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三章 それぞれの翼
第56話 燻る炎
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「お疲れ様アリス」
「立派だったわ。さすがフローラが認めただけはあるわね」
ギュンターさんとモーリッツさんを見送り、再び客間へと戻って来た私をフローラ様とレティシア様、そして数少ない友達でもあるルテア様が迎え入れてくれる。
「それにしてもレシピの件はあれで良かったの?」
「大丈夫ですよレティシア様。事前にフローラ様とも話し合った結果ですから」
「???」
ニコニコ顏のフローラ様と、私の言葉に疑問を抱かれたレティシア様が、不思議そうに私たちの顔を交互に眺められる。
実はレシピ公開の件は、少し前にフローラ様とローレンツさんを交えた話し合いで、すでに決定したある計画の一部だったりする。
現在プリミアンローズとの商戦は、誰がどう見てもローズマリーが優先の状況。加えてあちら側は店の規模や商品の多さから、1日にかかる維持費は相当なものだろう。今はまだ商品の数を減らしたり、人員を削減したりと打つ手は残されてはいるが、やがてそれらも必ず限界の時がやってくる。
そうなると残された手段は、現物の備品を切り売りしていくしかないのだが、そこで一番価値があるものは恐らくケーキのレシピではないだろうか。
さすがにローズマリーから盗んだレシピをそのまま転用は出来無いので、独自で売買用のレシピ帳ならば用意することも可能だ。
あちら側にすればケーキの独占を放棄するようなものだが、経営が滞っては本末転倒なので、ここは何がなんでも資金をかき集める手段を用意する筈。つまりその資金源となりうる手段を、事前に潰しておこうと考えたのだ。
「多分なんですが、ケーキのレシピならお金を出してでも欲しがる店って、けっこうあると思うんです」
デザートとしてケーキをメニューに加えたい店もあるだろうし、クリーム部分を利用して、別のお菓子や料理に利用したいと考えるシェフも多い事だろう。
そういった需要を予め潰しておくのが、今回ケーキのレシピを公開するに至った最大の理由。
「それに金銭面でも、全く打算がないわけではないんですよ」
少し前に王都で氷不足が騒がれた事は、皆さんの記憶にも新しいことだろう。
ローズマリーにとって氷はさほど問題になるようなものではないのだが、他の店にとってはお肉や野菜を保存するために大切な存在。それを生クリームを固めるためだけに氷を使おうというのだ。
これがまだ氷が簡単に用意できる冬場ならいいが、氷がすぐに溶けてしまう夏場ではそうもいかない。当然コストは跳ね上がるしクリームの販売価格は上昇する。
別に食後のデザートはケーキでなければいけないというわけでもないのだし、定番の焼き菓子やパイ菓子でも美味しい物も沢山あるので、当然夏場でのケーキの需要は下がってしまうことだろう。ローズマリーとしては夏場は独占状態になるので喜ぶべきなのだろうが、私個人としてはケーキが一時的にでも衰退することは望んではいない。ならばケーキの価格を安定させるためにはどうする?
「クリームを作るのに氷が必要なら、夏場で価格を安定させるのは無理なんじゃないの?」
ルテア様が可愛く首をひねりながら私の問いかけに答えられる。
まぁ、そう考えるのが普通よね。
私がいた前世では、何処のご家庭にでも氷を作れる冷蔵庫という便利なものが存在していた。だけどこの世界には電化製品なんてものもないし、誰にでも簡単に魔法が使えたり精霊が近くにいるわけでもない。ならばどうするか? 答えは簡単。氷が必要なクリームを、ローズマリーが販売すればいいだけのこと。
こうすれば購入側はクリームの費用を最低限に抑え込むことができ、ローズマリーは業者相手に安定した収入を得ることができる。
他にも間もなく販売予定であるチョコレートと合わせると、その需要は一気に増えることだろう。
クリームは冷凍保存ができるので、需要に合わせてローズマリー側で補充していけば、売れ残りのロスも最低限に抑えられるってわけ。
どうよこれ、売上が一気に伸びてローズマリーはウキウキ、チョコレートの宣伝にもなりハルジオン公爵家に恩返しが出来、私に喧嘩を売ってきた男爵家にも仕返しができてしまう。これぞ一隻三丁の完璧な計画! おーほほほほ!
