森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる

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第8話 女衆

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 マーリクのキャラバンには、煮炊きや洗濯など身の回りのことを担当する小間使いの女たちが同行している。

 国越えは、時には危険な魔獣に襲われることもあったし、盗賊の類に襲われることもあり、男でも音をあげるような旅である。

 しかしキャラバンの女衆は魔獣との戦闘を見てもビクともしない、肝の据わった女たちで、いつも陽気に歌ったり、笑ったりして旅程をこなす。



 今日も夕暮れの空の下、美しい旋律の民謡が女衆によって紡がれている。

 これはマーリクの故郷、遠い異国の曲だと言う。

 神への祈りの唄である。

 その女衆の中に、昨日から新入りが入った。

 護衛のレオンが魔の森から拾ってきた少女、アリステルである。

 キャラバンの主マーリクに言われて女衆はアリステルを迎えたが、初めて目にしたアリステルは、それはもう痛々しく、同情を誘う姿であった。

 水色のきれいなドレスはビリビリに破け、泥だらけに汚れてしまっている。

 髪も顔も同じように泥まみれで、手足には包帯代わりの白い布が巻かれている。

 アリステルと同じくらいの子供を王都に置いて出かけて来ているムニーラという女が、アリステルの世話係を買って出た。


「あたいはムニーラ。あんたの名前は?」

「わたくしはアリステルと申します。アリスとお呼びください」

「アリスだね。可哀そうに。まずは着替えだね」


 そう言って、自分の荷物から紅色の一幅の布を取り出した。

 アリステルのドレスを脱がせると、布を器用に体に巻き付けドレープの美しいワンピースのように仕上げた。


「まぁ…!素敵だわ。ムニーラ様は魔法を使ったのでしょうか?」


 アリステルが目を輝かせてそう言うと、女たちは楽しそうに笑い声をあげた。


「そうさね、女はみんな魔法が使えるのさ。あんたも大人になって恋をしたら、魔法が使えるようになるよ」

「ちがいない」

「様なんて、やめておくれよ。みんなには姐さんと呼ばれているんだ」

「姐さん、ですか?」

「ああ、そうさ。あたいが年上だからね」

「そうなのですね。わかりましたわ」

「さ、野営地に着いたようだよ。準備を始めよう」


 野営の予定地に到着し馬たちが足を止めると、男も女も野営の準備に取り掛かる。

 天幕を張るのは男衆。

 護衛のエイダンとレオンも、辺りを警戒しつつ天幕を張るのを手伝っている。

 木立に入って焚火にくべる枝を取って来るのは、まだ少年の見習いたち。

 女衆はかまどを作り、火をおこし、夕飯の煮炊きを始めている。

 馬の世話をする者もいる。

 水をやったり、餌をやったり、体を布で拭いてやったりしている。

 アリステルも何かの役に立てればと、手伝いを申し出た。


「手伝ってくれるのかい?じゃあ野菜の皮むきをやっておくれ」

「わかりましたわ。皮って言うのは、どれのことですの?ふむふむ、わかりましたわ。どうやってやればいいんですの?ふむふむ、ナイフで薄く切るのですね。やってみますわ」


 当然、刃物を持ったことがないので使い物にならない。

ジャガイモを分厚く切り落とし、ついでに指も切った。



「あっ…。指も切れてしまいましたわ」

「何やってんだい!気を付けないと!ほら、貸してごらん。傷に軟膏を塗って、布を巻いておきなよ」

「お役に立てず残念ですわ…」



 アリステルはしょんぼりと席を立った。


 その次は、水を汲もうと思って桶を手にした。


「お、重いのですね、水って」


 桶が持ち上がらず、困ったアリステルは、桶を地面に置いたまま横から押してみた。

 すると、チャップチャップと桶の半分ほどの水がこぼれてしまった。


「おい、お前。水を無駄にするなよ!周りにこぼすくらいなら止めておくれ!」


 と、商人見習いの少年に言われてしまった。

 枝を拾って来ようとしても、薪に適した乾いた枝の区別が付かず、どれを拾ってよいかわからない。

 馬の世話がまだしもアリステルにもできそうと思ったが、馬たちに馬鹿にされているのか、もしゃもしゃと髪の毛を食べられたり、くしゃみをひっかけられたりと散々である。

 アリステルは自分が何もできないという事実に向き合わなければならなかった。


「どうした、アリス。」


 落ち込んでいるアリステルを見かけ、レオンが声を掛けた。


「わたくし、何のお役にも立てないのです。こんなに自分が何もできないなんて知らなかったのです」

「そうか…。誰にでも“初めて”があるんだ。初めから上手にできる奴なんかいない。これからできるようになっていけばいいだろ」


 そう言って、レオンはアリステルの髪をクシャッと撫でた。

 アリステルは泣きそうになっていたが、レオンの言葉に勇気づけられた。


「ありがとうございます、レオンさん。少し元気が出ました」


 アリステルが笑顔を取り戻したとき、エイダンが二人に声を掛ける。


「おーい、食事ができたから取りに来いってさ」

「ああ、わかった」


 レオンとエイダンが炊事場に現れると、女衆から黄色い声が上がる。

 二人は女衆から人気があった。


「エイダン!遅かったじゃない」

「レオン、たくさん食べてね」

「アリスはこっちでスープをよそっておくれよ!」


 エイダンは整った顔立ちに巧みな話術、だれにも好かれる愛嬌のある性格で女たちにもかわいがられた。

 日に焼けてたくましい女たちでも、エイダンはまるで宮殿にいる貴婦人のように扱うので、女たちも照れながらも満更ではなく、頬を染めたりもした。

 一方、レオンは真面目で無表情、黙々と自分のやるべきことをこなす。

 一見すると冷たい印象なのだが、女が重い物を運んでいると、黙って引き受け運んでくれる。

 そんな自然体の優しさが女たちの心をつかんでいる。

 エイダンはにこやかに女たちの声掛けに手を上げて答えると、先に食事を取ってズンズン歩いて行くレオンを追った。


「おい、レオンさんよぉ。もう少し姐さんたちにサービスしてやれよ」

「サービス?」

「姐さんたちがキャーキャー言ってるのはわかってるんだろ?にこやかに手の一つでも振ってやれよ。女を喜ばせるのも男の務めさ。そうすればまた次の食事を増やしてもらえて、姐さんたちも幸せ、俺たちも幸せ。だれも損をしないだろ?」

「…俺はそういうのは好きじゃない」

「そうやって硬派気取ってるところがいいとか言われてるんだろうなぁ」


 やっかみ半分で絡んでくるエイダンに、レオンは迷惑そうな顔をしただけで何も答えなかった。
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