華都のローズマリー

みるくてぃー

文字の大きさ
59 / 91
三章 それぞれの翼

第56話 燻る炎

しおりを挟む
「お疲れ様アリス」
「立派だったわ。さすがフローラが認めただけはあるわね」
 ギュンターさんとモーリッツさんを見送り、再び客間へと戻って来た私をフローラ様とレティシア様、そして数少ない友達でもあるルテア様が迎え入れてくれる。

「それにしてもレシピの件はあれで良かったの?」
「大丈夫ですよレティシア様。事前にフローラ様とも話し合った結果ですから」
「???」
 ニコニコ顏のフローラ様と、私の言葉に疑問を抱かれたレティシア様が、不思議そうに私たちの顔を交互に眺められる。
 実はレシピ公開の件は、少し前にフローラ様とローレンツさんを交えた話し合いで、すでに決定したある計画の一部だったりする。
 現在プリミアンローズとの商戦は、誰がどう見てもローズマリーが優先の状況。加えてあちら側は店の規模や商品の多さから、1日にかかる維持費は相当なものだろう。今はまだ商品の数を減らしたり、人員を削減したりと打つ手は残されてはいるが、やがてそれらも必ず限界の時がやってくる。
 そうなると残された手段は、現物の備品を切り売りしていくしかないのだが、そこで一番価値があるものは恐らくケーキのレシピではないだろうか。
 さすがにローズマリーから盗んだレシピをそのまま転用は出来無いので、独自で売買用のレシピ帳ならば用意することも可能だ。
 あちら側にすればケーキの独占を放棄するようなものだが、経営が滞っては本末転倒なので、ここは何がなんでも資金をかき集める手段を用意する筈。つまりその資金源となりうる手段を、事前に潰しておこうと考えたのだ。

「多分なんですが、ケーキのレシピならお金を出してでも欲しがる店って、けっこうあると思うんです」
 デザートとしてケーキをメニューに加えたい店もあるだろうし、クリーム部分を利用して、別のお菓子や料理に利用したいと考えるシェフも多い事だろう。
 そういった需要を予め潰しておくのが、今回ケーキのレシピを公開するに至った最大の理由。

「それに金銭面でも、全く打算がないわけではないんですよ」
 少し前に王都で氷不足が騒がれた事は、皆さんの記憶にも新しいことだろう。
 ローズマリーにとって氷はさほど問題になるようなものではないのだが、他の店にとってはお肉や野菜を保存するために大切な存在。それを生クリームを固めるためだけに氷を使おうというのだ。
 これがまだ氷が簡単に用意できる冬場ならいいが、氷がすぐに溶けてしまう夏場ではそうもいかない。当然コストは跳ね上がるしクリームの販売価格は上昇する。
 別に食後のデザートはケーキでなければいけないというわけでもないのだし、定番の焼き菓子やパイ菓子でも美味しい物も沢山あるので、当然夏場でのケーキの需要は下がってしまうことだろう。ローズマリーとしては夏場は独占状態になるので喜ぶべきなのだろうが、私個人としてはケーキが一時的にでも衰退することは望んではいない。ならばケーキの価格を安定させるためにはどうする? 

「クリームを作るのに氷が必要なら、夏場で価格を安定させるのは無理なんじゃないの?」
 ルテア様が可愛く首をひねりながら私の問いかけに答えられる。
 まぁ、そう考えるのが普通よね。
 私がいた前世では、何処のご家庭にでも氷を作れる冷蔵庫という便利なものが存在していた。だけどこの世界には電化製品なんてものもないし、誰にでも簡単に魔法が使えたり精霊が近くにいるわけでもない。ならばどうするか? 答えは簡単。氷が必要なクリームを、ローズマリーが販売すればいいだけのこと。
 こうすれば購入側はクリームの費用を最低限に抑え込むことができ、ローズマリーは業者相手に安定した収入を得ることができる。
 他にも間もなく販売予定であるチョコレートと合わせると、その需要は一気に増えることだろう。
 クリームは冷凍保存ができるので、需要に合わせてローズマリー側で補充していけば、売れ残りのロスも最低限に抑えられるってわけ。
 どうよこれ、売上が一気に伸びてローズマリーはウキウキ、チョコレートの宣伝にもなりハルジオン公爵家に恩返しが出来、私に喧嘩を売ってきた男爵家にも仕返しができてしまう。これぞ一隻三丁の完璧な計画! おーほほほほ!

