華都のローズマリー

みるくてぃー

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四章 華都の讃歌

第64話 気づけば私も関係者

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「では我々はこれで。後ほど正式な通達が届くと思いますが、くれぐれもレガリアの貴族としての振る舞いをお忘れ無きよう」
 そう言い残すと、調査を終えた騎士団たちが屋敷を後にする。

「クソッ! なんで私がこんな目に合わなければいけない!!」
 10日ほど前、貴族街を揺るがすような大事件が起こった。
 レガリアの四大公爵家とも言われるその一角、ハルジオン公爵家の令嬢を乗せた馬車が襲われ、そのまま何者かに誘拐されてしまったのだ。
 ここまで聞けば大事件だとはおもうが、所詮は血のつながりもない赤の他人。寧ろ高位貴族への妬みで、いい気味だとも思えてしまうが、その加害者が我がアルター男爵家の関係者だと聞けばそうはいかない。
 お陰で要らぬ噂は囁かれるし、懇意にしている貴族たちは我が身可愛さに、蜘蛛の子を散らすように離れていった。
 それでもまだ噂が噂のままでならよかったのだが、重要参考人である当事者の行方不明と、騎士団が本格的に動き出した事で信憑性が高くなり、今も捜査という名目で屋敷内の調査まで受ける始末。

「あなた、男爵家は大丈夫なの?」
「大丈夫なワケがあるか!」
 前のバカ真面目だった執事の後釜に雇ったのだが、よもやこの様な事件を起こすとは思いもよらなかった。
 一応騎士団には、今回の事件に男爵家は関わりがないとは伝えているが、二人を雇い入れていた事は紛れもない事実。それだけでもいい迷惑だというのに、使用人の品位は雇い主の資質とも言われているのだ。それが犯罪者を見抜けず、雇い続けていたとなれば、世間からいい笑い者として貴族中に広まる事は間違いないだろう。
「まったく何て事をしてくれたんだ!!」
 今はまだ二人の行方がわからないらしいが、それも時間の問題だろうと言われている。

 コンコン。
「なんだ!」
「し、失礼します」
 やってきたのは名も知らぬ一人のメイド。本来なら執事のファウストがこの役目を背負うのだが、当の本人が騎士団の捜索対象なのだから仕方がない。
「何の用だ?」
「それがその……プリミアンローズ本部から、名称の使用料が先月分から支払われていないと、使いの方が……」
「ちっ、今は忙しいからと言って追い返しておけ!」
 くそっ、たった2ヶ月支払いが遅れただけで回収人を寄こしやがって。
 男爵家が経営するプリミアンローズは、元々隣国の有名菓子店を借り受けたもの。それをこのレガリアで出店させるという理由で、店の名称と一緒にレシピの提供を受けている。
 当初の予定では人気を取るための一時契約をし、店舗経営が安定し始めたら、適当な理由をつけて契約を破棄するつもだったのだ。それがあの小娘の姑息な罠と、計画を立てた本人までもが行方知らず。
 店舗の用意からスタッフの賃金を支払っているのはこちらなのだぞ!

「あなた、支払いの催促って、お店の方は大丈夫なんでしょうね」
「心配するな、何とかする!」
 妻にはこう言ったものの、正直現状を覆せるほどの策がない。あの店には男爵領10年分の収益をつぎ込んでいるのだ。もし店を閉じるような事にでもなれば、私自身の身体どころか男爵家の存亡すら危うい可能性が出てきてしまう。
 何か、何か策を考えなければ……

「まったく忌々しいわね。あの娘に一泡吹かせるどころか、まんまとやり返されるなんてね。なんとかあの娘からお金を巻き上げられないかしら」
 小娘から金を巻き上げる?
 いやまてよ、店舗の経営では上手くやり込められたが、それ以外は所詮世間を知らぬただの小娘。何も自ら資金を稼ぐ必要はなく、あるところから奪えばいいのではないか。

「こんど城で行われる夜会に小娘の兄も招待されていたな?」
「えぇ、あれでも騎士爵家の当主ですし」
 確か父親が死に、その後を無能な息子が後を継いだと聞いている。

(たしかその息子は金に強欲だったな。)
 所詮は都を知らぬ田舎者、適当な金を握らせれば操る事など容易だろう。

「ふふふ、利用できるな」
 今からあの小娘が吠えずらをかく姿が眼に浮かぶわ、ははは。





「フローラ様、ファウストとブリュッフェルが捕まったっというのは本当なんですか?」
 タイミング的にダンスの進捗具合を見に来られたのかと思ったが、どうやらこちらの方が本命なのだろう。
 10日ほど前に起こったユミナちゃんとエリスの誘拐事件は、私の中でまだ燻るように炎が蓄えられている状態。だけどジーク様から『頼むからこれ以上事件に顔を突っ突っ込まないでくれ、俺の身が危険すぎる(主に母上と屋敷のメイド達から)』と言われれば、さすがの私も騎士団の捜査にお任せするしか方法がなかったのだ。
 もっとも実行犯と思しき男たちは、ユミナちゃんとその契約精霊……ソラとの合成魔法で、意識を失い倒れているところを拿捕されおり、その者達の口からファウストとブリュッフェル名前が出ているので、私が出る幕はすでに何もなかったのではあるのだが。