「アリスちゃん、その笑い方は年頃の女の子としてどうかと思うなぁ」
ついついノリノリの気分で、悪役令嬢の笑い方を披露したのだが、どうやらルテア様には不評だったようだ。
結局その日はエリスとユミナちゃんの帰りをまって、何時ものお茶会にへと突入。フローラ様とレティシア様にはお持ち帰り用のお菓子を用意し、その場はお開きとなった。
そしてその数日後……
「ユミナの様子はどうだ?」
「随分と喜んでいたわ。上手く扱えるまでアリスとエリスちゃんには内緒にするんだ、って言ってね」
ここはハルジオン公爵家のある一室。遠征から帰って来たエヴァルドと、留守中の報告をするためローレンツと私を交えた日常的な集まり。ただいつもの違う点は、エヴァルドが遠征先から持ち帰ったユミナへのお土産と、今から話し合う内容が少々娘達には聞かれてはいけないという点ぐらい。
幸いユミナはアリスの家へお泊まりの予定が入っており、その付き添いという理由をつけて、息子のジークも無理やり屋敷の外へと放り出しした。
あの子達ったら、せっかく例の一件で二人の仲が急に接近したかと思っていたのに、あれから全く進展がないのよ。カナリアからの報告にも心踊るような話もないし、二人っきりでデートに出掛けたという事実も一切ない。
アリスのお店が忙しくなってしまった事は聞いているが、これじゃ孫の顔どころか、二人の仲すら怪しくなってきちゃうじゃない。
やっぱりここは母親として、無理やり事故という事実……コホン、キッカケを作ってあげなければいけないわよね。ホント世話がやけるんだから。
「ははは、そうか、ユミナは喜んでいたか」
娘の喜ぶ姿が目に浮かぶのか、いつにもなくご機嫌の夫。
それにしてもよくあの様な物を見つけて来たのかと感心するが、愛らしい姿にユミナが喜ぶ姿が重なり、夫ほどではないが私も幸せな気分に浸れたことは紛れもない事実。
幸い二人の相性も良かった様で、……も恙無く終えることができた。
「……という具合でして」
「なるほど、そんな事あったのか」
「私は現場には居合わせませんでしたが、アリス様は堂々たる対応だったと聞いております」
「ふむ、お前がそこまで言うのなら大した者だ」
私が事前に聞かせていた内容を、ローレンツから旦那様に報告する。
あのとき内心ドキドキで二階から様子は伺ってはいたが、アリスはローズマリーのオーナーとして、堂々たる振る舞いを多くの客の前で披露させた。それだけでも十分未来の公爵家夫人として合格点なのだが、言葉巧みに相手の痛いところを指摘し、一気にあやふやだった疑惑を払拭させた。
恐らくはこれで店同士の対決はある種の決着を見せる事だろう。だけど……
「ですが問題が全くないというわけではありません」
「そうね、アリスは立派に店のオーナーとして結果を残せたと思うわ。だけどそれはただの店同士の勝負と見ていればの話」
「えぇ、恐らく例の兄弟はプリミアンローズもアルター男爵家も、自身の身を隠すための道具と、ハルジオン公爵家を貶めるだけの手段としか考えていないはずです。更に直接弟の方が出てきたという事は、相手側も相当追い詰められていると考えた方がいいでしょう」
本来こういった駆け引きには、事前に相手側の逃げ道を作っておき、追い詰めながらも首謀者全員が集まるように仕向け、最後は一網打尽にできる罠を張っておくが通説だ。
だが今回アリスには例の兄弟の素性は話しておらず、ハルジオン公爵家としても表立った行動も見せてはいない。そんな状況でアリスにそこまで責任を負わすのは間違いであろう。
「なるほどな。つまりは追い詰められた兄弟が、次は強硬手段に出る可能性があるというわけか」
ここに来て今更ローズマリーに強盗に入ったのが実は別件だった、なんて事はないだろう。
この前はお互いオーナーとしての立場を崩さなかった為、被害らしい被害はなかったが、次もそうだとは限らない。
アリスも店の警備を増やしてはいるが、所詮は泥棒か素人の窃盗犯止まりの対策しかされていない。そもそも本人も店のスタッフも、後ろに居るのが公爵家に恨みを持つ元貴族だとは、誰も思ってはいないことだろう。
「嘗てブーゲンビリア家は大規模な窃盗団を組織していた。中には命が奪われたという事件も少なくはない。そんな人物が目の前にいるとは思ってもおるまい」
「やはりアリス様に事情をご説明された方がいいのではないでしょうか?」
「ローレンツ、それに関して私は賛成しないわ。アリスはただ純粋に自分の家族と店を守ろうとしているだけよ。もし公爵家の事情を話せば、あの子は自分を犠牲にしてでも家族や、私達を守ろうと動くわよ」
アリスは心優しい少女だ。あの時だって自分の命をかえりみず、私やユミナ、カナリアまで守ろうとしたのだ。
