神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

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 駅の券売機で切符を買い改札を抜け、下りのエスカレーターを降りた私は、地下とは思えないほど昼白色のLED照明がまばゆい東京メトロ、東西線の地下鉄駅構内から先頭車両が独特な曲線のアルミニウム合金製車両に乗り込む。

「発車いたします。閉まるドアにご注意下さい」

 地下鉄構内で放送されている女性の声による規則正しい自動音声アナウンスに被せるように、中年の男性車掌「発車いたします」という注意放送を早口で言い終えると同時に、ゆっくりとエアコンプレッサーの空気音がドア付近から響き、電車の白い二枚扉が左右から動いてぴったりと閉まった。

 床下のモーター音が早くなるのに呼応するように電車はスピードを上げる。窓の外から見える景色の流れからも、それは間違いないようだ。車内では次の到着駅を知らせる日本語の音声アナウンスに続き、英語のアナウンスが明瞭な音で流れる。

 ガタガタという電車が線路を通る際、特有の音と軽い揺れを感じながら蛍光オレンジの手すりを掴んだ後、青い布張りの座席に座った。窓から見えるのは代わり映えしないコンクリートの壁と等間隔で横切る白いLED照明。地下鉄特有の景色に飽きた私は、心地よい電車の振動に誘われるように少しまぶたを閉じた。

 電車に揺られながら小気味よい案内放送を聞き何駅か通過した所で、気がつけば電車は目的地である神楽坂駅に到着し、私は慌てて椅子から立ち上がり複数の降車客に続く。最後に電車から降りると、後方で電車の車掌が大きな声を上げながら安全確認すると同時に電車の扉が閉まり、銀色の電車はモーター音を上げながら真っすぐに走って行った。

 地下鉄構内に大きく反響していた電車の残響がどんどん遠ざかっていく。やがて駅構内には静寂に近い空気と、どこからともなく僅かな足音や構内アナウンスのらしき音が響いている。四角い小さなクリーム色とピンク色のタイルが等間隔にはめ込まれた駅の壁に『T 05 神楽坂』と表記された白い駅名標を確認した時、構内アナウンスの音声が地下鉄の駅構内に響き渡った。

 私は靴音を立てて黄色い線の内側を歩きながら、長い長い駅のホームを飯田橋方面に向かって歩く。清涼飲料水を販売している赤い自販機や灰色の椅子を横目に『神楽坂方面改札』と書かれている黄色い表記をチラリと視認して一番出口へ向かうエスカレーターに乗り上階へと向かう。

 持っていた切符を自動改札機に投入して、改札を出る。右手に切符売り場があるのを見ながら通り過ぎ、さらに階段を上って、ようやく駅の外に出ると眩しい太陽の日差しを浴びながら街の空気を吸い込む。

 車一台通るのがやっとではないかという狭いアスファルト道路の横にある、ベージュ色のレンガで舗装された歩道を歩いていく。都会の真ん中、新宿の一角に位置する場所だと言うのに神楽坂の通りに建っている建築物は意外とこじんまりとした物も多く、街路樹の緑が目に優しい。

 四角い赤ポストがある交差点を渡り、家紋入りの藍染め暖簾をかけている老舗和菓子屋の店頭では魚をかたどった名物の天ぷら最中もなかや、中に白あんや黒糖あん、黄色い柚子ゆずあんが入っていて、外側の皮は薄紅色や薄茶色、白色の愛らしい猫型の最中やうさぎ型の最中が売られている。

 色とりどりの甘味が気になりながらも和菓子屋の前を通り過ぎた。ここから右手の牛込神楽坂うしごめかぐらざか方面に行けば雲蓮社昌譽上人が開山したという法正寺、もしくは真っすぐ歩いていけば開運、厄除けで有名な毘沙門天が本尊の善國寺。左手に行けば岩筒雄命いわつつおのみこと赤城姫命あかぎひめのみことが祀られている赤城神社へ行ける。

 赤城神社に関しては良縁成就や夫婦円満。そして安産祈願を願う女性に人気の神社だという。明治9年に戦火で消失していたが2010年に全ての復興工事が終了し、ガラス張りの社殿が先進的な印象の神社となり、昔ながらの容貌でありながらユーモラスな加賀白山犬というタイプの狛犬なども特徴的で全国的に見ても珍しいスタイルの神社となった。

 女性に人気の神社ということで将来的にはお参りに行きたいと思うが、今の自分に良縁成就の祈願。まして夫婦円満や安産祈願は早すぎる。今日の所は細い路地裏の小路に入り、昔ながらの風情が残る石畳の坂道を歩いていく。

 神楽坂という場所はかつて芸者の集まる花街として栄えた土地だという。まるで江戸時代のような風情が残る瓦屋根の建物や石造りの路地裏もその名残だろうか。そんなことを考えながら歩いていると、ひっそりと佇む雑居ビルの一階に隠れ家的な飲食店が見えた。

 季節のフルーツとたっぷりの生クリームが添えられた自家製の和風パンケーキと抹茶や香り高いコーヒーが人気の和カフェ。その店の三階に目的の場所があった。神楽坂探偵社。私の兄、真宮ユウトが経営している小さな探偵事務所である。

 和カフェを横目に三階まで上がった私は軽く事務所のドアをノックして扉を開けた。すると窓際の事務机の椅子に座った兄、真宮ユウトに兄と同年代であろう、若い女性が肩にかかるセミロングの黒髪を揺らしながら何やら抗議している姿が見えた。
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