華都のローズマリー

みるくてぃー

文字の大きさ
41 / 91
二章 陰謀の渦巻く中

第40話 生まれ故郷に(後編)

しおりを挟む
 部屋に居られたのは予想通りの顔ぶれで、椅子に座るアインス兄様とそれに詰め寄るツヴァイ兄様。お父様の為に駆けつけてくれたであろうオーグストと、その近くには不安そうに眺めるクリス義理姉様と、ようやく歩けるようになったのか、息子のカイルが母親であるクリス義理姉様の足にしがみつく様に怯えている。

「そんな言い方はないだろ? 父上が亡くなったと聞いて慌てて駆けつけたんだ」
「ふん、その割には随分と遅かったようだがな」
 はぁ……、呆れてものが言えないとはまさにこのことだろう。
 ツヴァイ兄様からお父様が亡くなったと、伝令役が報告を受けたのが5日前。
 流石に馬を休めなければいけなかったのと、本人の睡眠と言う休息が必要だったので、多少の時間をロスしてしまったものの、それでも僅か3日という短い時間で王都と騎士爵領とを往復してくれたのは、感謝というべきしかないだろう。
 そのあと大慌てて私たちが王都を飛び出したのだから、寧ろ最短と言っても差し支えのないレベル。それなのに『随分と遅かったな』とは私でなくとも頭に来るのではないだろうか

「相変わらずねアインス」
「フィオーネか、まさかお前まで来ているとはな」
 一応二人が以前王都を訪れた際、フィオーネ姉様の話は伝えていたのだけれど、アインス兄様の中では娼婦の館に売られた時点で、人生が終わっているとでも思っているのだろうか。
 この国じゃ奴隷制度は認められてはいないので、例え娼婦の館に売られたとしてもの、人並みの生活と、必ず終わりとなる期日が設けられる様に定められている。

「別に貴方に会いに来たわけではないわよ」
「ほぉ、随分と偉そうになったもんだな。分かっていると思うが、お前はもうデュランタン騎士爵家の人間ではないんだぞ。もう少し口の聞き方を注意した方がいいんじゃないのか?」
「なんですって」
 姉様も今更騎士爵家の名前に執着などないだろうけど、この領地の為に身売りをさせられ、ようやく戻って来たかと思えばこの仕打ち。これでは怒るなと言う方が無理ではないだろうか。

「よしなよ姉さん、アインス兄さんもそんな言い方はないだろう。俺たちだって仕事を休んで急いで駆けつけたんだ。アリスなんて今大変な時だと言うのに、父上の為に時間を裂いて来たんだよ」
「ふん、お前らの都合など知らんわ」
 ドライ兄様が二人の仲裁に入るが、それ以上に煽ってくるアインス兄様。
 フィオーネ姉様の気持ちは痛いほど理解は出来るのだが、父が眠る前で醜く兄妹が言い争うのは本人も望まれていないだろう。
 アインス兄様の性格は全員が知るところなので、ここで無駄な時間を過ごすより、少しでも早くお父様の元に駆けつけた方が良い。
 姉様も弟でもあるドライ兄様に止められ、溢れ出てしまった怒りを抑え込まれる。

「そうね、こんな所で言い争っていても仕方がないわ」
「まぁいい、俺としてもさっさと帰ってもらいたいからな」
 お互いまだまだ言い足りない感じの様だが、私たちの目的はあくまでお父様に会う為。
 今じゃ私も兄様達も自分の家を持っているのだし、フィオーネ姉様も愛する旦那様が待つ家と、お腹の中には当たらな命が宿っているのだ。こんな所で大切な体に無用な負担は掛けたくもないだろう。

「それでお兄様、お父様は今どちらに?」
 私が代表と言うわけではないが、フィオーネ姉様の心情を気遣い、まずは当初の目的でもあるお父様との再会を願い出る。
 流石の兄も私たちの再会を拒むわけもないだろう。

「アリス、実はその事なんだがな」
「ふん、葬儀などとっくに終わらしてやったわ」
「「「えっ?」」」
 葬儀が終わった? それじゃお父様は?