「アリスちゃん、その笑い方は年頃の女の子としてどうかと思うなぁ」
 ついついノリノリの気分で、悪役令嬢の笑い方を披露したのだが、どうやらルテア様には不評だったようだ。

 結局その日はエリスとユミナちゃんの帰りをまって、何時ものお茶会にへと突入。フローラ様とレティシア様にはお持ち帰り用のお菓子を用意し、その場はお開きとなった。
 そしてその数日後……



「ユミナの様子はどうだ?」
「随分と喜んでいたわ。上手く扱えるまでアリスとエリスちゃんには内緒にするんだ、って言ってね」
 ここはハルジオン公爵家のある一室。遠征から帰って来たエヴァルドと、留守中の報告をするためローレンツと私を交えた日常的な集まり。ただいつもの違う点は、エヴァルドが遠征先から持ち帰ったユミナへのお土産と、今から話し合う内容が少々娘達には聞かれてはいけないという点ぐらい。
 幸いユミナはアリスの家へお泊まりの予定が入っており、その付き添いという理由をつけて、息子のジークも無理やり屋敷の外へと放り出しした。

 あの子達ったら、せっかく例の一件で二人の仲が急に接近したかと思っていたのに、あれから全く進展がないのよ。カナリアからの報告にも心踊るような話もないし、二人っきりでデートに出掛けたという事実も一切ない。
 アリスのお店が忙しくなってしまった事は聞いているが、これじゃ孫の顔どころか、二人の仲すら怪しくなってきちゃうじゃない。
 やっぱりここは母親として、無理やり事故という事実……コホン、キッカケを作ってあげなければいけないわよね。ホント世話がやけるんだから。

「ははは、そうか、ユミナは喜んでいたか」
 娘の喜ぶ姿が目に浮かぶのか、いつにもなくご機嫌の夫。
 それにしてもよくあの様な物を見つけて来たのかと感心するが、愛らしい姿にユミナが喜ぶ姿が重なり、夫ほどではないが私も幸せな気分に浸れたことは紛れもない事実。
 幸い二人の相性も良かった様で、……も恙無く終えることができた。



「……という具合でして」
「なるほど、そんな事あったのか」
「私は現場には居合わせませんでしたが、アリス様は堂々たる対応だったと聞いております」
「ふむ、お前がそこまで言うのなら大した者だ」
 私が事前に聞かせていた内容を、ローレンツから旦那様に報告する。
 あのとき内心ドキドキで二階から様子は伺ってはいたが、アリスはローズマリーのオーナーとして、堂々たる振る舞いを多くの客の前で披露させた。それだけでも十分未来の公爵家夫人として合格点なのだが、言葉巧みに相手の痛いところを指摘し、一気にあやふやだった疑惑を払拭させた。
 恐らくはこれで店同士の対決はある種の決着を見せる事だろう。だけど……

「ですが問題が全くないというわけではありません」
「そうね、アリスは立派に店のオーナーとして結果を残せたと思うわ。だけどそれはただの店同士の勝負と見ていればの話」
「えぇ、恐らく例の兄弟はプリミアンローズもアルター男爵家も、自身の身を隠すための道具と、ハルジオン公爵家を貶めるだけの手段としか考えていないはずです。更に直接弟の方が出てきたという事は、相手側も相当追い詰められていると考えた方がいいでしょう」
 本来こういった駆け引きには、事前に相手側の逃げ道を作っておき、追い詰めながらも首謀者全員が集まるように仕向け、最後は一網打尽にできる罠を張っておくが通説だ。
 だが今回アリスには例の兄弟の素性は話しておらず、ハルジオン公爵家としても表立った行動も見せてはいない。そんな状況でアリスにそこまで責任を負わすのは間違いであろう。

