皇女様の女騎士に志願したところ彼女を想って死ぬはずだった公爵子息に溺愛されました

ねむりまき

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第3部 君は僕を捨てないよね

102.闇に落ちた彼

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 皇女様から謹慎の処分を言い渡されて5日ほど経った。

 シュバッ!

 鳥のさえずりが聞こえる、朝日が差し込むエスニョーラ邸の射場いば

 このかん、皇城へのお勤めがなくなってしまった私だが、毎朝の日課であったトレーニングルームでの筋トレと、弓矢の朝練は体がなまらないようにと、ちゃんと続けていた。

 あれから色々と考えたけれど、やっぱり皇女様の女騎士でい続けるには、皇城への出入りは必須だから、アルフリードと復縁して他の男の人からの盾になってもらうのは、やはり考えうる最善の手だと思う。

 ただし! 復縁といっても、婚約まで。
 結婚までしてしまうと、やっぱり彼が皇女様のことを想い始めてしまった時、すぐお別れしてあげられなくなってしまうから。

 だけど……あんなに、彼のことを打ちのめしておいて、そんな都合よく事情が変わったから、また婚約してください。

 なんてこと……普通に考えてできないよね。

 しかも、最後に彼に会った時、なかなか気まずいお別れの仕方をしてしまったんだった。

 私が襲われていた所を威圧感たっぷりの瞳で助けてくれた時だ。
 彼は私が男の人と遊びたかったから、婚約破棄したんじゃないか……って言ってたけど。

 皇女様のお話から、どうやら私が誘ってるというような噂が出回ってたらしい、ということが分かった。
 もしかしたら、彼もそれを聞いちゃったんじゃないのかな。

 まずは、この誤解を解いて、同僚としての良好な関係を修復することから始めるんだ。

 そこから、またもっと近い関係になりたい、ということも切り出せるような自然な状況に持っていく。

 ……そのためには、謹慎中に彼と会ってお話する必要があるってことだ。

 弓矢の朝練で着ていた服を着替えて、朝ごはんを食べると、私は大量に届いている縁談状の返事を書き始めた。

 いくらなんでも帝国の独身男性にも限りというものがあるので、最近では当初より新しく届く縁談状の数は減ってはきていた。

 それでも返事をしたためられているのは、届いているうちの2割にも満たなくて、終わりの見えない果てしない作業となってしまっていた。

 バシャッ

「あら、大変! インクまみれじゃない、お着替えしてきなさい」

 午後に差し掛かった頃、私はどうやってアルフリードに話をしに行こう、ということを考えながらペンをインクボトルに浸けている最中に手が滑って、ボトルを着ていた洋服にダイナミックにこぼしてしまった。

 一緒に作業していたお母様からせっ突かれつつ、自室に戻って替えの洋服をタンスから探した。

 すると、目に止まったのは、薄ピンク色の胸元にエレガントなレースがついた部屋着だった。

 それを両手で持って広げてみると、これは以前、初めてアルフリードと出会った時に、ヘイゼル邸で騎士服から着替えさせてもらった時にお借りしたものだった。

 本当はクロウディア様のものだからお返しするつもりだったのに、公爵様からは私が持っていなさい、と言われて結局ずっと預かりっぱなしになっていた。

 初めてお借りして以来、袖を通したことはなかったけれど、なぜか着てみようかな……という気になって、初めてこの世界に来たときに自分を映した大きな鏡に、着替えた姿を映してみた。

 ヘイゼル邸で着用した2年前はちょっと大きいかな、という感じがしたのだけど、体が大きくなったからか、なかなかサイズ感はちょうど良くなっていた。

 鏡の前でクルリと回ってみたりなんかして、着ている様子を確認していると、

「お嬢様! ヘイゼル邸のメイドの方が急ぎの用件とのことで、いらっしゃっております」

 そう呼ばれて、そのままの姿で玄関へと降りていった。

「エミリア様! お願いです、一緒にヘイゼル邸へ来ていただけないでしょうか?」

 そこにはこの間、兜を持ってきていたロージーちゃんがいて、こちらに駆け寄ってきた。

 こんなに焦った顔をして、どうしたんだろう?
 だけど、アルフリードに会いに行こうと思っていた私にとっては、ナイスタイミングではあった。

「う、うん。いいけど……何があったの?」

 すると、ロージーちゃんは涙目になって、

「坊っちゃまが……坊っちゃまが3日前からお部屋にこもったきり出てこないのです。呼ぶまで声を掛けないようにと指示を受けているので、私たちでは勝手にお部屋を開けることができないのです……」

 3日も部屋から出ていない……?
 公爵様がいらっしゃれば、さらなるトップからの指示として、入ることもできると思うけど、もう陛下と一緒に療養施設に行かれている頃だろう。

 私はとりあえずロージーちゃんとともに馬車に乗って、ヘイゼル邸へと向かった。

 前はアルフリードと手を繋いで、神聖力を分けてもらわなければ中に入れなかった恐ろしい見た目の邸宅だったけど、今では明るくて綺麗で、むしろ早く中に入りたくなってしまうようだった。

