます」
 念のためにファミリーネームを名乗り、私はもう騎士爵家とは関係がない、+プラス、アルター男爵家とも関係がない事をアピールさせて頂く。
 元々アルター男爵家とデュランタン騎士爵家とは、それほどの付き合いがあるわけでもなく、私とフレッドとの関係が切れてしまった今では完全に縁が切れてしまっている状態。
 実家の騎士爵家としては一方的に切られた訳だし、アルター男爵家からすれば貧乏騎士爵家など眼中にないだろうしで、お互い領地も離れているので男爵家側から私の所在が漏れる恐れは恐らくないだろう。
 どうせ男爵家ならばパーティー等からいずれは気付かれてしまう事なので、今からバレタとしても然程問題はない筈だ。

「アリスの店……でもなんで? なんで君がこんな店を?」
 まぁ当然の疑問よね、私も逆の立場なら思わずその経緯を尋ねるだろう。
 だけどそれには私が巻き込まれてしまった事件から、ハルジオン公爵家でお世話になった経緯も話さなくてはならず、はっきり言って簡単には説明出来ない内容ばかり。
 そもそも赤の他人であるフレッドにそこまで教える必要もないだろう。

「詳しくは申せませんが、私が作ったケーキを気に入ってくださった方がおられまして、こちらのお店を持つに至った訳でございます」
「このケーキをアリスが? それって一体どこの誰が……まさかこの前の男か!?」
 この前の男、というのは恐らくジーク様の事であろう。どこでどうフレッドの中で繋がったかは知らないが、ジーク様の年齢は私やフレッドの一つ上、とてもじゃないがその年齢で、そこまでの権力がある訳がないだろうに。
「申し訳ございませんが、こちらにも守秘義務というものが存在しております。これ以上の質問はお答え出来ませんのでご理解くださいませ」
「守秘義務……それは僕にも話せないっていうのか?」
 いやいや、何をどう勘違いすればその様な言葉が飛び出すのかと聞きたいところ。
 そらぁ以前は婚約関係があったけれど、ぶっちゃけ私の中では友達以下のただの知り合いなワケだし、今ではちょっとウザい男性その1程度の感覚しか持ち合わせてはいない。それでどう守秘義務レベルの情報を話せると言うのだろうか。

「アルター様、この様な事は申し上げたくはないのですが、私とアルター様の関係はお店のオーナーとご来店いただいたお客様。勿論以前の関係はございますが、あれは双方の家で既に無かったものとなっておりますので、それをフレッド様が個人の感情で持ち出されても正直困惑してしまいます」
「それは……そうなんだけれど……」
 以前も感じたが、フレッドは私との関係を何か勘違いしているのではないだろうか?
 貴族の中では女性は男性に付き従うものという風潮があるが、私はフレッドの持ち物になった事もなければ、恋愛感情を抱いた事も一切無い。
 少々キツイ言葉だったかとは思うが、何時までも私を婚約者扱いされても困るし、店の中で揉め事を起こされるのも困るので、ここはお互いの立場をはっきりさせておいた方がいいだろう。

「ふん、良かったですわねフレッド様。私もこんな貧乏くさい子が近くに居るかと思うと虫酸が走りますわ」
「マリエラ、幾らなんでもその言葉はアリスに失礼だよ。それに今のアリスはもう……」
「何を勘違いされていますの? どうせこの店だって誰かに言われるがままに祭り上げられているだけ、今の言葉だって大方フレッド様の気を惹こうと見栄を張っているだけですわ。よく考えてみてください、貧乏貴族がごときがこんなお店を持てる筈がないじゃありませんか」
 今まで黙っていたかと思うといきなりの毒舌。
 私ごときがお店のオーナーだというのは同じ気持ちだが、それでもオープン前の準備から、今日までお店の運営を行っているのは間違いなく私自身。
 信じられ無いという気持ちもわかるけれど、それを知り合い以下の他人に言われるのはどうも納得がいかない。

「アリスって言ったかしら? 少し着飾っているからといって調子に乗ら無い事ね。それにこのケーキというお菓子、貴女が作ったというだけあって全く美味しく無いわ。こんなのでお金を取るだなんて信じられない」
 うーん、ケーキが美味しく無いと言う割には、テーブルに並んでいる数はそれなりのもの。既に空いているお皿もある様だし、文句を言いながらも先ほどからケーキを口に運ぶ動きは止まってはいない。

 だけど確かに残しているケーキもあるのよね。
 どれも一度は手をつけてはいるか、生クリームや乗っているフルーツやらは無くなっているのだが、土台となる生地の方が残っている様にも見えてしまう。
 今までの経験上、生クリームを食べ過ぎて胸焼けから残すパターンっていうのはあるのだが、生地の方を残すというパターンはあまり見た事がない。
 結構な数が並んでいる割に、生クリームの部分は無くなっているので嫌いではないのだろうが、それにしては生地の部分が比較的多く残っているのが引っかかる。
 これってもしかして……単純にクリームだけが好きなんじゃ?