「えぇ、先ほど早馬が届いてね。王都の外れにある空き家に潜んでいるところを、騎士団が見つけたそうよ」
 私が連日公爵家に通い続けている事も見越し、騎士団長でもあるエヴァルド様が気をきかせて下さったのだろう。
 さすがに一般人の私にまで早馬は飛ばせないから、フローラ様から私にと、ご配慮くださったのだ。

「それで二人はなんと言っているんですか?」
「そこまでは何も。でも実行犯の自供もあるから、罪状が決定するのはほぼ間違いないだろうって事よ」
「そうですか……」
 実行犯の自供、そしてエリス達がアルター男爵家の名義で借りていた倉庫に囚われていたという事実に、事件当日から行方が分からないファウストとブリュッフェルの二人。
 そこまでくれば、たとえ本人達がもっともらしい言い訳を口にしたとしても、簡単に逃げおおせる事は出来ないだろう。

「アリス、今回の事件……いいえ、1年前の事件もそうだけど、あなた達姉妹を巻き込んでしまって、本当に申し訳なく思っているの」
「そんな……、前の事件も今回の事件も、フローラ様も公爵家も悪くないじゃないですか。それに今回の事件に関しては私にだって責任が」
 寧ろ今回の事件に関しては、私への恨みの方が強かったのでは? とすら思っている。

「そうじゃないのよ。今回の事件、巻き込まれたのはあなた達の方なの」
「巻き込まれた? 私とエリスがですか?」
「えぇ」
 フローラ様は『こんなことになるなら初めから伝えておくべきだったわね』と、前置きをしながら事の真相を教えてくださった。
 どうやらファウストとブリュッフェルは、8年ほど前に取り潰しになった、ブーゲンビリア侯爵家の血筋の者なのだという。

「取り潰しってことは爵位の取り上げですよね? それって相当な事件じゃないですか」
 私の知る限り、お家が取り潰しになったという話は今まで一度たりとも聞いたことがない。
 一般的に当主がなんらかの犯罪、もしくは責任を取らされた場合、その血の繋がる者から別の人間が選出され、新しい当主となって一族を盛り立てるの通例だ。それがたった一人、恐らくは当時のご当主様が犯してしまった罪で、一族全員に責任を取らされてしまった。その話を聞かされた当時の親族達は、さぞ血の引くような思いをされたことだろう。

「まぁ、仕方がないわよね。一族も少なからずその恩恵を受けていたわけだし、知らなかったとはいえ、怪しい資金が動いていたのは間違いないのだから、今更『自分は無関係です』では誰も納得はしないからね」
 聞けば当時王都では、貴族や資産家を中心に大規模な窃盗犯がいくつも出没し、その黒幕が今話しているブーゲンビリア家だったのだという。
「その当時の騎士団長、つまりエヴァルドの父に当たるわけだけど、中々窃盗犯の尻尾を掴めなくてね。随分と苦労なさっていたのを覚えているわ」
 ブーゲンビリア家が関わっていたと思われる窃盗事件は非常に多く、当初は複数の犯行グループとして認識されており、騎士団が幾つもの班に分かれて事件に当たられていた。だが1グループを捕まえたとしてもすぐに別のグループが出現し、また別のグループを捕まえても、新しい窃盗団が生まれるというイタチごっこが繰り返されていた。
 どうやら相手は巧みに人員や手法を変え、窃盗団が複数いると見せかけて、捜査を撹乱させていたのだという。
 その結果、犯人を特定するまで二年という時を重ねることになる。

「二年……ですか。結構長かったんですね」
「そうね」
 この世界じゃ科学調査や指紋採取なんて技術はないから、犯人を特定するにも困難を要したことだろう。
「でもね、エヴァルドが調査に乗り出した時、あることに気づいたらしいのよ」
 複数の窃盗犯に見せかけていた一連の事件。襲撃時間も手口も関わっていた人数すら違っていたのだが、それらを一本につなぐと法則のようなものがある事に気づかれた。それはある一点の場所を中心に被害が集中しているということ。
 恐らくは標的の情報収集や、実行犯の逃走に輸送の距離、黒幕が管理出来る範囲で、尚且つ騎士団の目を誤魔化すことができるという条件から、最大の移動エリアがどうしても限られてしまった。古今東西、犯行グループを幾つもに分けたとしても、それら全てを一本の線でつなげば、自然と円の形が出来上がってしまう。だけど複数の犯罪集団に見せかけることで、その危険性を回避させ続けてきた。
 その当時は犯罪が多い地域としての認識が強かったらしいので、例え一組二組窃盗犯を捕まえたとしても、大元となる黒幕の存在すら気づく事が出来なかったというわけだ。

「その事にエヴァルドが気づいてね、ブーゲンビリア家の秘密にたどり着いたというわけなの」
 その後エヴァルド様と騎士団の捜査が実り、無事に王都を騒がせた窃盗団を見事に壊滅。エヴァルド様はその功績が認められ、見事騎士団長に昇格。名実ともに公爵の座を確実のものとされたらしい。