 そんなお屋敷にロージーちゃんと駆け込んで、アルフリードの部屋の前までやってきた。

 そこはシーンとしていて、まるで人が入っているような気配は感じられない。

「じゃ、じゃあ、ノックするよ」

 お屋敷の中では死んだみたいに振る舞わなければならないロージーちゃんは、無表情で頷いた。

 コンコン コンコン

 私は軽くノックして、ドアに耳をつけて聞き耳を立てた。
 全く物音1つしない。

 もう1度、今度は強めにノックしてみる。

 ドンドン ドンドン

「アルフリード、いますか? 私、エミリアです。もう3日もお食事も取ってないって聞いたんだけど……ここを開けてもいいかな?」

 そう呼びかけてみても……やっぱり返事もなければ、物音もしない。

 本当に……ここにいるの……?
 はじめは、あまり大した事のないように感じていたけれど、だんだん、何か不安のようなものが押し寄せてきた。

「じゃ、じゃあ、中を開けるね」

 ロージーちゃんの方に目線を向けて確認すると、彼女はついに感情を殺すことが出来なくなってしまったようで、目に涙をためて頷いた。

 カチャリ……

 ドアノブを回すと鍵はかかっていなくて、扉はすぐに開いた。

 なんだかホッとして、扉をもっと大きく開けたのも束の間、ムアッとした香りが押し寄せてきて、私は思わず鼻を抑えた。

 これは……お酒の臭い……?

 中はとても薄暗くて、分厚いカーテンが窓ガラスを覆っているようだ。

 ただ、開けた扉から光が差し込んで、その部分だけ中の様子を見ることができる。

 見た限りそこには床やテーブルの上など部屋の至るところに瓶が置いてあったり、転がったりしている。

「ア、アルフリード。いるの?」

 そうした瓶を踏まないように、そろり、そろりとアルコール臭のする広い部屋の奥へ進んでいく。

 そして、カーテンのしてある窓際近くにある大きなベッドに近づいた時、座っている黒いズボンを履いた足が見えてきた。

 い、いた! あの高いベッドでも余裕で膝を曲げた状態で床についている長い足。

 そして、その足を上の方になぞるように目で追っていくと、腰が見えて、白いシャツを着たお腹に胸、それから……

 折り曲げられたヒジに、何かを握っている両手……

 その手には……その手には、光る長細いものが握り締められている。
 そして、その鋭い先端は……薄暗い中でも分かる、堀の深いアルフリードの綺麗な顔に向けられている……

「ダ……」

 その手がさらにグッと強く握りしめられた瞬間、私の体は勝手に動いていた。


「ダメーーーーーー!!!」


 カキーーン!!!


 彼の顔に向かっていくその先端を手の甲でなぎ払い、私は勢いよくその胸に抱きついた。


「うああああぁぁぁ!!」


 抱きついたままの私の口からは、ただただ泣き叫ぶ声が響き渡って、瞳からは涙が溢れ出した。

「アルフリード……死なないで、死んじゃイヤだ!!」

 私は顔を上げて、まぶたを開けたまま、全く光が見えない、彼の瞳を見つめながら、その頬を自分の手で挟んだ。

 そして、何回も、何回もその唇に口づけをした。

「アルフリード、ごめんね、ごめんね……私、あなたを愛してるの……」

 涙を流したままの瞳を大きく見開いて彼の顔を見ながら、心のままに私は言葉を発した。

 彼は目を開いていたけれど、だんだんまぶたを閉じていって、その胸を抱きしめている私が支えようとするのも虚しく、ベッドに横向きに倒れていった。

 倒れながら、

「エミ……リア……」

 そう、小さくつぶやいた。


「ううっ……うう……」

 彼を抱きしめながら、私は嗚咽おえつを漏らした。

 私の視線の先には、床に転がっている20センチほどの長さの短剣が目に入った。
 柄の部分にはヘイゼル家の獅子の紋章が入っている。

 それは以前、プライベート庭園での騎士鍛錬の時に、アルフリードが肌身離さずに持ち歩いていると教えてくれた、あの短剣だった。



 別室に運ばれて寝かされている彼のかたわらで、イスに座りながら、その掛けられている布団に突っ伏して、もう何時間経つんだろう。

 その布団から出ている、私の手を軽く包んでしまえるくらい大きくて、骨張った手をずっと握りしめている。

 指同士を絡め合う、彼のお気に入りの握り方だ。

 すると、その手がするり、とのがれていく感覚がして、私はそれを追いかけるように手を伸ばしながら、伏せていた顔を上げた。

 その視線の先には、枕に乗せた頭。
 そして、天井を向いている長い黒いまつ毛がパチパチとまたたいている。

 私はとっさに立ち上がって、その焦茶色の瞳を真横から覗き込んだ。

「アルフリード……良かった。目を覚ましてくれたんだね」

 そうして優しく微笑みながら呼びかけても、彼は私には気づいていないように、こちらを見ることもなく、一度ツラそうに目をつむりながら眉間を指でつまむと、上半身だけを起こし始めた。

 その広い背中を支えてあげながら、足に掛けてある布団に置かれている彼の片方の手に触れて再び、私は指を絡め合う握り方をしようとした。

 ……けれど、前だったら必ず彼はギュッと指を折り曲げて、握りしめてくれたのに、そうしているのは私だけだ。

 そして……

 私の方を一度も見ることもなく、静かにカーテンが開けられている窓の方に向けられていくその表情。

 それはどこか哀愁に満ちていて、憂いを含んだ……

 原作で表現されていた通りの彼の姿だった。





**************
第3部 完
次話より第4部です

※アルフリードの短剣の話
「37.武器セレクトタイム」
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