華都のローズマリー

みるくてぃー

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四章 華都の讃歌

第84話 バカ兄へのお仕置き3

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「なっ……、氷の壁だと!?」
 突然目の前に現れた氷の壁に慌てふためく兄の姿。
 これは夫婦である二人の問題ではあるが、これ以上は義姉様に危険が及ぶと感じ、強引に魔法の力で割り込ませてもらった。

「お兄様、今なにをされるおつもりでしたか? まさかとは思いますが、その振り上げた拳を義姉様に向けようとはされておられませんよね?」
 私は右手を突き出すようなポーズのまま、戸惑う兄へ声をかける。
「こ、これはお前の……っ! バカな……精霊だと!?」
 声を掛けられたことに対して振り向く兄。邪魔をされたことによる文句の声を上げるも、私の隣に浮かぶフィーの姿が目に入り、そのまま驚きの声へと変わっていく。

「そういえばお兄様にはご紹介していませんでしたね。この子はフィー、私の契約精霊であり家族です」
 前に説明した事があるとは思うが、この世界で精霊という存在はレアではあるが架空のような存在では決してない。兄もその辺りの認識はあるのか、初めて目にする精霊の姿に驚きを隠せないご様子。

「……お前の精霊だと? 信じられるか!」
「別に信じてもらわなくても構いません。今問題となっているのは、その振り上げた拳をどうするおつもりだったかです」
 私が魔法で割り込んでしまった関係ですっかり話が変わってしまったが、まずは本来の問題の方を解決させるべきであろう。
「フンッ、貴様には関係のない話だ」
 相変わらず……というべきか。多少冷静さを取り戻したようだが、私達が止めに入らなけれ、確実にその振り上げられた拳は義姉様の方へと振り落とされていた事であろう。
 別に夫婦間の問題に他人の私が口を挟むつもりはないが、暴力に訴えるような行動だけは見過ごす事が出来ない。

「関係ならあります。私は義姉様からお二人の離縁を仲介するよう、依頼を受けておりますので」
「なん……だと?」
 今回の帰省に辺り、私は事前に義姉様と何度も連絡を取り合った。
 当初こそ私達、王都組をこれ以上兄の呪縛に縛り付けるなと、バカ兄に対しての断罪帰省の報告だったのだが、返って来た返事には協力する代わりに、自分たちの離縁を手伝って欲しいという依頼だったのだ。
 どうやら義姉様も、バカ兄からの日常的に言葉の暴力に悩まされ、夫婦というより召使いや奴隷のように扱われていたらしく、子供のため、実家のためにとずっと我慢をされて来たのだという。
 義姉様曰く、兄が私を売ろうとした事に対し、いずれ自分も愛する息子もただの道具として利用されるのかと思うと、どうしてもこのまま耐え忍ぶ事が出来なかったらしい。
 
 その話を聞き、私は全面的に義姉様をバックアップする事を決めたというわけ。
 義姉様にはここで暮らしていた時に随分お世話になったし、私とエリスを妹のように可愛がってくださったご恩もあるので、私はこの申し出を喜んで引き受けさせて頂いた。

「さて、私の立場をご理解していただいた上で、改めてお二人の離縁について口を挟ませていただきます」
「ふざけるな! そんな理由が通ると思っているのか!!」
 まぁ兄にすればそうなるわよね。
 私だって揉めに揉めなければ口を挟むつもりはなかったのだ。その事については義姉様に納得してもらっているし、二人で解決できるならばその方がいいともおっしゃっておられた。
 だけどこれ以上は誰かが仲裁に入らなければ前には進めないようだし、二人っきりしてしまえばそれこそ兄は暴力に訴えるだろう。