「じゃあの二人って……」
「侯爵本人は騎士団の追跡から逃げられないと思い、家族とともに自殺を試みたようだけれど、二人の息子だけは発見が早くてね、命だけは助かったそうなの。けれど騎士団としては捕らえるまえに自殺されたわけだし、二人の息子だけに罪を負わせるも批判がでるだろうって事で、公式にお家の取り潰しと多額の賠償金を課して、二人は無罪放免として解放された。被害者の怒りの矛先をワザと残すという意味も含めてね」
 なるほどね。死ぬのなら家族までも巻き込むなとは言いたいが、生き残った後の事を考えると惨めな人生しか思い浮かばない。
 騎士団の方も自殺で犯人を捕らえられませんでした、では被害にあった方々への面目も立たないし、下手をすれば怒りの矛先が、事件を長引かせた騎士団へ向けられてしまうかもしれない。
 だから国は目に見える形でお家の取り潰しとともに、二人の息子たちに敢えて罪まで着せなかった。被害者や爵位を取り上げられた一族の恨みを向けさせるために。

 自分の父親が犯した罪だといのに、二人の人生は相当苦労してきた事だろう。
 貴族から平民への転落だけでも大事件なのに、目立たず細々と暮らさなけれならない日々。少々酷な話だとは思うけれど、この階級世界では国の権威を見せるためにも、時には残酷な判断もしなければいけなかったというわけだろう。

「だから父親を捕まえた公爵家に……、エヴァルド様に復讐しようと企んでいた。そういうことなんですか?」
 当時、事件を解決に導いたのは間違いなくエヴァルド様だろう。それまで二年もの間で解決策を見出せなかったわけだし、その事件の解決でエヴァルド様が騎士団長に就任されたのだから、その実績は誰が聞いても確かなもの。
 ハッキリいって逆恨みもいいところなのだが、それがわからないから今回の事件が起こってしまった。まったくいい迷惑ね。

「そう、つまりはそういうことなの」
 なるほどね、だから私とエリスは巻き込まれたということなのね。
 恐らくはファウストもブリュッフェルも、私と会った当時ではそこまでの考えはなかったのだろう。だけど私がハルジオン公爵家に深く関わっていると知り、復讐しようと考えた。
 最初はローズマリーの評判を落とし、その出資者としてハルジオン公爵家の知名度を落とすぐらだったのかもしれないが、私が予想以上に大暴れをしてしまい、逆に自分たちの立場が怪しくなってきた。やがてそれが限界を越えてしまい、とうとう今回の事件がって……あれ、誘拐事件? そういえば何で誘拐事件だったのかしら?
 復讐という目的なら最愛の娘を人質にとるというのは理解できる。だけど復讐だけを目的にするのなら、何も人質にする必要は一切ない。最悪死を偽装しながら相手を脅せばいいのだ。寧ろ生きているというだけで、逃げられたり騒がれたりするのでデメリットの方が多いと言えるだろう。

 ならば暗殺ではなく誘拐する最大の理由は? 普通に考えれば身代金や相手を脅す目的が考えられる。如何に公爵様でも娘が生きていると分かれば、迂闊に手はだせなくなるし、犯人側からの要望にも従ってしまうかもしれない。
 するとファウストとブリュッフェルの本当の目的は、復讐の先にある何かなんじゃ?
 もし本当の目的が別にあり、誘拐はその過程で必要な行動であったのならば、ユミナちゃん達を殺さなかった理由は説明できる。
 ……いや、違うわね。あの二人には確かに復讐心はあったはずだ。だけどそれを止めるだけの別の目的があったと考える方が納得が出来る。
 それじゃその別の目的って? 一石二鳥ではないが、ユミナちゃん達を誘拐することで復讐と、別の目的を果たそうと考えた。

 ……ちょっとまって。これって1年前の事件に何処となく似ていない?

 たしか1年前の事件って、公爵家が抱えるお家騒動なのだと聞かされたことがある。内容はエヴァルド様のお兄さんが、爵位を弟にとられた仕返しだったのだと。
 ユミナちゃんとフローラ様を誘拐し、それを脅しの道具として爵位を奪い取ろうと試みた。実際裏ではディオンへの脅しと、その息子であるエリクの誘拐なんかもあったらしいので、計画は公爵様も知らぬところで進んでしまった。
 結局あの事件は私というイレギュラーで未遂に終わったわけだが、裏で操っていたエヴァルド様のお兄さんは未だ捕まってはいない。

「……」
 私が一人考えに没頭している間も、ニコニコ顔で待ってくださっていたフローラ様。
 私は若干怯えながらも、ある質問を投げかける。

「……あのぉ、一つ質問いいですか?」
「何かしら?」
「気のせいかもしれないんですが、私……っていうかローズマリーごと、公爵家のお家騒動に巻き込まれちゃってます?」
「うふふ、正解」
 なんとも驚きの事実を、ニコニコ顔で答えてくださるのだった。
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