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第7話 マーリクとの交渉②
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「そうですぞ。お金がないと生きていけない。お金を使ったことは?」
「それが、ありませんの。でも、お品物を買うときにはお金が必要なことは知っています。そうなのですよね?」
「そうです。お金と物を交換するのです。何か食べたいと思ったら、お金と食べ物を交換する。服もそうです。お金があれば欲しいものとなんでも交換できる」
「まぁ、お金とはすばらしいですわね。お金というものはどのように手に入れるものなのですか」
あまりのお嬢様ぶりにレオンは変な顔をしてアリステルを見ていたが、マーリクは楽しそうに、丁寧に返答した。
「お金の手に入れ方は人によって違うのです」
「え、そうなのですか?」
「そうですぞ。私は仕入れてきた物を売ってお金をもらう。そこらへんに落ちている石でも、枝でも、何でもいい。磨きをかけて価値を高めると、欲しいと言ってお金を出す人がいる。遠くの国へ行って珍しいものを仕入れてくれば、これまた買った金額より高く売れる。物を売り買いして暮らしているのが商人ということですな」
「そうなのですね!」
「アリステル様の元のご家族は、お貴族様だったのでしょうから、領地があって領民がいる。領民が田畑を耕し作物を売ったり、商売をして売り上げたりしたお金の一部を税金として手に入れるのです。その代わり、領地の困りごとを解決したり、領民が暮らしやすくしたりする義務がある」
アリステルは目を輝かせて話に聞き入った。伯爵家で受けた学習では、そのようなことを聞いたことがなかった。
領地経営の教育は兄のハリソンだけが受けていた。
「それでは、レオン様はどのようにお金を手に入れているのですか?レオン様もお金を持っていますの?」
「ああ、少しは持っている。金は労働の対価として支払われるものだ。なにか仕事をする。そうすると金がもらえる。たとえば俺はこの隊商の護衛をしている。無事に町まで隊商を送り届けたら、金がもらえる」
「まぁ!それならわたくしもお仕事がしたいです。お仕事をさせてくださいませんか」
ワクワクと両手を胸の前で組んで、アリステルは言った。
レオンは思わず言葉につまった。
貴族の娘が仕事をするなど、聞いたこともなかった。
王宮などで侍女として働いたりする令嬢もいるが、レオンの知るところではない。
仕事がしたいと聞いて、いよいよマーリクは声をたてて笑った。
愉快で仕方ないように。
「アリステル様は、何ができますかな?」
「わたくしができることは、そうね、ダンスかしら」
「ほう。ダンスがお得意なのですな。では踊り子として働けるかもしれません」
「まぁ、踊り子!」
目を輝かせるアリステルを見て、レオンが慌てて話に割って入る。
「マーリク、冗談はよせ。踊り子などと。アリス、踊り子はただ踊っていればよいわけではない。酒の席に呼ばれれば酌もするし、客に望まれれば、その・・・閨にも侍らなくてはいけない」
「閨!?」
アリステルは顔を赤らめて口元を両手の指先で覆った。
閨で行われる房事の詳細は知らなかったが、口さがないメイドたちの話から、どうやら男女がむつみ合うことらしいと察していた。
踊り子とはダンスを披露するだけの仕事ではないようだ。
「そ、それはわたくしには務まりそうもありませんわね・・・」
「アリスのような子供だって、踊るだけで客は取らないということはできない」
「わたくし、もう子供ではありませんわ。次の誕生日を迎えればデビュタントの年ですもの。もう立派な大人です。でも、ええ、踊り子は無理そうですわ」
16歳になると貴族の娘たちは社交界にデビューする。
そこで見初められて結婚する者もいるし、家が決めた相手と結婚する者もいるが、16歳になるまでは正式に婚姻を結ぶことができない。
アリステルは小さく痩せこけていたので、15歳には見えなかった。
