華都のローズマリー

みるくてぃー

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一章 その名はローズマリー

第28話 アルター男爵の来訪(前編)

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「そういえばランベルト、アルター男爵家に仕えていたという事は私の事も知っていたのよね?」
 カナリアが男爵様を客間に通している合間を利用しての世間話。
 向こうはアポなしの訪問なので私が先に入り、迎え入れるというのはどうかという話になり、まずは客間に通した後に私が遅れて部屋を訪れるという形をとらせてもらった。

「えぇまぁ。ローレンツからその名を聞いた時にはまさかとは思いましたが」
 それはそうだろう。ローレンツさんは公爵家に仕えているので、貧乏騎士爵家の私とは程遠い存在。それが紹介されて来てみれば、超絶美人に変わり果てた私がいたのだからその驚きは相当なものだっただろう。

「もしかしてそれがあったから私に仕えてくれたの?」
「そうですね、確かにそんな感情もなかったとは言えませんが、初日で見せられたアリス様の人柄に『この人ならば』、と思ったのが最大の要因です。恐らくスタッフの誰もが感じたのではないでしょうか?」
 ライベルトにここまで言われると何だかむず痒いわね。
 初日といえば私がスタッフのみんなと初めて顔合わせをした研修第1日目。確かあの日は皆んなの力を貸して欲しい的な事を言ったんだっけ?
 変に見栄を張っても何時かはボロが出てしまうし、出来ない事を出来るといっても困るのは自分自身なので、私は無力で皆んなの力なしでは生きて行けないんです的な事を言って、随分皆んなを不安にさせちゃったのよね。
 そのあと商品となるケーキを出したら驚かれ、事前準備としてご婦人方に試食会をしていた話をすれば呆れられ、公爵夫妻とローレンツさんのお墨付きを貰っていると言えば、なぜか全員から自己評価が低すぎるって叱られたなんて事があった。
 結局研修を繰り返す毎に私という人柄がわかって貰えたのか、誰一人として掛ける事なくオープンを迎える事が出来たのだが、今じゃ何かをやらかしても『アリス様なら仕方がないわよね』と、一言で終わらせられる日々が続いている。
 ちょっと、わたしって一体どんな風に見られているのよと、多少異議申し立てをしたい気分だ。

「アリス様、男爵様に会われる前に心に留めておいて欲しい事がお一つ。執事のファウストにはご注意ください」
「執事?」
「はい。私と入れ替わりで男爵家に入ったため直接的な面識はないのですが、執事なら男爵家の帳簿には必ず目を通す機会はあるはずなのに、あの者はいまだ男爵家の執事を続けております」
「そういう事ね」
 ランベルが言っているのはファウストという執事は男爵家の不正を知りつつ、今も咎める事なく執事を続けていると言っているのだろう。
 男爵様が不正の事実を上手く隠しているという可能性もあるが、執事を任されているなら過去に遡って調べる事もあるだろうし、そこで帳簿が合わない事実に直面する事などよくある話。
 もしかして不正を強制的に担がされているとい可能性も否定できないが、警戒するに越したことはないだろう。

「わかったわ」
 コンコン
「アリス様、男爵様を客間の方へお通しいたしました」
「ありがとうカナリア。それじゃ行こうかしら」
 一体どんは話を出されるのは分からないが、フレッドとの件や婚約破棄の件もあるので、あまりいい話ではないだろう。
 それにあのご夫人は私の銀髪を気持ち悪いと面と向かって言う人なので、正直もいい印象はもっていない。
 私は覚悟を決めて男爵様が待つ客間へと入って行く。

「お久しぶりでございます、お待たせして申し訳ございません」
「ふん、随分待たせおったな」
「ホント、何度帰ろうと思ったかわからないわ」
 久々にお会いした男爵様とご夫人は何というか第一印象最悪だった。
 立場上私の方が身分は低いが、それでも挨拶をしているのに座ったままでというのは失礼極まりない。別に親しい間柄ではないのだし、ましてや勝手に押しかけておいてこの態度は明らかに私を下に見ているという事だろう。
 カナリアなんて既に殺気が漏れ出しているんだからね。

