【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

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最終話. これから先も、ずっと

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『 ザイール様


 お帰りなさいませ。お仕事お疲れ様でした。

 随分長くお世話になってしまいました。本当にごめんなさい。今日でお役目を終わらせていただきます。

 せっかく私を信じて選んでくださったのに、あの日の夜会では大失敗をしてしまいましたことを、心から悔いております。もっと冷静でいるべきでした。お許しくださいませ。

 こんなことを言ってしまっては不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、一度だけ、言わせてください。

 あなた様の妻でいられたこの短い時間は、私の人生の宝物です。私を選んでくださってありがとうございました。さよなら。どうぞお元気で。



             メリナ 』




「……メリナ……ッ!!」


 丁寧に折り畳まれたその白い紙には、丁寧な字でメリナの想いが控えめに刻まれていた。
 その手紙を読んだ瞬間、胸が千切れそうなほどに切なくなった。彼女への言葉にならない愛おしさが私の胸をいっぱいに満たし、そして溢れた。

「……っ!!」

 何を考える間もなく、私はテーブルの上の首飾りを咄嗟に掴み取ると、部屋のドアを乱暴に開け、階段を駆け下りた。




  ***************




「……まさか、もう離婚してしまうなんてなぁ……。……はぁ……」
「残念だわ……。せっかく素敵な方だったのに、ザイール様。……はぁ……」
「……ご、……ごめんなさいね……。お父様、お母様……」

 夕方近くになり、私はまとめた荷物を両手に持ち、おそるおそる実家であるアップルヤード伯爵家の門をくぐった。
 荷物と共に屋敷に戻ってきた私を見て、母は目と口を見開いてしばらく固まっていた。
 出先から戻ってきた父は、がっくりと項垂れる母と、その前に座って母を慰める私を見て、同じく固まった。

 そして夜になった今も、二人は抜け殻のようになったまま居間のソファーから動けずにいた。

「……はぁ……。正直……、コネリー侯爵家の後ろ盾には大きく期待していたものだから……、何というか……」
「あなた、それはさすがに今は言わないであげてくださる……?」
「ほ、本当にごめんなさい。お父様……」

(大丈夫ですから、この後多額のご支援金はいただける予定なのよ。慰謝料という名目でね!この白い結婚契約のこちら側のメリットがそれですから……!)

 心の中でそう思いつつ、私はうつろな目をした父に声をかけた。

「……だ、だが、まだ話し合う余地はあるんじゃないか?お前、ザイール殿の留守中に飛び出してきたんだろう……?」

 父は藁にも縋りたいと言わんばかりに私に訴えてくる。

「……い、いえ。その、何て言うか……、多分、もう無理だと思うわ……。だって……、」

 できる限り父に打撃を与えないような言葉を選びながら私がそれに答えていると、侍女が居間に飛び込んできた。

「しっ!失礼いたします……っ、メリナお嬢様、コネリー侯爵令息様がお見えでございます……!」
「……えっ?!」
「えっ?!!」
「ほ、ほら来た!!」

 その侍女の言葉に、私よりも両親の方が食いついた。

「ほら!メリナよ、言ったであろう!ザイール殿はお前を迎えに来てくださったんだよ。さ、は、早く!早く行きなさい!!」
「もう、この子ったら。ただの夫婦ゲンカだったの?人騒がせねぇ」
「い、いえ、違……っ、」

 私たちが言い合っていると、ザイール様が突然居間に入ってきた。

「失礼いたします、アップルヤード伯爵」
「っ?!」

 驚いて、心臓が口から飛び出しそうだった。ザイール様がわざわざうちまで来られたばかりか、居間まで入ってこられた。妙に焦っているように見える。

「おお!これはこれは、ザイール殿……いや、コネリー侯爵殿。娘が屋敷を飛び出したようで、申し訳ない。はは、短気な性格は誰に似たんだか。ははは」

 父はザイール様を見て何を勘違いしたのか、すっかり安心しきっているようだ。慌てて私が否定しようとすると、

「いえ、……コホン。……こちらこそ、夫婦ゲンカでメリナさんを怒らせてしまいました。申し訳ありません、反省しております。……メリナ、少し上で話せるかい?」
「へっ?!……えっ、……あ、あの」
「早く行きなさいメリナ!」

 母が私の背中をグイグイと強く押してくる。何が何だか分からない。……え?もしかして、私早まってしまったの?まだお飾り妻の役目は終わっちゃいけなかった……?

