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定まらない気持ちと、これからの一歩
しおりを挟む「んん、ん……?」
いつの間にか眠っていたらしく、起き上がると見慣れない光景に動きが停止する。
……夢じゃ、ないんだな。
眠る前に見た光景だと理解した時、改めて本当に別の世界に来てしまったのだと途方に暮れそうになる。周りを見ると、さっきと変わらない部屋、変わらない装飾、変わらない物たち。座ってボーッと周りを見ていた俺。
これからどうしたらいいんだろう。この部屋はいつまで……。いや、もしかして宿みたいなものか?そうだとしたら、宿泊代が必要になってしまう。でも俺は一文無しで、来ていた服のポケットにだって何一つ入ってなかった。あれ、俺ここにいたらまずいのでは?
考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりしてしまい血の気が引いてくる。やばい、この服も着てしまったけど、別料金がかかるやつかもしれない。俺は慌てて脱ぐが、さすがに一度着たものを戻すことはできず、畳んで綺麗に置いてみる。そして、申し訳ないがカイラが置いていったマントをもう一度身体に巻き付ける。
深呼吸をすると、そろっと扉を開けてみる。誰もいない?と恐る恐る部屋の外に足を踏み出すと、
「――ユウト様。いかがなさいましたか?」
静かな声で横から話し掛けられ、驚きすぎて心臓が飛び出るかと思った。ドキドキと早くなった鼓動に、胸を押さえながら聞こえた方へ顔を向けると、俺をここまで案内してきてくれた紳士な執事が静かに佇んでいた。
「あ、あの、俺、お金持ってなくて、服も中にあったもの少し着てしまって、ええっと、ちょっと寝てしまって、その……」
泥棒とか思われたらどうしよう、この場合は何になるんだ?犯罪者になる?捕まったりする?色々考えてしまいながら、とにかくどうにかしないと、と言い訳じみた言葉が支離滅裂に出てくる。俺はテンパっていると自覚しながらも口を動かす。すると、
「ユウト様、何も問題ございませんよ」
微笑みながら静かにそう言われる。俺は口をつぐみ、思わずじっと見返すと、
「この部屋はユウト様のために用意されたものであり、部屋の中の物はユウト様の物でございます。……と言っても、納得されませんのは承知しております。そうですね、ユウト様はこちらにいらっしゃったばかりでございます。そのような方を放り出すほど我が国は無慈悲ではありません。この国で生きる力をつけていただくために提供しているのです」
ゆっくり、静かに説明されて、何とか理解しようと頑張る俺。だが、理解しようにも、この国にとっては突然来た得体の知れない人物である俺の面倒を見るメリットが分からなくて、全てを理解しきれない。
「ユウト様、今日はゆっくりお休み下さい。部屋の物は何をどのように使っていただいても構いません。あなたの安寧が私達の望みなのです」
俺の混乱が伝わってしまったのか、なだめるようにそう言われ、そっと部屋に戻るように促される。俺はそれに逆らうことが出来なくて、促されるまま部屋へと戻ってしまったのだった。
「あれ、もしかしてここから出られないようにされてる……?」
ベッドの上に乗って膝を抱えて座りながら、言われた言葉を考えていると、そんな気がしてきて落ち着かなくなる。いや、確かにすごい力を持っているわけでもなく、お金もない、平凡な俺がこんなサービスを提供される理由はないけれど、でも閉じ込めても何もならないし……。
考えても分からないし、俺はどうなるんだろうとまた不安が押し寄せてくる。顔を膝に押し付けて、なくならない不安に泣きそうになっていた時。
――――コンコン。
扉がノックされて飛び上がった。
「は、はい……?」
ビビりながら扉に近づき、返事をすると、ガチャッと開けられる。そのまま勢いよく入ってきた人にぶつかる!と反射的に目をギュッとつむると、
「ユウト、会いたかった……」
ギュッと身体が温かいものに包まれて、ため息ととも吐き出された声にハッとする。
「カイラ……?」
「うん、ただいま。さみしくなかった? 俺のマント着てるの可愛い。何してたの? お腹空いてない?」
矢継ぎ早に聞かれて、呆気に取られるが、どこかホッとして無意識的にカイラの胸に顔を埋めた。すると、カイラが黙ってしまい、どうしたのだろうと疑問に思いながら顔を上げてハッとする。
「あっ、す、すみません!」
慌てて離れようとすると、さっきより強い力で抱き締められてギョッとする。
――グルルルル
肉食獣の唸るような音が聞こえて身体が強張る。こんなに密着していたら、それがカイラから聞こえてきたと分かってしまう。お、怒らせてしまったんだろうか、俺、俺、食べられ……?