しかし、レオンの感覚からいえば15歳であろうと子供には違いなく、踊り子のような仕事をさせたくはない。
もちろんその様な悠長なことを言えない者たちもいる。
親をなくした幼い子供が、生活のために早くから身売りをせねばならず、たくさん花街にあふれていることは知っている。
自分もそんなどん底の世界から這い上がってきたのだから。
「そうですか。では、他に何ができますかな?たとえば、料理とか、洗濯とか、掃除とか」
アリステルは情けなさそうに俯いた。
「わたくし、お料理も、お洗濯も、お掃除もしたことがございません。そういったことができないと、お仕事とは難しいのですね」
家事ができなければ、仕事というより生活ができない。
そのことをしかし、マーリクは指摘しなかった。
「ふむ、他にできることは?」
「・・・思いつきませんわ。わたくし、何もできることがないのだわ」
「語学はどうですかな?今、私とこうして話しているのは大陸の共通語だが、他の言葉は?」
「言葉でしたら、共通語の他にナバランド語、スコルト語、オーウェルズ語、それから少しですがスパニエル語も話せますわ」
スパニエル語は大陸の西の海を渡ったところにある、別の大陸で共通語として使用されている言葉である。
貿易の必要性から、ナバランドの貴族であれば、幼いころからスパニエル語も学ぶ。
「おお、それは素晴らしい。私の友人が娘に家庭教師をつけたいので、貴族のマナーができて、語学に堪能な若いお嬢さんを探していましてな。アリステル様さえ良ければ、紹介できますぞ」
「家庭教師。それは素敵ですけれども…わたくしに務まるかしら」
ヴァンダーウォール家が雇っていた家庭教師のサミュエル先生は、マナーだけではなく、ダンスも、勉強も教えていた。
サミュエル先生はいつでも優しかった。5歳で学び始め10歳で別棟へ移るまで、様々なことを教えてくれた。
自分にあのようなことができるだろうか?アリステルには自信が持てなかった。
「一度会ってみてはいかがかな?」
アリステルはしばし悩んだが、もうそれしか道がない。
「会ってみたいと思います。どうぞよろしくお願い致します」
「いいでしょう。それでは女衆の天幕に寝泊まりできるよう手配をしておきましょう」
「それが、ありませんの。でも、お品物を買うときにはお金が必要なことは知っています。そうなのですよね?」
「そうです。お金と物を交換するのです。何か食べたいと思ったら、お金と食べ物を交換する。服もそうです。お金があれば欲しいものとなんでも交換できる」
「まぁ、お金とはすばらしいですわね。お金というものはどのように手に入れるものなのですか」
あまりのお嬢様ぶりにレオンは変な顔をしてアリステルを見ていたが、マーリクは楽しそうに、丁寧に返答した。
「お金の手に入れ方は人によって違うのです」
「え、そうなのですか?」
「そうですぞ。私は仕入れてきた物を売ってお金をもらう。そこらへんに落ちている石でも、枝でも、何でもいい。磨きをかけて価値を高めると、欲しいと言ってお金を出す人がいる。遠くの国へ行って珍しいものを仕入れてくれば、これまた買った金額より高く売れる。物を売り買いして暮らしているのが商人ということですな」
「そうなのですね!」
「アリステル様の元のご家族は、お貴族様だったのでしょうから、領地があって領民がいる。領民が田畑を耕し作物を売ったり、商売をして売り上げたりしたお金の一部を税金として手に入れるのです。その代わり、領地の困りごとを解決したり、領民が暮らしやすくしたりする義務がある」
アリステルは目を輝かせて話に聞き入った。伯爵家で受けた学習では、そのようなことを聞いたことがなかった。
領地経営の教育は兄のハリソンだけが受けていた。
「それでは、レオン様はどのようにお金を手に入れているのですか?レオン様もお金を持っていますの?」
「ああ、少しは持っている。金は労働の対価として支払われるものだ。なにか仕事をする。そうすると金がもらえる。たとえば俺はこの隊商の護衛をしている。無事に町まで隊商を送り届けたら、金がもらえる」
