華都のローズマリー

みるくてぃー

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二章 陰謀の渦巻く中

第42話 無力な負け犬(表)

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 フレッドがローズマリーを訪れた日、私は逃げるように彼の前から姿を隠した。
 結局異世界で知識無双をしようと考えていた私に、フレッドは敗北という現実を突きつけてきたのだ。
 その結果がローズマリー初の赤字月という、最悪な結果を残してしまった。これじゃ本当に皆んなから見捨てられるのも、そう遠くないのかもしれない。
 何がレシピを盗まれた事は気にしないだ、何がライバルとなる相手が欲しいだ。これは調子に乗っていた私に神様から与えられた罰なのかもしれない。

「はぁ……たった一ヶ月でこの有様だなんて、私は本当に無能ね」
 スランプ……という言葉が当てはまるのかは分からないが、ここ最近は何をやっても失敗続き。プリミアンローズに対抗しようと考えれば考えるほど空回りをしてしまし、試作品のケーキを焼けば生地を焦がしてしまうし、生クリームを作れば分量を間違えてドロドロの状態。
 挙げ句の果ては対抗策として、彼方の主力商品でもある焼き菓子を提案したところで、ランベルトとディオンから休むように言われてしまった。
 ただでさえローズマリーはプリミアンローズの模造店だと、噂が立ち始めているというのに、ここで彼方のメイン商品でもある焼き菓子を真似しては、正しく敵の思う壺だろう。そんな事すら分からないだなんて、遠回しに頭を冷やせと言われるのは当然だ。

「ねぇカナリア、私はどうすればいいと思う?」
「なんですかそれ?」
「だってレシピを盗まれた時、ライバルが増えたらいいとか言いながらこんな有様よ? あの時は随分調子のいい事を言っていた癖に、いざ大きな敵が現れたかと思うと何も出来ないだなんて、これじゃみんなから呆れられても仕方がないわね」
 キッチンから追い出された私は、仕方なく自室に戻ってフィーと一緒に暇を持て余す。
 この時間エリスはまだ学校だし、店の方は私がいなくても全然回る状態なので、世話役でもあるカナリアを捕まえての独り言。

「誰もアリス様の事を『呆れた』だなんて思ってもいませんよ。ランベルさんもディオンさんもただ休めと言っただけです。大体アリス様は働き過ぎなんですよ、昨日だって全然寝られていませんよね?」
「ななな、何で知っているのよ!?」
「皆んな知ってますよ。今だってほら、フィー様が疲れて寝られてしまってるじゃないですか」
 確かに昨日も遅くまで企画だなんだと部屋に篭ってまとめていた。
 フィーには先に寝る様には言っていたのだが、私が起きている間は仕事を手伝うと言って、最後まで付き合わせてしまった。
 お陰で今は肩の上で私にもたれ掛かりながら寝息をたててしまっている。

「でもね、何か対策を打たないといけないじゃない。いはまだ売上の貯蓄があるからいいけれど、この状態があと2・3ヶ月も続けば完全な赤字よ? そんな事になっちゃったら皆んなのお給料も払えなくなっちゃうじゃない」
 自分でも空回りしている事はわかっているけれど、何もしないままでは何の解決にも行き着かない。今は少々無茶をしても、対抗策を考えるのが賢明だろう。

「そうではなくてですね、少しはリフレッシュをしてくださいって言ってるんです。今だってお店の事をずっと考えていらっしゃいますよね、そういう休むじゃなくて、心も一緒に休ませてあげてくださいって言ってるんです!」
 カナリアには珍しく語尾が強めな言葉が返ってくる。でも心って……
「やはり気づかれておりませんか……」
 そう言うと、カナリアはため息をつきながら暖かなお茶を差し出してくる。

 どういう事? 心って言われても今ひとつピンッとこないと言うのが私の本音。体の方は正直万全の状態とは言い切れないが、頭の方は今もこうして対抗策を考えるほどには保てている。
 確かにフレッドの一件で相当落ち込んではしまったし、ここ最近フローラ様やユミナちゃんからも、距離を置かれている事で不安と寂しさは感じていたが、それでも前向きな気持ちだけは見失ってはいない。

「それではお聞きしますが、ローズマリーに来られるお客様が減った最大の原因は何だと思われているんです?」
「それは……」
 ……私が原因。
 対抗策もロクに打てず、相手を甘く見過ぎていた経営者たる私の責任。
 今更そんな事言われなくても、この店のスタッフなら全員が感じているに決まっている。それなのに私を更に追い詰めるその言葉は、やはりカナリアも今の不甲斐ない私に怒りを感じているのかもしれない。

