悪役令嬢の指南書

碧井 汐桜香

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13.転移

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 アガサ様の光が収まると、少し身体が動かしやすくなったように感じます。

「私、この世界に転移したの!?」

 驚いた様子のアガサ様に、わたくしははっと気づきます。元の世界にご友人やご家族がいらっしゃるのではないでしょうか?

「アガサ様のご家族やご友人って……」

「友達って言える存在はいないし、家族もみんな死んだから、一人で遺産ヒキニートしてただけ。あっちの世界に未練はないけど」

 食べ物などについて心配した様子で、リーンベルに尋ねています。

「答えづらいことを聞いてしまい、申し訳ございません」

 わたくしが謝罪すると、へにょっとした力ない笑顔を浮かべたアガサ様が言いました。

「ファルシアやリーンベルたちと友達になったし、この世界の方が愛着があるから大丈夫」

「では、アガサ様の恋の実現に向けて、ダイエットですね!」

 わたくしが腕をわきわきしながらそう言うと、ナニアもやる気を見せています。わたくしが多少動けるところで、ナニアはまだ動くのも辛そうですが、その割には目が明るいです。

「うへ!?」

 アガサ様の叫び声に、フィリアタニ神が嬉しそうに近づいてきます。

「せっかく実態あげたんだから、存分に恋しちゃいなよ?」

「フィリアタニ神様、アガサ様はもう恋する乙女ですわ!」

 わたくしの言葉を受けて、フィリアタニ神がうそ!?と叫んで、わたくしのところへ寄ってきました。視覚では認識できませんが、存在を感じます。

「誰?! 内緒にするから!! 耳元で教えて!!!」

 そっと小声で副神殿長とわたくしが呟くと、フィリアタニ神が、えー! と、不満げな声を漏らします。

「趣味悪!」

「な!? 素敵なお方だけど!?」

 アガサ様がフィリアタニ神と言い争っているのを、創造神も暖かく見守っているように感じます。

「我が妻の思いに答えて、今回の件は不問とする。邪神の認定も外しておこう。……存分に恋愛に励むように」

「シュティピア! ありがとう!」

「我が力は、小さき者たちには毒だ。先に戻っているから、気をつけて戻ってくるように」

 フィリアタニ神がそう言って隠れられました。すると、身体への負担が消え、倒れていたメイドたちも意識を取り戻しました。

「じゃあ、あたしもそろそろ戻ろっかな! 恋しないと夫が暴れるかもしれないから、存分にね! ……あ、卒業パーティー楽しみにしてる!」

 そう言ってフィリアタニ神がお隠れになりました。





「卒業パーティー……?」

 皆で不思議に思い首を傾げていると、やっと入室が許されたのか、殿下が駆け込んできました。

「ファルシア! 大丈夫か!?」

「あら、殿下。もちろん大丈夫ですわ! こうやって、アガサ様もこちらの世界での身体を貰いましたの」

 わたくしがそう言い終わる前に、リーンベルがわたくしの胸元に飛び込んできました。

「ファルシア様!」

「まぁ、リーンベルちゃん?」

「心配いたしましたわ!」

 そう声を上げるリーンベルを思わず撫でていると、殿下が死んだ目をしていらっしゃいました。

「お前、わざとだろう?」

「へっへーん!」



「フィリアタニ神のおっしゃる、卒業パーティーでのお楽しみとは……何をすればいいのでしょうか?」

 マチルダ様が不安げにそうおっしゃいました。そうでしたわ。フィリアタニ神のお楽しみとは何でしょう??

「卒業パーティーといえば、悪役令嬢への婚約破棄が定番じゃない? それか、ざまぁ返し」

 アガサ様が難しい言葉をおっしゃいます。首を傾げていると、興奮した様子で、副神殿長がおっしゃいました。

「今回の神々の神話を本にして、配りましょう!! 目の前に神が降臨したこの素晴らしき体験を皆に共有すべきです!」

 目が爛々と輝き、興奮状態でいらっしゃいます。目の前に神々がいなくなったからか、先ほどよりも興奮していらっしゃるように感じます。

「……間をとって、ファルシア様とアガサ様の悪役令嬢のお話と神々のお話をまとめて配るのはいかがでしょう? 悪役令嬢の指南書として」

 マチルダ様が遠慮がちにそうおっしゃいました。

「何か間違ってる気がするけど、それが一番平和な選択肢だと思うわ」

「神々のお話の部分は私めに栄誉をお与えください!」

 副神殿長の圧に、わたくしたちはこくこくと頷きます。









 卒業パーティーの日。わたくしたちが作り上げた指南書は、生徒たちに配られました。わたくしの義妹として我が家に養子入りし、わたくしたちと共に学園に通うことになったアガサ。ドレスアップしたアガサの腕や首元には、前に副神殿長に贈られた腕輪と首輪が光ります。足はドレスで隠れていて見えませんが、きっと身につけているのでしょう。

「そちら、副神殿長にいただいた魔術具ではなくて?」

 わたくしが問いかけると、アガサが照れたように笑います。

「魔術具としての機能は失われてるわよ! お返しするとお伝えしたけど、その、持っていていいと言われて、いただいちゃったのよ!」

「あらあらまぁまぁ! わたくし、副神殿長にアガサ様をエスコートしてくださるように頼んでまいりますわ!」

 わたくしとナニアたちが興奮しそうになりました。わたくしが指示を出すと、ナニアが副神殿長に向かって歩いていきました。

「ファルシア、お手を」

「ファルシア様を譲るのは、今日だけ、今日だけなんだから」

 殿下にエスコートされたわたくしをなぜか恨みがましい目で見ているリーンベルは、ルイス様にエスコートされしっかりと捕えられています。リーンベルのお相手になっていただくのなら、ルイス様くらいしっかりしたお方でないといけませんね。

 わたくしを見て、にこりと微笑まれた殿下のご尊顔になぜか胸が激しくなります。婚約者として今まで共に過ごしてきていたのに、初めての感情……もしかして、これが家庭教師の言っていた“緊張”というものでしょうか? 確かに、本日はたくさんの方がいらしてますし、大変重要な任務がございますものね。

 副神殿長が不思議そうな顔をして、ナニアに連れてこられました。顔を真っ赤にしたアガサ様が、副神殿長にエスコートを頼みます。笑みを浮かべた副神殿長が、アガサ様に手を差し出しました。

 神の国でフィヒアタニ神が興奮なさったのでしょうか? ピンク色の光が一瞬漂ったように見えました。

  わたくしはきっと悪役令嬢として、神々の御心に叶った行動ができたことでしょう。
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