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「あれぇ? メリシアルゼ嬢ぢゃん!? 久しぶり~」
「お久しぶりでございます。ザインデルツ公爵閣下」
初老くらいの年頃の公爵と呼ばれた男性が、若い令嬢に声をかけている。困ったように眉を寄せながらも笑顔を浮かべ、挨拶をした令嬢は、早く別の人の挨拶に行こうとするが、周囲にいる者は関わりたくないように顔を背けている。
「メリシアルゼ嬢、そろそろ婚約者決まった~?」
「い、いえ、まだご縁がなくて……」
「そんなんぢゃ、行き遅れちゃうぞ~! あ、そうだ! 僕の側室なら空いてるから、困ったらいつでも気軽に声をかけてよ!」
「……い、家が決めることですので」
きょろきょろと一歩ずつ後ろに下がる令嬢を、公爵は距離を詰めていくことで壁際に追い詰めていく。
「そうだ! 今夜、僕と熱い夜を過ごさない? なーんちゃって」
震えている令嬢の横の壁に手をつき、そんなことを言う公爵に反論するものは誰もいない。遠くで娘の様子に気がついた令嬢の母が「それくらい、うまく流しなさい」と言わんばかりの視線を送ってくる。今にも泣き出しそうな令嬢の様子に、興奮したようにふんふんと鼻を鳴らす公爵。公爵ったら若い娘がお好きだから、と周囲もなにも言わずに見守っている。
「あら? あなた、それでも貴族なのかしら?」
真っ赤なドレスを着てワイングラスを持った貴婦人がそんな声をかけてきた。貴婦人の方に振り返った公爵は、慌てたように姿勢を正し、ゴマをするように手を擦り合わせながら調子をあわせる。
「で、殿下もそうお思いですよね? さすがは社交界の永遠の華でいらっしゃるジュリアンヌ様だ!」
ジュリアンヌと呼ばれた貴婦人は公爵を一瞥する。自分のことを問われたと思っている令嬢は先ほどよりも震える。ジュリアンヌこそ、元王女でありながら、女性として初めて公爵位を与えられたこの国の救世主だ。さらに、この国で信仰されている女神の代替者とまで言われている。
「ほら、メリシアルゼ嬢もこれくらいの冗談上手く交わせないと~! それに、こんな美男子に口説かれて、嫌な気持ちにはならないだろう?」
震えながらも笑みを浮かべる令嬢は、助けを求めるようにあたりを見渡すが、誰も来ない。相手は元王女に公爵だ。単なる伯爵令嬢如きが逆らえる相手じゃない。
「では、あなた。わたくしのことを美しいとお思い?」
微笑みを浮かべたジュリアンヌの問いに、公爵は大きく頷きながら、肯定する。
「もちろんです。さすがは王女殿下。今も昔も変わらず美しいままです」
思わず令嬢も頷く。歳を重ね、ご長寿と言われるほど長生きをしているジュリアンヌは御年七十歳。しかし、背筋は美しく伸び、年相応に重ねた人生の積み重ねが美しく現れている。
「あら。なら、あなた、わたくしと共に夜を過ごしなさい」
毅然と言い切ったジュリアンヌの言葉に、会場は静まり返った。震えていた令嬢は、何か雰囲気が変わってきたと首を傾げている。
「い、いやはや。ご、ご冗談を。ジュリアンヌ様はもう七十を超えておいでですよね?」
「えぇ、そうよ? でも、美女に口説かれて、悪い気はしないでしょう?」
「い、いやはや、ジュリアンヌ様。この私よりもずっと年上でおいででしょうに。ははは」
「ふふふ。あなたが先ほどから声をかけているご令嬢とあなたの歳の差よりも、わたくしとあなたの歳の差の方が小さいわ」
ジュリアンヌが何を揶揄しているのかやっと理解した公爵は、顔色を悪くする。
「い、いや、女性の年齢と男性の年齢では意味が違っておりまして」
「あら? どう違うのかしら? わたくしにわかるようにお聞かせ願える?」
「は、ははは。ジュリアンヌ様もお人が悪い。じょ、冗談じゃないですか」
「冗談? わたくしも冗談だわ? でも、あなた嫌な気分になったのでしょう? あなたも貴族なら、もっと品位のある行動をなさい? 忠告は一度目よ?」
扇を広げ、笑みを浮かべたジュリアンヌに、公爵は、へこへこと頭を下げながら去ろうとする。
「あ、それと」
そんな公爵を呼び止め、ジュリアンヌは微笑んだ。
「わたくし、あなたに名を呼ぶ許可を与えた覚えはないわ? あなたも貴族なら、それくらい常識と覚えておきなさい」
ジュリアンヌの言葉に、公爵は謝罪をもごもごと口にしながら逃げて行った。それをみて、ジュリアンヌは令嬢に声をかける。
「大変だったわね。大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。その、で、殿下のお手を煩わせてしまい、も、申し訳ございません」
謝罪を述べる令嬢にジュリアンヌは微笑んで言った。
「構わないわ。伊達に歳を重ねていないの。あなたのような可愛い人を守れて本望よ、メリシアルゼ」
カーテシーをするメリシアルゼに、ジュリアンヌは笑って答える。
「メリシアルゼ。わたくしのことは気軽にジュリアンヌと呼んでちょうだい。こんなお婆さんでよければ、今度一緒にお茶でもしましょう?」
そう言ったジュリアンヌはパートナーの手を取り、エスコートされながら去って行くのだった。