「なるほどな。つまりは追い詰められた兄弟が、次は強硬手段に出る可能性があるというわけか」
 ここに来て今更ローズマリーに強盗に入ったのが実は別件だった、なんて事はないだろう。
 この前はお互いオーナーとしての立場を崩さなかった為、被害らしい被害はなかったが、次もそうだとは限らない。
 アリスも店の警備を増やしてはいるが、所詮は泥棒か素人の窃盗犯止まりの対策しかされていない。そもそも本人も店のスタッフも、後ろに居るのが公爵家に恨みを持つ元貴族だとは、誰も思ってはいないことだろう。

「嘗てブーゲンビリア家は大規模な窃盗団を組織していた。中には命が奪われたという事件も少なくはない。そんな人物が目の前にいるとは思ってもおるまい」
「やはりアリス様に事情をご説明された方がいいのではないでしょうか?」
「ローレンツ、それに関して私は賛成しないわ。アリスはただ純粋に自分の家族と店を守ろうとしているだけよ。もし公爵家の事情を話せば、あの子は自分を犠牲にしてでも家族や、私達を守ろうと動くわよ」
 アリスは心優しい少女だ。あの時だって自分の命をかえりみず、私やユミナ、カナリアまで守ろうとしたのだ。
 本人は体が勝手に動いてしまったなんて言っていたが、命が懸かっている場面であそこまで考え、行動に移せる人間はそうはいないだろう。

「そうだな。アリスに話せば自ずと公爵家のイザコザに巻き込む事になってしまう」
「そう……ですね。私の考えが間違っておりました」
 ローレンツの気持ちも分からないでもない。
 実際私も、おそらくエヴァルドだって全てを伝えた方がいいとは、一度は考えた事だろう。だがこれは大人たる私達が解決しなければいけない問題。ましてや自分の娘にすら話していない問題を、部外者たるアリスに事実を告げるのは間違いであろう。
 そう考えるとうちの息子のなんたる不甲斐なさ。いっその事、将来アリスに公爵領を任せて、ジークに子育てをさせた方が余程いいんじゃないかしらとすら思えてしまう。

「それで如何なさいます?」
「まずはアリスの周りを厳重に警備させるしかあるまい」
「それしかないわね。向こうも公爵家に押し入ろうなんて、無謀な事は考えないでしょうが、アリスの店ならばあるいは」
 幸い……と言っていいのかわからないが、以前の強盗騒ぎで窓には鉄格子、扉には二重の鍵と、屋敷の中には潜入出来ないよう色んな対策がなされている。流石に昼間に堂々と押しいるような強盗はいないだろうから、深夜店回りの警備を強めておけば、そう簡単には被害を受けるという事はないだろう。

「畏まりました。それでは早速本日より警備を強化するよう手配しておきます」
「頼む」

 その日はアリスには気付かれないよう、店の警護をするという事で一先ず話は纏まった。
 だがその数日後、ハルジオン公爵家すら騒がす事件が起こることとなる。ユミナとエリスが乗った馬車が事故に遭い、そのまま二人の姿が消えるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。

まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。 温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。 異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか? 魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。 平民なんですがもしかして私って聖女候補? 脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか? 常に何処かで大食いバトルが開催中! 登場人物ほぼ甘党! ファンタジー要素薄め!?かもしれない? 母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥ ◇◇◇◇ 現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。 しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい! 転生もふもふのスピンオフ! アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で… 母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される こちらもよろしくお願いします。

巻き込まれ召喚された賢者は追放メンツでパーティー組んで旅をする。

彩世幻夜
ファンタジー
2019年ファンタジー小説大賞 190位! 読者の皆様、ありがとうございました! 婚約破棄され家から追放された悪役令嬢が実は優秀な槍斧使いだったり。 実力不足と勇者パーティーを追放された魔物使いだったり。 鑑定で無職判定され村を追放された村人の少年が優秀な剣士だったり。 巻き込まれ召喚され捨てられたヒカルはそんな追放メンツとひょんな事からパーティー組み、チート街道まっしぐら。まずはお約束通りざまあを目指しましょう! ※4/30(火) 本編完結。 ※6/7(金) 外伝完結。 ※9/1(日)番外編 完結 小説大賞参加中

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜

蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。 レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい…… 精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

処理中です...