「申し訳ございません、事前にご連絡を頂いておれば準備をする事も出きたのですが、突然の訪問でしたのでこちらの都合もございまして」
「その割には随分と簡単に面会する事が出来たがな」
 遠回りにアポ取れや! と言ったつもりだったのだが、どうやら男爵様には効果がなかった模様。このままじゃ何を言っても無愛想に毒舌を振るわれだけなので、私は諦め男爵様の向かいのソファーへと腰掛ける。

「それでどういったご用件なのでしょうか?」
「その前に私の方からよろしいでしょうか?」
 気分が最悪なのでさっさと終わらせるために話を切り出すも、割り込んで来たのは先ほどランベルとから忠告されたファウストという名の執事。
 通常私が男爵様に話しかけているのに割り込むなど、執事としてはあるまじき失態なのだが、それを諌めようとしない男爵夫妻はもっと失礼。しかも話を中断させておいて私に謝罪の一頃も無いとはいい度胸だ。これがフローラ様なら問答無用で叩き出しているのではないだろうか。

 少々……いや、かなりイライラを積もらせるも、まずは冷静になって対応する。
「何かしら?」
「まずは其方の謝罪から入るべきではないでしょうか?」
「謝罪? 何の事かしら。お待たせした件は最初にさせて頂いたと思うのだけれど」
 アポなし訪問をしておいて、いきなり謝罪を要求されるとは思ってもみなかった。だけど私には男爵様に謝罪する事など思い当たらないし、フレッドとの件に関しては謝罪を受ける事はあっても、する要素など何一つもない。

「はぁ……それすらも分かっていないとは。ならば尋ねますが、貴女はなぜ男爵様がご招待されたパーティーに出席されなかったのですか?」
「パーティーですか? あれは突然のご招待でしたし、こちの予定も既に埋まっておりましたのでお断りさせていただいたのですが」
 この執事は何を言っているの? パーティーなんて行く行かないは招待状を受け取った側の判断でしょ。
 確かに私は平民という立場だが、こちらから望んだ事でもないいし、参加の連絡を求められていなかったのだから、ワザワザ文句を言われる為だけに不参加の連絡を入れる必要もない。
 そもそもそ二日前に招待状が届けば、行きたくとも行けないのではないだろうか。

「やれやれ、ここまで失礼な方だとは思いもしませんでした。貴女と男爵様は同格の立場ではないのですよ。それを連絡もなしで不参加だとか、男爵様がどれ程恥をかかれたか貴女にはお分かりになりますか?」
 聞けば私が男爵家のパーティーに出席する事を、招待した方々話されていたのだという。それなのに当人である私が無断欠席したものだから男爵様は恥を掻き、私に対して謝罪しろと言ってきているのだ。
 全くどうしようもない自己中ね。どうせ今王都で有名なローズマリーのオーナーと知り合いだとか言って、自慢気に話されていたのではないだろうか。
 実際私の元に届いていた招待状は山のように積まれていたわけだし、その中から厳選して、お得意様のパーティーにだけハシゴさせてもらったので、参加させて頂いたご当主様には、うちの品格が上がったと大変感謝をされた程だなのだ。

 こちらとしては完全な逆恨みなのだが、私は平民あちらは貴族。その程度の不評を撒き散らされても、店側としては一向に構わないのだが、変にゴネても仕方がないので、ここは下手に出て素直に謝罪する事にしておく。
 ちょっと背後のカナリアの殺気が怖いけれど。
「そういう事でございましたか。何分私は右も左も分からない若輩者、男爵様にご迷惑をお掛けしたというのでしたら謝罪致しましょう」
「ふん、以後気をつけていただきたいものですね」
 はぁ、なんだろう、まだ5分と経っていないのにこの疲労度は。適当に出かけているとかいって断ればよかったと心底反省してしまう。
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