【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
17 / 77

17. 少し苦手な患者さん

しおりを挟む
 数週間が経ち、仕事にもだいぶ慣れてきた。待合室にいる患者さんを振り分けられた診察室へと案内し、たびたび術師の先生方の治療の瞬間を見ることがあった。皆さん流れるような華麗な手さばきで術を施し、その手のひらから私とは比べものにもならないほどの光の束を発している。そして思わず見惚れている間に、大抵の傷は跡形もなく治ってしまう。患者さんもそうだけど、私も思わず感嘆のため息を漏らしてしまうほどだった。

(は、早くこうなりたい……! 私ももっともっと頑張らなきゃ……!)

 術師の先生方の魔術を見るたびに、私はそう決意を新たにするのだった。

 ある日のお昼休憩前、午前中の患者さんのほとんどが帰っていった治療院の受付に立ち、私はソフィアさんと少しお喋りをしていた。彼女とは休憩時間に子育て話でしょっちゅう盛り上がっている。

「昨日私の両親が田舎から出てきたもんだから、もうララがはしゃいじゃって」
「わぁ、そうなんですね! ふふ、楽しそうで羨ましいです」

 こういう話になると、ユーリには私以外の身内がいないことを申し訳なく思う気持ちがじわりと込み上げてくる。もちろん、その分私がめいっぱいの愛情を注いであげればいいのだということはよく分かっているけれど。

「そうなのよ。ララの誕生日が二ヶ月前だったんだけどさ。両親はその時来られなかったから、誕生日プレゼントとかを持ってきてくれたってわけ」
「へぇ。ララちゃんは……じゃあ二ヶ月前に、三歳に? おめでとうございます」
「そうそう。ふふ、ありがとう。そういえば、ユーリくんは何歳? 勝手に同じくらいだと思っていたけど」
「はい、同い年ですね。うちは来週末で三歳になります」

 私が微笑んでそう答えると、ソフィアさんが目を見開いた。

「えっ。来週末がお誕生日なの? うわぁ! じゃあ、皆でお祝いしましょうよ。ユーリくんのバースデーパーティー!」
「……えっ……」

 突然の提案にビックリして、私はソフィアさんの顔を見つめた。彼女は瞳をキラキラさせて言う。

「ほら、レイニーさんシングルマザーって言ってたでしょう? ユーリくんの父親とは、連絡とってないって。きっといろいろと事情はあるんだろうけどさ。あまり賑やかな誕生日なんかは過ごしたことないんじゃない?」
「た……たしかに、そうですね。でも……」

 ソフィアさんの言う通り、ユーリの一歳の誕生日は、私とアパートの中で二人きりでお祝いした。二歳の時は……、あ、当日は保育園だったかな。夜に私の作ったケーキを食べながら手縫いのぬいぐるみを渡して「おめでとう」って言ってあげたんだっけ。

「い、いいんですか? うちのために、そんな……」
「もちろんよ! せっかくこうして子どもたちも仲良くなったんだし、レイニーさんのお部屋に行ってよければ、ララと二人でお邪魔させて。あ、他のママさんにも一応声かけてみましょうか。週末、空けられる?」
「……はいっ! ありがとうございます」

 ここに勤めはじめて以来、週末はノエル先生の訓練を休んだことはまだ一度もなかった。けれど、こうしてお友達親子がユーリのために祝ってくれるというのだ。その日くらいはユーリを最優先にしても罰は当たらないだろう。
 ねぇねぇ、ちょっといい? と、受付のバックヤードにいる保育園に子どもを預けているママさんたちに、ソフィアさんが声をかけに行ってくれた。閑散とした受付前に一人で立ち、私は思わず微笑んでいた。ユーリがどんなに喜ぶだろう。ご馳走たくさん作らなくちゃ。お部屋の飾り付けも、めいっぱい頑張ろう。
 そんなことを考えていた、その時だった。

「なんかバカに賑やかだったなぁ。勤務中だろ?」

(……っ!)

 ハッと顔を上げると、診察室の方から一人の大柄な男性がニヤニヤしながらこちらに歩いてきていた。バハロさんだ。私はこの人が、少し苦手だった。
 けれどそれを決して顔には出さないよう気を付けながら、私は彼に謝った。

「……申し訳ありませんでした。うるさくしてしまって」
「へへ。冗談さ。構わねぇよ。どうせもう誰もいねぇじゃねぇか。女同士、お喋りしたい時もあるよなぁ? 俺は理解のある男だぜ」

 どこまでが冗談のつもりなのかは分からないが、バハロさんは片方の口角を上げてニヤリと笑うと、受付のテーブルに両肘をついてこちらにグイッと顔を近付けてきた。筋骨隆々な彼の腕は驚くほど太い。距離の近さに、私は無意識に一歩後ろに下がってしまう。

「お会計、少しお待ち下さいね。あちらにお座りに……」
「今日も綺麗だなぁ、レイニーちゃん。チラッと聞こえたんだが、あんたシングルマザーなんだって? 子どもがいるのか?」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

処理中です...