華都のローズマリー

みるくてぃー

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二章 陰謀の渦巻く中

第41話 折れる心

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 王都に来てから半年ぶりの里帰りだったが、最後となる父の顔も見れず、一番上の兄とは喧嘩別れのように決別し、挙げ句の果ては生まれた実家すらも失うという最悪な結果となってしまった。
 そして戻って来た私に待ち受けていたのは、ローズマリーの経営不振という望まぬ現実。
 慌てて対策を打つも、今ひとつ成果らしい成果もあげられず、ついには1日の売り上げが赤字に転落するというところまで落ちてしまった。これも全て店を経営管理する私の責任。

 あの日私はプリミアンローズの存在を完全に甘く見ていた。
 店の規模も商品の数もすべては幻。いずれお客様は偽物だと気づき、ローズマリーに戻って来てくれるものだと思い込んでしまった。
 そして対抗策とも言えぬ対策で挑み、惨敗という最悪の結果を招いてしまった。
 今も辛うじて対抗策を練っているのは、一重に見捨てずに付いてきてくれているローズマリーのスタッフ達と、私の大切な家族でもあるエリスとフィーの存在、そして私の中に残った負けたくないという単なる意地。
 もしこの最後の心まで折れてしまえば、私はもう……

 知らぬ間に随分と調子に乗っていたといえばそれまでだが、私は心の何処かで前世の知識を持っているのだから負けるはずがないと、そんな夢物語を抱いてしまっていたのかもしれない。
 この世界にも天才が居れば今まで培ってきた伝統もある。そんな当たり前のような現実から目を逸らし、私は私のだけの世界に囚われすぎていた。その結果がこれだ。
 より巨大な敵に対し、私一人の力では対抗することすら出来なかったのだ。

「アリス様」
「どうしたの? カナリア」
「実はフレッド様が店の方に来られまして……」
 カナリアが何とも言いにくそうに告げたのは、只今喧嘩中であるアルター男爵家のフレッド。
 正直今は会いたくはないのだが、お店がこの様な状況では忙しいとも言えず、出かけていると誤魔化しても、それは完全なる負けを認めて逃げていることにも繋がってしまう。
 もし完全に最後の心まで折れてしまえば、私はもう二度と立ち上がれないだろうし、フローラ様にも見捨てられてしまうかもしれない。
 フローラ様は優しい反面、逃げ腰の人間には非常に厳しい方。あの時もアルター男爵に喧嘩を吹っかけていなければ叱られていたと言うので、今ここでフレッドから逃げてしまえば、私は呼び出されて切り捨てられてしまうのではないだろか。

「わかったわ」
 客間に通してもいいのだが、とても招き入れる様な心境ではないのと、早く話を切り上げてお帰り頂くためにも、私はフレッドが待つ店の方へと足を運ぶ。
 幸い……と言ってもいいのか、店の方は客足が途絶えているのだし、少々声を張り上げたところで困る事もないだろう。
 私フッと息を吐き、今出来る精一杯の虚勢を張りながらフレッドと対面する。

「お待たせしましたアルター様」
「やぁアリス。久しぶり」
 4ヶ月振りに再会したフレッドは何所か自信に満ち溢れ、バカ兄や男爵の様な嫌な雰囲気を醸し出していた。

「それで本日はどの様なご用件でしょうか?」
「実は僕の家も王都に拠点を移す事になってね。今日はその報告と挨拶に来たんだ」
 領地持ちの貴族は大きく分けて二種類いる。一つは王都に拠点を置きながら領地の運営をする裕福な家系。もう一つは地方に拠点を置き、直接領地運営に身力注ぐ比較的貧しい家系。
 全ての貴族がこれに当てはまるかと言えばそうでもないのだが、なぜこの様な二つに分かれてしまうかというと理由は簡単。領主様であっても能力次第で国から重要な役職が与えられるから。

 例えばお世話になっているハルジオン公爵家だと、当主であるエヴァルド様は、領主でありながら国外向けの騎士団長という役職拝命されており、当然陛下がおられる王都からは離れる事は出来ない。
 そしてこちらも当然のことだが、公爵家に入るお金は領地からの税金のほか、国から支給されるお給料もある。
 中には領地で生産されている特産物で、自ら商会を運営するため王都に拠点をおかれている場合もあるが、私の実家のように治める領地も小さく、国から何の役職も与えられていない家系は、わざわざ物価や賃金が高い王都に拠点を置かず、地方に引きこもり領地を運営する方がいい生活が出来てしまうのだ。

