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人はこれを『恋』と呼ぶ
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「おい、メギス。研究室で寝るなよ」
魔道学院で働く教師がメギスの肩を揺さぶりながら声をかける。
残念ながら顔を腕に埋めながら眠る彼が目覚める様子はない。
「まったく、だから徹夜はやめろって……」
教師は「やれやれ」と言いながらメギスの周りにある試験管をどかしてから、諦めたように部屋から出て行く。
すぅすぅと寝息を立てながら瞼を閉じるメギス。
彼は昔の記憶を夢を通して見ていた。
夕焼けに包まれた魔導学院の研究室。
甘いマンドラゴラの香りがただよう中、学生時代のメギスは、一人研究に没頭していた。
「貴方、なにをやっているの?」
メギスが研究結果を記入しているノートから目を離し、声がした方を見ると茶髪の女の子が立っていた。
ドレスは燃えるような深紅で、瞳は輝かしい琥珀色。顔は作り物のように美しく、見つめているとうっかり呼吸を失ってしまいそうになる。
そういえば、今日は貴族のお嬢様が見学に来ると副学院長が言っていたな。
「錬金術の研究です。たいした物ではありませんよ」
「へぇー、具体的にどのような内容なのか説明してちょうだい」
冗談だろ?
魔道士ならともかく、貴族のお嬢様が理解できるような内容ではないぞ。
しかし、特権階級の者に説明を求められたのならば、こちらはできる限りの努力をして応じるしかない。
メギスは渋々、自身の研究について語り始めた。
できる限り分かりやすく説明したつもりだが、魔法とは無縁そうな生活を送っている彼女に理解できるはずがない。そう思っていたのだが――。
「ようするに、貴方は魂の分解と再合成の研究をしているのね?」
メギスの心配事は全て杞憂であった。
「はい、理解していただけたようでなによりです。いかんせん『魂』を扱うことは、錬金術の中で最も難しい分野ですから。僕の説明力で伝えきれるかどうか心配でしたが……」
「いや、貴方の説明は要点を押さえていて、なおかつ理論的。将来、教師にでもなった方が良いと思うわ」
「そう言っていただけて喜ばしい限りですよ。普段は『実現不可能なくだらんことより、もっと実用的で現実的なことを研究しろ』だとか罵声ばかり浴びているので、褒めていただくのは久しぶりです」
メギスは目を逸らしながら小さな声で答えた。
今まで誰からも賞賛の言葉を浴びたことのないメギスにとって、褒められたときにとるべき対応など全く分からなかった。
「自分を卑下しないでちょうだい。今まで魂の崩壊は修復不可能だと考えられていたけど、貴方の研究が完成すれば大くの命が救われるのよ」
名も知らぬ貴族の令嬢は、前屈みな姿勢で両手をバンッと机に叩きつけた。
あぁ……茶髪の下にある琥珀色の瞳は、どこまでも輝かしく、今にも吸い込まれそうであった。
「誰がなんと言おうとも私は貴方のような、ひたむきで誠実な人は好きよ」
また、そんなこと言っちゃって。
人の気も知らずに。
君の優しさに僕がどれだけ救われたか、きっと君は知らないよね。
いや、覚えているはずがないか。
この出来事を覚えているのは僕だけなのだから。
僕自身がこの手でメアリーとの出会いを無かったことにしてしまったのだ。時間を戻すことで。
段々と意識が夢の世界から現実に帰ってきたメギスは、あくびをしながら背伸びをした。
研究を続けないと……メアリーのために。
彼女の魂を完全に修復するために。
「おー、メギス。起きたか?」
そう言いながら研究室に入ってきたのは、メギスの同僚であった。
「最近、徹夜続きでね……」
「体は資本だぞ。無理すんな」
同僚の男は棚からティーポット取り出し、中に茶葉と水を入れた。
男がティーポットを指先でつつけば、一瞬で紅茶の完成である。
魔法によって一瞬で作られた紅茶を男はティーカップに注いだ。
「こりゃどうも」
メギスはティーカップを持ち、中に満たされた紅茶を飲む。
「そうだ、メギス。ターレンバラ伯爵令嬢とウィリアム公爵閣下が恋仲だという噂は知っているか?」
「おい、つまらない嘘で僕をからかおうとするな」
「嘘ではないぞ。おっと、もしかして妬いているのか?」
「そんなわけないだろ」
メギスは低い声で答える。
ウィリアム公爵。前回のループでメアリーを予言の魔女として捕らえるよう命令した男か。
まさか、メアリーが本当に予言の魔女かどうか確認するために恋人のフリを?