「まさかご自身の責任だとは思われていませんよね? いえ、その様子だと思われていますよね!」
「うぐっ!」
「ハッキリってそれ、違いますから!」
「えっ、違うの?」
 でも、だって……。
「確かに全部一人で抱え込もうとされたアリス様が一番悪いです。ですが今回に限っては相手が一枚上手だったんです。計画的な罠と、罠とは気付かせない巧妙な手口、更にはローズマリーと公爵家を近づけさせないように仕向け、最後はアリス
様お一人を追い詰めようとした罠に」
 えっ、巧妙な罠? 私と公爵家を近づけさせないようにさせていた?
 どういうこと、そんは話今まで一度も聞いたことがない。一体カナリアは何を言っているの?

「いいですか? まず一つ目に、如何に似たようなお店が出来ようが、これほどお客様が減る訳がありません。ローズマリーの歴史は浅いですが、この半年で築き上げた信頼と実績は簡単に揺るぐものではありません」
 た、確かに……。
 ちょっとカナリアが怖いけれど、言われてみればご贔屓にしていただいていた常連さんが、こんなにもあっさり鞍替えされるとは考えられない。
 これでもお茶会やパーティーやと、私ながらに頑張って信頼関係を築いてきたという自負もある。

「次に例の噂!」
「噂? 噂ってアレのことよね?」
 ローズマリーがプリミアンローズの模造店だとかいう。
 最初の報告はプリミアンローズがオープンした時、偵察に出ていたリリアナが持ち帰ったごく小さなただの誤解。
 ローズマリーとプリミアンローズには、他の菓子店にはないケーキがある。これをローズマリーが、隣国で有名だったプリミアンローズから、レシピを盗作したという内容だった。
 その時は煙も上がらないほどの小さなもので、記憶の片隅に置いておくようなものだったのだが、最近では店のレイアウトが似ている事から、ローズマリー自体がプリミアンローズの模造店だという話にまで発展している。

「これはフローラ様から聞いた話なんですが、噂が広まるには凄く時間がかかるんです。しかも自身が信じる内容とかけ離れていればいるほど、その広まる速度は遅くなる。それなのにたった一ヶ月でお店がこの状態ですよ? おかしいとは思いませんか?」
 言われてみればそうよね。
 発信源がフローラ様の様な大物で、噂の信憑性も確かなものならば広まる速度もあるのだろうが、たった一人が皮肉で放ったような内容が、たった一ヶ月で広まるとも考えらない。
 しかも内容が恋話や言動ではなく、盗作という明らかな偽の情報をだ。
 ここにはツイッターやインスタグラムの様な、SNSなんて存在しないのだから、故意にでも噂をばら撒かなければ必ず何処かで途切れてしまう。

「それじゃカナリアはこの噂は意図的に広められたと思っているの?」
「それを考えるのは私ではなくアリス様です!」
「うぐっ、それは確かにそうね」
 ズバリな指摘を受けてしまし、思わず返す言葉を無くしてしまう。
「いいですか? 普段のアリス様ならとっくに気づかれている様な事案なんです。それが見えておられない程、心が疲れておられるんです! そんな状態で一体何が対策ですか、もっと周りをよく見てくださいと言ってるんです!」
「……」
 ぐうの音も出ないとは正にこの事ね。
 私は正々堂々と対抗するため、必死に打開策ばかりに気を取られていた。離れて行ってしまったお客様を再び取り返すため、商品とサービスばかりに目が行き過ぎていた。
 だけどもし相手が裏で姑息な手段を用いて、私とローズマリーを落としいれようとしていればどうだ? まずは先にこちらの打開策を検討しなければ、何をやったところで効果は薄いに決まっている。
 それなのに私は周りを見る事を完全に放棄してしまっていた。これじゃカナリアに叱られて仕方がないわね。

「ごめんなさい。カナリアの言う通り少し心を休ませるわ」
 今のままじゃダメだ。少し頭を冷やさないと……
「アリス様、何方へ?」
「ちょっと散歩に出かけてくるわ。部屋に籠もりっぱなしじゃ同じ事を繰り返しそうだもの」
「そう……ですか。それじゃ私も一緒に……」
「ごめんなさい、今はちょっと一人になりたい気分なの」
 そう言うと、肩の上で私にもたれ掛かって眠るフィーをカナリアに預け、大判のストールを羽織り部屋を後にする。
 背後で心配そうに見つめるカナリアの視線に気づきもせずに。


※『無力な負け犬(裏)』は45話目の公開となります。
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