「すまない、俺がちょっと隣町まで手紙を出しに行っている間に埋葬されてしまってな。葬儀らしい事もやらないまま今は土の中で眠られておられる」
 ツヴァイ兄様も仕事に穴を開けて実家に戻られている。その関係で現状の報告を伝える手紙を出しに行かれている間に、アインス兄様が独断でお父様を埋葬してしまったのだという。

「勘違いするな葬儀はちゃんと執り行った」
「あれがか? 聞けば数人の手伝いが神に祈っただけで、牧師すら呼んでいないと言うじゃないか。そんなのは葬儀とはいわないんだよ!」
 そうか、先ほど聞こえていた言い争いはこの事だったんだ。
 実家に戻っていたツヴァイ兄様すら埋葬の現場に立ち会えず、しかも屋敷を開けている僅かな隙をついての行動となると、流石の温厚な兄も怒らずにはいられなかったのだろう。

「ごめんなさいアリス、私もオーグストも止めたのだけれど、どうしようもなくって」
 現場を見ていたであろうクリス義理姉が謝られるが、アインス兄様の性格を知る者として、二人ではバカ兄を止める事はまず不可能だろう。
 仮に止められる者が居るとなれば次男であるツヴァイ兄様ぐらいだが、本人がその場に居なかったのであれば、もはやバカ兄の暴走を止められる者は誰一人として存在しない。
 それが分かっていたからこそ、アインス兄様は留守の間に決行したのだ。

「呆れたわね。そんなに私たちにお父様の最期を見せたくなかったのかしら」
 辛うじて感情を抑えておられたフィオーネ姉様が、再び怒りの感情を示しながら口を開く。
 どうせ私たちが居たら葬儀だなんだと騒ぎ出し、余計なお金がかかるとでも思っていたのだろう。
 実際質素ならがも葬儀は行いたいとは相談していたし、御世話になった方々だけでもと話もしていた。オーグストも恐らくそういった準備の為に、老体にムチを打って駆けつけてくれていたのではないだろうか。
 それなのにこのバカ兄とき来たら……。

「言ったはずだ、これは由緒ある騎士爵家の問題。部外者の人間は口を挟むな!」
 貴族貴族と、そんなにも貴族という人種が特別だとでも言うのだろうか。家族よりも兄妹よりも大切だと言うのなら、私はそんなものなど破り捨ててやるというのに、このバカ兄は兄妹の絆よりも貴族としてのプライドが欲しいのだという。
 これじゃフィオーネ姉様じゃないが呆れて怒る気にすらなれない。

「やめましょうお姉様、どうやらここに居られる人は私たちとは暮らす世界が違う方のようです」
「……そうね」
 アインス兄様が私たちを兄妹だと認めないというのならそれもいいだろう。元々王都組の私たちは誰一人として実家に戻る気などないのだし、オーグストやクリス義理姉様には屋敷の外で会えば良い。
 あとは年に一度お父様とお母様のお墓前りさえ出来れば、このお屋敷に戻る必要など何一つ存在ないのだから。

「ふん、ようやく理解したか。これからは俺に対しての口の聞き方に注意するんだな」
 こちらとしては皮肉として言ったつもりなのだが、どうやらバカ兄には私が折れたとでも勘違いしたのだろう。
 わざわざ訂正してやるほど暇ではないので、クリス義理姉様とオーグストに頼んので、お父様が眠っているであろう場所に案内を願い出る。

「それではお兄ぃ……いえ、デュランタン騎士爵様。これにて失礼いたします」
「まて、お前らがどうしてもと言うのなら一晩泊めてやらんでもないぞ。ただし金は払ってもらうがな」
 本当にこの人は……。
 今ここに居る全員が同じ事を思ったのではないだろうか? こんな人間が領主では、この地に暮らす人たちは相当不幸なのではないかと。

「いいえ結構です。この家は既に私たちが帰るべき場所ではございません。騎士爵様がご心配なさらずとも、宿は私たちで何とか致しますので」
 この騎士爵領には宿屋はないが、隣町まで足を運べば今からでも夜には十分に間に合う筈。昼食とる場所がないという点だけはどうする事も出来ないが、一食や二食抜く事などバカ兄に頭を下げる事に比べると余程いい。
 外で荷物の搬入を待ってくれているカナリアには悪いが、今日は隣町にまで戻り、宿を取るしかないだろう

 こうして私たち兄妹は生まれ育った家と、アインス兄様との決別をするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

処理中です...