21 / 36
21.
しおりを挟むマッシュ領で過ごす休暇はあっという間に終わりを迎え、学園の後期が始まるために王都に帰る日になった。
「ライガー様、とても楽しかったです。ありがとうございました。」
「僕も楽しかったよ。また遊びにおいで。……学園に行っても大丈夫そうかな?」
「はい。心の傷は癒えました。むしろスッキリしています。」
そう。とても簡単に癒えたわ。来る時はそんなこと想像できなかったのに。
現実を認識していくと目が覚める思いだったわ。
「ははっ。まぁ非難されるべきは向こうだしね。みんな君の味方だろう。
彼から解放されたんだ。残りの学園生活を楽しんで。」
「はい。お世話になりました。」
「……えっと、……うん。じゃあ、元気で。」
「……?ライガー様もお元気で。」
ライガーに別れを告げて、ミンディーナと一緒に王都へと向かった。
セラヴィはとてもこの休暇が楽しかった。
記憶にある休暇にはいつもトレッドがいた。
王都でも領地でも。
男と女の違いもあるが、勝手に行動するトレッドと一緒に楽しもうとするミンディーナ。
一緒に過ごして楽しいと思えたのはミンディーナだった。
今までの自分の時間を悔やむという経験をこの休暇で味わうことになったとミンディーナに話すと、うんうんと頷いていた。
「わかるわ。私も楽しかったもの。家族と友人とでは同じことをしても感じ方が違うわね。
学生の間にもっと楽しめばよかったって私も思ってるわ。
もう次の休暇は卒業後になってしまうけれど、セラヴィの領地に遊びに行ってもいい?」
「ええ!是非来て。ミンディーナが結婚して子供が出来たら移動が難しくなるものね。」
ミンディーナは卒業1年後に結婚する予定。
貴族令嬢が嫁ぐと、次に自分の時間を取ることができるのは自分の子供が成長した後になる。
つまり、今から20年は先になるかもしれない。
貞淑さを疑われないように行動するとなると泊りがけで他領地などなかなか一人では行けないのだ。
結婚する必要もなくなったセラヴィは、侍女と護衛を連れていろんな領地に旅に出るのもいいかもしれないと思い始めていた。
学園で友人たちに、それぞれの領地のいいところや美味しいものなどを聞いてみるのもいいかもしれない。
セラヴィは卒業後の過ごし方をいろいろと思い描きながら王都に戻ってきた。
「おかえり、セラヴィ。」
「お父様、お母様、ただいま戻りました。」
「手紙にも書いてあったが、随分と楽しんできたようだね。」
「ええ。すごくいいところだったわ。
卒業したら、ミンディーナにもうちの領地に遊びに来てもらうの。いいかしら?」
「いいんじゃないか。とても世話になったようだしな。」
「セラヴィが明るい顔で戻ってきてくれて嬉しいわ。」
「心配かけてごめんなさい。ミンディーナとライガー様がね、上手く話を聞いてくれたの。
それで、わかったの。思い込んでただけだったって。
婚約者だから好きになるのが当たり前。失恋したから悲しむのが当たり前って。
でも婚約者ではなくなったトレッドが好きかって言われたらそれほどでもなくて。
むしろ10年もそう思い込んでいた自分が可哀想で悲しいって気づいたの。恥ずかしいけど。
だからその心の傷を癒すために楽しんできたわ。」
セラヴィがそう言うと、両親はしばらく固まった後に笑った。
「セラヴィの心の傷は恋の傷じゃなかったのね。
失恋は新しい恋をすることで癒えるって聞くから、ライガー様に恋でもしたのかと思ったわ。」
「ライガー様に恋?……良い人だったけど、そんなこと考えもしなかったわ。
トレッドとばかり過ごした時間より、この休暇の方が充実していて楽しかったってこと。」
ライガー様が頼りがいのある人だと感じたのは年上だったからかしら?それともトレッドが頼りなさすぎたせいかしら?
ライガー様は聞き上手で話し上手だから、話題に困ることもなく楽しかったわ。
「……お前に何の未練もないようでよかったよ。
実はトレッドが何度かお前を訪ねて来ていたんだ。今更迷惑な話だ。」
トレッドが?
セラヴィは思わず眉をひそめてしまった。
432
あなたにおすすめの小説
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
王子と公爵令嬢の駆け落ち
七辻ゆゆ
恋愛
「ツァンテリ、君とは結婚できない。婚約は破棄せざるをえないだろうな」
ツァンテリは唇を噛んだ。この日が来るだろうことは、彼女にもわかっていた。
「殿下のお話の通りだわ! ツァンテリ様って優秀でいらっしゃるけど、王妃って器じゃないもの」
新しく王子の婚約者に選ばれたのはサティ男爵令嬢。ツァンテリにも新しい婚約者ができた。
王家派と公爵派は、もう決して交わらない。二人の元婚約者はどこへ行くのか。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
なにひとつ、まちがっていない。
いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。
それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。
――なにもかもを間違えた。
そう後悔する自分の将来の姿が。
Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの?
A 作者もそこまで考えていません。
どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
公爵令嬢ローズは悪役か?
瑞多美音
恋愛
「婚約を解消してくれ。貴方もわかっているだろう?」
公爵令嬢のローズは皇太子であるテオドール殿下に婚約解消を申し込まれた。
隣に令嬢をくっつけていなければそれなりの対応をしただろう。しかし、馬鹿にされて黙っているローズではない。目には目を歯には歯を。
「うちの影、優秀でしてよ?」
転ばぬ先の杖……ならぬ影。
婚約解消と貴族と平民と……どこでどう繋がっているかなんて誰にもわからないという話。
独自設定を含みます。
完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。
婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。
愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。
絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる