神楽坂探偵社の妖怪事件簿

中野莉央

文字の大きさ
5 / 62

5

しおりを挟む
 なるほど。ただ婚約者の家で買われていた犬というだけでなく、自分の家族同然である飼い犬たちから産まれた仔犬が立て続けに三匹も亡くなったというのは他人ごとではないと感じたのだろう。沖原沙織さんは沈痛そうな表情で睫毛を伏せた。

「最初に実紀夫さんから『もらった犬が二匹、死んでしまった』って聞いた時はとても悲しかったけど不運な事故だったんだろうと思ったわ。そして彼は狩猟をやっていて猟犬が必要だって言ってたし、実家でまた仔犬が産まれたから北海道犬の仔犬を三匹あげたの。でもあげた仔犬の一匹が一週間前に死んでしまって……」

 つまり沖原沙織さんは実家で産まれた犬を合計五匹、婚約者である金森実紀夫に渡したがその内、三匹はすでに死んでいるということになる。

「それは悲しいですね……。でも死んだ犬に外傷は無かったんですよね?」

「ええ、実は亡くなった犬の遺体は私も見てるの。三匹とも外傷は無くて外で死んでいたから凍死してしまったんだろうって実紀夫さんも言ってたし、実は警察にも相談したんだけどやっぱり『凍死したんでしょう』って言われたわ」

「あの、非常に言いにくいんですけど。私や兄が現地に行ってもあまりお役に立てないかと……」

「そんなことはないと思うわ。逆にナオミちゃんが真宮くんと言ってくれることはチャンスだと思うの!」

「え?」

「実は真宮くんにも話して無かったんだけど、実紀夫さんが経営しているペンションには笹野絵里子っていう若い女が料理担当として住み込みで雇われてるの。私の勘なんだけど、その笹野絵里子っていう女。すごく怪しいと思う」

「怪しいと言うと、どんな風に?」

 隣にいる兄が問いかければ沖原沙織さんは自身の両手をギュッと握りしめ視線を鋭くした。

「以前、私が休暇を利用して実紀夫さんのペンションに宿泊して彼と一緒にジビエのディナーを食べてたんだけど、笹野絵里子は自分の分だけラーメンを作ってスタッフルームで食べてたのよ! 普通、住み込みの従業員って、まかない料理を食べるにしても客に出してるのと同じような物を食べるんじゃない!? 怪しいわ!」

「いや、どの程度のディナーだったのかよく分らないですが、高級料理を出してるスタッフが必ずしも常にまかないで高級料理を食べてるとは限らないような……」

「それだけじゃないわ! 犬が死んだ時、私が泣きながら遺体にすがってたら笹野絵里子は私と目があった途端、気まずそうに視線をそらしたの!」

「えぇっと……。怪しいというのは、それが根拠なんですか?」

「女のカンよ! きっと笹野絵里子は実紀夫さんに片思いして嫉妬のあまり、私がプレゼントした犬を殺したのよ!」

 にこやかな美人お嬢さまといった印象だった沖原沙織さんは、セミロングの黒髪を激しく揺らして大理石のテーブルを叩き、笹野絵里子に対する怒りで声を荒げた。その剣幕に私は兄と共に唖然とした。

「あの、それこそ警察案件なんじゃ? もしペットを三匹も殺したんだったら笹野絵里子さんを罪に問えると思いますよ」

「それが実紀夫さんが『死んだモノのことをとやかく言っても仕方ない』ってすぐに、遺体を埋葬してしまって……。笹野絵里子についても怪しいんじゃないかとそれとなく伝えたんだけど笑って全然、本気にしてもらえなかったわ」

「じゃあ、私が行く事で沙織さんが『チャンス』と感じたというのはもしかして?」

「ええ。本来なら真宮くんだけにお願いしようかと思っていたんだけど、ペンションの従業員である笹野絵里子が『東京から犬の死因を調べるために探偵がやってくる』って聞けばきっと、すごく警戒するわ。でも真宮くんとナオミちゃんが兄妹で卒業旅行に来たということで北海道のペンションに宿泊するなら自然でしょう? 笹野絵里子がどんな風に実紀夫さんに接してるか、何か怪しい所がないか観察して欲しいの!」

「はぁ」

 ヒートアップする沖原沙織さんの話を聞き相づちを打ちながら私は若干、引いていた。そして横を見れば兄も私と同様の顔をしていた。これはアレだ。恋愛トラブルってヤツだ。痴情のもつれ的なアレだと。

「まぁ、そういうことなら事情は分かった……」

「分かってくれたのね! 真宮くん!」

「しかし、仮にだ。金森実紀夫が笹野絵里子と恋愛関係である可能性もある訳だが、要するに浮気の証拠があれば掴んでほしいという依頼だな?」

「もし、実紀夫さんが私以外の女と浮気していたら、結果的にそうなるわね」

「これは本来、ウチのような迷子ペットの捜索専門じゃなく、男女間のトラブル案件に強い探偵に浮気の証拠を調査させるという依頼案件なんだがな……」

「もちろん。今回の件は交通費、宿泊費、食費に加えて通常の料金もお支払いするし。犬の死因や万が一、浮気の証拠が見つかれば別途で成功報酬をはずむわ!」

「しかし、調査に全力を尽くしても犬の件にしろ、男女間のことにしろ調べても何も無い。分からないというケースもあるぞ? それでも経費や報酬は貰うが良いのか?」

「構わないわ。実紀夫さんは、結婚を前提に婚約してる相手ですもの。むしろ、何もない方が喜ばしいわ。でも結婚する相手だからこそ不安の芽は消してしまいたいの!」

「分かった。引き受けよう」

「真宮くん! ありがとう! 実紀夫さんには大学時代の同級生である真宮くんが妹と卒業旅行で北海道に行くからって部屋を取ってるの。真宮くんの職業についても内々に伝えてるわ。犬の死因について不信な点が無いか真宮くんに協力してもらって調べてほしい旨も実紀夫さんには伝えてあるから」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...