本人は体が勝手に動いてしまったなんて言っていたが、命が懸かっている場面であそこまで考え、行動に移せる人間はそうはいないだろう。
「そうだな。アリスに話せば自ずと公爵家のイザコザに巻き込む事になってしまう」
「そう……ですね。私の考えが間違っておりました」
ローレンツの気持ちも分からないでもない。
実際私も、おそらくエヴァルドだって全てを伝えた方がいいとは、一度は考えた事だろう。だがこれは大人たる私達が解決しなければいけない問題。ましてや自分の娘にすら話していない問題を、部外者たるアリスに事実を告げるのは間違いであろう。
そう考えるとうちの息子のなんたる不甲斐なさ。いっその事、将来アリスに公爵領を任せて、ジークに子育てをさせた方が余程いいんじゃないかしらとすら思えてしまう。
「それで如何なさいます?」
「まずはアリスの周りを厳重に警備させるしかあるまい」
「それしかないわね。向こうも公爵家に押し入ろうなんて、無謀な事は考えないでしょうが、アリスの店ならばあるいは」
幸い……と言っていいのかわからないが、以前の強盗騒ぎで窓には鉄格子、扉には二重の鍵と、屋敷の中には潜入出来ないよう色んな対策がなされている。流石に昼間に堂々と押しいるような強盗はいないだろうから、深夜店回りの警備を強めておけば、そう簡単には被害を受けるという事はないだろう。
「畏まりました。それでは早速本日より警備を強化するよう手配しておきます」
「頼む」
その日はアリスには気付かれないよう、店の警護をするという事で一先ず話は纏まった。
だがその数日後、ハルジオン公爵家すら騒がす事件が起こることとなる。ユミナとエリスが乗った馬車が事故に遭い、そのまま二人の姿が消えるのだった。
「立派だったわ。さすがフローラが認めただけはあるわね」
ギュンターさんとモーリッツさんを見送り、再び客間へと戻って来た私をフローラ様とレティシア様、そして数少ない友達でもあるルテア様が迎え入れてくれる。
「それにしてもレシピの件はあれで良かったの?」
「大丈夫ですよレティシア様。事前にフローラ様とも話し合った結果ですから」
「???」
ニコニコ顏のフローラ様と、私の言葉に疑問を抱かれたレティシア様が、不思議そうに私たちの顔を交互に眺められる。
実はレシピ公開の件は、少し前にフローラ様とローレンツさんを交えた話し合いで、すでに決定したある計画の一部だったりする。
現在プリミアンローズとの商戦は、誰がどう見てもローズマリーが優先の状況。加えてあちら側は店の規模や商品の多さから、1日にかかる維持費は相当なものだろう。今はまだ商品の数を減らしたり、人員を削減したりと打つ手は残されてはいるが、やがてそれらも必ず限界の時がやってくる。
そうなると残された手段は、現物の備品を切り売りしていくしかないのだが、そこで一番価値があるものは恐らくケーキのレシピではないだろうか。
さすがにローズマリーから盗んだレシピをそのまま転用は出来無いので、独自で売買用のレシピ帳ならば用意することも可能だ。
あちら側にすればケーキの独占を放棄するようなものだが、経営が滞っては本末転倒なので、ここは何がなんでも資金をかき集める手段を用意する筈。つまりその資金源となりうる手段を、事前に潰しておこうと考えたのだ。
「多分なんですが、ケーキのレシピならお金を出してでも欲しがる店って、けっこうあると思うんです」
デザートとしてケーキをメニューに加えたい店もあるだろうし、クリーム部分を利用して、別のお菓子や料理に利用したいと考えるシェフも多い事だろう。
そういった需要を予め潰しておくのが、今回ケーキのレシピを公開するに至った最大の理由。
「それに金銭面でも、全く打算がないわけではないんですよ」
少し前に王都で氷不足が騒がれた事は、皆さんの記憶にも新しいことだろう。
ローズマリーにとって氷はさほど問題になるようなものではないのだが、他の店にとってはお肉や野菜を保存するために大切な存在。それを生クリームを固めるためだけに氷を使おうというのだ。
これがまだ氷が簡単に用意できる冬場ならいいが、氷がすぐに溶けてしまう夏場ではそうもいかない。当然コストは跳ね上がるしクリームの販売価格は上昇する。
別に食後のデザートはケーキでなければいけないというわけでもないのだし、定番の焼き菓子やパイ菓子でも美味しい物も沢山あるので、当然夏場でのケーキの需要は下がってしまうことだろう。ローズマリーとしては夏場は独占状態になるので喜ぶべきなのだろうが、私個人としてはケーキが一時的にでも衰退することは望んではいない。ならばケーキの価格を安定させるためにはどうする?