そんなことが許されるか。
メギスの心で怒りと呼ぶべき感情が募る。
僕の望みはメアリーの幸せだけだったはずなのに、結局、彼女のことは諦め切れない。
色々考えてみたけど、やっぱり僕にとってメアリーは必要不可欠だ。
きっと彼女は僕が居なくたって、一人でフィネラへの復讐ぐらいやり遂げるだろう。
だけど僕にとってメアリーから必要ないと言われるほど恐ろしいことはないんだ。
魔道学院で働く教師がメギスの肩を揺さぶりながら声をかける。
残念ながら顔を腕に埋めながら眠る彼が目覚める様子はない。
「まったく、だから徹夜はやめろって……」
教師は「やれやれ」と言いながらメギスの周りにある試験管をどかしてから、諦めたように部屋から出て行く。
すぅすぅと寝息を立てながら瞼を閉じるメギス。
彼は昔の記憶を夢を通して見ていた。
夕焼けに包まれた魔導学院の研究室。
甘いマンドラゴラの香りがただよう中、学生時代のメギスは、一人研究に没頭していた。
「貴方、なにをやっているの?」
メギスが研究結果を記入しているノートから目を離し、声がした方を見ると茶髪の女の子が立っていた。
ドレスは燃えるような深紅で、瞳は輝かしい琥珀色。顔は作り物のように美しく、見つめているとうっかり呼吸を失ってしまいそうになる。
そういえば、今日は貴族のお嬢様が見学に来ると副学院長が言っていたな。
「錬金術の研究です。たいした物ではありませんよ」
「へぇー、具体的にどのような内容なのか説明してちょうだい」
冗談だろ?
魔道士ならともかく、貴族のお嬢様が理解できるような内容ではないぞ。
しかし、特権階級の者に説明を求められたのならば、こちらはできる限りの努力をして応じるしかない。
メギスは渋々、自身の研究について語り始めた。
できる限り分かりやすく説明したつもりだが、魔法とは無縁そうな生活を送っている彼女に理解できるはずがない。そう思っていたのだが――。
「ようするに、貴方は魂の分解と再合成の研究をしているのね?」
メギスの心配事は全て杞憂であった。
「はい、理解していただけたようでなによりです。いかんせん『魂』を扱うことは、錬金術の中で最も難しい分野ですから。僕の説明力で伝えきれるかどうか心配でしたが……」
「いや、貴方の説明は要点を押さえていて、なおかつ理論的。将来、教師にでもなった方が良いと思うわ」
「そう言っていただけて喜ばしい限りですよ。普段は『実現不可能なくだらんことより、もっと実用的で現実的なことを研究しろ』だとか罵声ばかり浴びているので、褒めていただくのは久しぶりです」
メギスは目を逸らしながら小さな声で答えた。
今まで誰からも賞賛の言葉を浴びたことのないメギスにとって、褒められたときにとるべき対応など全く分からなかった。
「自分を卑下しないでちょうだい。今まで魂の崩壊は修復不可能だと考えられていたけど、貴方の研究が完成すれば大くの命が救われるのよ」
名も知らぬ貴族の令嬢は、前屈みな姿勢で両手をバンッと机に叩きつけた。
あぁ……茶髪の下にある琥珀色の瞳は、どこまでも輝かしく、今にも吸い込まれそうであった。
「誰がなんと言おうとも私は貴方のような、ひたむきで誠実な人は好きよ」
また、そんなこと言っちゃって。
人の気も知らずに。
君の優しさに僕がどれだけ救われたか、きっと君は知らないよね。
いや、覚えているはずがないか。
この出来事を覚えているのは僕だけなのだから。
僕自身がこの手でメアリーとの出会いを無かったことにしてしまったのだ。時間を戻すことで。
段々と意識が夢の世界から現実に帰ってきたメギスは、あくびをしながら背伸びをした。
研究を続けないと……メアリーのために。
彼女の魂を完全に修復するために。
「おー、メギス。起きたか?」
そう言いながら研究室に入ってきたのは、メギスの同僚であった。
「最近、徹夜続きでね……」
「体は資本だぞ。無理すんな」
同僚の男は棚からティーポット取り出し、中に茶葉と水を入れた。
男がティーポットを指先でつつけば、一瞬で紅茶の完成である。
魔法によって一瞬で作られた紅茶を男はティーカップに注いだ。
「こりゃどうも」
メギスはティーカップを持ち、中に満たされた紅茶を飲む。
「そうだ、メギス。ターレンバラ伯爵令嬢とウィリアム公爵閣下が恋仲だという噂は知っているか?」
「おい、つまらない嘘で僕をからかおうとするな」
「嘘ではないぞ。おっと、もしかして妬いているのか?」
「そんなわけないだろ」
メギスは低い声で答える。
ウィリアム公爵。前回のループでメアリーを予言の魔女として捕らえるよう命令した男か。
まさか、メアリーが本当に予言の魔女かどうか確認するために恋人のフリを?
そんなことが許されるか。
メギスの心で怒りと呼ぶべき感情が募る。
僕の望みはメアリーの幸せだけだったはずなのに、結局、彼女のことは諦め切れない。
色々考えてみたけど、やっぱり僕にとってメアリーは必要不可欠だ。
きっと彼女は僕が居なくたって、一人でフィネラへの復讐ぐらいやり遂げるだろう。
だけど僕にとってメアリーから必要ないと言われるほど恐ろしいことはないんだ。
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