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「あの、す、すみません……今からお昼ご飯だったんですよね。こんなタイミングで、私……」
「いえいえ。大丈夫だから、気にしないで」
後ろからオロオロと声をかける私に、ノエル・エイマー先生は軽く振り返ると静かに微笑み、そう言ってくださった。そして治療院の廊下を、足音もほとんど立てずにスーッと歩いていく。私はさり気なく周囲を見回しながら、ユーリの手を引いてその後をついて行った。
受付らしき場所には数人の女性。院の中はやはり広く清潔で、明るい印象だ。午前中に訪れた人がまだ残っているのか、患者さんらしき人たちも何人かいる。もしかしたら入院患者かもしれない。廊下を歩いていると、エイマー先生と同じような白いローブを着た人たちに何人かすれ違った。
「こんにちあ!」
ご丁寧に、ユーリはすれ違う一人一人に大きな声で挨拶をする。すると誰もがニッコリと微笑んで「こんにちは」と返事をしてくれる。
エイマー先生がこちらを振り返り、クスリと笑った。
「元気で可愛いですね。お名前はなんて言うんですか?」
「ゆーりでしゅっ!」
私が答えるより先に、ユーリが答えてしまった。先生は目を細めている。
「ユーリ君、ですか。素敵なお名前ですね。……ここです。どうぞ」
そう言うと先生は廊下の突き当たりのドアを開け、私たちを中へと誘った。
「───レイニーさん。隣国のレドーラ王国から移住して、お子さんと二人で暮らしていたのですね。母君が元々この王国の出身の方だった、と」
「は、はい。その母親とは、事情がありまして疎遠なんです。これまで治癒術の腕を磨こうとしたことはなくて、自分の実力については未知数なのですが……」
「なるほど。仕事をかけ持ちしながら一人で子育て、大変でしたね」
ここに来るまでの事情や、ここを知った経緯について私がかいつまんで説明するのを、先生は小さく頷きながら聞いてくださった。私の目の前には先生が淹れてくださった紅茶があり、ユーリは向かい合って座る私たちの近くで、積み木で遊んでいる。エイマー先生が持ってきてくださったものだ。
先生が紅茶を飲むのを見ながら、私はおずおずと口を開く。
「本当にすみません……。まさかこんなに大きな治療院だとも思わずに、突然押しかけてしまいまして」
恐縮しながらそう謝罪すると、エイマー先生は水色の瞳を細めて私を見つめる。……よく見ると先生は、すごく整った顔立ちをしていらっしゃる。ひょろりとしたその体軀は、強さたくましさとは無縁な印象だけれど、柔らかで優しいその雰囲気は安心感を与えてくれた。
年齢的にはきっともう中年といったところだろうけど、この先生、絶対女性や患者さんにファンが多いだろうなぁ……。
頭の片隅で私がそんなことを考えていると、先生が耳を疑うようなことを仰った。
「いいえ。僕の治療院は去年ここに移転してからというもの、慢性的に人手不足なんですよ。もちろん、資格を有していないあなたに治癒術師として勤めてもらうことはまだできないけれど、あなたさえよければ下働きから始めてみますか? 診療後や休日は、僕が治癒術の訓練を見てあげられる日もあるし。ここに移転してから、従業員寮や保育園も併設したんです。きっとあなたのような方にとっては働きやすい環境だと思いますよ」
「…………へっ?」
今の私にとってあまりにもありがたすぎるその言葉に、思わず変な声が出てしまった。じ、従業員寮? 保育園? 下働きから、始めてみますか……? 聞き間違いじゃないよね??
この先生、仕事、住居、そしてユーリの預け先問題を、全部まとめて解決してくださると仰っているの……っ!?