 混乱しながらも、ザイール様に手を引かれて私は階段を上がる。結婚するまで私が使っていた私室に入ると、ザイール様はドアをパタンと閉めた。

「……。」
「……。」
「……ザ、……ザイール、様……?」
「…………。」
「……ごっ、ごめんなさい……。ま、まだ終わってはいけなかったですか……?お飾りの妻……」

 私を見つめたまま黙っているザイール様に、私はおそるおそる話しかける。
 ザイール様は困ったように眉間に皺を寄せると、唐突に私の頬にそっと手を当てた。

「っ?!」
「……メリナ」
「はっ!はいっ」
「…………」
「……?……は、……はい?」

 名を呼ぶだけで何も言わないザイール様。こ、これは一体どういう意味の沈黙なのでしょうか……。
 ドキドキしながら続きを待っていると、ザイール様の顔が徐々に赤くなる。

「…………私もだ」
「……。……えっ?」

 私も?何が?
 真意が分からずただただザイール様を見つめるしかない私に、とても現実とは思えない言葉がかけられる。

「……私にとっても、君と夫婦でいられた時間は、この上なく幸せな時間だったんだ。……ようやく自分の気持ちに気付けた」
「……え……っ」
「メリナ、あの離婚書類は破棄してもいいだろうか。……私をこれからも、君の夫でいさせて欲しい」
「……っ、……ザ……ザイール様……っ!」

 夢にも思わなかったザイール様からの愛の告白に、クラリと目まいがした。徐々に湧き上がってくる喜びに、胸がいっぱいになる。
 ザイール様は何やら上着からゴソゴソと取り出す。……それは私が置いてきた、あのザイール様の瞳の色の首飾りだった。

「……それは……、」

 ザイール様は私の首に手を回し、その首飾りを丁寧にそっと着けてくださった。

「君を愛しているよ、メリナ。……私のそばにいてくれるかい?これから先も、ずっと」
「……はい……っ!!」

 喜びのあまり湧き上がる涙が、私の頬を伝った。
 私はザイール様の胸に優しく抱きしめられ、その広い背中に腕をまわした。





 そして、数年後──────





「ここ?おじいちゃまのお墓」
「そうよ。さ、エリオット、ジェシカ、おじいさまにご挨拶をしてね」
「はぁい!」
「ごきげんようおじいさま!」
「はは。きっとすごく喜んでいるぞ」

 私とザイール様は子どもたちを伴い、コネリー侯爵家の別邸の傍近くにあるお義父様のお墓を訪れていた。

 皆で一緒になって祈りを捧げながら、私はあの頃病床から優しく微笑みかけてくださっていたお義父様に思いを馳せた。

(お義父様、ザイール様の子どもたちは、とてもお利口で可愛いですよ。きっと立派に育ててみせます。コネリー侯爵家の後を継いでいくこの子たちを……)

「……さぁ、おじいさまの自慢のお庭を見に行こうか。おばあさまが今もちゃんとお手入れをしているから、とても美しいよ」
「わーい!」
「エリオット!危ないからそんなに走らないで!」

 気持ちのいい風が吹く美しいお庭に、子どもたちが駆けていく。

「……おいで、メリナ」
「ええ、あなた」

 ザイール様に優しく手を引かれて、私は二人の子どもたちの方へと歩いていった──────






   ーーーーー end ーーーーー






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