「お久しぶりでございます。ザインデルツ公爵閣下」
初老くらいの年頃の公爵と呼ばれた男性が、若い令嬢に声をかけている。困ったように眉を寄せながらも笑顔を浮かべ、挨拶をした令嬢は、早く別の人の挨拶に行こうとするが、周囲にいる者は関わりたくないように顔を背けている。
「メリシアルゼ嬢、そろそろ婚約者決まった~?」
「い、いえ、まだご縁がなくて……」
「そんなんぢゃ、行き遅れちゃうぞ~! あ、そうだ! 僕の側室なら空いてるから、困ったらいつでも気軽に声をかけてよ!」
「……い、家が決めることですので」
きょろきょろと一歩ずつ後ろに下がる令嬢を、公爵は距離を詰めていくことで壁際に追い詰めていく。
「そうだ! 今夜、僕と熱い夜を過ごさない? なーんちゃって」
震えている令嬢の横の壁に手をつき、そんなことを言う公爵に反論するものは誰もいない。遠くで娘の様子に気がついた令嬢の母が「それくらい、うまく流しなさい」と言わんばかりの視線を送ってくる。今にも泣き出しそうな令嬢の様子に、興奮したようにふんふんと鼻を鳴らす公爵。公爵ったら若い娘がお好きだから、と周囲もなにも言わずに見守っている。
「あら? あなた、それでも貴族なのかしら?」
真っ赤なドレスを着てワイングラスを持った貴婦人がそんな声をかけてきた。貴婦人の方に振り返った公爵は、慌てたように姿勢を正し、ゴマをするように手を擦り合わせながら調子をあわせる。
「で、殿下もそうお思いですよね? さすがは社交界の永遠の華でいらっしゃるジュリアンヌ様だ!」
ジュリアンヌと呼ばれた貴婦人は公爵を一瞥する。自分のことを問われたと思っている令嬢は先ほどよりも震える。ジュリアンヌこそ、元王女でありながら、女性として初めて公爵位を与えられたこの国の救世主だ。さらに、この国で信仰されている女神の代替者とまで言われている。
「ほら、メリシアルゼ嬢もこれくらいの冗談上手く交わせないと~! それに、こんな美男子に口説かれて、嫌な気持ちにはならないだろう?」
震えながらも笑みを浮かべる令嬢は、助けを求めるようにあたりを見渡すが、誰も来ない。相手は元王女に公爵だ。単なる伯爵令嬢如きが逆らえる相手じゃない。
「では、あなた。わたくしのことを美しいとお思い?」
微笑みを浮かべたジュリアンヌの問いに、公爵は大きく頷きながら、肯定する。
「もちろんです。さすがは王女殿下。今も昔も変わらず美しいままです」
思わず令嬢も頷く。歳を重ね、ご長寿と言われるほど長生きをしているジュリアンヌは御年七十歳。しかし、背筋は美しく伸び、年相応に重ねた人生の積み重ねが美しく現れている。
「あら。なら、あなた、わたくしと共に夜を過ごしなさい」
毅然と言い切ったジュリアンヌの言葉に、会場は静まり返った。震えていた令嬢は、何か雰囲気が変わってきたと首を傾げている。
「い、いやはや。ご、ご冗談を。ジュリアンヌ様はもう七十を超えておいでですよね?」
「えぇ、そうよ? でも、美女に口説かれて、悪い気はしないでしょう?」
「い、いやはや、ジュリアンヌ様。この私よりもずっと年上でおいででしょうに。ははは」
「ふふふ。あなたが先ほどから声をかけているご令嬢とあなたの歳の差よりも、わたくしとあなたの歳の差の方が小さいわ」
ジュリアンヌが何を揶揄しているのかやっと理解した公爵は、顔色を悪くする。
「い、いや、女性の年齢と男性の年齢では意味が違っておりまして」
「あら? どう違うのかしら? わたくしにわかるようにお聞かせ願える?」
「は、ははは。ジュリアンヌ様もお人が悪い。じょ、冗談じゃないですか」
「冗談? わたくしも冗談だわ? でも、あなた嫌な気分になったのでしょう? あなたも貴族なら、もっと品位のある行動をなさい? 忠告は一度目よ?」
扇を広げ、笑みを浮かべたジュリアンヌに、公爵は、へこへこと頭を下げながら去ろうとする。
「あ、それと」
そんな公爵を呼び止め、ジュリアンヌは微笑んだ。
「わたくし、あなたに名を呼ぶ許可を与えた覚えはないわ? あなたも貴族なら、それくらい常識と覚えておきなさい」
ジュリアンヌの言葉に、公爵は謝罪をもごもごと口にしながら逃げて行った。それをみて、ジュリアンヌは令嬢に声をかける。
「大変だったわね。大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。その、で、殿下のお手を煩わせてしまい、も、申し訳ございません」
謝罪を述べる令嬢にジュリアンヌは微笑んで言った。
「構わないわ。伊達に歳を重ねていないの。あなたのような可愛い人を守れて本望よ、メリシアルゼ」
カーテシーをするメリシアルゼに、ジュリアンヌは笑って答える。
「メリシアルゼ。わたくしのことは気軽にジュリアンヌと呼んでちょうだい。こんなお婆さんでよければ、今度一緒にお茶でもしましょう?」
そう言ったジュリアンヌはパートナーの手を取り、エスコートされながら去って行くのだった。
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