森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる

文字の大きさ
8 / 46

第6話 マーリクとの交渉①

しおりを挟む
  レオンが天幕から出ると、さっそくエイダンが近づいてくる。


「どうすんだ?」

「連れて行くしかないだろう」

「そうだろうけどよ。やっかいだな」

「日が出たらマーリクに交渉だ」


 マーリク・ウルハ・ラシッドは二人が護衛している隊商のリーダーで、国から国へと渡り歩き、あらゆる物資を売買する大豪商の旦那である。

 腹の出たおおらかな見た目に反し、その目は鋭く光り、金儲けの機に敏い男であった。

 金にもならない貴族の少女を連れて行きたいなどと言ったら、渋るに違いなかった。

 護衛代の値引きを条件にするしかないか、とレオンは考えていた。

 しかし、その予想は大きく外れることになる。




 朝日が昇り、小間使いたちが動き出したころ、夜番の任が解かれ、レオンはマーリクの天幕へ向かった。


「おお、護衛殿。朝からどうされた。夜中のうちに魔獣でも現れましたかな?」


 レオンをキャラバンの護衛として雇っているのはマーリクであるが、主従関係にあるわけではない。

 オーウェルズ国の王都にある冒険者ギルドで、レオンの名を知らぬものはいないほどに、レオンは腕利きの冒険者である。

 マーリクはレオンがまだ駆け出しの冒険者のころから、指名して護衛を依頼していた。

 名が売れていなくても、その実力、実直さを買っていた。

 長い道のりを往来するキャラバンには護衛は不可欠な存在である。

 オーウェルズ国から陸路でナバランド国へ向かうには、スコルト国を経由しなくてはならないのだが、スコルト国とナバランド国の国境付近では山賊が頻繁に現れて、いくつもの隊商が襲われ無残に殺され、金目のものはすべて強奪されていた。

 スコルト国の警邏隊が山賊の討伐を謳って山狩りを度々行うも根城は見つからず、囮作戦を立てるときは、まったく襲って来ないといったことが繰り返されている。

 山賊がいくばくかの上納金をスコルト国に納めているという噂があるが、あながちデマとも言い切れない事態であった。

 山賊と並んで危険視されているのが、魔獣である。

 人里離れた街道では、日夜問わず魔獣が出没する。

 魔の森の魔獣が恐れられているのは、特にその個体が矢鱈と大きいことと、狂暴であることが知られているためだが、魔の森ほどでなくともたいていの魔獣は狂暴で人を見れば襲う。

 だから、腕利きの冒険者を雇うことが必要であった。


「灰色狼が数体、人を襲っていたので助けに入った」

「それはご苦労でしたな」

「頼みがあるのだが…」

「レオン殿が頼み事とは、珍しいこともあるものだ。一体なにかね」


 マーリクは人が好さそうに、にっこりと笑って見せるが、鷹のような目が笑っていないことは隠せていなかった。


「助けた少女がケガをしていて、一緒に連れて行ってやりたいのだが」

「ふむ・・・その少女をここへ」


 マーリクは、笑顔を引っ込めて付き人に命じると、レオンに向き直る。


「もちろん人助けはする。しかし、やっかいごとに巻き込まれるはごめんだ、ということは、レオン殿にもわかるでしょうな」

「ああ」

「ふむ・・・次の町まで、と言いたいところだが。レオン殿はどうされるつもりだ」


 マーリクが懸念している通り、次の町でアリステルを置き去りにしなくてはならないのであれば、レオンはそこで護衛を降り、アリステルの世話をしてやらねばならぬと考えていた。

 親に捨てられた身寄りのない子供なのだ。

 たまたま通りがかり助けたのも何かの縁、少なくともアリステルの行く先がはっきりと決まり、心配がなくなるまでは面倒を見てやるのが大人の務めだと、そう思うのだ。


「すまんが別の護衛を雇ってくれ」

「レオン殿の代わりなど、次の町で見つかるわけがないな」

「では、金は俺が払うから、客として王都まで連れて行ってくれないか」

「ふむ・・・」


 マーリクがなにやら思案顔になったところに、アリステルを連れて付き人が戻って来た。


「こちらに入りなさい」

「失礼いたします」


 そう言って天幕に入り、そばまで寄るとアリステルはスカートの裾をつまんで、マーリクに挨拶をした。


「はじめてお目にかかります。アリステルと申します。危ないところを助けていただいて感謝申し上げます」


 マーリクがいつになく柔和にほほ笑んだ。


「これはこれは、ご丁寧に痛み入る。私はマーリク・ウルハ・ラッシド。オーウェルズのしがない商人です。アリステル様は、ナバランド国のお貴族様と見受けますが」


 アリステルは困ったように首を横に振った。


「親に捨てられたのです。もう貴族ではありませんわ」

「それはお気の毒でしたな。それで?私共と一緒にオーウェルズ国を目指したいということでしたかな」

「ええ、ご迷惑でしょうけれども、連れて行ってください」

「ふむ・・・。失礼ですが、オーウェルズに行って、どうされるおつもりで?」


 どうするも何も、アリステルにはどうしたよいのか皆目見当がつかなかった。

 長いこと親に冷遇されていたとはいえ、由緒ある伯爵家の令嬢であるから、自分の手で家事などできるはずもなく、また社交や家の事業の手伝いも一切させてもらっていないため、助けになる伝手など、ましてや外国に、あるわけもなかった。


「わたくしは、これから自分一人で生きていかなくてはなりません。そのために、お金というものが欲しいのです。お金がなければ生きていけないと、聞いたことがありますわ」


 まさか生粋の令嬢から、お金が欲しいという言葉を聞くとは思わず、マーリクは愉快な気持ちになった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。

バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。 瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。 そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。 その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。 そして……。 本編全79話 番外編全34話 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】妹ばかり愛され追い出された姉ですが、無口な夫と暮らす日々が幸せすぎます

コトミ
恋愛
 セラフィナは、実の親と、妹によって、家から追い出されることとなった。セラフィナがまだ幼い頃、両親は病弱なカタリナのため設備環境が良い王都に移り住んだ。姉のセラフィナは元々両親とともに住んでいた田舎に使用人のマーサの二人きりで暮らすこととなった。お金のない子爵家な上にカタリナのためお金を稼がなくてはならないため、子供二人を王都で暮らすには無理があるとセラフィナだけ残されたのだ。そしてセラフィナが19歳の時、3人が家へ戻ってきた。その理由はカタリナの婚約が上手くいかず王宮にいずらくなったためだ。やっと家族で暮らせると心待ちにしていたセラフィナは帰宅した父に思いがけないことを告げられる。 「お前はジェラール・モンフォール伯爵と結婚することになった。すぐに荷物をまとめるんだ。一週間後には結婚式だ」  困惑するセラフィナに対して、冷酷にも時間は進み続け、結婚生活が始まる。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。

雨宮羽那
恋愛
 聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。  というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。  そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。  残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?  レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。  相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。  しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?  これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。 ◇◇◇◇ お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます! モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪ ※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。 ※完結まで執筆済み ※表紙はAIイラストです ※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

処理中です...