「まぁ!それならわたくしもお仕事がしたいです。お仕事をさせてくださいませんか」
ワクワクと両手を胸の前で組んで、アリステルは言った。
レオンは思わず言葉につまった。
貴族の娘が仕事をするなど、聞いたこともなかった。
王宮などで侍女として働いたりする令嬢もいるが、レオンの知るところではない。
仕事がしたいと聞いて、いよいよマーリクは声をたてて笑った。
愉快で仕方ないように。
「アリステル様は、何ができますかな?」
「わたくしができることは、そうね、ダンスかしら」
「ほう。ダンスがお得意なのですな。では踊り子として働けるかもしれません」
「まぁ、踊り子!」
目を輝かせるアリステルを見て、レオンが慌てて話に割って入る。
「マーリク、冗談はよせ。踊り子などと。アリス、踊り子はただ踊っていればよいわけではない。酒の席に呼ばれれば酌もするし、客に望まれれば、その・・・閨にも侍らなくてはいけない」
「閨!?」
アリステルは顔を赤らめて口元を両手の指先で覆った。
閨で行われる房事の詳細は知らなかったが、口さがないメイドたちの話から、どうやら男女がむつみ合うことらしいと察していた。
踊り子とはダンスを披露するだけの仕事ではないようだ。
「そ、それはわたくしには務まりそうもありませんわね・・・」
「アリスのような子供だって、踊るだけで客は取らないということはできない」
「わたくし、もう子供ではありませんわ。次の誕生日を迎えればデビュタントの年ですもの。もう立派な大人です。でも、ええ、踊り子は無理そうですわ」
16歳になると貴族の娘たちは社交界にデビューする。
そこで見初められて結婚する者もいるし、家が決めた相手と結婚する者もいるが、16歳になるまでは正式に婚姻を結ぶことができない。
アリステルは小さく痩せこけていたので、15歳には見えなかった。
しかし、レオンの感覚からいえば15歳であろうと子供には違いなく、踊り子のような仕事をさせたくはない。
もちろんその様な悠長なことを言えない者たちもいる。
親をなくした幼い子供が、生活のために早くから身売りをせねばならず、たくさん花街にあふれていることは知っている。
自分もそんなどん底の世界から這い上がってきたのだから。
「そうですか。では、他に何ができますかな?たとえば、料理とか、洗濯とか、掃除とか」
アリステルは情けなさそうに俯いた。
「わたくし、お料理も、お洗濯も、お掃除もしたことがございません。そういったことができないと、お仕事とは難しいのですね」
家事ができなければ、仕事というより生活ができない。
そのことをしかし、マーリクは指摘しなかった。
「ふむ、他にできることは?」
「・・・思いつきませんわ。わたくし、何もできることがないのだわ」
「語学はどうですかな?今、私とこうして話しているのは大陸の共通語だが、他の言葉は?」
「言葉でしたら、共通語の他にナバランド語、スコルト語、オーウェルズ語、それから少しですがスパニエル語も話せますわ」
スパニエル語は大陸の西の海を渡ったところにある、別の大陸で共通語として使用されている言葉である。
貿易の必要性から、ナバランドの貴族であれば、幼いころからスパニエル語も学ぶ。
「おお、それは素晴らしい。私の友人が娘に家庭教師をつけたいので、貴族のマナーができて、語学に堪能な若いお嬢さんを探していましてな。アリステル様さえ良ければ、紹介できますぞ」
「家庭教師。それは素敵ですけれども…わたくしに務まるかしら」
ヴァンダーウォール家が雇っていた家庭教師のサミュエル先生は、マナーだけではなく、ダンスも、勉強も教えていた。
サミュエル先生はいつでも優しかった。5歳で学び始め10歳で別棟へ移るまで、様々なことを教えてくれた。
自分にあのようなことができるだろうか?アリステルには自信が持てなかった。
「一度会ってみてはいかがかな?」
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