「クリームを作るのに氷が必要なら、夏場で価格を安定させるのは無理なんじゃないの?」
ルテア様が可愛く首をひねりながら私の問いかけに答えられる。
まぁ、そう考えるのが普通よね。
私がいた前世では、何処のご家庭にでも氷を作れる冷蔵庫という便利なものが存在していた。だけどこの世界には電化製品なんてものもないし、誰にでも簡単に魔法が使えたり精霊が近くにいるわけでもない。ならばどうするか? 答えは簡単。氷が必要なクリームを、ローズマリーが販売すればいいだけのこと。
こうすれば購入側はクリームの費用を最低限に抑え込むことができ、ローズマリーは業者相手に安定した収入を得ることができる。
他にも間もなく販売予定であるチョコレートと合わせると、その需要は一気に増えることだろう。
クリームは冷凍保存ができるので、需要に合わせてローズマリー側で補充していけば、売れ残りのロスも最低限に抑えられるってわけ。
どうよこれ、売上が一気に伸びてローズマリーはウキウキ、チョコレートの宣伝にもなりハルジオン公爵家に恩返しが出来、私に喧嘩を売ってきた男爵家にも仕返しができてしまう。これぞ一隻三丁の完璧な計画! おーほほほほ!
「アリスちゃん、その笑い方は年頃の女の子としてどうかと思うなぁ」
ついついノリノリの気分で、悪役令嬢の笑い方を披露したのだが、どうやらルテア様には不評だったようだ。
結局その日はエリスとユミナちゃんの帰りをまって、何時ものお茶会にへと突入。フローラ様とレティシア様にはお持ち帰り用のお菓子を用意し、その場はお開きとなった。
そしてその数日後……
「ユミナの様子はどうだ?」
「随分と喜んでいたわ。上手く扱えるまでアリスとエリスちゃんには内緒にするんだ、って言ってね」
ここはハルジオン公爵家のある一室。遠征から帰って来たエヴァルドと、留守中の報告をするためローレンツと私を交えた日常的な集まり。ただいつもの違う点は、エヴァルドが遠征先から持ち帰ったユミナへのお土産と、今から話し合う内容が少々娘達には聞かれてはいけないという点ぐらい。
幸いユミナはアリスの家へお泊まりの予定が入っており、その付き添いという理由をつけて、息子のジークも無理やり屋敷の外へと放り出しした。
あの子達ったら、せっかく例の一件で二人の仲が急に接近したかと思っていたのに、あれから全く進展がないのよ。カナリアからの報告にも心踊るような話もないし、二人っきりでデートに出掛けたという事実も一切ない。
アリスのお店が忙しくなってしまった事は聞いているが、これじゃ孫の顔どころか、二人の仲すら怪しくなってきちゃうじゃない。
やっぱりここは母親として、無理やり事故という事実……コホン、キッカケを作ってあげなければいけないわよね。ホント世話がやけるんだから。
「ははは、そうか、ユミナは喜んでいたか」
娘の喜ぶ姿が目に浮かぶのか、いつにもなくご機嫌の夫。
それにしてもよくあの様な物を見つけて来たのかと感心するが、愛らしい姿にユミナが喜ぶ姿が重なり、夫ほどではないが私も幸せな気分に浸れたことは紛れもない事実。
幸い二人の相性も良かった様で、……も恙無く終えることができた。
「……という具合でして」
「なるほど、そんな事あったのか」
「私は現場には居合わせませんでしたが、アリス様は堂々たる対応だったと聞いております」
「ふむ、お前がそこまで言うのなら大した者だ」
私が事前に聞かせていた内容を、ローレンツから旦那様に報告する。
あのとき内心ドキドキで二階から様子は伺ってはいたが、アリスはローズマリーのオーナーとして、堂々たる振る舞いを多くの客の前で披露させた。それだけでも十分未来の公爵家夫人として合格点なのだが、言葉巧みに相手の痛いところを指摘し、一気にあやふやだった疑惑を払拭させた。
