華都のローズマリー

みるくてぃー

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四章 華都の讃歌

第65話 ドレス選びは憂鬱な気持ち

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「アリス様、こちらのドレスなんて如何ですか?」
「まってサラ、アリス様ならこちらのドレスの方が似合うわよ」
 衝撃の事実を知らされてから3日目、今日はハルジオン公爵家で私のドレス選びが行われている。
 どうしてこうなった!!

「あのぉ、わざわざドレスを仕立てなくてもいいんじゃないですか? 昨年頂いたドレスもあることですし」
「なに言っているの、お屋敷のパーティーとお城の夜会とでは格が違うものよ。それに昨年と同じドレスを着るなんてダメに決まっているでしょ!」
 決まっているんだ……なんて言えば、フローラ様や公爵家のメイドさん達に叱られそうなので、寸前まで出かけた言葉をギリギリのところで飲み込む。
 正直貧乏性の私にはドレスなんて1着もあれば十分すぎる感覚。それなのにフローラ様以下メイドさん達は、今も生地選びからドレスのデザインなんかを、あーでもない、こうでもうないと、先ほどから私の服を取っ替え引っ換え、気分はもう着せ替え人形である。

「それにしてもこんなノンビリしていてもいいんですか? まだ例の事件は解決していないんですよね?」
 例の事件とはハルジオン公爵家が抱えるいわゆるお家騒動。公爵家の敷地内に敵の耳があるとは思えないが、ここはあえて事件の表題をごまかしておく。
「心配しなくても大丈夫よ。根本的な解決はまだだけど、これ以上レガリアの王都では騒ぎを起こせないだろうって話よ」
 なんでも先の誘拐事件で王都や地方の警備が見直されたり、各商会が保有する工場や倉庫なんかの立ち入り検査なども始まっており、怪しい芽は早めに潰しておこうと、騎士団の方々が連日動いておられるのだという。

「もっともエヴァルドの本当の目的は抑止と脅し、あと今のうちに協力者になりうる家を先に味方に引き入れておこう、って考えなんでしょうけど」
 あー、そういう事ね。エヴァルド様のお兄様でもあるイヴァルド様は、現在国から重要参考人として騎士団に手配書が回っている。
 今までは盗賊団や実行犯といった、お金に雇われた言わば捕まっても問題ない野党達だったが、先の事件で直接本人が接触したと思われる、ファウストとブリュッフェルの二人が拘束されている。今の段階では直接本人達の口からイヴァルド様の名前は出ていないらしいが、それは黒幕であるイヴァルド様本人にはわからぬ話。
 そんな中で王都や地方の警備が強化され、さらには見せつけるように工場や倉庫などの視察が入れば、実は大掛かりな捜査が行われているのではと、勘違いをするのではないだろうか?
 逃亡犯は常に周りの動きには敏感だというし、動けば動くほど、逃げれば逃げるほど犯人は標的から離れようとものらしいので、イヴァルド様が王都や国から離れた隙に、協力しそうな関係者に接触を今のうちに引き込もうとでも、考えておられるのではないだろうか。
 ファウストとブリュッフェルの二人は、おそらく復讐と取り潰しになってしまったブーゲンビリア家の再興辺りで釣ったのだろうが、現役の貴族ならば犯罪まがいの手助けをするより、今の公爵家との繋がりを深めた方がいいと考えるだろう。

「敵をより多く作るよりも、味方に引き込んでおく方がお互いのためでしょ?」
「流石ですね」
 切り捨てたり敵を作る事は簡単だが、それでは必ずどこかで行き詰まる。ならば援助するなり、商会を通して新しく取引を築くなりすれば、相手も公爵家に対して感謝する事だろう。
 まぁ、それだけのお金と力がある公爵家ならではの策だが、今のイヴァルド様にとってはもっとも効果のある攻撃になる事だろう。場合によってはそこから隠れている居場所の特定だって、漏れ伝わってくる可能性もあるはずだ。

「そういう事だから、アリスはまず目先の問題を第一に考えなさい」
「……ですよね」
 目先の問題、それは生誕祭の夜に行われるお城のパーティー。この度めでたく? 正式に招待状が届いてしまい、拒否権のない私は強制参加が決まっている。そして同時にそれは私にとっての最大の試練に繋がるのだ。