「お気に召しませんでしたか?」
「これで気に入れですって? この程度のお菓子でどうやって気にいるというのかしら」
 散々食べておいて何を今更。
 よく見ればテーブルに並べられているケーキは、特にお店の中でも手間暇かけて作った高価なものばかり。自慢じゃないが口うるさいと評判のご婦人方をも黙らし、多数の名家からパーティーで使いたいとご予約が殺到している一品だ。それを美味しくないと言われては、貴女の味覚の方がおかしいのでは問い返したいが、これでも相手はお客様。ここは冷静になってゼロ円スマイルで大人の対応を心がける。

「みたところマリエラ様は生クリームをお気にめされた様ですので、一品私の一存でご用意させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんですって? 誰が気に入ったって言ったのよ」
「私もこの店のオーナーとして、お客様がご満足頂けないまま帰したとなっては名折れとなります。ここは私を助けると思ってご用意させてください」
 私は半ば強引に話をまとめ、近くにいたスタッフにケーキを一品取りに行かせる。

「どうぞ、当店自慢の一品。ミルフィーユにございます」
 ミルフィーユの名の由来は、前世のフランス語で千枚の葉という意味から来ている。それが何枚も重なったパイの層が、千枚の葉に似て事から名付けられたというケーキだ。
 マリエラはケーキの土台となるスポンジ生地は残していたが、生クリームやフルーツといったものは食べていた。
 おそらく完食しているものもあるので生地がキライという可能性は低く、現状も食べ続けているところを見ると生クリームの胸焼けは起こしてはいない。ならば考えられるのは単純に食べすぎか、スポンジ生地に飽きただけではないだろうか?

「こちらはケーキに使われている生地は他のとは異なり、食感のあるパイ生地を使用しております。そこに生クリームを重ね、何層にも積み上げたものとなりますので、お口直しには丁度良い一品でございます」
「ふ、ふーん。まぁ貴女がそれほどまでに言うのなら食べてあげなくともないけれど」
 なんだかんだとケーキの誘惑に勝てない女性はこの世にはない。
 マリエラも文句を言いながらミルフィーユを何度も口に運んでいるので、これはこれで気に入ったのだろう。
 私としても別に争いたい訳でもなく、うちの店の商品を気に入って貰えたのなら文句はないので、これにてさっさと退散させてもらう事にする。

「それでは……」
「まってアリス。まだ僕との話が」
 マリエラへの対応が終わったらと思えば再びフレッドに呼び止めらてしまう。
 もういい加減にしてと叫びたいが、オーナーである私が騒ぎを起こす訳にもいかず、一応お客様として来店しているフレッドを置き去りにするという事も出気ないので、再び無理やり作ったゼロ円スマイルで対応。若干口角が引きつっているのは見逃して欲しいところだ。

「アルター様、私は今業務中でございますので、あまり個人的なお話は……」
「お話中申し訳ございません」
 いい加減うんざりし始めた時、割って入ってくれたのはメイド服に身を包んだカナリア。どうやら私の様子がおかしいと思い声を掛けてくれたのだろう。

「どうしたのカナリア?」
「アリス様、そろそろお時間のようですのでご出発のご用意を」
 お時間? 出発?
 私はまだお店に戻ってきたばかりだし、午後から出席するパーティーにはまだ時間的にも余裕がある。するとこれはカナリアが考えてくれたこの場から離れる為の口実であろう。
 私はカナリアの心遣いに感謝しながら口裏を合わさせてもらう。

「そう、もうそんな時間なのね。大変申し訳ございません、この後私は出かけなければなりませんので、この辺りで失礼させていただきます」
「まってよアリス。その用事っていうのは僕との話より大切なの? まさかまたあの男に合うんじゃないだろうね」
 あーもー! 私とはフレッドの関係はオーナーと客だと言ったのをもう忘れたのかと、小一時間ほど正座をさせてお説教をしたいところ。
 そもそもフレッドとの話なんて、エリスを愛でてる時間より遥かに下だに言うのに、いったいどうしてそんな考えに行き着くのかと問い詰めたい。

「お客様、大変申し訳御座いませんが、この後アリス様はエンジニウム公爵家主催のパーティーに出席されねばなりません。恐れ入りますが、お客様のお話は公爵家主催の催しを押しのけて、お聞きしなければいけないものでしょうか?」
「こ、公爵家!? な、なんで公爵家にアリスが!?」
 あ、流石に男爵家のフレッドでもそんな反応をするんだ。
 最近ルテア様やレティシア様と気軽に話している関係、公爵家を短に感じていたが、よくよく考えてみれば貴族の中では最上位。お近づきになりたくともなれない貴族もいっぱいいるだろうし、公爵家主催のパーティーに呼ばれるなど余程親しい関係でなければあり得ない。
 そう思うと私って余程恵まれた環境にいるのではないだろうか? むしろ異常レベル?

「申し訳ございませんがその質問にはお答えできません。アリス様、すぐにご準備の方を」
「えぇ、わかったわ、それでは失礼いたします。この後もごゆっくりお寛ぎくださいませ」
 それだけ言い残すと何か言いたそうのフレッドを無視し、私はカナリアを連れてお屋敷の居住エリアへと姿を隠す。
 どうやらカナリアはフレッドの顔を知っており、私が困っている様子を見て助けに来てくれたのだそうだ。
 なんでカナリアがフレッドの顔を知っているのかと問い詰めたいが、どうせ教えてはくれないだろうし、今後のことも考えると非常に心強いのでそっと心の中で止めておく。

 追伸、後日フローラ様にお会いした時は全て筒抜けでした。
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