「いいんですか? 誰かが仲裁に入らなければ一生後悔しますよ? 念のために忠告しておきますが、義姉様の意思は非常に硬いものです。もしこのまま互いの意見がぶつかり合えば、義姉様は子供と共に行方をくらませ、二度とお兄様とは会う事が出来ないでしょう。そうなれば困るのはお兄様の方です」
「なぜ私が困る? 逃げ出したというのなら探し出せばいい、探し出せなければ別の人間を用意すればいいだけだ!」
「はぁ……」
 私は『やれやれ』といった身振りを行い。
「新しい夫人を迎えるにしても、その方は側室止まりですよ? 書類上、正妻である義姉様がその場に留まる限り、夫であるお兄様は新しく正妻を迎える事は出来ない。そうなれば子供への継承問題も浮上してきます。お兄様がご存知かどうかは知りませんが、正妻の発言は決して弱くはありません」
 レティシア様の言葉を借りるなら、国には管理している家系図があり、現状この騎士爵領の第一継承権はお二人の子供という事になる。
 だけどもし、ここに側室の子供が現れればどうなるか。通常であれば側室との子供が第二継承者となるわけだが、正妻であり第一継承権をもつお子様が名乗りをあげれば、当然そちらの方が優先される場合がある。例え兄が側室の子供に継承権を譲ると言ったとしても、正妻である義姉様とそのお子様が声をあげれば、少なくともお家騒動には発展してしまう事だろう。

「クリス義姉様がこの先、何方かの後ろ盾を得られればどうなりますか? 血筋の薄い遠縁とはいえ、義姉様のご実家は男爵家へと繋がります。もし本家である男爵様が出てこられれば、恐らくお兄様が勝てる見込みは少ないでしょう」
 その後は連鎖的に自身の立場を失い、最後はクリス義姉様と実の息子の顔色を伺いながら暮らすか、気に入らないと自ら屋敷を後にするかのどちらか。
 もっとも義姉様のご実家は本家からは随分離れていると聞いているし、ご両親ですら本家とは接点がないという話なので、文句どころか圧力すら掛けて貰えないだろうとのことだった。
 だけどこの脅しは兄様には効果的だったようで……
「……くっ」
 唇を噛むか如く、苦しげな言葉が口から漏れる。

 実際いまの時点で兄にできる事は殆どない。
 現状言葉だけで義姉様を繋ぎとめておく事はほぼ不可能、たとえ力づくで拘束したとしても、永遠に閉じ込めておくというのは無理な話だし、たった一人では領地の仕事はもちろん、家事全般の問題がすぐにでも直面してしまう。
 もし兄様が義姉様を監禁するような事になれば、私は今度こそ容赦なく氷の礫をお見舞いする事だろう。

「ですので、これは私からの提案です」
「提案……だと?」
 兄が現状を理解したタイミングを見計らい、私は一つの案を提示する。
「もしこの場で兄様がこの離縁状にサインしてくだされれば、条件付きではございますが、私がお兄様に対して慰謝料を支払わせてさせていただきます」
「なに!? 慰謝料だと!」
 私だって言葉だけで円満解決できるとは思ってはいない。
 本来なら義姉様の方こそ慰謝料を請求したいところなのだが、バカ兄が用意するとは思えないし、こちら側の要求を逆手にとって、離縁状にサインをしないと意地を張られてに困る。
 ならば逆に離縁して貰えるなら、兄にも得があるんだと提案したのだ。

「お兄様がお義姉様に対して行って来た事は聞いてはおりますが、現状話し合いを飛ばし、一方的に離縁状を突きつけているお義姉様にも非がございます。ですのでその補填をお金で解決しようと提案しているのです」
 ぶっちゃけ全面的に兄が悪いとは思っているが、こちら側にも非があると認める事で、話し合いを有利に運ばせるいわゆる交渉術。
 大抵の場合、まず相手側が認める事が出来ない無理難題をあげ、その後に本来用意していた条件を提示するのだが、今回は内容が内容だけに条件付ではあるが、兄がもっとも心惹かれるであろうお金を交換条件で提示させて頂いた。

「お前がその慰謝料を建て替えるといいのか?」
「えぇ、お支払いする金額もお兄様がご提示してくださっても構いません。もちろん私にもお支払いできる上限はございますので、余り理不尽な要求をされても困りますが」
 少々相手任せの危険な交渉だが、こちらにも上限があると言っておけば無茶な要求はしてこないだろう。
 それに自分が金額を決められるという優位感を与える事もでき、主導権を自分が握っているのだと勘違いさせるにも都合がいい。
 最悪バカな金額を提示してくれば、やっぱりこの話は無かった事でと、こちら側から手を引く様子を見せつければ、金額の交渉も多少可能なのではと考えている。
 ただ問題はこちらが手を引くと見せかけて、兄が慌てるほどの状況に持ち込めるかが勝負なのだが、その点はお金に強欲な兄が相手あので心配ないのではと踏んでいる。