恐らくはこれで店同士の対決はある種の決着を見せる事だろう。だけど……
「ですが問題が全くないというわけではありません」
「そうね、アリスは立派に店のオーナーとして結果を残せたと思うわ。だけどそれはただの店同士の勝負と見ていればの話」
「えぇ、恐らく例の兄弟はプリミアンローズもアルター男爵家も、自身の身を隠すための道具と、ハルジオン公爵家を貶めるだけの手段としか考えていないはずです。更に直接弟の方が出てきたという事は、相手側も相当追い詰められていると考えた方がいいでしょう」
本来こういった駆け引きには、事前に相手側の逃げ道を作っておき、追い詰めながらも首謀者全員が集まるように仕向け、最後は一網打尽にできる罠を張っておくが通説だ。
だが今回アリスには例の兄弟の素性は話しておらず、ハルジオン公爵家としても表立った行動も見せてはいない。そんな状況でアリスにそこまで責任を負わすのは間違いであろう。
「なるほどな。つまりは追い詰められた兄弟が、次は強硬手段に出る可能性があるというわけか」
ここに来て今更ローズマリーに強盗に入ったのが実は別件だった、なんて事はないだろう。
この前はお互いオーナーとしての立場を崩さなかった為、被害らしい被害はなかったが、次もそうだとは限らない。
アリスも店の警備を増やしてはいるが、所詮は泥棒か素人の窃盗犯止まりの対策しかされていない。そもそも本人も店のスタッフも、後ろに居るのが公爵家に恨みを持つ元貴族だとは、誰も思ってはいないことだろう。
「嘗てブーゲンビリア家は大規模な窃盗団を組織していた。中には命が奪われたという事件も少なくはない。そんな人物が目の前にいるとは思ってもおるまい」
「やはりアリス様に事情をご説明された方がいいのではないでしょうか?」
「ローレンツ、それに関して私は賛成しないわ。アリスはただ純粋に自分の家族と店を守ろうとしているだけよ。もし公爵家の事情を話せば、あの子は自分を犠牲にしてでも家族や、私達を守ろうと動くわよ」
アリスは心優しい少女だ。あの時だって自分の命をかえりみず、私やユミナ、カナリアまで守ろうとしたのだ。
本人は体が勝手に動いてしまったなんて言っていたが、命が懸かっている場面であそこまで考え、行動に移せる人間はそうはいないだろう。
「そうだな。アリスに話せば自ずと公爵家のイザコザに巻き込む事になってしまう」
「そう……ですね。私の考えが間違っておりました」
ローレンツの気持ちも分からないでもない。
実際私も、おそらくエヴァルドだって全てを伝えた方がいいとは、一度は考えた事だろう。だがこれは大人たる私達が解決しなければいけない問題。ましてや自分の娘にすら話していない問題を、部外者たるアリスに事実を告げるのは間違いであろう。
そう考えるとうちの息子のなんたる不甲斐なさ。いっその事、将来アリスに公爵領を任せて、ジークに子育てをさせた方が余程いいんじゃないかしらとすら思えてしまう。
「それで如何なさいます?」
「まずはアリスの周りを厳重に警備させるしかあるまい」
「それしかないわね。向こうも公爵家に押し入ろうなんて、無謀な事は考えないでしょうが、アリスの店ならばあるいは」
幸い……と言っていいのかわからないが、以前の強盗騒ぎで窓には鉄格子、扉には二重の鍵と、屋敷の中には潜入出来ないよう色んな対策がなされている。流石に昼間に堂々と押しいるような強盗はいないだろうから、深夜店回りの警備を強めておけば、そう簡単には被害を受けるという事はないだろう。
「畏まりました。それでは早速本日より警備を強化するよう手配しておきます」
「頼む」
その日はアリスには気付かれないよう、店の警護をするという事で一先ず話は纏まった。
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