「そうですか。ですが私とアルター男爵家とは関係がない間柄、ワザワザそのようなご報告など必要もございません」
 フレッドの事だからこれからは顔を合わせる事もあるだろうと、ワザワザ知らせに来たのだろうが、こちらとしては客と店側という関係以上は築くつもりはない。
 だけどこのタイミングで王都に拠点を移すと知らせに来たのは、もう男爵家とプリミアンローズが関係しているという秘密を、隠す必要がなくなったという意味なのだろう。

「君は相変わらずだね。もう知っていると思うけれど、あの店は僕の家が主体となって経営しているんだ。店を開くまでは随分と苦労したけれど、お陰で何時でも君に会いに来る事が出来る」
「私は別に会いたくはございませんが?」
 まったくどっちが『相変わらず』だと言うのだろうか。
 フレッドの性格を一言で示せと問われれば、私は迷うことなく自意識過剰と告げるだろう。前はもう少し弱気なところもあったのだが、今はすっかり自身と強気に満ち溢れ、私を完全に下に見下してしまっている。

「ははは、アリスのそう言うところも嫌いじゃないけど、今の状況じゃ負け惜しみにしか聞こえ無いよ」
「……っ」
 フレッドは分かっているんだ、自分が勝者で私が敗者だという事を。
 プリミアンローズのオープンから僅か数週間。店内を見渡せばお客様の姿は見えず、ケーキの陳列棚には商品がギッシリと詰まったままの状態。
 父の死からすぐに対策が打てなかったという経緯もあるが、僅か数週間でこの状態では、流石の私も言い返す言葉すら出てこない。

「こんな事は言いたくはないんだけれど、諦めるなら早い方がいいんだよ。気づいた時には手遅れでしたでは、僕も助けてあげられないからね」
「……どういう意味ですか、それは」
「まさか聞いていないのかい? それとも惚けているのかな? 知っているんだよ、アリスが数々の高位貴族と繋がりがある事を……、あの四大公爵家の一角でもあるハルジオン公爵家と深い繋がりがあるという事を」
「……」
「父上もこの店自体には興味はないけど、アリスが負けを認めて男爵家に下ると言うのなら、先の無礼な発言は忘れると言ってくれているんだ。あの店のお陰で僕はマリエラと別れる事が出来たんだし、場合によっては正妻、悪くとも側室として迎える事ができる。それは君にとっても悪い話じゃないだろ?」
 つまりは私を手中に押さえ、それを起点に高位貴族の方々と懇意な関係を築きたいと言うのだろう。
 経緯はどうあれ、男爵家はプリミアンローズというお金が成る木を手にいれたのだ。その次に欲しくなるのはやはり地位と名誉という事だろう。
 あの礼儀知らずの執事と男爵様が考えそうな事だ。

 いろいろ言い返したいところではあるが、今の私が何を言ったところでただの負け惜しみ。実際プリミアンローズには手も足も出ない状態だし、これといった対策も何一つとして思い浮かばない。
 いや、もしかすると負けるのが怖くて逃げているだけかもしれない。

 この店を……、こんな私の元でも、働いてくれている皆んなの生活を守りたいという気持ちだけは失ってはいない。
 だけど今のままじゃ私が皆んなから見捨てられる方が早いのかもしれない。もしそんな望まぬ未来しかないのなら、このままいっそ……。

「アリス、分かっているだろう? 君は特別な存在じゃないんだ。あの店には10年に1人と言われている天才の菓子職人の少女がいる。彼女が言っていたよ、公爵家の恩恵だけで職人を気取っている人間には負けたくないって」
 恩恵……、確かにフレッドの言う通りだろう。
 この店も、スタッフ達も、ケーキがここまで再現出来たのも、すべてはフローラ様と公爵家の力があっての事。それが無くなれば私は只の無力な少女へと戻ってしまう。
 天才と言われている彼女でも、今の地位まで上り詰めるには努力や苦労もあったはずだ。そんな彼女からすれば、私は絶対に負けたくない相手なのではないだろうか。

 勝てないかもしれない……。

 心が折れる。フレッドの言葉一つ、突きつけられる現実一つに私はただ敗北を認める事しか出来なかった。
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