あんぐりと口を開けて見つめてしまった私に、エイマー先生は、ん? といった具合に小首をかしげている。
「何か問題がありますか?」
「……ハッ! い、いいえっ! まさかっ! ほ、本当に、よろしいんですか? 私のような、得体の知れない田舎者を……こんな立派な治療院で……」
半信半疑で私がそう尋ねると、エイマー先生はくしゃりと表情を崩して笑う。
「こんな愛らしい坊やを連れてやって来たあなたが悪事を働くようにはとても見えませんし、まずは互いにお試しです。レイニーさんの方で合わない職場だと感じられるかもしれませんし、今後頑張っても治癒術師としての能力が開花しそうになければ、また別の道を考えることになるかもしれませんしね」
「は、はい……。ではその、お言葉に甘えて……お世話になっても、よろしいでしょうか」
エイマー先生の言葉を聞いて私がそう言うと、先生はゆっくりと頷いた。
「はい。よろしくお願いしますね」
「ままぁ、みて? おうちできたの!」
ふと見ると、ユーリが満面の笑みでこちらを見ていた。彼の前には四角い積み木が三つほど重なり、その上に三角の積み木が上手に積んであった。
「わぁ、すごいな。ユーリ君は手先が器用ですね」
エイマー先生が私の代わりに、ユーリを褒めてくださった。
「いえいえ。大丈夫だから、気にしないで」
後ろからオロオロと声をかける私に、ノエル・エイマー先生は軽く振り返ると静かに微笑み、そう言ってくださった。そして治療院の廊下を、足音もほとんど立てずにスーッと歩いていく。私はさり気なく周囲を見回しながら、ユーリの手を引いてその後をついて行った。
受付らしき場所には数人の女性。院の中はやはり広く清潔で、明るい印象だ。午前中に訪れた人がまだ残っているのか、患者さんらしき人たちも何人かいる。もしかしたら入院患者かもしれない。廊下を歩いていると、エイマー先生と同じような白いローブを着た人たちに何人かすれ違った。
「こんにちあ!」
ご丁寧に、ユーリはすれ違う一人一人に大きな声で挨拶をする。すると誰もがニッコリと微笑んで「こんにちは」と返事をしてくれる。
エイマー先生がこちらを振り返り、クスリと笑った。
「元気で可愛いですね。お名前はなんて言うんですか?」
「ゆーりでしゅっ!」
私が答えるより先に、ユーリが答えてしまった。先生は目を細めている。
「ユーリ君、ですか。素敵なお名前ですね。……ここです。どうぞ」
そう言うと先生は廊下の突き当たりのドアを開け、私たちを中へと誘った。
「───レイニーさん。隣国のレドーラ王国から移住して、お子さんと二人で暮らしていたのですね。母君が元々この王国の出身の方だった、と」
「は、はい。その母親とは、事情がありまして疎遠なんです。これまで治癒術の腕を磨こうとしたことはなくて、自分の実力については未知数なのですが……」
「なるほど。仕事をかけ持ちしながら一人で子育て、大変でしたね」
ここに来るまでの事情や、ここを知った経緯について私がかいつまんで説明するのを、先生は小さく頷きながら聞いてくださった。私の目の前には先生が淹れてくださった紅茶があり、ユーリは向かい合って座る私たちの近くで、積み木で遊んでいる。エイマー先生が持ってきてくださったものだ。
先生が紅茶を飲むのを見ながら、私はおずおずと口を開く。
「本当にすみません……。まさかこんなに大きな治療院だとも思わずに、突然押しかけてしまいまして」
恐縮しながらそう謝罪すると、エイマー先生は水色の瞳を細めて私を見つめる。……よく見ると先生は、すごく整った顔立ちをしていらっしゃる。ひょろりとしたその体軀は、強さたくましさとは無縁な印象だけれど、柔らかで優しいその雰囲気は安心感を与えてくれた。
年齢的にはきっともう中年といったところだろうけど、この先生、絶対女性や患者さんにファンが多いだろうなぁ……。
頭の片隅で私がそんなことを考えていると、先生が耳を疑うようなことを仰った。
「いいえ。僕の治療院は去年ここに移転してからというもの、慢性的に人手不足なんですよ。もちろん、資格を有していないあなたに治癒術師として勤めてもらうことはまだできないけれど、あなたさえよければ下働きから始めてみますか? 診療後や休日は、僕が治癒術の訓練を見てあげられる日もあるし。ここに移転してから、従業員寮や保育園も併設したんです。きっとあなたのような方にとっては働きやすい環境だと思いますよ」
「…………へっ?」
今の私にとってあまりにもありがたすぎるその言葉に、思わず変な声が出てしまった。じ、従業員寮? 保育園? 下働きから、始めてみますか……? 聞き間違いじゃないよね??
この先生、仕事、住居、そしてユーリの預け先問題を、全部まとめて解決してくださると仰っているの……っ!?
あんぐりと口を開けて見つめてしまった私に、エイマー先生は、ん? といった具合に小首をかしげている。
「何か問題がありますか?」
「……ハッ! い、いいえっ! まさかっ! ほ、本当に、よろしいんですか? 私のような、得体の知れない田舎者を……こんな立派な治療院で……」
半信半疑で私がそう尋ねると、エイマー先生はくしゃりと表情を崩して笑う。
「こんな愛らしい坊やを連れてやって来たあなたが悪事を働くようにはとても見えませんし、まずは互いにお試しです。レイニーさんの方で合わない職場だと感じられるかもしれませんし、今後頑張っても治癒術師としての能力が開花しそうになければ、また別の道を考えることになるかもしれませんしね」
「は、はい……。ではその、お言葉に甘えて……お世話になっても、よろしいでしょうか」
エイマー先生の言葉を聞いて私がそう言うと、先生はゆっくりと頷いた。
「はい。よろしくお願いしますね」
「ままぁ、みて? おうちできたの!」
ふと見ると、ユーリが満面の笑みでこちらを見ていた。彼の前には四角い積み木が三つほど重なり、その上に三角の積み木が上手に積んであった。
「わぁ、すごいな。ユーリ君は手先が器用ですね」
エイマー先生が私の代わりに、ユーリを褒めてくださった。
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