「はぁ……。アルター男爵家の事だけでも頭が痛いのに、そのうえ実家のバカ兄とも再会だなんて、今から胃が痛くなりますよ」
 たぶんフレッドも夜会に来るんだろうなぁ。
 先の事件でアルター男爵家は、国から罪に問われるような話にはなってはいない。
 もとをたどればハルジオン公爵家が抱えるお家騒動なのだし、ファウストとブリュッフェルが行方をくらませた時点で、男爵は二人を切り捨てていたのだから、被害者側からとしてもとやかく言える立場でもないだろう。
 ただローズマリーのレシピ盗難の噂と、使用人に対する監督不行き届きで、アルター男爵家の評判はガタ落ち。借金も結構抱えておられるようだし、一番の収入源として期待されているプリミアンローズは赤字続きのうえ、私に無理やり結婚を迫ったという噂は、いまもご婦人方の茶会で花を咲かせ続けているのだという。

 仕方がないわよね。向こうが先に吹っかけてきた喧嘩なのだし、私はこうなるであろう事を見越して先手を打っているのだから、今更後悔したところで後の祭り。
 どうやらフレッドの元婚約者で、マリエラの実家でもあるドミニオン商会でも、膨れあがってしまった男爵家の負債を補えきれないようだし、私と娘を天秤に掛けていたことがマリエラの両親にも伝わったようで、結局男爵家は領内最大でもあるドミニオン商会を、完全に敵にまわしてしまったそうだ。
 もっとも男爵領最大の商会でもあるドミニオン商会は、王都では中小規模程度の商会らしく、とてもじゃないが男爵家が抱えている負債をどうこうできるレベルではないとの話だった。

「ふふふ、男爵家との喧嘩は貴女が始めたことでしょ、諦めなさい」
「まぁ、そうなんですけど……」
 フローラ様、あの時私が男爵家に喧嘩を売ったとこを褒めてませんでした?
 はぁ……。

「そんな心配しなくても、男爵家との問題は大丈夫だとは思うわよ」
「そうでしょうか?」
「えぇ」
 フローラ様曰く、私は王家が招いた客人であり、パーティーにはローズマリーのファンや常連客も多く参加されるとの事なので、男爵様も目立つような真似は出来ないだろうとの事だった。
「確かに、言われてみればそうですね」
 ただでさえ男爵家は私に対して色々騒がれているのだし、公の場で直接対決にでもなろうものなら、注目される事はには違いない。仮に汚名を返上しようと何らかな接触をしてきたとしても、王家主催のパーティーで目立つような口論まではしてこないだろう。
 嫌味の一つや二つ程度は囁かれるかもしれないが。

「じゃ、今のところ警戒すべきはバカ兄だけですね」
「バカ兄って。アリスって本当にお兄さんの事が嫌いなのね」
「嫌いというか、向こうが一方的に嫌っているんですよ。亡くなったお父様の事もありますし、先日なんてツヴァイ兄様とドライ兄様の元に、『仕送りをもっと増やせ!』なんて手紙送られて来たんですよ。ホント兄様達は既に騎士爵家から出ているというのに、いつまでお金を要求するつもりなんだか」
 16歳で実家を追い出されたという恨みもあるが、何よりお父様の葬儀の件で喧嘩別れをしたという事実が非常に大きい。それに兄様達も生活にゆとりが出てきているとはいえ、これから生まれてくるであろう子供達の為にも、お金は少しでも多く残しておかなければいけない。
 そもそも領地収入がある貴族が、自立独立した弟達にお金をせがむのはおかしいだろう。

「それじゃ今のアリスを見ればきっと驚くわね。うふふふ」
「フローラ様、ちょっと楽しんでいらっしゃいませんか?」
「あら、楽しいに決まっているでしょ」
「……」
 フローラ様の性格はわかっていたつもりだが、こうも正直に答えられらたら言い返す言葉すら出てこない。
 たぶんバカ兄の事だからなぜ私が夜会にいるんだと騒ぎ立て、その後に私のドレス姿を喚き散らすに違いない。
 あの人って他人を見下す事には丈ているが、見下していた者に見下される事には酷く嫌悪感を感じられるのよね
 今の私は実家に居た頃とは比べものにならないような生活を送っているわけし、抱えている資産だって軽く騎士爵家の財産を凌いでいる事だろう。最悪私のお店そのものをよこせと、言ってくる可能性だって考えられるのだ。
 渡さないけれどね。

「じゃ、ドレス選びの続きね」
「はぁ……頭が痛いです」
 もしかしてバカ兄を驚かす為に私のドレスを選んでませんか? という言葉を喉元でとめ、再び着せ替え人形へと戻る私。
 フローラ様は楽しそうに微笑み、公爵家のメイドさん達は私を輝かせようと盛り上がる。

 そしてついに王家主催のパーティー当日を迎えるのだった。
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