「フンッ、お前にしてはいい案だ。それで、その条件というのはなんだ?」
「お子様の親権です」
「なんだと?」
 上げておいて下げるというものなんだが、子供の親権という言葉にあからさまに嫌な顔を示す兄。だけど私は今の流れを反らさぬよう、すかさず別の言葉を挟み込む。
「先に申し上げておきますが、これはお兄様にとってもいい話です」
「なに? 私から子供の親権奪うのがいい話だと?」
「勘違いなさらないでくださいお兄様。私だって貴族の端くれ、しかも男のお子様ともなれば、当主であるお兄様が親権を持つ方が正しい考えています」
 そう、家族すらも道具として見ていない兄に、私なんかが何を言ったところで聞く耳は持ってくれないだろう。だから私はあえて親権は兄に相応しいと発言する。

「と、当然だ。彼奴はいずれ私の後を継ぎ、この騎士爵家を支えなければいかないのだ」
「えぇ、私もそう考えています。ですが……」
「なんだ?」
「もしこの先お兄様が再婚されたらどうなるのでしょうか?」
「!?」
「すでにクリスお義姉様の説得が難しいのはご理解されていますよね? 別れる別れないにしろ、この先は当然別居という事になります。そんな状況の中でもしお兄様が再婚されてお二人の間にお子様が生まれればどうなりますか? 恐らく再婚されたお二人の子供に後を継がせたいと思えてくるはずです」
 誰だって自分の子供は可愛いもの。このまま兄が独身を貫くというのなら何の問題もないのだが、仮にも騎士爵という爵位を背負い、年齢的にも若い兄がこのまま独身生活を続けるというのも難しいだろう。
 たとえ本人が望まなくとも貴族に取り入ろうとする者は、少なからず居るはずだ。

「そうなるとやはり離縁しているかどうかという問題と、お子様への継承権問題が浮上します」
「……」
 わずかな迷いを見せる兄に、私はこの気を逃さず畳み掛けるかのように言葉を重ねる。
「問題は他にもございます。現状こちらでの生活は厳しいもの、今まではお義姉様が家事全般をされていたようですが、この先お子様を引き取った場合の生活はどうなさるおつもりなので? 先ほどのお話ではお子様に後を継がせるとのことでしたが、当然教育の問題も出てまいります。もちろん男で一つでお育てになるとおっしゃるのなら口は挟みませんが、領主としてのお仕事をこなしながら、育児と教育をどう両立させるおつもりなので?」
 湧いて出たような離縁から、いきなり全てを決めろというのは酷なのかもしれないが、時間を開ければその分兄に考える時間を与えてしまう。
 私が常にクリス義姉様のそばに居てあげられるわけでもないし、問題が浮上するごとに王都から出向くというわけにもいかない。
 ならば頭の整理がつかないこの期を利用し、一気に話をまとめるのが最も効率的ではないだろうか。

「この地に教育を受ける学園があれば良かったのですが、生憎と公爵領まで出ていかなければ学園は存在しておりません。仮に人を雇うとしても、教育と育児を任せられるほどの人物となれば、お給金もそれなりに要求されるでしょうし、この地にまで出向いてくださる人物を見つけるのも困難なはず。ましてやボロボロの屋敷での住み込みともなれば、それこそ国中を隈なく探さなければ見つからないだろう」
「……っ」
 現状を兄に叩きつけ、親権を勝ち取ったとしても苦労するであろうことを、やんわりとバカ兄に対して理解させる。
 兄だってすぐに再婚ができるとは思っていないだろうし、人を雇うしてもすぐにいい人材にめぐり合えるとも考えてはいないはず。
 もしこの地に学校があり、領民に少しでも文字の読み書きができるような教育がなされていればいいのだが、生憎と人口も少なければまともな教育を受けた者など皆無に近い。仮に教養がある人材がいたとしても、恐らくこの地に留まらず豊かな別の領地へと移り住んでいる事だろう。

「ですので、ここからが本当の提案でございます」
 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる兄に、私は勝利を確信しながら新の交渉条件を口にするのだった。
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