「ごめんユウト、怒ってるんじゃないんだ。はぁ、可愛すぎてどうにかなりそう……」
俺がビクビクしていることに気がついたのか、カイラはそう言うと、優しく背中をさすってくれる。それに徐々に安心して、身を任せていると、突然抱き上げられて目を見開く。そして、さっきまでいたベッドに運ばれ、優しく降ろされた。俺はそれに驚いて思わずベッドの上で後退る。すると、カイラが苦笑して、
「怖がらせることはしない。……だんだんと慣れてはくれてるみたいで良かった」
愛おしそうに俺の頬に手を当てて言うものだから、ポカンとしてしまう。
「もっと触れたいけど、我慢する。今日は休んで」
そっと肩を押されて寝転ばされると布団を掛けられる。さっきちょっと寝てたんだけど、と思うが、同じく横に寝転んだカイラが俺を抱えるようにして抱き締めてきて、何故か自然と瞼が落ちたのだった。
――――
「えっと、ここはサライル国。獣人や亜人、他にも色んな種族が共存している……」
今、俺は勉強を教えてもらっている。と言っても、計算とかではない。いわゆる、この世界のことについてだ。2回寝て、2回とも起きた時に変わらない光景を見て俺はここで生きていかないと駄目なんだとようやく理解した時、考えたのは最低限の知識が知りたいということだった。
「カイラ、聞いてもいいですか?」
「何?」
起きると当たり前のようにいて俺をじっと見ていたカイラと目が合った時は思わず叫んでしまったけれど。
あんなに怖いと思っていたのに、カイラが傍にいてくれると安心する自分もいて、相反する気持ちに違和感があるのだが、今はそれどころではない。とにかく、一人で生きるためには、必要なことは山程あると気付いて、カイラに聞いたのだ。
「一人で生きていくために、ここの世界のことを学びたいのですが、どうすれば……」
そう聞いた時、カイラは目を見開いたかと思うと、どんどん顔が険しくなっていった。そして、「あ゛ぁ!?」と低く唸るように返された時、俺はビビり倒して泣いてしまった。
「ひっ、あ、あ、ごめ、ごめんなさっ……!」
身体が震えて、顔を腕で隠して離れようとする俺に、
「っ、ごめん! ユウト、ごめん、怒ってない、あぁ、俺最低だ……」
慌てたように屈んで覗き込んできたカイラが、眉を下げて泣きそうな顔で謝ってきた。俺は涙が溢れてしまってボタボタと床に落としながら、カイラを見て怒っていない様子にそれ以上離れるのを止める。
「ユウト……」
カイラはそっと俺の腕を掴んで引き寄せると、優しく抱き締めた。
「ごめん、俺から離れるって言われたのかと思って、つい……」
よしよしとあやすように背中をポンポンとされながら、だんだんと落ち着くのが分かった。俺、どうしたんだろう。カイラといると、情緒不安定になっている気がする。さっきのだって、別にそんなに怖がるようなことじゃなかったし、そこまで大げさに反応するようなことでもなかった気がする。俺は鼻をすすりながらされるがままでいると、
「っ、ユウト、俺に身を任せてくれてるの?」
そう言いながら息を呑む音が聞こえて、駄目だったのだろうか、と慌ててカイラの胸に手をついた。
「顔上げて?」
どこか甘やかすような口調で言われて、誘われるように顔を上げると、カイラと至近距離で見つめ合う形になる。そうなった時に、やっと俺は我に返って慌てて腕の中から出たのだ。
あ、危ない、流されすぎだろ……!本当に俺はどうしたんだ……!
悶々としていると、扉がノックされ、昨日の執事さんが食事とともにこの世界についての知識を学ぶか聞いてきたため頷いたのだ。
……そして、話は戻って勉強の時間となった。
別の部屋に案内されると、座り心地の良いソファに促され、先生らしき人が向かい側に座って始まったのだが、そこから始まったのは、俺が経験してきたノートとペンを持って話を聞く、ではなく。談笑……?というか、おしゃべりというか……。
「それでですね、私が小さい時は近所に狐族がいて、まぁこれが弁が立つんですよ。ただの石ころでもまるで魔石のように話して売っていましたよ。そう、魔石といえば……」
「この国は比較的温暖で、甘い果物がよく育つのですよ。でも魔物もその分寄ってくることが……」
先生の話は、世間話のようでいて、この国の特色やこの世界での常識のものを上手く織り交ぜて説明してくれていることに気付く。俺は少し楽しくなりながら、話に聞き入った。
「では、本日はこの辺にしておきましょうか」
先生に言われた時、俺はまだまだ大丈夫、と返そうと思ったが、先生にも都合があるよな、と飲み込んだ。すると、
「ユウト様、あなたより優先することなどありませんよ。しかし、少しずつにしないと疲労が溜まってしまいます。時間はあるのですから、ゆっくり慣れてくださればいいのです」
優しく言われ、はい、と頷いた。でも、時間がまだまだあるかは分からないし、もしここを追い出されたら学ぶことも出来ないという不安はあるため、早くどうにかしないとという気持ちがあるのだ。
「もういいんだろ。……ユウト、休憩しよ?」
そう、俺の後ろに静かに立っていたカイラが、先生に向かって言った後、俺を見下ろして優しく微笑みながら手を取ってきた。
「え、あ、うん。先生、ありがとうございました」
「ユウト様からのお言葉、感謝致します」
先生は、カイラの言葉に気を悪くした様子はなく、穏やかにそう言うとカイラに連れられる俺に手を振ってくれたのだった。
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