【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
46 / 49

46.結ばれた心(※sideレイモンド)

しおりを挟む
「……。はぁ……」

 セレスティア様から届いた長い詫び状を読み終わったが、まだ返事を書く気力が湧かない。あの方が悪いわけではない。セレスティア様はミランダ嬢をどうにか真っ当な令嬢にしようと、ずっと苦心なさっていた。しかしその努力の甲斐もなく、クランドール公爵家はロゼルア王国王家との縁談を失ってしまった。公爵夫妻もさぞや落胆なさっていることだろう。

(……だが、今は人のことどころじゃない……。俺はここから立ち直れるのか……?)

 グレースがロゼルアに旅立ってから、数週間。俺の心はどんよりと沈み込んだままだった。あいつは今頃、向こうで王子妃教育だの何だの受けているのだろうか。ライオネル殿下の妻となる準備を、進めているのだろうか……。

(……俺の妻になるはずだったのに……。自分から父に請うてまで、手にした婚約者だったのに。昔から、俺にとってのたった一人の愛する女性だったんだぞ。それを……)

 我ながら女々しい男だ。情けない。
 だが後にも先にも、こんなことは初めてなんだ。もうこの際心ゆくまで落ち込ませてもらう。

「……はぁ。……あぁぁ……」

 俺の溜息で部屋の空気がどす黒く澱んでいるのではないだろうかというほど、ここ数週間何百回も溜息ばかりだ。
 俺はよろよろとベッドから起き上がると、湯浴みをし、だが結局何もする気が起きずにまたベッドに倒れ込んだ。目を閉じれば可愛いグレースの笑顔が脳裏にチラつき、恋しさで胸が張り裂けそうだった。

 夏の音楽祭でグレースが見せてくれた、あの振り向きざまの愛らしい笑顔を思い出し、俺が頭を抱えのたうち回っていた、その時。使用人の一人が扉の向こうから声をかけてきた。

「失礼いたします、レイモンド様。エイヴリー侯爵令嬢がいらっしゃってますが」
「……。……?」
「お通ししてもよろしいでしょうか」
「…………。」

 ……今、何て言った?

 ……エイヴリー侯爵令嬢……。エイヴリー侯爵令嬢?
 使用人の言い間違えか?いや、グレースにはすでに嫁いでいる姉がいたから……、その人もエイヴリー侯爵令嬢っちゃエイヴリー侯爵令嬢……。

「……大丈夫よ、ごめんなさいね、もういいわ。勝手に開けるから。……レイ、いるんでしょ?」

(……ああ、可愛い声だな。やっぱり姉上じゃなくてグレースだ)

 理解が追いつかない俺がそんな馬鹿なことをぼんやりと思っている間に部屋のドアが開き、……目の前に突然、誰よりも愛しい人の姿が現れた。

「……レイッ!」

 不安そうに入ってきたかと思うと、こちらを見て花が咲くような満面の笑みを見せる。ああ、やっぱり美しいな。俺が愛して止まないこの笑顔……。俺の、愛する人……。
 そんなことを思っているうちに、その愛する人は両手を広げ、ベッドの上にいる俺に飛びついてきた。温かさと重み、パープルグレーの柔らかな髪、そして恋しくてたまらなかった甘い香りが、俺を突然包み込む。

「……っ?!……は?グ、グレース……?本当に、グレースなのか……?」

 五感でグレースの存在を確認した俺は、その瞬間、ようやく覚醒した。考えるより先に、俺の上に乗っかっている彼女の腰を両腕で抱きしめる。

「ええ!グレースよ!ねぇ、聞いてレイ。私ね……、あなたのことが、好きなの。たとえあなたに自由にしていろと言われても、周りから隣国に嫁げと言われても、私の心にはあなたしかいないわ。あなたがどう思っていようと、私はあなただけが好きよ!」
「…………。」

 俺はついに、頭がおかしくなったのだろうか。恋しさのあまり、自分に都合の良い幻覚でも見ているのか……?

 だけど、目の前のこの確かな感触が、これが夢でも幻でもないことを俺に伝える。

 なぜ、とか、どうしてここに、とか、そんなことはもうどうでもよかった。

「……俺も……俺の方こそ、お前を愛してるよ、グレース。本当はずっと、子どもの頃から、……俺には、お前だけだった」
「……っ!……レイッ……」

 俺の上で目を見開いたグレースは、たちまちその美しい紫色の瞳に涙を溜めると、俺の首に両腕を回して強く抱きしめてきた。俺は彼女の首筋に顔をうずめ、艶やかな髪を優しく撫でながら、もう片方の腕で強く強く、その細い体を抱きしめた。

 しばらくそうして互いの体温を確かめあった後、どちらからともなく俺たちは見つめあい、そしてゆっくりと唇を重ねた。その瞬間、激しい想いが洪水のように溢れ、俺はグレースの体をくるりと反転させると、ベッドの上に降ろした。そしてより一層強く抱きしめあいながら、俺たちは熱い口づけを交わし、想いをぶつけあった。

(……駆け落ちしよう)

 いつまでもグレースの温もりを味わいながら、俺はそう心に決めた。髪を撫で、何度も何度も唇を重ね、少しの隙間もないほどに強く抱きしめあいながら、俺は決意していた。

 家族にもエイヴリー侯爵家にも、多大な迷惑をかけることになるだろう。だが、もうグレースを隣国の王子に渡すことなど絶対にできない。一生死にもの狂いで働いて、グレースを養いながら、両家にも金を払い続ける。そんな人生でいい。グレースさえいれば。何もかも失っても、たとえ全てを敵にまわし、皆から恨まれたとしても、俺は──────

 そんな風に思い詰めながら、俺は昂る想いのままに、グレースのドレスの裾に手を滑らせた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

処理中です...